投稿者「misakimichi」のアーカイブ

西仙寺のヤマモモ  諌早市中通町

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

イメージ 9

イメージ 10

イメージ 11

イメージ 12

西仙寺のヤマモモ  諌早市中通町

国道251号線により矢上大橋を渡り、諌早市有喜町まで行く。有喜中学校前の坂を下ったところに小ヶ倉ダムを通って諌早市街の小栗に出る市道があり、交差点から左折してこの道へ入る。
まもなく中通町となり、「下中通」バス停手前にスズキ「川下自動車」工場があり、左横の細い車道を上がると「西仙寺」へ着く。住家のような建物だが、「西仙寺」と大きい表札がある。

名木の「西仙寺のヤマモモ」はここにはなく、寺裏山の高台の観音堂が祀られた広場にあるので、寺右手の山道を50mほど歩いて登る。
山道の参道や観音堂広場は、まことに感じがよい。観音堂左には「天祐三一六世 英麟胡碓大和和尚禅師」と刻んだ石碑があった。入口にスタジイの大木もあった。 
「諫早の名木30選」リストによると、ヤマモモは幹囲3.57m、樹高13m。

明徳寺のホルトノキ  諫早市有喜町

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

明徳寺のホルトノキ  諫早市有喜町

国道251号線により矢上大橋を渡り、諌早市有喜町まで行く。各交差点から右折し有喜漁港へ出る。「明徳寺」は漁港右手の高台にあるので、河口手前の方の橋「有喜橋」へ右折して渡り、集落内の旧道を行く。
たちばな信金前を通りながら堀口商店先まで行くと、右手へ上がる坂道があり「明徳寺」に着く。

境内には、山門右の鐘楼との間に名木「明徳寺のイチョウ」があり、前項とした。寺にはあと1本、名木「明徳寺のホルトノキ」がある。
本堂のある境内でや、その上段の駐車場にはクスノキの大木があるが、ホルトノキはすぐには見えず、立っているところがわかりにくい。

寺の山門前の車道に戻り、少し回り込んで登ると寺の住職宅裏門があり、この左上の斜面に立っていた。上段の広い駐車場の角から眺めると、そこは庭園。
立入りできないため、外から写した。「諫早の名木」の銘板が確認できないが、この木と思われる。「諫早の名木30選」リストによると、幹囲3.48m、樹高17m。

明徳寺のイチョウ  諫早市有喜町

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

イメージ 9

イメージ 10

イメージ 11

明徳寺のイチョウ  諫早市有喜町

国道251号線により矢上大橋を渡り、諌早市有喜町まで行く。各交差点から右折し有喜漁港へ出る。「明徳寺」は漁港右手の高台にあるので、河口手前の方の橋「有喜橋」へ右折して渡り、集落内の旧道を行く。
たちばな信金前を通りながら堀口商店先まで行くと、右手へ上がる坂道があり「明徳寺」に着く。

境内にはイチョウが数本立つが、名木「明徳寺のイチョウ」は、山門右の鐘楼との間にある。
「諫早の名木30選」リストによると、幹囲5.17m、樹高15m。上大渡町の明教寺のより大きく、諌早市で一番のイチョウである。
境内には、ツバキの大木や有喜発展先人の「報恩塔」がある。
同じく「諫早の名木30選」の1つである「明徳寺のホルトノキ」は、別の場所に立ち次項とする。

早見のアコウ  諌早市早見町

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

早見のアコウ  諌早市早見町

国道251号線により矢上大橋を渡り、諌早市早見町まで行く。サテライト長崎先のT字交差点から右折して、集落内を九十九折れしながら中ほどまで下ると、酒店があるの通りに出る。右へ行き海岸まで降りると「歳大明神」。

酒店の通りで反対に左へ行くとアコウのあるところへ出る。すぐ通り左に水を張った防火水槽があり、ここから右下へ下る急坂を見ると、宮崎宅の石垣に「早見のアコウ」が立っている。枝は邪魔になりいつも伐られるのか、姿見は小さい。 
「諫早の名木30選」リストによると、幹回り3.00m、樹高は8m。

歳大明神のアラカシ  諌早市早見町

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

イメージ 9

イメージ 10

イメージ 11

イメージ 12

歳大明神のアラカシ  諌早市早見町

国道251号線により矢上大橋を渡り、諌早市早見町まで行く。サテライト長崎先のT字交差点から右折して、集落内を九十九折れしながら、下の海岸まで降りると「歳大明神」へ着く。
鳥居前は「十二支(未)南風の海浜広場」となっていて、愛野海岸や雲仙岳がよく見える。

