投稿者「misakimichi」のアーカイブ

高松城(旧東之丸艮櫓)  香川県高松市玉藻町

イメージ 1

イメージ 2

高松城(旧東之丸艮櫓)  香川県高松市玉藻町

国指定文化財等データベースによる解説は、次のとおり。

名称: 高松城
ふりがな: たかまつじょう
棟名: 旧東之丸艮櫓
ふりがな: きゅうひがしのまるうしとらやぐら
員数: 1棟
種別: 近世以前/城郭
時代: 江戸中期
年代: 延宝5
西暦: 1677
構造及び形式等: 三重三階隅櫓、入母屋造、本瓦葺
指定番号: 01097
国宝・重文区分: 重要文化財
重文指定年月日: 1947.02.26(昭和22.02.26)
所在都道府県: 香川県
所在地: 香川県高松市玉藻町
所有者名: 高松市
解説文: なし

(高松城跡の詳細解説)
天正15年生駒親正讃岐に封ぜられ、翌16年この地に城郭を築いた。生駒氏が寛永17年領地を没収され、同19年松平瀬重これに代って就封したが、松平氏は爾来中国西国の鎭として重きをなし、連綿相続いて明治維新に至った。
本城の創置には黒田孝高の指示を得たといわれるが、現在の遺構は盖し近世初期の構築にかかり、これに松平氏が修築を加えたものと思われ、一に玉藻城ともいわれる。
地は海に臨み、これを北面の備とし、東方また海に近く。西方に石清尾山を障壁とし、南方において陸に続いている。城郭は平城であって矩形状にめぐった外堀、中堀を以て、東、西、南を固め、更に幅の広い内堀によって各郭を遊離せしめつつも、巧に配置して、最も高い天守曲輪を囲繞し、これを守っている。即ちその西方より南方にかけて西の丸及びこれに地繞きの桜馬場を鍵の手に設け、北方には二の丸を、東方より北東方にかけては三の丸を配していて、簡單ではあるが要を得た縄張と思われる。松平氏時代において三の丸の北東部を更に増強して新曲輪を築き、在来の海手門に代えて水御門を海に向って開き、また城の東辺を固めて作事曲輪(東の丸)を設けた。現在中堀内において、西の丸、西側の内堀及び桜馬場の西部は全く湮滅し、中御門の枡形、作事曲輪も概ねその旧態を失い、殊に北面が海面埋立のため海と稍々隔っているのはまことに惜むべきであるが、内海における瀕海諸城中、その遺構を止め、旧規を偲び得られるものとしては最もすぐれているばかりでなく月見櫓、渡櫓を伴う水御門の完存するが如きは殊に貴重であり、城郭史上価値ある遺跡である。
S43-01-020高松城跡.txt: 高松城は、寛文・延宝年間に、松平氏によって北と東に拡張された。このうち、東側の東之丸は、これまで指定されていなかったので、その北縁から東縁にかけて遺存する一連の石垣とその背後の土坡が追加指定された。

湯船山の社叢・湯船の水  香川県小豆郡小豆島町

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

イメージ 9

イメージ 10

湯船山の社叢・湯船の水  香川県小豆郡小豆島町

香川県HP「香川の環境」自然記念物による解説は、次のとおり。

湯船山の社叢(植物)

湯船山にある法華寺の境内には、スギ、クス、イブキビャクシンをはじめとする大樹がある。また、背後地の寺社林もカヤ、アラカシ、アベマキの大樹があり、自然度の高い社叢である。
境内には、環境省で行った全国名水百選で選ばれた「湯船の水」という湧水があり、この社叢は、この湧水の水源林の役割をも果たしている。
指定日 昭和61年3月11日
所在地 小豆郡小豆島町中山字杉尾1383番1、1384番1

小豆島町HP「オリーブ情報サイト オリーブステーション」による解説は、次のとおり。

日本の名水百選、湯舟の水

この水は、湯船山(標高約400m)の山腹から湧出し、その量は1日約400トンで雨が降らない日が続こうともけっして絶えることがなく、そのため下に続く「千枚田」は水不足になったことがないといわれています。
水源である湯船山は、自然性の高い樹林を有し、その全域が県と町の天然記念物に指定されています。
昭和60年3月28日に環境庁の「日本の名水百選」に指定、また平成4年6月26日に「さぬきの名水」に認定されています。
住 所 香川県小豆郡小豆島町中山

