投稿者「misakimichi」のアーカイブ

阿蘇北外輪  かぶと岩展望所、大観峰

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阿蘇北外輪  かぶと岩展望所、大観峰

国東半島めぐりに行く途中、阿蘇北外輪の風景。熊本県観光サイト「なごみ紀行 くまもと」による説明は次のとおり。

写真は、かぶと岩展望所、大観峰からの展望

かぶと岩展望所   所在地 阿蘇市端辺
県道339号北外輪山・大津線、通称ミルクロードを菊池・阿蘇スカイライン方面に走り、大観峰を間近に見るころ、「かぶと岩展望所」が見えてきます。ここから阿蘇五岳や阿蘇谷が一望でき、ドライブの途中や小休憩に利用されています。

大 観 峰       所在地 阿蘇市端辺
内牧温泉の北東方にある北外輪山の一峰。かつて遠見ヶ鼻と呼ばれていましたが、大正11年5月小島内牧町長の要請により、文豪徳富蘇峰が大観峰と名づけました。ここから望む阿蘇五岳や久住連峰はすばらしく、雲海がたちこめた眺めは最高です。ここからの阿蘇五岳はお釈迦様の寝姿に見えることから「涅槃像」と呼ばれています。展望台からは、阿蘇の街並みも一望でき、お土産店や食事処もあります。また、天体観測のスポットでもあります。

阿蘇北外輪  二重峠の石畳・鞍岳登山

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阿蘇北外輪  二重峠の石畳・鞍岳登山

マイ50ccバイクによる大分県国東半島めぐり。10月25日から11月4日まで11日間。雨に4日遭い、予定が延びた。走行距離は1231kmだった。
有明フェリーで渡り、大津から阿蘇北外輪ミルクロードに入る。大観峰からやまなみハィウェイにより湯布院まで行き、日出生台を通り国東半島めぐりの最初の目的地「西椎屋の滝」へ入った。

最初の記事はその途中、阿蘇北外輪の風景。鞍岳は男岳(1119m)と女岳(1090m)の総称。2つのピークが遠くから馬の鞍の形に見えるので、「鞍岳」と呼ばれている。ミルクロード阿蘇牧場近くに、旭志と結ぶ鞍岳林道入口がある。
熊本県観光サイト「なごみ紀行 くまもと」による説明は次のとおり。

写真は、豊後街道二重峠の石畳、ミルクロード鞍岳入口、第2駐車場山の神登山口、馬頭観音堂、鞍岳山頂(標高1119m 第2駐車場から徒歩15分)、山頂からツームシ山・女岳・阿蘇五岳方面展望、鞍岳の女岳山頂、阿蘇牧場のススキ野

二重峠の石畳    所在地 阿蘇市車帰

二重峠は加藤清正公が作った街道で、肥後と豊後を結ぶ豊前街道の一部です。坂道が多く風雨などで道の破損の大きいところを石畳とした部分が今も残っており、1.6キロメートルにわたり幅約3メートルの石畳が敷き詰められています。このルートは江戸時代には細川氏の参勤交代に使われていました。
阿蘇市には、この豊後街道の後があちこちに残っています。その中の一つが、県道339号(通称ミルクロード)の二重の峠から阿蘇谷に下る「二重峠の石畳」。現存する石畳としては国内最長クラスを誇るもので、勝海舟も「阿蘇の脚甚だ広く、田野あり」と記した風景が眼前に広がり、格別です。峠下まで歩くと往復2時間程かかりますが、気軽なハイキングにはピッタリのコースです。峠からは阿蘇市を一望することができ、草原を吹くさわやかな風がほおをなでる気持ちの良い場所となっています。

鞍 岳       所在地 人吉市瓦屋町

阿蘇の周りを取り囲む外輪山の一角「鞍岳」、その山頂からは360度の展望、阿蘇山・久住山はもとより、晴れた日には遠く有明海まで一望できます。近年、誰にでも山として登山者の人気が高く、四季折々の草花が登山者の目を楽しませてくれます。鞍岳の麓にある温泉施設から徒歩で1時間〜2時間で登ることができます。