「歳大明神」の樹木は、先項 https://misakimichi.com/archives/479 を参照。
「諫早の名木30選」にここでただ1本選ばれている「アラカシ」の樹をよく写していなかった。
上の写真の3枚目から6枚目が「アラカシ」。社殿の右横にあり、斜めに立っている。
「諫早の名木30選」リストによると、幹回り2.28m、樹高は16m。

後ろの写真は、同境内にあるホルトノキ、クロガネモチの大木も再び載せる。クロガネモチには「諫早の名木」の銘板が付いていた。
同リストにはなく、クロガネモチでは宗方神社の幹囲3.80m、樹高19m(同リスト)が選ばれていたが、倒壊しているようなので2番目であった歳大明神の幹囲2.25m(諫早近代史 150頁)が、後で代わって名木に選ばれたように思われる。

横津の石槨(せつかく)  諌早市飯盛町下釜

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

横津の石槨(せつかく)  諌早市飯盛町下釜

国道251号線により矢上大橋を渡り、諌早市飯盛町の交差点まで行き、右折して飯盛漁港へ出る。突堤の先が前ノ島と向島である。別名三味線島。
その手前、船だまりが下釜集落。下釜公園から右手へ路地に入ると、横津の岬の防風林一帯に「下釜石棺・石室群及び下釜貝塚」がある。

その1つがこの「横津の石槨」。路地脇に明瞭に確認できる。「石槨」は文化財用語で、読みは(せつかく)または(いしき)。棺を納めるために墓の中につくった石の部屋。
他の石室や貝塚は、住宅地などとなってよくわからない。
現地説明板は次のとおり。

諌早市指定文化財(史跡) 横津の石槨  昭和63年12月20日指定

昭和2年に枇杷島の海水浴場工事の際に発見されました。人骨3体が発見され、1体には石の枕がしてあり、1体には腕に貝輪がつけられていました。遺物などは長崎大学に保管されていましたが、原爆の被害により焼失しました。
横津の岬上の防風林の中には他にも石棺や石室が発見されており、他にも縄文時代後期、弥生時代前期から中期の貝塚も発見されています。
平成19年3月 諌早市教育委員会

向島のノアサガオ群生地  諌早市飯盛町下釜

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

向島のノアサガオ群生地  諌早市飯盛町下釜

国道251号線により矢上大橋を渡り、諌早市飯盛町の交差点まで行き、右折して飯盛漁港へ出る。突堤の先が前ノ島と向島である。別名三味線島。
10月まで花があるようなので、「向島のノアサガオ群生地」を確認したかったが、船でないと渡れない。

対岸の下釜甲瀬海岸もどこかわからなかったので、島の写真のみ。前ノ島の先にまた離れて向島がある。
「諌早市郷土資料館だより」平成20年9月発行の「諌早市の天然記念物」による説明は次のとおり。
諌早市指定天然記念物  向島のノアサガオ群生地

(平成12年1月12日指定・飯盛町下釜)
向島のノアサガオ群生地は、平成4年に向島(別名三味線島)東岸に祀られている八大龍王付近に自生しているのが確認され、平成14年には、対岸の下釜甲瀬(かぶとせ)海岸にも群生しているのが確認されました。
ノアサガオは、5〜10月頃に青紫色の花を咲かせます。

「諫早の名木30選」 掲載一覧

イメージ 1

イメージ 2

「諫早の名木30選」 掲載一覧

「諫早の名木30選」は、諫早ライオンズクラブが30周年記念事業として選定した。
名木リストは、1995年3月発行「CN30周年記念誌」資料に掲載がある。
次がそのリスト。当時の市域で選定。2005年合併の飯盛町、森山町、高来町、小長井町、多良見町は含まれていない。
No 樹名 所在地 所有者 幹回り 樹高の順。次行が本ブログ写真がある記事URL。

諫早の名木30選

主   趣  諫早の自然環境を美しく守るために、諫早の名木30木を選奨することによって、「木の文化」への理解を深め、市民の地域の樹木への関心度の向上並びに市民のやすらぎを求めて実施する。
選定基準  諫早市内に育った樹のなかから、歴史的価値の高いもの、また、巨木、大木、希少価値のある木の幹回り、高さ、姿見等の観点から、地域性を加味し、市民に情緒的に良い影響を与え、大切にすべきと思われるもの。

