投稿者「misakimichi」のアーカイブ

(F)侍石神社のクス・カエデなど  長崎市東町

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(F)侍石神社のクス・カエデなど  長崎市東町

国道34号線の矢上交差点から右折し、戸石方面へ国道251号線に入る。矢上橋を渡った交差点の左角に金属製の鳥居があり、1809段続く石段登りで知られる矢上普賢岳(標高439m)の登山口となる。
交差点から2つ目のバス停が「侍石」。左上の普賢岳白龍神まで続く坂道の車道を上がる。

「東町侍石公民館」前のカーブを過ぎて100mほど行くと、右方の住宅後ろにこんもりした社叢が見える。ここが「侍石神社」(山の神)である。
車道をもう少し登った左下のところにも、もう1つ「侍石神社」(地蔵堂)があるが、災害工事でクスノキの大木が2〜3年前に伐られ、今はこの神社に何も樹木はない。

2001年7月開催「第15回 ながさき巨樹・巨木を見る集い(東長崎地域)」の「東長崎巨樹マップ」(F)地点。同写真説明に、クス・カエデ・スギ・シイ・センダンを記している。

長崎の西の空の夕日  その13

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長崎の西の空の夕日  その13

長崎市南部の団地、わが家から見た夕日。電柱と電線は邪魔。以下続く。
きようは、朝から「五島列島」(長崎港の西方約100km)がはっきり見えているので、島の遠望を写してみた。最後の写真は、長崎港口の軍艦島(端島)。
暇人さんのブログ参照。  http://blogs.yahoo.co.jp/jr6ecj/19914605.html

写真 1〜 5  平成20年11月10日の17時27分頃  五島灘の夕日
写真 6〜10  平成20年11月11日の 9時40分頃  五島列島・軍艦島

(E)船石町二双舟のタブノキ  長崎市船石町

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(E)船石町二双舟のタブノキ  長崎市船石町

国道34号線船石入口交差点から右の船石町へ入る。川沿いに左奥の谷間をずっと目指す。途中は道案内標があり、二双舟公民館前を過ぎ、最奥の人家あたりから右へ二双舟橋を渡ると、坂上の本田宅屋敷の石垣に「タブノキ」の大木が見える。
次の樹木の再掲。 https://misakimichi.com/archives/622

2001年7月開催「第15回 ながさき巨樹・巨木を見る集い(東長崎地域)」の「東長崎巨樹マップ」に、(E)でタブノキの記載がある。同写真説明は次のとおり。
船石町のタブの木。樹齢200年以上。本田家代々の守護神。
タブの木は、クスノキ科の常緑喬木。

東長崎地区連合自治会「2000年の東長崎」平成13年刊、巨木・名木95頁による説明は次のとおり。       
◇タブの木の大木  船石町(二双舟)の本田邸のタブの木

国道34号線の古賀バス停から多良見町方面に100m行き、そこから右に分かれ、道路を下ると船石町線である。そこから700m行って三叉路を左折し、さらに車を4〜5分進めると右手に一瞬小さな城跡を思わせる見事な石垣とそこに青々と茂る大木が見えてくる。
近寄ると、大木は石垣のすき間にしっかり根付かせ、大きな根が幹をしっかり支え堂々と立っている。その幹は枝を八方に広げ青葉を茂らかせている。この木はタブの木の大木ある。タブの木はクスノキ科の常緑喬木で、主として、海岸の近くに多く自生している。材はクスノキより質がやや劣るが、鉄道の枕木、洋家具、小船材、彫刻材など利用度は多い。
この木は樹齢200年以上は経ていると予想され、本田家代々の守護神として大事にされて現在に至っている。

(D)古賀の藤棚  長崎市中里町

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(D)古賀の藤棚  長崎市中里町

国道34号線により古賀町を過ぎ、つつじが丘入口の先となる「藤棚」バス停の交差点から右折する。すぐ長崎街道の通りへ出るので、少し戻ると「古賀の藤棚」がある。
または、東町から長崎街道の道を行く。現在は古賀町でなく、中里町の町域となっている。
次の樹木の再掲。  https://misakimichi.com/archives/432

2001年7月開催「第15回 ながさき巨樹・巨木を見る集い(東長崎地域)」の「東長崎巨樹マップ」に、(D)でフジ棚を記している。同写真説明は次のとおり。
昔、旅人たちの休憩所になっていた藤棚とその石碑。5月、花は満開になる。旅人の心を和ませた素朴な人形と美しい藤の花。