中山の棚田  香川県小豆郡小豆島町

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

中山の棚田  香川県小豆郡小豆島町

香川県HP「香川の環境」香川のみどり百選の解説は、次のとおり。

中山の棚田
小豆島池田町中山地区の北側にある湯船山の山腹では、「千枚田」とよばれる大小さまざまな棚田が美しい田園景観を形成しています。湯船山には、小豆島八十八ヶ所第44番札所の蓮華寺があり、この境内と周辺にはクスノキ、カヤ、アラカシなどの豊かな自然林が生育し、「湯船の水」の水源となる森として重要な働きをしています。湯船山の中腹にある樹林地からは、名水「湯船の水」が湧き出しており、その量は日量400トンにも上るそうです。この豊富な湧き水を、地元の人々は飲み水や生活用水、水田の耕作に利用してきました。また湯船山の社叢が、県の天然記念物に指定されています。

小豆島町HP「オリーブ情報サイト オリーブステーション」の解説は、次のとおり。

日本の棚田百選、中山千枚田
湯船の名水を水源に、標高150〜250mの急峻な山腹に8.8ヘクタール、733枚の大小さまざまな棚田が波形模様に広がっています。南北朝時代の「湯舟山縁起」に水の記述があることから、南北朝(約700年前)から江戸時代にかけて作られたものと考えられています。
平成11年7月26日に農林水産省の「日本の棚田百選」に指定されています。
住所 香川県小豆郡小豆島町中山

中山の舞台  香川県小豆郡小豆島町

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

中山の舞台  香川県小豆郡小豆島町

国指定文化財等データベースによる解説は、次のとおり。

名称: 中山の舞台
ふりがな: なかやまのぶたい
員数: 1棟
種別: 民俗芸能、娯楽、遊戯に用いられるもの
指定番号: 00178
指定年月日: 1987.03.03(昭和62.03.03)
指定基準1: (八)民俗芸能、娯楽、遊戯に用いられるもの 例えば、衣装、道具、楽器、面人形、玩(がん)具、舞台等
所在都道府県: 香川県
所在地: 小豆郡小豆島町大字中山字杉尾1487番地のうち実測744㎡
所有者名: 土地:亀山八幡宮
建物:中山自治会
解説文:
小豆島町中山の氏神である春日神社の境内にあるこの舞台は、江戸時代後期の建立と考えられている。皿回し式回り舞台のほか、ぶどう棚、太夫座、せり、花道、二重台等の舞台機構を備えており、客席は階段状をなした平座と一棟の定桟敷からなる。
(詳細解説)
小豆島町中山の氏神である春日神社の境内にあるこの舞台は、神社の本殿と相対する位置に北面して建つ。間口12.24㍍、奥行10.15㍍の寄棟造りの茅葺で、庇は本瓦葺となっている。江戸時代後期の建立と考えられており、文政6(1832)年の雨乞芝居上演の墨書や、嘉永6、7(1853、1854)年の墨書がある。
皿回し式回り舞台(木車付き)で、ぶどう棚、太夫座、せり、花道、二重台等の舞台機構を備えており、客席はゆるやかな階段状をなした平座(露天の桟敷)と一棟の定桟敷からなる。
また、この地域には、江戸時代以来の「ところ芝居」(地芝居)が伝承され、小衣裳・かつら・大道具・小道具・根本(天保・嘉永・慶応)・浄瑠璃本(宝暦・文化)類といった江戸時代以来の関係資料も多数保存されている。
この舞台は、農村における歌舞伎舞台の典型的なものの例として重要なものである。

寒霞渓  香川県小豆郡小豆島町

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

イメージ 9

イメージ 10

寒霞渓  香川県小豆郡小豆島町

国指定文化財等データベースによる解説は、次のとおり。

名称: 神懸山(寒霞渓)
ふりがな: かんかけやま(かんかけい)
種別1: 名勝
指定年月日: 1923.03.07(大正12.03.07)
指定基準: 五.岩石、洞穴,六.峡谷、爆布、漢流、深淵,十.山岳、丘陵、高原、平原、河川
所在都道府県: 香川県
所在地(市区町村): 小豆郡小豆島町
解説文:
小豆島ノ北部ニ近キ山脈中ニ在リテ溪壑ニ沿ヒテ石柱アリ洞穴アリ石門アリ峭立スルモノ連亘スルモノ相参ハリ溪谷山巒ノ間林樹ノ点綴セルアリ中溪ヲ主トシ東溪西溪ヲ從トシ秋日ニ於テハ紅葉更ニ美觀ヲ添フ妙義山ト同シクイ集塊岩ノ風化浸蝕シタルモノニシテ中國四國地方ニ於ケル代表的ノモノナリ

(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』解説)

寒霞渓
寒霞渓(かんかけい)は、香川県の小豆島にある渓谷。 東西7キロメートル、南北4キロメートル。日本書紀にも記述がある奇勝で、元々は鉤掛山、神懸山などと呼ばれていたが、明治初期の儒学者、藤沢南岳が寒霞渓と命名した。