1 アコウ (クワ科)  早 見 町  宮崎忠勝  3.00m   8m
https://misakimichi.com/archives/1385
2 アラカシ (ブナ科)  早 見 町  歳大明神  2.28m  16m
https://misakimichi.com/archives/1384
3 イスノキ (マンサク科)  白 浜 町  白浜八幡宮  1.80m  17m
https://misakimichi.com/archives/1394
4 イチイガシ (ブナ科)  天 神 町  天満宮  4.21m  20m
https://misakimichi.com/archives/1373
5 イチョウ (イチョウ科)  有 喜 町  明 徳 寺  5.17m  15m
https://misakimichi.com/archives/1386
6 イチョウ (イチョウ科)  上大渡町  明 教 寺  4.90m  28m
https://misakimichi.com/archives/579
7 イロハカエデ (カエデ科)  富 川 町  大 雄 寺  2.84m  16m
https://misakimichi.com/archives/601
8 エノキ (ニレ科)  小野町金比羅山  正 円 寺  3.14m  20m
https://misakimichi.com/archives/1391
9 カツラ (カツラ科)  富 川 町  大 雄 寺  8.00m  10m
https://misakimichi.com/archives/382
10 キササゲ(ノウゼンカズラ科) 小野町小野小学校 諌早市教育委員会 2.37m 10m
https://misakimichi.com/archives/1230
11 クスノキ (クスノキ科)  高城町諫早公園  諌 早 市  11.60m  27m
https://misakimichi.com/archives/381
12 クスノキ (クスノキ科)  宇 都 町  諫早神社  7.96m  28m
https://misakimichi.com/archives/1367
13 クヌギ (ブナ科)  仲沖町サイクリングロード  諌 早 市  3.00m  21m
https://misakimichi.com/archives/1372
14 クロガネモチ (モチノキ科)  宗 方 町  宗方神社  3.80m  19m
https://misakimichi.com/archives/1377
15 ケヤキ (ニレ科)  城 見 町  蓮 光 寺  3.53m  19m
https://misakimichi.com/archives/1396
16 ス ギ (スギ科)  小川町夫婦木  小 川 町  8.40m  28m
https://misakimichi.com/archives/397
17 スダジイ (ブナ科)  赤崎町赤崎観音  赤 崎 町  7.40m  10m
https://misakimichi.com/archives/482
18 スダジイ (ブナ科)  破篭井町  熊野神社  4.28m  15m
https://misakimichi.com/archives/1254
19 タブノキ (クスノキ科) 高城町諫早公園  諌 早 市  3.43m  13m
https://misakimichi.com/archives/1224
20 ナ ギ (マキ科)  小 野 町  天 満 宮  2.10m  16m
https://misakimichi.com/archives/1390
21 ハマセンダン (ミカン科)  西小路町諌早市郷土館  諌 早 市  2.45m  16m
https://misakimichi.com/archives/1379
22 ヒゼンマユミ (ニシキギ科)  高城町諫早公園  諌 早 市  2.60m  12m
https://misakimichi.com/archives/1224
23 ホルトノキ (ホルトノキ科)  有 喜 町  明 徳 寺  3.48m  17m
https://misakimichi.com/archives/1387
24 ミサオノキ (アカネ科)  高城町諫早公園  諌 早 市  0.96m  11m
https://misakimichi.com/archives/1224
25 ムクノキ (ニレ科)  高城町諫早公園  諌 早 市  4.65m  13m
https://misakimichi.com/archives/1378
26 ムクロジ (ムクロジ科)  本 明 町  平松神社  1.58m  17m
https://misakimichi.com/archives/1397
27 ヤブツバキ (ツバキ科)  富 川 町  大 雄 寺  2.10m  8m
https://misakimichi.com/archives/1401
28 ヤマモガシ (ヤマモガシ科)  久 山 町  花の木神社  1.60m  18m
https://misakimichi.com/archives/1400
29 ヤマモモ (ヤマモモ科)  中 通 町  西 仙 寺  3.57m  13m
https://misakimichi.com/archives/1388
30 ユリノキ (モクレン科)  城見町北諫早中学校  諌早市教育委員会  1.90m  17m
https://misakimichi.com/archives/1395    

正保4年長崎警備?「臼杵陣所」の標石が片淵で見つかる  

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

正保4年長崎警備?「臼杵陣所」の標石が片淵で見つかる

長崎水道の明治33〜38年の第1回拡張事業で着工された本河内低部ダム−西山低部浄水場間の導水トンネルを訪ねていて、偶然に「片淵3丁目公民館」建物下でこの標石を見たのは、本年8月初めである。
参 照  https://misakimichi.com/archives/1203
1月半ほどそのままにしていたが、「役所」みたいな刻面だったので、貴重な標石と思われ、長崎楽会の中尾氏が近くの西山に住むため、標石の調査を頼んだ。

中尾氏がさっそく片淵3丁目公民館に標石を確認に行き、地元自治会で歴史に詳しい浦川大二郎さんから話を聞いてきてくれた。
標石の刻字は「臼杵陣所」。縦15cm、横18cm、高さ45cmの石柱。公民館左方の道路工事した5年ほど前、ショベルカーが掘り出した。長崎市文化財課に報告し、文献調査と保存を願い出たが、はっきりしたことがわからず、とりあえず公民館前に置いたまま、5年が経ったそうである。

