月別アーカイブ: 2008年11月

(A)薬師院跡のケンポナシ  長崎市平間町

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(A)薬師院跡のケンポナシ  長崎市平間町

国道34号線の滝の観音入口から長崎バイパスへ出る県道45号線へ入る。間ノ瀬ICへ着く手前に県道が大カーブするところがあり、これより左へ入ると県営バスの「新田頭」バス停がある。
バス停左から集落の道を上り、長崎バイパスの下を行くと、道脇に地蔵が並べられ、この上の広場が「薬師院跡」である。バイパス道路のすぐ上となる。
次の樹木の再掲。  https://misakimichi.com/archives/624

2001年7月開催「第15回 ながさき巨樹・巨木を見る集い(東長崎地域)」の「東長崎巨樹マップ」に、(A)でケンポナシの記載がある。
(5)矢上神社のケンポナシの側に、次のとおり、この新田頭の木(A)の説明書きがある。

巨木に魅せられて  新田頭のケンポナシ(クレウメモドキ科)

平間町(間ノ瀬新田頭地区)のケンポナシの木は植物研究家の中でも有名な木で、シーボルトの植物標本でも出て来る程の珍しい巨木です。
新田頭のケンポナシは雄・雌の木からなり、全国的にも珍しい2本です。

(11)矢上団地・近隣公園<稲荷大明神>の社叢林  長崎市かき道2丁目

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(11)矢上団地・近隣公園<稲荷大明神>の社叢林  長崎市かき道2丁目

ジャスコ東長崎店から東望橋を渡り、次の交差点が矢上団地入口であるので、右折して団地へ上がって行く。公園の一段低い横に出るので、右回りにより橘小学校の方へ向かうと、「矢上団地近隣公園」の正門で駐車場がある。
「稲荷大明神」はグランド側にあり、自然林が残って、クスノキとスダジイの大木がある。

2001年7月開催「第15回 ながさき巨樹・巨木を見る集い(東長崎地域)」調査結果一覧による説明は次のとおり。

(11)矢上団地・近隣公園<稲荷大明神>の社叢林  所在地:長崎市かき道2丁目

クスノキ(クスノキ科)    幹周り 4.59m 樹高 32.0m 樹齢 約200年 
スダジイ(ブナ科)      幹周り 4.12m 樹高 28.0m 樹齢 約300年
カゴノキ(クスの仲間)    幹周り 1.33m 樹高 18.0m
モッコク(ツバキ科)     幹周り 1.25m 樹高 16.0m

東長崎地区連合自治会編「2000年の東長崎」平成13年刊、神社337頁による説明は次のとおり。

(4)橘    ②稲荷神社(かき道2丁目)

稲荷神社は海抜約40m、周囲300mのこんもりとした森の中に鎮座され、延享3年(西暦1746年)11月建立される。
高柳文衛門外7人の人で作られ、以来毎年2月初牛の日にお祭りが行われている。
昭和54年頃より始まった、矢上団地造成工事によって20m位の谷が埋められ、近隣公園と接する所となった。又ここには、周囲4.3m位の椎木や楠木の大木が茂っている。

(10)川(河)内神社の大スギ  長崎市川内町

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(10)川(河)内神社の大スギ  長崎市川内町

国道251号線により矢上大橋を渡り、長崎市境にある川内町まで行く。国道がカーブした先の交差点から左折して、川沿いの車道を谷奥へ進む。途中に見える鳥居は、別の神社。
まだしばらく行くと、右の川向うに杉木立が見え、ひときわ高いスギがある。鳥居は見えないが、「川内神社」はこの杉木立の下にあり、川の小橋を歩いて渡って行く。
長崎市内では、岩屋神社のスギに次ぐ幹囲の巨木で、圧倒される。
次の樹木の再掲。  https://misakimichi.com/archives/621

2001年7月開催「第15回 ながさき巨樹・巨木を見る集い(東長崎地域)」調査結果一覧による説明は次のとおり。

(10)川(河)内神社の大スギ  所在地:長崎市川内町480?

