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長崎外の古写真考 目録番号:2110 山間の民家 (再掲)

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長崎外の幕末・明治期古写真考 目録番号:2110 山間の民家 (再掲)

HP「長崎大学附属図書館 幕末・明治期日本古写真メタデータ・データベース」などに収録している長崎の古写真について、撮影場所などタイトルや説明文に疑問があるものを、現地へ出かけて調査するようにしている。順不同。長崎以外の気付いた作品も取り上げる。

目録番号:2110 山間の民家

■ 確認結果

目録番号:2110「山間の民家」は、次の絵葉書のとおり「箱根旧街道」であろう。松並木、背景の山など比較。具体的には、神奈川県足柄下郡箱根町湯本山崎の風景と思われる。
この項は次の記事を参照。 https://misakimichi.com/archives/2669

絵葉書は、HP岡野亮介氏のギャラリー「手彩色絵葉書 街道」から。HPは撮影場所を解明されていない。

長崎の西空の夕日  11−04

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長崎の西空の夕日  11−04

長崎市南部の団地、わが家から見た夕日。電柱と電線は邪魔なので近くにも出かける。以下、続く。

写真  1      平成23年 4月23日の18時53分頃
写真  2〜 5  平成23年 5月 6日の19時00分頃
写真  6〜 8  平成23年 5月17日の18時55分頃

長崎外の古写真考 目録番号:4591 王子橋(京都嵐山渡月橋か?)

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長崎外の幕末・明治期古写真考 目録番号:4591 王子橋(京都嵐山渡月橋か?)

HP「長崎大学附属図書館 幕末・明治期日本古写真メタデータ・データベース」などに収録している長崎の古写真について、撮影場所などタイトルや説明文に疑問があるものを、現地へ出かけて調査するようにしている。順不同。長崎以外の気付いた作品も取り上げる。

目録番号:4591 王子橋(京都嵐山渡月橋か?)
〔画像解説〕
「王子橋」という名称の橋は東京にはない。風景から見ても東京とは考えられない。「王子橋」のタイトルが正しければ、全国にいくつかある同名の橋の中では、周囲の地形からみて、兵庫県御津町を流れる揖斐川に架かる「王子橋」の可能性が高いと思われる。

■ 確認結果

目録番号:4591「王子橋(京都嵐山渡月橋か?)」は、次の絵葉書のとおり京都府「宇治橋」と思われる。音読みが似てる。対岸の建物や山並みも同じようである。
宇治橋の絵葉書は、土木学会図書館HPの「戦前絵葉書|1.橋 26.京都府」から。

長崎外の古写真考 目録番号:3904 髷結い(2)

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長崎外の幕末・明治期古写真考 目録番号:3904 髷結い(2)

HP「長崎大学附属図書館 幕末・明治期日本古写真メタデータ・データベース」などに収録している長崎の古写真について、撮影場所などタイトルや説明文に疑問があるものを、現地へ出かけて調査するようにしている。順不同。長崎以外の気付いた作品も取り上げる。

目録番号:3904 髷結い(2)
〔画像解説〕
江戸中期以降、額髪を広く剃り上げ、髻(もとどり)を全面に向けて曲げた小さい髷を丁髷(ちょんまげ)と呼び、のち男髷の汎称となった。立って髷を結う仕事をしている男の髪形が、その丁髷である。

■ 確認結果

目録番号:3904「髷結い(2)」は、古写真.jp: 幕末明治時代 日本古写真 販売のHPでは、「髷を結び」のタイトルで、〔撮影者:ベアト〕となっている。

長崎外の古写真考 目録番号:4736 横浜停車場遠景(4)

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長崎外の幕末・明治期古写真考 目録番号:4736 横浜停車場遠景(4)

HP「長崎大学附属図書館 幕末・明治期日本古写真メタデータ・データベース」などに収録している長崎の古写真について、撮影場所などタイトルや説明文に疑問があるものを、現地へ出かけて調査するようにしている。順不同。長崎以外の気付いた作品も取り上げる。

目録番号:4736 横浜停車場遠景(4)
〔画像解説〕
明治4年(1871)に建設された初代横浜駅。アメリカ人建築家ブリジェンス(R.P.Bridgens)の設計による木骨石造建築。現在の桜木町駅。右手は本町通りに続く弁天橋。明治4年(1871)に工部省鉄道寮が架設した3連のアーチ橋。

目録番号: 241 弁天橋と横浜駅(1)
〔画像解説〕
英語で「弁天橋からの駅、横浜」と記入されている。弁天橋は明治4年に工部省が架設した3連アーチ橋。東京新橋駅と双生児の横浜駅はアメリカ人建築家ブリジェンスの設計で明治5年に完成した。