魚見岳の明治9年地理局測点「地中埋石」探しと大久保山登山道の整備

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魚見岳の明治9年地理局測点「地中埋石」探しと大久保山登山道の整備  2011年11月

2011年11月3日(木 文化の日)曇り一時雨。魚見岳の明治9年地理局測点「地中埋石」探しと大久保山登山道の整備。参加2人。みさき道歩会の例会。
女神9:30発ー魚見台場跡ー地理局測点ー魚見岳ー大久保山(昼食)ー新戸町団地13:30着(徒歩距離約5km)

「長崎の珍しい標石」の項で、魚見岳と天門峰山頂岩にある明治九年「地理局測点」を紹介しているので、次の記事を参照。
https://misakimichi.com/archives/81
https://misakimichi.com/archives/377

今回は、魚見岳にある「地理局測点」の方。京都市上西勝也先生(近代測量史研究)の前HP「三角点の探訪」(現在は「史跡と標石で辿る 日本の測量史」と改題) によると、つくば市の国土地理院「地図と測量の科学館」構内に同じような「地理局測点」の標石が展示されている。
地上標には、必ず上の図と写真のような地中に埋めた標石の正式な測点があるらしい。まだ掘って探していない。先生も懸案とされていたので、今回、私たちの会で探してみることとした。

本日参加のM氏とK氏が、周囲をだいぶん掘ったそうだが、木の根ばかりで見当たらない。小雨が降り出した。掘ることを中止し、大久保山へ登って、新戸町団地に下ったという報告。私は国崎半島めぐりが延び、帰ってこられなかった。
本日の写真は、撮っていないとのこと。女神出発の様子が、見送りの宮さんブログにあったから借りておく。
http://blogs.yahoo.co.jp/khmtg856/28809273.html

多良山系の遠目山・春日越の縦走  2011年10月

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多良山系の遠目山・春日越の縦走  2011年10月

2011年10月23日(日)曇り一時雨のち晴。多良山系の遠目山(標高849m)へ。北川内から遠目越へ上がり、遠目山・春日越の稜線縦走。参加9人。みさき道歩会の例会。
萱瀬ダム8:45発−北川内林道入口9:15ー林道終点9:50−遠目越11:15−遠目山12:30着(昼食)13:00発−春日越13:45−林道終点14:40−北川内15:30−萱瀬ダム15:45着(徒歩距離約7.2km)

長崎を車2台で7:40出発し、高速道利用で萱瀬ダムへ8:45着いた。大橋公園に駐車。歩き出したが、遠目越登山口を地元で聞くといろいろ言い、時間をロスした。
北川内は右上の奥の集落。結局、国土地理院地形図どおりの道を行くことにした。配水場先の「北川内4号橋」を回り込むと、遠目山が望める。2軒の家へ上がる直線道路が林道入口である。

左の民家前を通り、コンクリート舗装の荒れた林道をつめる。終点にレスキュー「601」のポイントがあり、正しい遠目越登山道入口と確認できる。急斜面の登りが続き、尾根状の上に出て、やっと緩やかな横道となる。ここには大きな炭焼釜の跡が多かった。
遠目越11:45着。北川内へは標識に「2.5km」とあった。

経ヶ岳−郡岳のメインルートを伝い、遠目山へ向かう。手前の815mピークに萱瀬ダムが眼下に望める岩場があった。遠目山12:30着、昼食。山頂は展望のない広場。三角点がある。
13:00発。雨模様となる。途中の展望岩は霧がかかって、景色はまったく見えなかった。春日越13:45着。経ヶ岳・金泉寺へ先の道は、会でまた次の機会としたい。

春日越から北川内へ沢沿いに下る。ゴロ石がほとんどの下山路。沢を何回か右左へ渡るので、テープに注意する。林道終点に14:40出た。萱瀬ダムまでまだ1時間を要する。
登り口の北川内へ戻り振り返って仰ぐと、今頃、遠目山の稜線が青空に映えていた。3枚目の林道入口も、帰りに撮影している。

