月別アーカイブ: 2007年12月

長崎港沖海難救助訓練体験航海の風景

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長崎港沖海難救助訓練体験航海の風景

平成19年9月8日、海上保安庁の巡視艇「はかた」に乗船。長崎港出島岸壁から軍艦島沖まで行った。海難救助訓練の様子と船から見た長崎港内、港外の風景。
長崎海さるく行事。「はかた」は映画「海猿」に登場した船である。

6月から開設したこのブログ、ご愛顧ありがとうございました。
よい年をお迎えください。2008年もよろしく。ときどきは見てください。

戸町神社のムクノキ・クスノキ  長崎市戸町1丁目

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戸町神社のムクノキ・クスノキ  長崎市戸町1丁目

長崎市戸町1丁目に戸町神社はある。戸町トンネルの東側のすぐ高台にあり、戸町バス停側から見ると、ムクノキの大きな白い幹が目立つ。幹周り2.5m、樹高15mほど。クスノキの幹周り4m位の大きな木も、参道石段の左右に2本ある。 

温泉神社のスタジイ  雲仙市愛野町

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温泉神社のスタジイ  雲仙市愛野町

雲仙市愛野町に温泉神社はある。愛野展望台へ行く国道57号線沿いだが、参道入口は唐古へ行く市道の方にあり、愛野中学校先の交差点から右へ入るとすぐである。行基菩薩が創建した温泉神社の神々を分神し鎮座しているため、各地にこの名の神社があるようである。
Otoji.K氏HP「長崎県の名木」リストの中の説明は次のとおり。

温泉神社のスタジイ

温泉神社前にはエノキの大木がある。道路沿にあり目立つ。そこから階段を登ると本堂が現われる。その右手に、下る階段があるが、その側にスタジイの巨木がある。幹から三つに分れていて、根は複雑な形をしている。「木霊の宿る空間」の著者・宮崎氏によると根周り8mはあるという。
温泉神社は中世の頃は「四面宮」といわれていたが、明治2年に温泉神社と改められた。四年に1度、秋に温泉神社祭りが行なわれている。

赤崎観音のスタジイ  諌早市赤崎町

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赤崎観音のスタジイ  諌早市赤崎町

諌早市赤崎町にある。国道57号線を森山駅前近くまで来ると、右手山裾に大きな寺の屋根が見え、集落内の車道へ入る。寺は桃原寺といい、この裏手の丘に赤崎観音を祀る広場がある。由緒あるようなところで市の公園となっている。登り口は寺の右方へ車道を進むと、消防団詰所の前にある。寺の大きな木の写真(この分は12月初め撮影)も添えた。
Otoji.K氏HP「長崎県の名木」リストの中の説明は次のとおり。

スタジイの巨木

諫早市赤崎町の赤崎観音がある広場にある。樹高10m。幹周りは7.4m。諫早市の名木のひとつ。幹は大きく3つに分かれていて、幹のひとつは途中から折れている。中央には大きな洞ができていて、洞の中から新しいスタジイの木が伸びてきている。
遠くから見ると、左右に枝葉を広げていて樹形はいいが、近寄ってみると痛々しい。

県道工事で伐り倒されたムクノキ  諌早市森山町下井牟田

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県道工事で伐り倒されたムクノキ  諌早市森山町下井牟田

Otoji.K氏HP「長崎の樹木」リストの中(街路樹)に次のとおり説明と写真があった(木の画像は同氏HPから)。

森山町ムクノキ

県道124号線そいの井手口公民館近くにある。樹高20m、幹周り3mほどの巨木。樹齢200年ほどらしい。石垣の途中から伸びているが、いい樹形をしている。
残念だが、道路拡幅工事のため、来月にはお払いをして切り倒す予定。町は公共施設で利用するテ−ブルやイスなどに姿を変えて残すことにしているらしい。撮影は平成12年11月。

平成19年12月27日、現地を訪ねた。県道工事は完了し、拡幅された広い道路ができていた。通りがかりの近所のご婦人に尋ねると、この石を積んでいるあたりにムクの大木は立っていた。伐採は昨年だった。近くには、長崎県まちづくり景観受賞の「荒木家高石垣」があった。

教専寺のボダイジュ・チシャノキ  諌早市森山町上井牟田

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教専寺のボダイジュ・チシャノキ  諌早市森山町上井牟田

諌早市森山町上井牟田に教専寺はある。森山駅前から県道124号線に入り有喜の方へ向かう。玉の橋バス停から左へ橋を渡るとすぐ寺である。有喜からは諌早へ行く県道55号線に入り、すぐ途中から右へ「チサンカントリークラブ森山」の案内標識により進む。上井牟田の広い田園地帯へ出ると前方に寺が見える。
境内のイチョウやエノキの巨木に混じって、珍しいボダイジュと大木のチシャノキがある。
Otoji.K氏HP「長崎の樹木」リストの中(街路樹)の説明は次のとおり。