■ 確認結果

目録番号:4736「横浜停車場遠景(4)」は、次の目録番号: 241「弁天橋と横浜駅(1)」が、同じような風景を写している。
〔撮影者:小川一真〕と思われるが、左端の船や、弁天橋奥の電柱の形が少し違う。

長崎外の古写真考 目録番号:2610 鴨川の床の夕涼み(3)

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長崎外の幕末・明治期古写真考 目録番号:2610 鴨川の床の夕涼み(3)

HP「長崎大学附属図書館 幕末・明治期日本古写真メタデータ・データベース」などに収録している長崎の古写真について、撮影場所などタイトルや説明文に疑問があるものを、現地へ出かけて調査するようにしている。順不同。長崎以外の気付いた作品も取り上げる。

目録番号:2610 鴨川の床の夕涼み(3)
〔画像解説〕
鴨川四条大橋西詰南側の床の上で夕涼みに興じる舞妓・芸妓を撮影する。舞妓・芸妓のうち、左側の2人は盃で酒を酌み交わし、右の2人は拳遊に興じている。床の上には行灯や煙草盆が置かれる。背後には鴨川東岸の町並みが続き、五条大橋が見える。写真は京都の観光絵葉書のために撮影されたものであろうか。玉村康三郎撮影。

目録番号:2161 鴨川の床の夕涼み(2)
〔画像解説〕 同じ

■ 確認結果

目録番号:2610「鴨川の床の夕涼み(3)」は、同じ写真がHP「OLD PHOTOS of JAPAN」に掲載され、〔撮影者:Y. イサワ〕となっている。同解説は次のとおり。
しかし、中央2人の女性は、関連作品の目録番号:2161「鴨川の床の夕涼み(2)」など玉川アルバムに写っている。玉村康三郎撮影とも考えられる。

撮影者: Y. イサワ
発行元: 発行元未詳
メディア: 鶏卵紙
写真番号: 70820-0003
1890年代の京都 • 納涼床と芸者</a>
芸者が数人、京都のある料理屋の納涼床で寛いでいる。この写真は、四条大橋の上、鴨川の右岸から撮ったもののようだ。薄い着物を着た女が酒を注いでおり、右手の二人の女はジャンケンをしている。上敷きを敷いた床の上に行灯が二つ置いてある。

長崎の古写真考 目録番号:3805 鯉幟の揚がる町並 (再掲)

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長崎の幕末・明治期古写真考 目録番号:3805 鯉幟の揚がる町並 (再掲)

HP「長崎大学附属図書館 幕末・明治期日本古写真メタデータ・データベース」などに収録している長崎の古写真について、撮影場所などタイトルや説明文に疑問があるものを、現地へ出かけて調査するようにしている。順不同。長崎以外の気付いた作品も取り上げる。

目録番号:3805 鯉幟の揚がる町並
〔画像解説〕 超高精細画像データベース
長崎を特集した、大型蒔絵アルバムの中の一枚。見開きにはTo Mr & Mrs Kawamura in kind remembrance of Nagasaki from Mr & Mrs Jordan(河村夫妻へ長崎の親切な思い出としてジョーダン夫妻から)とペンで記されジョーダンが帰国にあたり蒔絵の長崎アルバムを横浜に注文したものと思われる。この写真にはD38.THE CARP.と印字されているが、これは小川一真のアルバムで、この写真から明治20年代後半頃の長崎の通りと端午の節句における町屋の鯉幟の風習がよくわかる。西浜町あたりかと思われるが、店の暖簾には、手前から酒屋の「いせや」、1軒おいて「近江屋」の文字が、奥の方の壁には「まつだしち店」の文字が読める。明治22年(1889)に長崎で設置された始めた電信柱も見える。4軒続いて鯉幟が飾られているが、ここから明治の長崎における町屋の子沢山も推測される。事実中央の近江屋の前には多くの子供たちが佇んでいる。

目録番号:1093 鯉のぼり(1)  (掲載略)
〔画像解説〕
町中の鯉のぼり。4本の高い棒に取り付けられた4組の鯉のぼりは、風があまりないのか少し垂れ下がっている。町並みは二階建ての家が続き、手前の家の前には大八車や積み上げられた商品らしい荷物が見える。

■ 確認結果

目録番号:3805「鯉幟の揚がる町並」は、次のとおり朝日新聞長崎地域版2011年5月14日「長崎今昔」に掲載された。
目録番号:1093「鯉のぼり(1)」(掲載略)も同一写真で、〔撮影地域:長崎〕となる。
この前の記事は、 https://misakimichi.com/archives/2644
超高精細画像データベースでは、場所は西浜町あたり。〔撮影者:上野彦馬〕だが、新聞記事では、「撮影者は不明」と変わっている。

【長崎 今昔】 2011年05月14日  asahi.com> マイタウン> 長崎 から
子だくさんを物語る  《鯉のぼり泳ぐ明治の街角》  
鯉のぼりが泳ぐ明治の街角=長崎大学付属図書館提供