わが庭に自然石によるアーチ式石橋を造る

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わが庭に自然石によるアーチ式石橋を造る

殺風景なわが家の庭。大きな植木鉢とゴムシート敷きの「めだか池」が3つ。「ゆうこう」の苗木を植えているが、若葉は虫に食われた。
居間のソファーからいつも見えるブロック塀の角に、アーチ式ミニ石橋を造ってみた。

材石は三和地域特産の「蛇紋岩」を、石切り場跡から調達してきた。八郎岳山系の沢に造った「乙女橋」と同じ工法だが、杉の丸太の代わりに孟宗竹の残りやブロックなど使った。
できばえは写真のとおり。

橋の長さ1m、幅0.3m、高さ(拱矢)0.3mくらい。橋名は考えている。適当な石がなかなか揃わない。支えを外して気付いたが、左側が不安定だった。近いうちにまた造り直したい。
みなさんも挑戦してください。けっこう頭と力を使う。つつましい小さな庭でも、長崎らしい見栄えのする庭となるだろう。

最後の写真は、きょう夕方の空と軍艦島(端島)。

長崎の西空の夕日  11−09

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長崎の西空の夕日  11−09

長崎市南部の団地、わが家から見た夕日。電柱と電線は邪魔なので近くにも出かける。以下、続く。

写真  1〜 2  2011年 9月 6日の18時44分頃
写真  3〜 5  2011年 9月23日の18時17分頃
写真  6〜 8  2011年 9月27日の18時11分頃
写真  9〜11  2011年10月 8日の17時46分頃
写真 12〜14  2011年10月18日の17時49分頃

自然石によるアーチ式石橋「(第2)乙女橋」が完成(続き)  八郎岳山系の沢

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自然石によるアーチ式石橋「(第2)乙女橋」が完成(続き)  八郎岳山系の沢

きょうも午前中、自然石によるアーチ式石橋「(第2)乙女橋」の現地へ。曇り日で小雨となった。橋の上部を小石で埋め、歩きやすいように平らな敷石を一面に乗せた。
計測すると、橋の長さは1.5m、橋の幅は0.8m、橋の高さ(拱矢)は0.7mほど。

靴の写真のとおり、私が数回、乗って渡っても大丈夫だった。頑丈な造りにできているが、念のため「実験石橋 乙女橋 危険 通行不可」のプレートを中央に取り付けた。

自然石によるアーチ式石橋「(第2)乙女橋」が完成  八郎岳山系の沢

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自然石によるアーチ式石橋「(第2)乙女橋」が完成  八郎岳山系の沢

長崎市平山町の長崎市民農園奥の谷間に、「千々峠」(乙女峠)登山道入口がある。200mほど登ると八郎岳(標高590m)から流れる1つの沢を渡る。小滝の渕尻を飛び石で渡っているが、増水した時に渡りきれないことがある。
本年7月30日、ここに自然石によるアーチ式石橋の架橋実験をし、一応、完成させた。
その様子は次に。  https://misakimichi.com/archives/2862

この石橋は、来年夏まで持てば良いと様子見していた。1か月も経たないうちに、台風の大雨による増水で流されていると聞いた。小滝の渕尻から少し下の本流に架橋していたが、右側山手斜面からの水流も相当あったのだろう。
普段はまったく水量のない小さな流れが変わり、石橋の根元を直撃、跡形もなくなっていた。余計に作った丸太のベンチが流れ、石橋を崩したことも原因だろう。

せっかく集めた材料の石は、下流にほとんど見当たらない。また石集めからしないとならないが、再挑戦することとした。丸太は残していた。川の水が冷たくならないうちだ。
架橋場所を今度は変えた。右手岸側の岩面と水流に関係のない中央に傾いた大石の間に架けることとした。
橋の長さは短くなり、最も大事な支保工が省ける。基礎はしっかりしている。ちょうど最適な岩・石の傾斜や高さがある。休憩の水場で、渡っても先がない「モニュメント」として、見てもらう石橋で良いだろう。橋の下は、水はまったく流れない。

