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正覚寺のナギ  天草市有明町上津浦

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正覚寺のナギ  天草市有明町上津浦

天草市本渡の中心通りから国道324号線により天草上島の方へ向かう。天草瀬戸大橋を渡ってから熊本市方面へ同国道を有明海沿いにそのまま進み、約11kmで有明町上津浦に着く。
上津浦郵便局前の漁協角から右折し、「南蛮寺跡」の案内標識により県道を進むと、学校跡が南蛮寺見学の駐車場になっている所があり、寺には駐車場裏の道へ入って谷奥へ上って行く。「南蛮寺跡」が正覚寺と言われている。
熊本県自然保護課「ふるさと熊本の樹木」資料による説明は次のとおり。

登録番号  No. 27  登録 昭和56年3月12日
正覚寺のナギ
所  在  地  天草郡有明町上津浦字内山3552
登録時の状況  樹齢 400年  幹の太さ 1.65m  樹高 25m
枝張り 南北13m×東西14m  樹幹 通直  樹勢 良
正覚寺はキリシタン乱後、徳川幕府の命によって建立されているが、それ以前はキリシタンバテレンが駐在した南蛮寺があったところと言われており、キリシタン墓が残っている。
この樹は寺の裏庭にそびえ、土地の人々は南蛮樹と呼んでいる。これはキリシタン時代、バテレンのコエリョが海外から持ち込み植え付けたものと言われている為である。

大島子のアコウ  天草市有明町大島子

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大島子のアコウ  天草市有明町大島子

天草市本渡の中心通りから国道324号線により天草上島の方へ向かう。天草瀬戸大橋を渡ってから熊本市方面へ同国道を有明海沿いにそのまま進み、約6kmで有明町へ入る。
最初の集落が大島子で、同バス停から大島子小学校の道に左折し、まっすぐに大島子漁港まで出る。右角の広大な敷地に住家があり、ここが「対岳楼跡」である。アコウは大樹3本ほどが石垣の中に並んで幹があった。有明海をへだてた雲仙岳は、雨にけむって見えなかった。
熊本県自然保護課「ふるさと熊本の樹木」資料による説明は次のとおり。

登録番号  No.100  登録 昭和58年12月10日
大島子のアコウ
所  在  地  天草郡有明町大島子字下2626ノ1
登録時の状況  幹の太さ 8.5m  樹高 15m
枝張り 南北40m×東西20m  樹幹 太枝分岐  樹勢 良好
幕末時代、志柿村庄屋永野氏が大島子の海岸に三層の別邸を営んでいた。風光絶景の有明海をへだてて雲仙岳と対峙しているところから対岳楼と名づけたのである。
歌人の中島広足その他全国の文人が来遊し、多くのすぐれた詩歌を寄せた。亜熱帯樹のアコウの群落がそのころから自生しており、対岳楼に一層の風致をそえていた。

天満宮の大楠(クスノキ) 天草市下浦町

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天満宮の大楠(クスノキ)  天草市下浦町

天草市本渡の中心通りから国道324号線により天草上島の方へ向かう。下浦町は本渡瀬戸の対岸部南側にあるので、天草瀬戸大橋を渡ってから右折し、龍ヶ岳町方面への国道266号線により南下して行く。
約2kmで右へ広い道が分岐し、下浦町の入口となる。この道によりJAと下浦郵便局角からまた右折して行くと、船津の天満宮に着く。昔の海岸線の道もあるが、狭くてわかりづらい。
熊本県自然保護課「ふるさと熊本の樹木」資料による説明は次のとおり。

登録番号  No. 59  登録 昭和57年2月20日
天満宮の大楠(クスノキ)
所  在  地  本渡市本渡町字船場2946
登録時の状況  樹齢 500年  幹の太さ 7.10m  樹高 25m
枝張り 南北25m×東西25m  樹幹 太枝分岐  樹勢 良
船場天満宮には、かつて、このクスノキの外、マツ、センダン、モミジと大木が林立していたそうであり、集落の小高い丘に位置しているため、夏になると憩いの場となり、住民の手仕事の場に、また、子供達のかっこうの遊び場となっていた。
今は、このクスノキの大木が1本残るのみである。昔、郡役所が富岡にあった頃、この船場は上島、下島を結ぶ交通の拠点としてにぎやかに船々が行き来していたそうで、今はその華やかさは失われてしまっている。