東長崎地区連合自治会「2000年の東長崎」平成13年刊、巨木・名木90〜91頁による説明は次のとおり。
◇藤の名木  古賀の藤棚

古賀の藤棚バス停留所より100m入ると、旧長崎街道になる。すぐそこに一瞬目立つ老木の藤の棚がある。古賀人形十八代小川学氏の邸宅の玄関先に、今から400年前、文禄元年(1592年)古賀人形の発祥のころより少し後に植えられたと言われている。
昔は街道を通る旅人や諸大名の休憩所ともなった茶屋であった。この藤は右巻きに巻きつく野田藤という品種で、棚の長さは、およそ15mもあり、剪定や施肥等小川さんが管理している。
現在でも、5月の初旬には、薄紫色の花房が1m〜1.3mにも垂れ、文字通り街道に花を添えている。(二日酔いには、藤の実を焼いて食べると効くそうである)

(C)迎仙閣のツツジ・モミジ・マキ  長崎市松原町

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(C)迎仙閣のツツジ・モミジ・マキ  長崎市松原町

国道34号線により松原町へ行き、松原交差点の1つ手前となる松田共楽園(有)先角から左折する。JR肥前古賀駅の案内標識がある。
坂道を上るとすぐ親和銀行保養所「迎仙閣」の正門前に着く。

2001年7月開催「第15回 ながさき巨樹・巨木を見る集い(東長崎地域)」の「東長崎巨樹マップ」に、(C)でツツジ・モミジ、写真でマキの記載がある。

「迎仙閣」(ぎょうせんかく)は、故井上米一郎氏が先代より継いだ紙業隆盛の頃、この地を選び静寂な住み家として昭和21年に建築。没後、親和銀行が譲り受けた。
見事な庭園である。行仙岳(標高456.2m)を前にするためこの名となったらしい。
庭には「松原乃たきみち」「左長さ紀 松原名 若者中」「瀧観音」「弘化三歳次丙午二月且立焉」と刻んだ観音道の標石がある。
標石は次を参照。 https://misakimichi.com/archives/74

(B)滝の観音の奥の院のカイヅカ・バショウ  長崎市平間町

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(B)滝の観音の奥の院のカイヅカ・バショウ  長崎市平間町

国道34号線の滝の観音入口から長崎バイパスへ出る県道45号線に入る。
「滝の観音の奥の院」は山手にあり、本来の参道は荒れて滝の観音から歩いていけないので、上手の林道から行く。
滝の観音上部の間ノ瀬集落の県道沿いに自販機コーナーがあり、ここから左折して細い林道に入る。しばらく登ると小墓地があり、墓の手前のコンクリート坂道を下ると「奥の院」へ着く。

2001年7月開催「第15回 ながさき巨樹・巨木を見る集い(東長崎地域)」の「東長崎巨樹マップ」に、(B)でカイヅカ・バショウの記載がある。
「滝の観音の奥の院」は、平成20年10月26日長崎学さるく資料によると次のとおり。
カイヅカイブキは、実測すると幹周り3.50mあった。

5 梵住山玄津院(滝の観音の奥の院)

・普賢岳の裏の景観
・石造物  右側 龍女 聖観音菩薩座像の脇侍 龍宮にいる龍王のむすめ おとひめ
龍王 仏法を守護する 雨を祈る本尊龍神 水の神 海の神
中央 聖観音菩薩座像
左側 善財童子 仏道を修行するもの 文殊菩薩の従者
・平川与四右衛門
砥川村、現在は小城郡牛津町砥川、木彫の持ち味を石彫で再現した彫技は見事である。
・石造物は、長崎の岡六郎兵衛が、3名の菩提を弔うために、元禄13年(1700)建立。

(A)薬師院跡のケンポナシ  長崎市平間町

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(A)薬師院跡のケンポナシ  長崎市平間町

国道34号線の滝の観音入口から長崎バイパスへ出る県道45号線へ入る。間ノ瀬ICへ着く手前に県道が大カーブするところがあり、これより左へ入ると県営バスの「新田頭」バス停がある。
バス停左から集落の道を上り、長崎バイパスの下を行くと、道脇に地蔵が並べられ、この上の広場が「薬師院跡」である。バイパス道路のすぐ上となる。
次の樹木の再掲。  https://misakimichi.com/archives/624

2001年7月開催「第15回 ながさき巨樹・巨木を見る集い(東長崎地域)」の「東長崎巨樹マップ」に、(A)でケンポナシの記載がある。
(5)矢上神社のケンポナシの側に、次のとおり、この新田頭の木(A)の説明書きがある。

巨木に魅せられて  新田頭のケンポナシ(クレウメモドキ科)

平間町(間ノ瀬新田頭地区)のケンポナシの木は植物研究家の中でも有名な木で、シーボルトの植物標本でも出て来る程の珍しい巨木です。
新田頭のケンポナシは雄・雌の木からなり、全国的にも珍しい2本です。

