長崎外の古写真考」カテゴリーアーカイブ

長崎外の古写真考 目録番号:2142 入 浴

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長崎外の幕末・明治期古写真考 目録番号:2142 入 浴

HP「長崎大学附属図書館 幕末・明治期日本古写真メタデータ・データベース」などに収録している長崎の古写真について、撮影場所などタイトルや説明文に疑問があるものを、現地へ出かけて調査するようにしている。順不同。長崎以外の気付いた作品も取り上げる。

目録番号:2142 入 浴
〔画像解説〕
女性二人の入浴シーンであるが、写真は豪華な湯殿を映し出している。左隅には大理石の水桶が置かれ、窓にはガラス絵が入れられ、欄間や天井の細工も豪華である。箱根か熱海の温泉か。

■ 確認結果

目録番号:2142「入浴」は、箱根温泉であろう。石黒敬七氏著「写された幕末ー石黒敬七コレクション」明石書店1997年第4刷刊164〜165頁に、同じような湯殿が、写されている。
同解説は次のとおり。

山の出で湯
①明治初年箱根温泉の豪華な内湯、既にガラスがはめられている。

長崎外の古写真考 目録番号:1175 町中の鯉のぼり

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長崎外の幕末・明治期古写真考 目録番号:1175 町中の鯉のぼり

HP「長崎大学附属図書館 幕末・明治期日本古写真メタデータ・データベース」などに収録している長崎の古写真について、撮影場所などタイトルや説明文に疑問があるものを、現地へ出かけて調査するようにしている。順不同。長崎以外の気付いた作品も取り上げる。

目録番号:1175 町中の鯉のぼり
〔画像解説〕
町の中の鯉のぼり。道路に4本の鯉のぼりが風に泳いでいる。手前の家は二階建て。少し先の家の屋根の上に物干し台がある。道には多くの人が歩いており、日傘を差した女性の姿も見える。

目録番号:4907 鯉のぼり(3)
〔画像解説〕
原題は Boys Festival at Yokohama. 平屋建の小さな家が並んでいる。瓦葺きと並んで檜皮葺様の屋根も見える。都心から少しはずれた地域の写真と思われるが詳細は不明。

■ 確認結果

目録番号:1175「町中の鯉のぼり」は、次の目録番号:4907「鯉のぼり(3)」と同じ場所を撮影し、〔撮影地域:横浜〕となると思われる。
物干し台とその家の屋根、背景の山が同じようである。

長崎外の古写真考 目録番号:1075 玉尾稲荷祭礼

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長崎外の幕末・明治期古写真考 目録番号:1075 玉尾稲荷祭礼

HP「長崎大学附属図書館 幕末・明治期日本古写真メタデータ・データベース」などに収録している長崎の古写真について、撮影場所などタイトルや説明文に疑問があるものを、現地へ出かけて調査するようにしている。順不同。長崎以外の気付いた作品も取り上げる。

目録番号:1075 玉尾稲荷祭礼
〔画像解説〕
川を隔てて見た玉尾稲荷の祭礼。昇りには「玉尾稲荷大明神」と書かれている。石垣で護岸工事がなされた川には船着場が作られ、川には屋形船が浮かんでいる。

■ 確認結果

目録番号:1075「玉尾稲荷祭礼」は、東京都中央区東日本橋3丁目、清洲橋通り近くに残る「玉尾稲荷神社」ではないだろうか。明治の東京地図で確認をお願いしたい。
現在の写真は、中央区観光協会特派員「北遊人」ブログの東日本橋稲荷巡りから。

長崎外の古写真考 目録番号: 401 嵐山(2)

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長崎外の幕末・明治期古写真考 目録番号: 401 嵐山(2)

HP「長崎大学附属図書館 幕末・明治期日本古写真メタデータ・データベース」などに収録している長崎の古写真について、撮影場所などタイトルや説明文に疑問があるものを、現地へ出かけて調査するようにしている。順不同。長崎以外の気付いた作品も取り上げる。

目録番号: 401 嵐山(2)
〔画像解説〕
嵐山を背景に、広くゆったりとした桂川が流れている。川岸には、3階建てで広い縁をもつ、料理屋らしき建物がある。

目録番号:4493 嵐山の三軒茶屋(3)
〔画像解説〕
嵐山渡月橋北岸西側の三軒茶屋「旗亭」を保津川南岸から北に望む。三軒茶屋は中央部が3層、東部と西部が2層となり、東部と中央部は棟続きとなっている。三軒茶屋の東西両側の保津川岸には、長い屋根付きの床が設けられ、嵐山を鑑賞する構造となっている。