大正12年(1923年)3月7日に「神懸山(寒霞渓)」として国の名勝に指定されている。また、瀬戸内海国立公園に含まれ、同公園を代表する景勝地である。1983年には森林文化協会と朝日新聞社が制定した「21世紀に残したい日本の自然100選」に選ばれる。

火山活動により堆積した疑灰角礫岩などが、度重なる地殻変動により水や風に侵食されて現在の奇岩や岸壁が形成された。日本三大渓谷美や日本三大奇勝の一つに数えられることを謳っており、とりわけ新緑や紅葉の季節は圧巻である。

岬の分教場  香川県小豆郡小豆島町

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

岬の分教場  香川県小豆郡小豆島町

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』による解説は、次のとおり。

二十四の瞳映画村

二十四の瞳映画村(にじゅうしのひとみえいがむら)は香川県の小豆島にある映画と文学のテーマパーク。
1954年と1987年の2度にわたって映画化された小説「二十四の瞳」をテーマとする施設群である。1987年に映画化されたときのロケで使用された「岬の分教場」と大正から昭和初期の民家、男先生の家、漁師の家、茶屋、土産物屋など14棟のオープンセットを公開する。
そのほか、瀬戸内海に面する約1万m2の敷地内には、「二十四の瞳」原作者である小説家壺井栄を顕彰して設立された壺井栄文学館や「二十四の瞳」だけを上映する映画館「松竹座」などの施設がある。
2006年11月には、1950年代の映画をテーマとする「キネマの庵」もオープンした。

「岬の分教場」の原型となった1902年に建設された旧田浦尋常小学校は、映画村の近くに現存する。

施 設  苗羽小学校田浦分校(旧田浦尋常小学校) – 1902年の開校から1972年の閉鎖まで70年間、村の小学校として使用された寄棟平屋建校舎(教員住宅を含む)で、映画村手前800mに現存する。映画村内の現在地にこの校舎の複製が建設されて「岬の分教場」として映画の主要な舞台になった。校舎内には当時の小学生の作品や机椅子、オルガンとともに、映画のロケで使用された小道具や数々の写真が展示されている。

マルキン記念館(旧醤油醸造工場)  香川県小豆郡小豆島町

イメージ 1

マルキン記念館(旧醤油醸造工場)  香川県小豆郡小豆島町

国指定文化財等データベースによる解説は、次のとおり。記念館の建物は左の方。

名称:マルキン記念館(旧醤油醸造工場)
ふりがな: まるきんきねんかん(きゅうしょうゆじょうぞうこうじょう)
員数: 1棟
種別1: 産業2次
種別2: 建築物
時代: 明治
年代: 明治41〜42
西暦: 1908-1909
構造及び形式等: 木造平屋建、瓦葺、建築面積1083㎡
登録番号: 37 − 0002
登録回: 1
登録告示年月日: 1996.12.26(平成8.12.26)
登録年月日: 1996.12.20(平成8.12.20)
登録基準1: 国土の歴史的景観に寄与しているもの
所在都道府県: 香川県
所在地: 香川県小豆郡小豆島町苗羽甲1850
所有者名: マルキン忠勇株式会社
解説文:
小豆島に建つ醤油醸造のための工場施設を転用した記念館。マルキンの印を妻に書き上部に明かり取り窓をとる外観に特徴があり,江戸時代後期以来醤油醸造で栄えた小豆島において,往時の景観を知る上で欠くことのできない存在である。

オリーブ園のオリーブ  香川県小豆郡内海町

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

オリーブ園のオリーブ  香川県小豆郡内海町

香川県HP「香川の環境」巨木による解説は、次のとおり。小豆島オリーブ原木の2世。

オリーブ園のオリーブ

オリーブは、香川県の県花・県木である。モクセイ科の常緑高木。中近東一帯に自生し、エルサレムには、幹周7.5m、樹齢1000年をこす大樹があるという。生育の適地は、比較的雨量の少ない地域とされる。わが国では文久年間(1861〜64)に幕府の医師林洞海が栽培を試みている。本県では、明治41年(1908)小豆郡内海町西村に試験地を設け、栽培に成功した。その後、小豆島を中心に広まり、最盛期には、栽培面積200ヘクタールにもなった。このオリーブ原木は、試験地での2世。大正10年(1921)に植えられたものである。この一帯のオリーブは香川の保存木に指定されている。最初に植えられた明治期のオリーブの木は、今、どこにも残っていない。オリーブ園は、地中海固有の景観である。このオリーブの丘には、小磯良平、猪熊弦一郎、中西利雄などの著名な画家が来て、絵筆を取っている。