ス   ギ(スギ科)         幹周り 5.17m  樹 高 30.0m
イロハカエデ(カエデ科)     幹周り 2.40m  樹 高 17.0m
藩政時代は、諫早家家臣・早田家の領地で、神社は天文年間(1532〜1544年)に造られ、その後1664年(寛文4)に社殿が建立された。屋根に「擬宝珠」が付けられていることから格式の高い神社である。

当初はこの杉と対して、松の巨木が右側に生えていたが、昭和26年残念ながら、この松は枯れた。諫早のおこしやの家材に活用。 

(9)松田氏宅のヒイラギ  長崎市松原町

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(9)松田氏宅のヒイラギ  長崎市松原町

国道34号線の松原交差点から左折して、植木の里松原へ入る。JR肥前古賀駅の右側ガード下を通り、高台最奥の庭園まで坂道を上がって行くと、松田共楽園の次の右方に「松花園」の標柱庭園がある。
同宅の玄関前のところにヒイラギの古木があり、説明書きがある。

ヒイラギのある松田宅「松花園」へ行く道の左側に、長崎付近が北限という南洋系落葉高木「ヘツカ二ガキ」があるとのことであるが、見つけきれなかった。
後ろの写真は、同庭園の梅や藤などの古木と、近くで目にしたモミの大木。

2001年7月開催「第15回 ながさき巨樹・巨木を見る集い(東長崎地域)」調査結果一覧による説明は次のとおり。

(9)松田氏宅のヒイラギ  所在地:長崎市松原町2065 所有者:松田宗伍

ヒイラギ(モクセイ科)  幹周り 1.49m 樹 高 3.0m 樹 齢 400年以上
中は空洞状態になっており、樹皮の部分だけで生きている老樹ながら、長年かけてよく手入れきただけあって、庭木として独特の風格を醸しだしていた。
<補 足> 
国見町長栄寺にも樹齢400年ほどのヒイラギがあるが、こちらは幹周り(地上60cmで)3.84m、樹高は13.0mである。
(注) 国見町の樹は、 https://misakimichi.com/archives/511 参照。

(8)赤瀬氏宅のラカンマキ  長崎市松原町

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(8)赤瀬氏宅のラカンマキ  長崎市松原町

国道34号線の松原交差点から左折して、植木の里松原へ入る。JR肥前古賀駅へ上がる道をしばらく行くと、左方に「赤瀬邸庭園」の標柱がある。
剪定整枝されたラカンマキとしては、日本最大であるといわれている。
次の樹木の再掲。  https://misakimichi.com/archives/288  

2001年7月開催「第15回 ながさき巨樹・巨木を見る集い(東長崎地域)」調査結果一覧による説明は次のとおり。

(8)赤瀬氏宅のラカンマキ  所在地:長崎市松原町2509 所有者:赤瀬邦彦

ラカンマキ(マキ科) 幹周り 4.01m 樹 高 9.5m 枝張り 12m 樹齢 約600年
中国浙江省から1689年に移植されたといわれる巨木で、樹齢も600年以上といわれ、日本でも一番ふるいラカンマキである。同家の話では、2年に1回剪定して樹形を整えているだけあって、それはみごとな庭園樹であった。
<補 足> 
有家町専念寺のラカンマキは、幹周り4.22m、樹高13.0m。樹齢は約360年といわれる。
(注) 有家町の樹は、https://misakimichi.com/archives/569 参照。
2004年、台風被害にあっている。

(7)滝の観音のイチイガシ(伏樹)  長崎市平間町

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(7)滝の観音のイチイガシ(伏樹)  長崎市平間町

国道34号線を行って、矢上を過ぎ長崎自動車道高架下の先に「滝の観音入口」バス停があり、左折して長崎バイパスへ上がる県道45号線に入る。
滝の茶屋の橋で間の瀬川と合い、しばらく行くと案内の石門があり、県道からこの道へ入ると、谷奥に「滝の観音」がある。滝は落差約30m。石橋2つがある。
イチイガシの伏樹は、山門の石段参道に不思議な樹形で横たわる。
次の樹木の再掲。  https://misakimichi.com/archives/403 