八幡宮の御神木(クスノキ)  天草市八幡町

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八幡宮の御神木(クスノキ)  天草市八幡町

天草市本渡の中心通りから国道324号線により鬼池港がある五和町の方へ向かう。八幡町は本渡市街の北はずれになるが、新興住宅と大型店舗ができ、新しい道路が次々整備されつつあり、八幡宮の道は説明しにくい。
要するに、苓明高校のまだ手前で、国道沿いナフコの国道反対側の住宅に囲まれたところにあるので、住宅地の中の道を探すしかない。
熊本県自然保護課「ふるさと熊本の樹木」資料による説明は次のとおり。

登録番号  No. 79  登録 昭和57年12月1日
八幡宮の御神木(クスノキ)
所  在  地  本渡市本渡町字木戸馬場2877
登録時の状況  樹齢 600年  幹の太さ 5.2m  樹高 16m
枝張り 南北16m×東西16m  樹幹 太枝分岐  樹勢 良
本戸馬場八幡宮は、約600年程前の正和2年(1313年)、地頭志岐景弘が八幡宮を勧進し、現在地の西方にある丸尾ヶ丘の山麓東面の地に創建したのが始めである。その後、志岐氏の衰えやキリシタン一揆、小西行長の天草攻略などにより兵火の厄にあってしまったが、天和元年(1681年)、現在地に再建されている。
この樹は推定樹齢600年とされているが、この地にもともとからあったのか、もとの社殿から移されたのか定かでない。ただ、天草の中心地本渡をめぐっての志岐氏と天草氏との争いや、宇土城普請をめぐる小西行長との天草合戦など、天草歴史上の合戦を数多く体験していることになる。

延慶寺の兜梅  天草市浜崎町

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延慶寺の兜梅  天草市浜崎町

天草市本渡の中心通りから県道44号線により天草空港の方へ向かう。天草切支丹館などがある殉教公園の登り口の先が浜崎町であり、「馬場」交差点から右へ入るとすぐ延慶寺がある。
県指定天然記念物「兜梅」は寺の裏庭にあり、順路により庭へ進む。戸はいつも開けられ見学自由のようである。
熊本県の熊本観光サイトHP「なごみ紀行 くまもと」による説明は次のとおり。
この梅はなぜか「ふるさと熊本の樹木」登録樹になってなかった。開花写真は現地説明板から。
延 慶 寺

樹齢500年以上の臥龍梅の古木があります。この臥龍梅は本戸城の落城を前にして、客将・木山弾正の奥方であるお京の方が奮戦のさなか、この梅に兜をひっかけたため、討ち取られたという伝説が残っています。彼女の「花は咲いても実はならぬぞ」という恨みから、花は見事に咲きながら実はつかないとされています。”延慶寺の兜梅”と呼ばれています。
梅の木は、高さ約4メートル、幹回り1.8メートルの巨木で、龍が臥した姿に似ていることから臥竜梅と呼ばれます。

鈴木神社の森  天草市本町本

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鈴木神社の森  天草市本町本

天草市本渡の中心通りから県道44号線により天草空港の方へ向かう。市街を抜けた下河内から左折し本渡苓北線の県道44号線へ入る。東向寺裏を過ぎ本町小学校前の分岐は右方の県道を進むと、鈴木神社の標柱と鳥居がある。
登録のイチイガシなどの古大木は、説明とおり鈴木神社敷地内の「本村神社」の方にあるので、駐車場道を登って行くと途中に見られる。
熊本県自然保護課「ふるさと熊本の樹木」資料による説明は次のとおり。

登録番号  No. 99  登録 昭和58年12月10日
鈴木神社の森
所  在  地  本渡市本町本671
登録時の状況  幹の太さ 2.7m  樹高 26m
枝張り 南北8m×東西10m  樹幹 通直
鈴木神社は、天草石高半減に努力し割腹した鈴木代官をまつる神社である。その敷地内には、鈴木重成が天草の村々に建てた15社官の一つ「本村神社」がある。
本村神社を含めたこの一帯には、古大木が残っているが、その中でもイチイガシやモッコクの大きさが目をひく。20年頃前に大木の松は枯れたが、残っている古大木は神社が創建された当時からのものと推定される。

薬師寺のナギ  天草市河浦町今田

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薬師寺のナギ  天草市河浦町今田

河浦町へ入って崎津天主堂を過ぎ、羊角湾の最奥部から福連木へ行く県道35号線へ入る。天草市河原支所前など中心部を過ぎ、今田まで北上する。集落の先に石橋「轟橋」があり、この新橋のところから右折する道へ入る。高台の数軒の農家を回り込むと薬師寺がある。
熊本県自然保護課「ふるさと熊本の樹木」資料による説明は次のとおり。