長崎を特集した30枚の写真を貼り付けた蒔絵の大型アルバムの一枚です。写真の隅には英語で「コイ」とキャプションがついています。収載された他の写真から1890年ごろの撮影とわかります。

4軒続いてこいのぼりが揚げられ、明治期の町屋の子だくさんが推測されます。店ののれんには、手前から酒屋の「いせや」、1軒おいて「近江屋」と書かれ、奥の壁には「まつだしち店」の文字が読めます。近江屋の前には子供たちがたたずんでいます。車が走らない路上は格好の遊び場でした。

長崎では1889年から街中に電灯がともり、電線をつなぐ電信柱が立ちました。人力でひく車力やこもの酒だるなど、昔懐かしい風景です。手前の家の軒先には電球付きのランプ型の門灯がともされています。街路を歩く人にぶれがないので、シャッタースピードの速いことがわかります。

アルバムの見開きには「ジョーダン夫妻から河村夫妻へ、長崎の親切な思い出として」と英語でペン書きされています。長崎総合科学大のブライアン・バークガフニ教授が作った居留地人名リストに照らすと、ジョーダン夫妻はスタンダード・オイル長崎支店のアメリカ人支配人J.F.ジョーダン夫妻と思われます。

撮影者は不明ですが、原板の鶏卵紙が和絵の具で着色されていることと、隅に記されたキャプションの特徴から横浜系写真師のようです。西浜町あたりかと思われますが、場所がお分かりの方がおられましたらご一報ください。 (長崎大大学院教授 姫野順一)

野々串周辺の海岸と立岩  長崎市高浜町ほか

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野々串周辺の海岸と立岩  長崎市高浜町ほか

5月17日大潮。干潮は14時35分。長崎半島の南西、野々串周辺の海岸へ出かけた。
磯遊びの人が多い。高島・端島(軍艦島)・三瀬が近くに見える。「立岩」は、野々串漁港から左方へ海岸を10分ほど歩く。

長崎初の恐竜化石が2004年発見され、先月、岩を切り取っている。このあたりと思い、海岸一帯を探してみたが、その跡はわからなかった。
恐竜化石のレプリカは、 https://misakimichi.com/archives/2400

長崎外の古写真考 目録番号:3998 神奈川台町の関門(2)

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長崎外の幕末・明治期古写真考 目録番号:3998 神奈川台町の関門(2)

HP「長崎大学附属図書館 幕末・明治期日本古写真メタデータ・データベース」などに収録している長崎の古写真について、撮影場所などタイトルや説明文に疑問があるものを、現地へ出かけて調査するようにしている。順不同。長崎以外の気付いた作品も取り上げる。

目録番号:3998 神奈川台町の関門(2)
〔画像解説〕
ODAWARAとの書き込みがあるが、実際は神奈川台町の関門。外国人殺傷事件が相次いだことを受けて、警備体制の強化のために幕府が設置したもの。神奈川では東西の二箇所に設置された。写真は左手が海側。

目録番号:1441 神奈川台町の関門(1)    関連作品 目録番号:6326 同(3)
〔画像解説〕
神奈川は東海道に面した、細長い宿場町である。街道の関門が撮影されている。F.ベアトアルバムの写真である。

■ 確認結果

目録番号:3998「神奈川台町の関門(2)」は、次の目録番号:1441「神奈川台町の関門(1)」と同じ写真である。〔撮影者:F.ベアト〕であろう。

長崎の古写真考 目録番号:6160 高鉾島(46)

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長崎の幕末・明治期古写真考 目録番号:6160 高鉾島(46)

HP「長崎大学附属図書館 幕末・明治期日本古写真メタデータ・データベース」などに収録している長崎の古写真について、撮影場所などタイトルや説明文に疑問があるものを、現地へ出かけて調査するようにしている。順不同。長崎以外の気付いた作品も取り上げる。

目録番号:6160 高鉾島(46)
〔画像解説〕
戸町の背後の山から長崎湾口を撮影したものです。写真中央の島が高鉾島、右の半島の先が神崎鼻、左の突き出た先が女神です。高鉾島は、キリスト教の殉教の島として、また、船が長崎港に入る際の目印の島として、外国人に知られていました。

目録番号:5366 高鉾島(27)
〔画像解説〕  同じ

■ 確認結果

目録番号:6160「高鉾島(46)」は、次の目録番号:5366「高鉾島(27)」と同じ写真である。〔撮影者:F.ベアト〕であろう。厚木市HPのフェリックス・ベアト写真集に掲載されている。
撮影場所は現在の戸町墓地の上部からである。次の記事を参照。
https://misakimichi.com/archives/1621
https://misakimichi.com/archives/2501