ボダイジュの大木

諫早市森山町井牟田上の教専寺の境内にあるセイヨウボダイジュ。黄色い花がいっぱい咲いていた。根元から二つに分かれていて、それぞれ幹周りは、165cm、110cm。樹高およそ10m。花は6月初旬。
ご住職の話では、植えられた時期はわからないが、子供の頃から、このような大きな木だったとのこと。ボダイジュの巨木をネットで調べると、幹周り70cm(樹齢200年)、100cm(樹齢500年)と記されてあるので、このボダイジュは樹齢500年前後はあるのかも…。

チシャノキの大木

森山町井牟田上名の教専寺にあるチシャノキ。幹周り2.7m。樹高15mほど。6月下旬。チシャノキの白い花が満開だった。境内にはイチョウやエノキの巨木のほか、ボダイジュの大木があった。

なお、寺奥のシャッター倉庫の横の木も大木。住職から「サルヒョウ」という実がなるが、何の木か尋ねられた。建設会社のHP「民家を支えた木」から調べると、これは「イスノキ」の別名。次のとおり説明していた。早見町の歳大明神にも大木がある。
「イスノキはヒヨンノキ、サルノフエ、サルヒョウ、ユスノキなど地方によって色々な方言で呼ばれている。葉に虫食いのコブがあり、サルのヒョウタンと呼ばれる実がなることなど、目立つ木なのでそれだけ親しまれていたのだろう」

歳大明神のホルトノキ・クロガネモチ・アラカシ  諌早市早見町

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歳大明神のホルトノキ・クロガネモチ・アラカシ  諌早市早見町

諌早市早見町の下海岸部に歳大明神はある。国道251号線有喜中学校のまだ手前となり、下に集落が見えたところから、九十九折の車道を最下の海岸まで下る。ここは南風の海浜公園広場となっていて、愛野海岸や雲仙岳がよく見える。
Otoji.K氏HP「長崎の名木」リストの中の説明は次のとおり。

諫早市早見町・歳大明神のホルトノキ

諫早市・有喜の海岸沿の「南風の海浜公園広場」側にある。歳大明神はシイとイスノキに囲まれた神社で、イスノキの大木が多い。アラカシ、ネズミモチ、トベラ、サンゴジュ、コバンモチ、ヤブニッケイ、ヤブツバキ、マサキ、カクレミノなどを見ることができる。
境内には幹周2mほどの、クロガネモチやアラカシの大木がある。幹周り3mほどのホルトノキの巨木もあった。琴海町・三社大神宮の ホルトノキ以来の巨木だ。

神社には町民の「戦没者慰霊の碑」がある。神社のすぐ隣りは海(橘湾)であり、岩場ではカモメがくつろいでいた。
「南風(ハエ)の海浜公園広場」は「十二支公園」の一つで「羊」と記されてある。市内には十二支公園が幾つかあるようだ。今でも12あるんだろうか?

下釜海岸のヤブニッケイ  諌早市飯盛町下釜

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下釜海岸のヤブニッケイ  諌早市飯盛町下釜

諌早市飯盛町下釜の海岸沿いの林間にある。船津の漁港を右にまわった先端部。前ノ島のすぐ手前まで埋立地ができ、白塚公園はここにある。
ヤブニッケイなどの海岸林のあるところは、埋立地へ渡る橋のまだ手前。正確には下釜公園の奥の方の海岸部である。一帯は横津というようで石棺類が多く発見された史跡であった。
Otoji.K氏HP「長崎の樹木」リストの中(街路樹)の説明は次のとおり。

ヤブニッケイ(藪肉桂)

飯盛町の白塚公園近くの海岸沿いにあるヤブニッケイ。海岸沿いにはヤブニッケイの大木が10本近くある。
海岸沿いには、シャリンバイ、トベラ、サンゴジュ、クスドイゲ、ネズミモチなども見ることができる。

「池下」の由来と結の浜マリンパークの風景  諌早市飯盛町池下

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「池下」の由来と結の浜マリンパークの風景  諌早市飯盛町池下

平成19年12月27日、池下の大アコウ根元部分を見て、池神社と結の浜マリンパークへ回った。
池神社説明板の寛永7年(1854)田結村図にあるとおり、「池下」には海水が入る池があり、現在も一部残った入江に小船を入れている。神社付近は以前は海浜だったが、堤防を築き造成してできた漁村が「池下」(いけしも)といわれていると説明していた。
丘を越した結の浜マリンパークの風景は、再掲となる。天気が良かったから写し直した。大門にかけてまだ広く整備工事中である。

池下のアコウ(根元部分)  諌早市飯森町池下

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池下のアコウ(根元部分)  諌早市飯森町池下

諌早市飯森町池下にある諌早市指定文化財(天然記念物)「池下のアコウ」。石垣に囲まれた邸宅から海岸の方へ幹を張り出している。大きなアコウは3本ある。
外から見た写真は、前の項で紹介したが、12月27日、庭に入らせてもらい根元部分を写させてもらった。ご覧のとおりの圧巻。
この家は大久保宅で、地元では「屋敷」と呼んでいる旧家である。