■ 確認結果

目録番号: 401「嵐山(2)」の、「3階建てで広い縁をもつ、料理屋らしき建物」は、次の目録番号:4493「嵐山の三軒茶屋(3)」のとおり、嵐山渡月橋北岸西側の三軒茶屋「旗亭」である。
[食べログ」京都 嵐峡館 らんきょうかんによると、田山花袋の「日本温泉めぐり」〜近畿の温泉〜(ランティエ叢書)に、次のとおり京都「嵐山温泉」の話がでてくる。

京都の嵐山の奥にある温泉、あれなども人は大騒ぎをして出かけた。炭酸泉で、温度が摂氏の十一度と言うのだから、そう大したものではないのであるが、温泉に乏しい近畿地方では、これでも頗る珍としなければならなかった。
それに、京都に近いので、その旅舎の設備は、温泉という名に呼んではあるけれども、どっちかと言えば、旗亭がつれ込宿の設備で、金もかかるし、おうと落ち着いていられるような処でもなかった。それでも、花か紅葉の時に、舟をそこまで曳かせて上って来て、川に臨んだ欄干に凭れながら、静かに盃をふくむのもまた旅情を慰める一つである。

しかし、田山花袋本で語られているのは、平成16年3月に開湯した渡月橋近くにある嵐山温泉(上河原町)ではなく、(元禄山町)の嵐山温泉のことらしい。
保津川の西京区側の河畔、亀山公園の向かいに建つ純日本建築の一軒宿のようです。どうやら「嵐峡館」のことのようです。渡月橋のふもとから旅館まで、遊覧船に乗って行くそうです。

長崎外の古写真考 目録番号: 117 江ノ島海岸(1) ほか

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長崎外の幕末・明治期古写真考 目録番号: 117 江ノ島海岸(1) ほか

HP「長崎大学附属図書館 幕末・明治期日本古写真メタデータ・データベース」などに収録している長崎の古写真について、撮影場所などタイトルや説明文に疑問があるものを、現地へ出かけて調査するようにしている。順不同。長崎以外の気付いた作品も取り上げる。

目録番号: 117 江ノ島海岸(1)
〔画像解説〕  省略 写真のとおり。以下、同じ。
目録番号: 292 江ノ島の兜岩
目録番号: 373 江ノ島(3)
目録番号: 374 江ノ島の洞窟(2)
目録番号: 909 由比の浜からの江ノ島
目録番号:1203 江ノ島(11)
目録番号:1514 江ノ島聖天島
目録番号:1730 江ノ島(13)

■ 確認結果

HP”江の島マニアック”「江の島の古写真」の項が、長崎大学データベースの江ノ島関係古写真から29作品を取り上げ、解説している。 http://mirabeau.cool.ne.jp/enoshima/
その中から撮影場所など、具体的に参考となるのが次のとおりある。本ブログの前記事も参照。

目録番号: 117 江ノ島海岸(1)
撮影場所は、現在の「片瀬東海岸」。正面に見えるのは小動岬。
https://misakimichi.com/archives/2560

目録番号: 292 江ノ島の兜岩
江ノ島の兜岩ではなく、「エボシ岩」。
https://misakimichi.com/archives/2203

目録番号: 373 江ノ島(3)
撮影場所は、奥津宮を過ぎて稚児ヶ淵へ降りる。現在の「魚見亭」のある場所。

目録番号: 374 江ノ島の洞窟(2)
江の島の「第一岩屋」。マニアックの解説「舟からのアングル」?は、調査が必要。

目録番号: 909 由比の浜からの江ノ島
写っているのは「小動岬」。「七里ヶ浜」からの撮影。

目録番号:1203 江ノ島(11)
マニアックの解説は、撮影者(保管者):上野彦馬?。調査が必要。

目録番号:1514 江ノ島聖天島
「聖天島」は、埋め立てられ普通の小山になった。現在の江の島「東町海岸」。
https://misakimichi.com/archives/2560

目録番号:1730 江ノ島(13)
撮影場所は、「龍口山」から見た江の島。

長崎外の古写真考 目録番号: 896 海水浴

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長崎外の幕末・明治期古写真考 目録番号: 896 海水浴

HP「長崎大学附属図書館 幕末・明治期日本古写真メタデータ・データベース」などに収録している長崎の古写真について、撮影場所などタイトルや説明文に疑問があるものを、現地へ出かけて調査するようにしている。順不同。長崎以外の気付いた作品も取り上げる。

目録番号: 896 海水浴
〔画像解説〕
海水浴というよりも、サザエ採りのような海の労働をしている男たちを写しているようである。逆光気味に、砕ける白い波をきっちり写し取っており、写真技術が相当に高いレベルに達していることを示している。