2001年7月開催「第15回 ながさき巨樹・巨木を見る集い(東長崎地域)」調査結果一覧による説明は次のとおり。

(7)滝の観音のイチイガシ(伏樹)  所在地:長崎市平間町間の瀬

「滝の観音」は、県指定名勝(昭和39年10月16日)  所有者:霊源院
イチイガシ(ブナ科)     横たわった(中は空洞)根周り 4.10m  立ち上がった幹周り 2.18m   樹 高 22.0m
何とも不思議な樹形(根の格好)をしたイチイガシのため、「伏樹門(ふしぎもん)」の謂われを書いた案内板が脇に立っている。他の樹木については、
イヌマキ(マキ科)       幹周り  2.20m  樹 高 19.0m
ナ   ギ(マキ科)      幹周り  2.22m  樹 高 19.0m
ナ   ギ(マキ科)      幹周り  1.64m  樹 高 12.0m

(6)浄土真宗「教宗寺」のイチョウ  長崎市矢上町

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(6)浄土真宗「教宗寺」のイチョウ  長崎市矢上町

国道34号線を行って、長崎市東長崎支所の角から左折する。正面奥に見えるのが、旧長崎街道の矢上宿「矢上神社」である。
矢上神社前から一方通行となっている長崎街道の通りを右の諫早方面へ進む。オナーズヒル進入道路を横断し、しばらく行くと左方奥に「教宗寺」がある。
山門をくぐって左右にイチョウが立つ。

2001年7月開催「第15回 ながさき巨樹・巨木を見る集い(東長崎地域)」調査結果一覧による説明は次のとおり。
後ろの写真は、2008年12月3日撮影を追加。散りかけたイチョウ。黄葉が境内いっぱいに広がっていた。

(6)浄土真宗「教宗寺」のイチョウ  所在地:長崎市矢上町469

イチョウ(イチョウ科)     幹周り 3.02m   樹 高 22.0m
イチョウ(イチョウ科)     幹周り 3.01m   樹 高 18.0m
1826年(文政9)2月、シーボルト一行が江戸参府の途中にここ「教宗寺」で昼食をとったとある。

加勢首にあった剣道場−「錬武館」の標石  長崎市現川町

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加勢首にあった剣道場−「錬武館」の標石  長崎市現川町

次は、東長崎地区連合自治会「2000年の東長崎」平成13年刊、郷土の誇り40頁にある三浦道場の記録である。
現川分校は、平成20年4月高城台小学校の開校によって同校の分校となった。裏手の墓地内にあった三浦家の墓や「筆子塚」も、すべて今は茨城県に移されたらしく、見ることはできない。

49 幕末の矢上現川住 剣術家 三浦助之烝

幕末現川で道場を開いていた、剣術家三浦助之烝については、現在現川町矢上小学校分校の裏手の墓地内に、三浦助之烝の師匠の石祠が建っている。
師匠の徳を讃えて碑を建立したものを、一般に「筆子塚」という。師匠は、赤松二郎(次郎)、独歩斎鉄仲と号し、水戸藩浪士、一刀流と神陰流をあわせて、神陰一刀流と称した。
赤松次郎と矢上との関係は、幕末諫早領公により武術の奨励により、長崎に住んでいた水戸浪士赤松二郎が、現川の三浦道場と矢上神社境内の林田道場に、師匠として招かれた。…
※三浦道場は、幕末に道場で寺小屋をもち、明治になると、道場を校舎として、児童を集めて授業を始めた。これが矢上小学校現川分校創立の前身となった。

郷土誌に表われていないが、現川の加勢首にも剣道場があったそうである。
現川分校の前を通りJR現川駅から現川峠を越し、長崎市西山台団地へ出る道を上がって行く。この谷の集落が「加勢首」で、最奥の家のきれるところのちょうど左側道路脇に、古い観音堂と墓がある。現川峠越しの旧道が前に残る。観音堂の石燈籠には「文化七年 仝十月吉日」銘。
観音堂裏の車道から一段高い墓地に、細長い標柱と自然石に乗った墓碑を見かけた。