きのう10月13日、「(第2)乙女橋」は、丸太を抜くとガチッとかんで完成した。中央の傾いた大石先の本流へ伸ばすと、2連の立派な眼鏡橋となる立地の良いところ。次の課題で考えてみよう。木橋でも良い。
今度の石橋は、小さな橋で両側が岩面や大石のため、前より強固になっている。私が乗って渡ってみたが、大丈夫だった。中央の大石は、簡単に動かないだろう。
しかし、あくまで実験石橋。適当な大きさの材石が揃わず、重心のかけ方によって、すぐ落下することもある。危険防止のため、最後のプレートを取り付ける。

大村市の自然名所めぐり  山田の滝・萱瀬ダム・野岳湖ほか

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大村市の自然名所めぐり  山田の滝・萱瀬ダム・野岳湖ほか

2011年10月4日(火)晴。山田の滝・萱瀬ダム・野岳湖ほか大村市の自然名所めぐり。参加4人。宮さんの車で高速道利用。
山田の滝を見に行こうと誘いがあったので、23日の遠目山・春日越縦走の北川内登山口下調べもあり、4人で出かけた。ついでだから、大村市のめぼしい自然を楽しんできた。
「山田の滝」は、滝の項に。 https://misakimichi.com/archives/2909

写真は、山田神社、山田の滝、琴平岳スカイパーク、萱瀬スギ(大名杉)、萱瀬ダム、妙見岩、野岳湖、鉢巻山ヒガンバナ
「妙見岩」は、萱瀬ダムの北川内から野岳湖への車道途中にある。クライマー岩場で、ハーケンが無数に打ち込まれていた。人面岩?だな。11枚目。

宮さんのブログ記事は、 http://blogs.yahoo.co.jp/khmtg856/28651518.html

山田神社と山田の滝  大村市上諏訪町

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山田神社と山田の滝  大村市上諏訪町

長崎自動車道大村インターチェンジから、広域農道レインボーロードに入り諫早方向へ戻る。「上諏訪橋」の大村共立病院との分岐を過ぎ、下りにかかると「山田の滝」の案内板がある。左折して川沿いに進むと、「山田神社」の鳥居に着く。

奥の社殿まで行き、両側が断崖をなす大上戸川下流域の河原を、しばらく遡行する。人面岩、題目碑の渕を過ぎると、「山田の滝」が正面に見える。
滝の上部へは、社殿手前から左手植林地内の山道を上がると、砂防ダムまで行ける。直線滝の下に「山田の滝」が落ちている。

「山田の滝」は、次のHPが詳しく調べているので参照。「大村郷村記」には、以下のような記述があるそうだ。 http://www6.ocn.ne.jp/~fukusige/oomura-waterfall/yamadanotaki.html

池田分山田の奧にあり、滝の高サ拾間程、左右山層り巌聳へ、緑樹陰林として周囲の巌壁恰も屏風を立たるが如し、水は其の巌間伝ひ漲り落ちるなり、滝壺長サ拾間、横五間、深サ五尋程(此滝壺を迹驚の淵と云ふ) 水色藍の如し、水源は城の尾山・伏勢山の両谷より出る、御手水の滝の下流なり、滝壺右の方巌壁に七面大明神鎮座あり、往昔より災旱に遭時は、里人此淵に於て雨を祈るに必応験ありと云ふ、又左の方巌壁に碑銘文あり、此滝壺の下に又淵あり、題目淵と号し、滝壺より石を伝ひ、川中を下る事凡壱町程にして七面大明神の石鳥居あり、此鳥居際右の方路傍へ岩窟あり、窟中に日迢上人の石像あり、此所より又下る事三拾九間程にて、右の方路傍に山田権現の社同石鳥居あり 次に庵室あり 滝壺より庵室の間左右険山相対し、渓間には奇岩・怪石多く、渓川は曲折盤旋して此際を漲り流れ、或は淵となり、或は瀬となる、其水至て清冷なり、又河邊及山間には桜・楓数百株ありて、桜花の爛漫、楓樹の紅葉する頃は、遠近の遊人群参して、詩を賦し歌を詠して美景を賞す、誠に幽寂の霊境なり、此川の上流に滝あり、御手水の滝と云ふ、迹驚の滝より行程四町程、此間深山にて僅に樵夫の通ふ山径あり、甚険路なり