(11)矢上団地・近隣公園<稲荷大明神>の社叢林  長崎市かき道2丁目

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(11)矢上団地・近隣公園<稲荷大明神>の社叢林  長崎市かき道2丁目

ジャスコ東長崎店から東望橋を渡り、次の交差点が矢上団地入口であるので、右折して団地へ上がって行く。公園の一段低い横に出るので、右回りにより橘小学校の方へ向かうと、「矢上団地近隣公園」の正門で駐車場がある。
「稲荷大明神」はグランド側にあり、自然林が残って、クスノキとスダジイの大木がある。

2001年7月開催「第15回 ながさき巨樹・巨木を見る集い(東長崎地域)」調査結果一覧による説明は次のとおり。

(11)矢上団地・近隣公園<稲荷大明神>の社叢林  所在地:長崎市かき道2丁目

クスノキ(クスノキ科)    幹周り 4.59m 樹高 32.0m 樹齢 約200年 
スダジイ(ブナ科)      幹周り 4.12m 樹高 28.0m 樹齢 約300年
カゴノキ(クスの仲間)    幹周り 1.33m 樹高 18.0m
モッコク(ツバキ科)     幹周り 1.25m 樹高 16.0m

東長崎地区連合自治会編「2000年の東長崎」平成13年刊、神社337頁による説明は次のとおり。

(4)橘    ②稲荷神社(かき道2丁目)

稲荷神社は海抜約40m、周囲300mのこんもりとした森の中に鎮座され、延享3年(西暦1746年)11月建立される。
高柳文衛門外7人の人で作られ、以来毎年2月初牛の日にお祭りが行われている。
昭和54年頃より始まった、矢上団地造成工事によって20m位の谷が埋められ、近隣公園と接する所となった。又ここには、周囲4.3m位の椎木や楠木の大木が茂っている。

(10)川(河)内神社の大スギ  長崎市川内町

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(10)川(河)内神社の大スギ  長崎市川内町

国道251号線により矢上大橋を渡り、長崎市境にある川内町まで行く。国道がカーブした先の交差点から左折して、川沿いの車道を谷奥へ進む。途中に見える鳥居は、別の神社。
まだしばらく行くと、右の川向うに杉木立が見え、ひときわ高いスギがある。鳥居は見えないが、「川内神社」はこの杉木立の下にあり、川の小橋を歩いて渡って行く。
長崎市内では、岩屋神社のスギに次ぐ幹囲の巨木で、圧倒される。
次の樹木の再掲。  https://misakimichi.com/archives/621

2001年7月開催「第15回 ながさき巨樹・巨木を見る集い(東長崎地域)」調査結果一覧による説明は次のとおり。

(10)川(河)内神社の大スギ  所在地:長崎市川内町480?

ス   ギ(スギ科)         幹周り 5.17m  樹 高 30.0m
イロハカエデ(カエデ科)     幹周り 2.40m  樹 高 17.0m
藩政時代は、諫早家家臣・早田家の領地で、神社は天文年間(1532〜1544年)に造られ、その後1664年(寛文4)に社殿が建立された。屋根に「擬宝珠」が付けられていることから格式の高い神社である。

当初はこの杉と対して、松の巨木が右側に生えていたが、昭和26年残念ながら、この松は枯れた。諫早のおこしやの家材に活用。 

(9)松田氏宅のヒイラギ  長崎市松原町

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(9)松田氏宅のヒイラギ  長崎市松原町

国道34号線の松原交差点から左折して、植木の里松原へ入る。JR肥前古賀駅の右側ガード下を通り、高台最奥の庭園まで坂道を上がって行くと、松田共楽園の次の右方に「松花園」の標柱庭園がある。
同宅の玄関前のところにヒイラギの古木があり、説明書きがある。

ヒイラギのある松田宅「松花園」へ行く道の左側に、長崎付近が北限という南洋系落葉高木「ヘツカ二ガキ」があるとのことであるが、見つけきれなかった。
後ろの写真は、同庭園の梅や藤などの古木と、近くで目にしたモミの大木。

2001年7月開催「第15回 ながさき巨樹・巨木を見る集い(東長崎地域)」調査結果一覧による説明は次のとおり。

(9)松田氏宅のヒイラギ  所在地:長崎市松原町2065 所有者:松田宗伍

ヒイラギ(モクセイ科)  幹周り 1.49m 樹 高 3.0m 樹 齢 400年以上
中は空洞状態になっており、樹皮の部分だけで生きている老樹ながら、長年かけてよく手入れきただけあって、庭木として独特の風格を醸しだしていた。
<補 足> 
国見町長栄寺にも樹齢400年ほどのヒイラギがあるが、こちらは幹周り(地上60cmで)3.84m、樹高は13.0mである。
(注) 国見町の樹は、 https://misakimichi.com/archives/511 参照。