中尾氏と浦川さんの推論では、この標石は、正保4年(1647)、2隻のポルトガル船が来航した時、長崎警備のため出陣した臼杵藩(大分県)が、この辺りの農家などを借り上げ、陣所を構えたものではないか、ということである。
江越弘人先生著「《トピックスで読む》 長崎の歴史」弦書房2007年刊の128〜129頁、同事件の解説は次のとおり。

「臼杵藩」が出陣したことが、まだはっきり確認できないが、標石の可能性としては、これが一番考えられる。
事件後、西日本の諸藩は、長崎に自前の蔵屋敷を設け、聞役を置き、長崎での情報を速やかに入手して、長崎出陣に備えるようになった。蔵屋敷を置いた藩は14に上がる。
佐賀藩では所領が長崎に隣接していたために、支藩(鹿島支藩)や大身の家臣(諫早領・深堀領)も自らの蔵屋敷を設けていた。
記録に表われない小藩があったかも知れない。当時の長崎警備の事件を思い起こさせる、まだ確証はないが、珍しい標石が掘り出されたのではないだろうか。

正保4年のポルトガル船入港(1647)

1640年、ポルトガルはおよそ60年振りにスペインから独立をかちとることが出来た。… 新しくポルトガル国王となったジョアン4世は、日本との通商の復活を願って、正保4年(1647)に、2隻の船でイスパニアからの分離を知らせる使節を送ってきた。
7年前の使節一行の処刑と使節船焼き捨ての記憶が、まだ生々しく残っていた。長崎港はたちまち緊張に包まれた。江戸へ早馬が飛び、九州各地から諸大名が兵を率いて続々と集結した。長崎港を取り巻く海岸や山々には5万の兵士が陣を敷き、港内には1500の兵船で埋まった。また、ポルトガル船が、勝手に出帆してしまわないようにと、港口の女神と男神(神崎)の間に船を並べ、その上に板を敷いて船橋を造り、港を閉鎖してしまった。

ポルトガル使節の船が、6月24日に入港してから、およそ1月後の7月28日には、上使の大目付井上筑後守と在府長崎奉行山崎権八郎が長崎に入ってきた。江戸から長崎間を15日で到着するという異例の早さであった。
会見は、早速翌日から始まった。筑後守は「来航してきた時には死刑をもって対応すると告げていたが、今回は、ポルトガル・イスパニアが分離したとの知らせの使節で、通商を願ってのことではないので、特にそのまま帰航することを許す。例え如何なることがあろうとも、再び来航することが無いように」と申し渡した。
こうして、今回は何事も無くポルトガル船は出港して行ったが、幕府にはさらに長崎警備の充実の必要性を痛感した。…

諌早市郷土館のハマセンダンとリュウゾウジヤナギ  諌早市西小路町

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

諌早市郷土館のハマセンダンとリュウゾウジヤナギ  諌早市西小路町

国道207号線の諌早市宇都町交差点から市役所方面へ向い、上山公園駐車場先の天祐寺前交差点からすぐまた右折すると、天祐寺の先の県道左方に「諌早市郷土館」がある。
諫早の貴重な郷土資料を多数展示している。入館料は無料。

諫早の原始から近世までと水害・干拓などの展示コーナーがある。前庭には街道標石など昔の諫早を偲ぶ資料が屋外展示されている。
「ハマセンダン」の大木は、この庭の最奥に立つ。「諫早の名木30選」によると、幹囲2.45m、樹高16m。植物図鑑による「ハマセンダン」の解説は次のとおり。

ミカン科  ハマセンダン  Evodia meliifolia Benth.

・落葉高木。雌雄異株。 ・葉は長さ20〜30cmのある奇数羽状複葉で、小葉は長さ3〜10cmくらいで披針状楕円形〜卵形です。 ・樹皮は黒褐色で滑らかです。  ・夏に枝先に白い小さな花がたくさん集まって咲き、チョウ、ハチ、ハナアブなどたくさんの昆虫がやってきます。
分布は、本州、四国、九州、琉球列島;南朝鮮、台湾。

郷土館庭の名木「ハマセンダン」の手前には、「リュウゾウジヤナギ」が植えられ、石柱の名札があった。
聞くと佐賀市龍造寺庭園にある木から枝分けしてもらったまだ幼木。ヤナギ科でも珍しい一種。佐賀でももう稀少種となっているそうである。
HPを調べるが、詳しい解説はまったくない。写真もなかった。