18cm角、高さ2.3mの標柱は、4面に次のような意を刻んでいる。
「大正二年大演武会二於テ総裁宮大勲位功二級 貞愛親王ヨリ七十歳尚ホ演武ヲ栄トシ今詞ヲ賜ヒヤ」「総裁宮ヨリ演武□□中術ノ精錬ナルヲ表示セラレキ」「本会二功不勘トメ総裁宮ヨリ褒章及ビ記章ヲ賜ヒキ」「錬武館主誌之」
一方、古い自然石に乗った墓碑は、「樋口銕市之墓 玄武斎勇道智剣居士」「大正八年十月二十四日生」と刻む。いかにも剣術家らしい戒名だが、標柱とは年代が合わない。

畑をしていたすぐ下の家の奥さんに聞いてみた。ここは諫早市に住む樋口家の先祖墓。 墓名の樋口銕市氏の先々代くらいから、この車道下の今は竹林となっているところで、剣道場を開いていた。これが「錬武館」という道場ではなかったか、という話である
杉澤翁昭和7年図の「現川維新前後の面影」を見ると、加勢首の現地の場所に「錬武館」と、墓下に「樋口」邸が描かれている。

「樋口家」といえば、先の「筆子塚」の石祠建立施主名に三浦助之烝・林田要之進に続き「樋口善太夫」の名がある。
同郷土誌18頁の「12、樋口渡瀬」には、「矢上橋付近を樋口渡瀬といい、矢上の豪族樋口一族がこの近くに住んでいたものと思われる」となっている。
加瀬首住いだった剣道場主「樋口家」も、これら武勇一族の流れをくむ家系ではなかっただろうか。地元において詳しい考証をお願いしたいものである。 

(5)矢上神社の社叢林  長崎市矢上町

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(5)矢上神社の社叢林  長崎市矢上町

国道34号線を行って、長崎市東長崎支所の角から左折する。正面奥に見えるのが、旧長崎街道の矢上宿「矢上神社」である。
貴重木「ケンポナシ」の木は、神社の話ではもう1本になっていた。神社入口の鳥居をくぐって、すぐ右脇に説明板とともにある。平間町新田頭の雌雄木は後掲。
本殿前には、長崎大水害で流され再建した滝の観音「羅漢橋」「普済橋」の石橋模型が置かれている。本殿右には美しいイチイガシが数本見られた。裏手の高台にもクスノキの大木がある。

2001年7月開催「第15回 ながさき巨樹・巨木を見る集い(東長崎地域)」調査結果一覧による説明は次のとおり。

(5)矢上神社の社叢林  所在地:長崎市矢上町322

クスノキ(クスノキ科)       幹周り 4.59m   樹 高 29.0m
ムクロジ(ムクロジ科)       幹周り 3.15m   樹 高 24.0m
クロガネモチ(モチノキ科)    幹周り 3.02m   樹 高 16.0m
ケンポナシ(クロウメモドキ科)  幹周り 1.38m   樹 高 16.0m
ケンポナシ(クロウメモドキ科)  幹周り 0.97m   樹 高  9.0m
長崎市内では、最古の歴史を持った神社で鎌倉時代の弘安の役の1281年(弘安4)元軍が北松鷹島に上陸した元寇の時代に建立され、その後1575年(天正3)に現在地に移ったという。
そのため社叢林も素晴らしく立派で昔ながらの自然林が良く保存されている。最近では極めて珍しいケンポナシがあることは、特筆すべき地である。

(4)曹洞宗「正覚寺」のモミ  長崎市矢上町

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(4)曹洞宗「正覚寺」のモミ  長崎市矢上町

国道34号線を行って、番所橋バス停先の中尾入口交差点から左折する。2つ目の角から矢上小学校のグランド裏の高台を行く新道へ右折して入る。ちょうどグランドのところ左方に「正覚寺」の参道口があり、モミの高木が見える。

2001年7月開催「第15回 ながさき巨樹・巨木を見る集い(東長崎地域)」調査結果一覧による説明は次のとおり。

(4)曹洞宗「正覚寺」のモミ  所在地:長崎市矢上町119

モミ(マツ科)         幹周り  2.90m  樹 高 26.0m
日本特産の常緑針葉樹のモミは、県内で自然に生える地域としては雲仙・多良山系と離島では対馬にあるだけで、平戸・壱岐・五島列島にはでてこない。
江戸時代末期の頃に、正覚寺は現在地に移築されたとあり、1875年(明治8)の図面には、モミの木が記載されていることから樹齢は150年以上であろう。