長崎市南部の女男岩・夫婦岩(石)
ことの発端は「みさき道」の蚊焼茶屋跡の場所探しである。国道蚊焼入口から「みさき道」は急な坂道を上り、大きな桜の木のある草地に出る。ここは長崎の港外の島々の展望がよく、茶屋跡でないかとこれまで推定されていた。
関寛斎日記の記述はそうでない。「蚊焼峠」の前後の位置関係や、「喫水」の清水から疑問を感じ、字名を調べるとここは「女男岩」となり、字「古茶屋」は別にあり、まだここから100mほど先、草積祠のある場所の上の畑地が茶屋跡と考えられることとなった。
前の推定場所であった草地の土地所有者蚊焼高比良氏にも、このことは確認している。茶屋とは何も関係なかったのである。では、字名の元となった「女男岩」はどこにある岩のことか。重ねて高比良氏に尋ねた場所の岩は、写真のとおりであった。
しかし、そこは「庚申ノ元」の区域。別項に載せた「庚申塚?」のすぐ脇。写真の岩を男岩、「庚申塚?」の岩を女岩に見立てると考えられないこともないが、まだすっきりしないので調査したい。
「女男岩」ないし「夫婦岩」という岩・石は各地に多くある。陰陽石とはまた違う。相いふさわしいその実物があるからこそ名前がつけられ、地名が生まれたのであろう。これを探すのも一興がある。
長崎市の南部地域でこれまで記憶したのが、次のとおりあった。
(1)小ケ倉団地背後の岩稜に、セキ岩・オオ岩・ウマ岩とともに「夫婦岩」という岩がある。どの岩のことかは確認してない。
(2)先日、藤田尾の浜に下った途中に見かけた高さ3mほど大きな石。2つに割れ見事な石であった。すぐ先の小沢に橋がかかり、「夫婦石橋」の銘板があった。
(3)有名な野母崎以下宿海岸の「夫婦岩」。観光スポットである。
(4)前三和町「字図全図」で調べると、あと1箇所「夫婦石」の字名がある。徳道集落先の「熊ノ岳」入口分岐あたり。この西側山手。サイクリング道路と上はゴルフ場である。
(5)「長崎名勝図絵」204頁によると「覆鍋山(鍋冠山)に二つ石が相対して立っている。夫婦石と名づける。」との記述がある。展望公園となって見当らない。
なお、同図絵は、上小島ピントコ坂に「爺嬢石(じじばばいし)」があることを記していた。爺石のみは残っていた。(別項)
また、北部では、滑石大神宮一の鳥居左側に川から移された「滑石の夫婦石」がモニュメントとしてある。