登録番号  No.222  登録 平成10年7月10日
薬師寺のナギ
所  在  地  天草郡河浦町今田2816
登録時の状況  樹令 238年  幹の太さ 3.0m  樹高 12m  枝張り 南北13.0m×東西16.0m
宝暦の頃お伊勢参りをすまし伊勢講の人参宮のしるした「鐘や、すず」等神社に奉納していた事が神社に記録されている。薬師寺のなぎは参宮一行が帰り路を奈良の春日神社にとり、ここで「なぎ」の種子を拾い持ち帰り、神社と薬師寺に蒔いたのが、薬師寺の分だけが成長したものでないかと考えられる。
宝暦十年参宮者に試算すると、平成10年で238年となる。

古江大神宮の森  天草市河浦町久里

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古江大神宮の森  天草市河浦町久里

河浦町へ入って崎津天主堂を過ぎ、羊角湾を回り牛深へ行く国道266号線へ入る。広い干拓地先の九重越をし、下ったところが河浦町久里である。「古江」バス停から左折すると前国道脇に「古江大神宮 5.4km」とあった。
標高342mの古江岳まで標識に従い登る。山頂直下に駐車場があり、あと参道坂段を3分歩けばよいが、放牧場先は車はあまり通っていない。
シイ科の大木が社殿の周りにあった。駐車場近くの「天下りの石」は、正徳享保の頃伊勢神宮の分身たる剣先金幣の降下せる巨石と伝えられ、霊光四海を照らしてその所在を誇示せし所にして古江大神宮発祥の地なりとある。
熊本県自然保護課「ふるさと熊本の樹木」資料による説明は次のとおり。

登録番号  No.193  登録 平成3年11月11日
古江大神宮の森  (シイ科)
所  在  地  天草郡河浦町大字久里字峠2027
登録時の状況  樹令 200年
昔、大きな火の玉が飛来して古江岳で光っていた。古江岳に登ってみると金の御幣が落ちていたので、古江岳の頂上に祠を建て金の御幣をご神体として祭った。それが古江大神宮の始まりだと伝承されている。

都呂々のアコウ  天草郡苓北町都呂々

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都呂々のアコウ  天草郡苓北町都呂々

長崎・天草ライン富岡港フェリー乗り場から下田温泉の方へ向かう。志岐近くから国道389号線に入り、九州電力苓北火力発電所の先が苓北町都呂々だが、登録樹のアコウは、まだ先の「妙見の滝」手前となる小松集落の民家にある。国道から左手の高台に見える。根元の不動明王は見忘れた。
最後の3枚は、本集落の都呂々小・中学校の校庭にあるアコウ。この木も大きかった。
熊本県自然保護課「ふるさと熊本の樹木」資料による説明は次のとおり。

登録番号  No.  3  登録 昭和57年12月1日
都呂々のアコウ
所  在  地  天草郡苓北町都呂々1899
登録時の状況  樹令 300年  幹の太さ 4.9m  樹高 10.0m
枝張り 南北8.0m×東西8.0m  樹幹 太枝分岐  樹勢 中
アコウは、クワ科の常緑高木で亜熱帯樹木の代表的な樹種の一つであり、枝を折ったり、幹を傷つけたりすると粘り気のある白色の浮液を出す。天草には海岸線に点在して見られ、防風用として海辺の集落周辺に植栽されたものが多い。この木もその1本であるが、幹や枝から木根を垂らしており、いかにも熱帯らしい景観を呈している。
この樹の皮を風呂に浮かして入ると傷をいやすと伝えられ、かつては附近の人々が傷薬としてもらいに来ていたそうである。また、樹の下部はくり抜かれており、庭の方を向いて不動明王(縦50cm×横20cm)が祀ってある。これは60年程前に故木山道彦氏が祀ったものである。  

富岡小学校のアコウ  天草郡苓北町富岡  

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富岡小学校のアコウ  天草郡苓北町富岡

富岡小学校は、長崎・天草ライン富岡港フェリー乗り場から国道324号線を行ったすぐ近くとなる。アコウは校庭南側に植えられている。
熊本県自然保護課「ふるさと熊本の樹木」資料による説明は次のとおり。

登録番号  No.145  登録 平成2年2月14日
富岡小学校のアコウ
所  在  地  天草郡苓北町富岡2670
登録時の状況  樹令 150年  幹の太さ 2.9m  樹高 5m
富岡小学校開校当時(明治3年頃)、子供達の涼を求める憩の場として、三文字屋旅館の小林いくま氏により植樹されたものである。