■ 確認結果

目録番号: 896「海水浴」は、神奈川県「江ノ島海岸の鮑採り」の風景ではないだろうか。
HP”江の島マニアック”「江の島岩屋と磯」の項に、絵葉書「相州江ノ島海岸ノ鮑採り」が掲載されている。
遠景の半島が写っていないなど違いがあるが、中央の岩場や4人の構図は不思議なほど良く似ている。

長崎外の古写真考 目録番号:5677 海浜の旅館

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長崎外の幕末・明治期古写真考 目録番号:5677 海浜の旅館

HP「長崎大学附属図書館 幕末・明治期日本古写真メタデータ・データベース」などに収録している長崎の古写真について、撮影場所などタイトルや説明文に疑問があるものを、現地へ出かけて調査するようにしている。順不同。長崎以外の気付いた作品も取り上げる。

目録番号:5677 海浜の旅館

■ 確認結果

目録番号:5677「海浜の旅館」は、石黒敬章氏編・解説「明治・大正・昭和 東京写真大集成」新潮社2001年刊276頁に、東京の「品川の遊郭」として掲載されている。同解説は次のとおり。

〔品川の遊郭〕Ⅱ15−10
品川の女郎屋と裏面に説明がある。東海道に沿って海岸沿いに品川の宿場があった。現在は八ツ山橋を渡って、京浜急行電鉄の北品川駅のある辺りである。高杉晋作が贔屓にした土蔵相模は近代的ホテルとして現存。この写真は幕末の品川宿の面影をまだ留めている。明治10年代だろうか。名刺判写真。

一方、HP「古写真館」〜展示室〜名所写真帖には、神戸の「須磨の浦」、〔撮影者:角田吉三郎〕として掲載されている。さて、どちらだろうか。

長崎外の古写真考 目録番号:2110 山間の民家 (再掲)

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長崎外の幕末・明治期古写真考 目録番号:2110 山間の民家 (再掲)

HP「長崎大学附属図書館 幕末・明治期日本古写真メタデータ・データベース」などに収録している長崎の古写真について、撮影場所などタイトルや説明文に疑問があるものを、現地へ出かけて調査するようにしている。順不同。長崎以外の気付いた作品も取り上げる。

目録番号:2110 山間の民家

■ 確認結果

目録番号:2110「山間の民家」は、次の絵葉書のとおり「箱根旧街道」であろう。松並木、背景の山など比較。具体的には、神奈川県足柄下郡箱根町湯本山崎の風景と思われる。
この項は次の記事を参照。 https://misakimichi.com/archives/2669

絵葉書は、HP岡野亮介氏のギャラリー「手彩色絵葉書 街道」から。HPは撮影場所を解明されていない。

長崎外の古写真考 目録番号:4591 王子橋(京都嵐山渡月橋か?)

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長崎外の幕末・明治期古写真考 目録番号:4591 王子橋(京都嵐山渡月橋か?)

HP「長崎大学附属図書館 幕末・明治期日本古写真メタデータ・データベース」などに収録している長崎の古写真について、撮影場所などタイトルや説明文に疑問があるものを、現地へ出かけて調査するようにしている。順不同。長崎以外の気付いた作品も取り上げる。

目録番号:4591 王子橋(京都嵐山渡月橋か?)
〔画像解説〕
「王子橋」という名称の橋は東京にはない。風景から見ても東京とは考えられない。「王子橋」のタイトルが正しければ、全国にいくつかある同名の橋の中では、周囲の地形からみて、兵庫県御津町を流れる揖斐川に架かる「王子橋」の可能性が高いと思われる。

■ 確認結果

目録番号:4591「王子橋(京都嵐山渡月橋か?)」は、次の絵葉書のとおり京都府「宇治橋」と思われる。音読みが似てる。対岸の建物や山並みも同じようである。
宇治橋の絵葉書は、土木学会図書館HPの「戦前絵葉書|1.橋 26.京都府」から。

長崎外の古写真考 目録番号:3904 髷結い(2)

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長崎外の幕末・明治期古写真考 目録番号:3904 髷結い(2)

HP「長崎大学附属図書館 幕末・明治期日本古写真メタデータ・データベース」などに収録している長崎の古写真について、撮影場所などタイトルや説明文に疑問があるものを、現地へ出かけて調査するようにしている。順不同。長崎以外の気付いた作品も取り上げる。

目録番号:3904 髷結い(2)
〔画像解説〕
江戸中期以降、額髪を広く剃り上げ、髻(もとどり)を全面に向けて曲げた小さい髷を丁髷(ちょんまげ)と呼び、のち男髷の汎称となった。立って髷を結う仕事をしている男の髪形が、その丁髷である。

■ 確認結果

目録番号:3904「髷結い(2)」は、古写真.jp: 幕末明治時代 日本古写真 販売のHPでは、「髷を結び」のタイトルで、〔撮影者:ベアト〕となっている。