草壁港からバスを利用、オリーブヶ丘バス停下車すぐ

誓願寺のソテツ  香川県小豆郡小豆島町

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

誓願寺のソテツ  香川県小豆郡小豆島町

国指定文化財等データベースによる解説は次のとおり。

名称: 誓願寺のソテツ
ふりがな: せいがんじのそてつ
種別1: 天然記念物
指定年月日: 1924.12.09(大正13.12.09)
指定基準: (一)名木、巨樹、老樹、畸形木、栽培植物の原木、並木、社叢
所在都道府県: 香川県
所在地(市区町村): 小豆郡小豆島町
解説文:
天然紀念物調査報告(植物之部)第四輯 一二〇頁 參照 天然紀念物解説 一九八頁 本樹 Cycas revoluta Thunb. ハ根元ヨリ五本ノ太キ枝ニ分ル地上六尺ノ高サヨリ數本ノ太キ枝ヲ出ス根元ノ全周圍約二丈太キ枝ノ周圍七尺餘本樹ハ雌株ナリ

(HP香川の情報満載「あ!みぃつけた」の解説)
■小豆島霊場第三十一番札所
誓願寺は小豆島霊場第三十一番札所であり、境内に天然記念物のソテツ・香川の保存木イブキがあることで有名です。
■天然記念物ソテツ
誓願寺の山門をくぐると、目の前に大ソテツが現れます。このソテツは、その昔塩屋金八なる人物(塩田・廻船業を営む)が、長崎から持ち帰り、寄進したといわれ、樹齢1000年以上と推定されます。複数の株を寄せ植えたように見えますが、一本の雌株からなり、根幹周囲6メートル、高さ2メートル以上あります。大正13年に天然記念物に指定されました。
■香川の保存木イブキ
ソテツの西側には、香川の保存木に指定されたイブキがあります。樹高は16メートルあります。普通イブキの樹皮は荒肌になるのですが、磨かれたような滑らかな樹皮になっているのも珍しいそうです。
■大黒天の自然石
境内には150年ほど前に山中から出現した大黒天の自然石も安置され、一般に公開されています。

宝生院のシンパク  香川県小豆郡土庄町

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

宝生院のシンパク  香川県小豆郡土庄町

国指定文化財等データベース及び香川県HP「香川の環境」巨木による解説は次のとおり。

名称: 宝生院のシンパク
ふりがな: ほうしょういんのしんぱく
種別1: 特別天然記念物
指定年月日: 1922.10.12(大正11.10.12)
特別指定年月日: 1955.08.22(昭和30.08.22)
追加年月日:
指定基準: (一)名木、巨樹、老樹、畸形木、栽培植物の原木、並木、社叢
所在都道府県: 香川県
所在地(市区町村): 小豆郡土庄町
解説文:
天然紀念物調査報告(植物之部)第三輯 六九頁 参照 天然紀念物解説 一八〇頁 根元ノ周圍四丈八尺、地上約二尺ニシテ三大支幹ニ分ル各支幹ノ基部ノ周圍ハ北向ノモノ二丈四尺、西向ノモノ二丈五尺、南向ノモノ二丈五尺アリ いぶき Juniperus chinensis L.ノ代表的巨樹ナリ 地際の周囲15メートル、殆ど根本からそれぞれ基部の周囲7 08メートルの3大支幹に分れ、樹高約23メートル、樹冠は球状に近い。既知のシンパクのうち最大のものである。

(香川県解説)
シンパクで、特別天然記念物に指定されているのは、本樹のみ。シンパクとして日本で最大の老巨樹である。
ヒノキ科の常緑高木で、雌雄異株。宮城県以南、四国、九州の海岸部に自生する。本県でも香川の保存木として、四樹が指定されている。
イブキ、ビャクシン、シンパクなどと呼ばれているが同一のものである。
宝生院は、皇踏山の南麓にある、小豆島88ヶ所の54番札所である。シンパクの巨樹は、境内の東側、一段高いところの広い広場にある。
一株の木であって、森にも見えるほどに堂々と枝を広げている。地上1mで、支幹を三方に分かつ。そのいずれにも、空洞が見られるが樹勢は旺盛である。
平成6年度、支柱の補強事業が実施された。その折、小枝の年輪を数えたところ1センチ幅で
60年であった。
樹齢1500年は、古墳時代からのもの。老巨樹の底知れない生命力が感じられる。
【データ】
樹高 20.0m  胸高幹周 7.80m  枝張り 25.7m
所在地 小豆郡土庄町上庄中  指定状況 国指定特別天然記念物
【道 順】
北山バス停下車、徒歩約3分