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シシトキ川銀屋町の橋名は「稲荷橋」  長崎手帖に記録

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シシトキ川銀屋町の橋名は「稲荷橋」  長崎手帖に記録

前の記事は次を参照。  https://misakimichi.com/archives/810

(追 記 平成20年6月19日)

銀屋町公民館角のこのレンガ造橋の名前がわかった。史料はまた長崎楽会西山3丁目中尾氏が見つけてくれた。長崎手帖社「長崎手帖 No.13」昭和33年7月10日発行5頁の「茶のみ話」の中に次のとおりあった。長崎手帳編集者の田栗杢作氏文と思われる。
長崎手帖によると、この橋名は「稲荷橋」と出てくる。川端に稲荷神社があり平成7年、鯱太鼓倉庫を兼ねた公民館をここに新築したため、稲荷神社は屋上へ祀り直したことを、私は職務上から記憶していた。
一 目 七 橋

これは橋好きの私に、岩永さんがわざわざ明治二十一年刊行の長崎年表を見せて下さったものです。昔は編笠橋附近から川下の眼鏡橋の方を眺める石橋風景を「一目七橋」と言ったらしいので、見せて貰った年表の鍛冶屋町裏の屠鹿川に架った七つの小さな橋も、昔は一目におさまったのではないかと思って、表題を借りました。
屠鹿川に架った橋は、その名はおろか姿すら薄くなっていますが、七橋とも鍛冶屋町に架って、上流から言いますと、磨屋町のは屠鹿(とろく)橋、銀屋町のが稲荷橋、東古川町のは川添橋、本古川町のは鍛冶橋、榎津町の孕(はらみ)橋、萬屋町のは斜(ななめ)橋、アーケードの下の東浜町から架っているのは浜口橋です。   (西古川町 金物店 岩永関夫氏)

多久市の「笑郷(わらいごう)橋」の橋名由来  多久市史に伝説話

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多久市の「笑郷(わらいごう)橋」の橋名由来  多久市史に伝説話

前の記事は次を参照。  https://misakimichi.com/archives/950

(追 記 平成20年6月19日)

ところで、写真1の「笑郷(わらいごう)橋」は、橋名の由来を書き忘れていた。多久市商工観光課前田さんから送ってもらった「多久市史」778〜779頁にある伝説話。
西多久地区には「女山の女盗賊」にまつわる話(民話・言い伝え)が、次のとおりある。女盗賊が短刀の血を洗った場所が「洗い江」と呼ばれていた。それが「笑郷」になったのだろうということである。

西多久町              女山の女盗賊

伊万里に向かう女山峠には女盗賊が出没し、旅人から身ぐるみ剥ぎ取ったり命を奪い、大変恐れられていた。二重あたりで獲物(旅人)が往来するのを覗いて、谷から出て来て旅人を襲い、血のついた短刀を川で洗った。女盗賊が人の往来を見ていた場所を人見と呼び、よく出てくる所を出口、身ぐるみ剥がした所をはぎの原、短刀の血を洗った所を洗い江と呼び、血洗い橋と言う所もあった。また、時には赤子を背負って出て来て、旅人が通ると赤子の尻をつねって泣かせ、旅人が「どうしたのか」と尋ねると「病気にかかっている」といって同情を誘い、隙をみて強盗を働いた。子供をおぶって出てきた所を子峠とよんだ。…

以下は略。女強盗の名はおつる。最後は、おつるに小さいときから苦しい思いをさせた父親のじいさんが金をつくって折角迎えにきたが、それとは知らずに父を殺めてしまった話のようだ。

松浦市鷹島町の風景  (2)

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松浦市鷹島町の風景  (2)

平成20年6月13日、松浦市鷹島町へ行く。唐津市肥前町星賀港から鷹島日比港へフェリーで渡った。
(1)は、架橋中の鷹島肥前大橋(仮称 2009年3月開通予定)と星賀港、鷹島の日比港、殿ノ浦港、阿翁浦港、日比港近くの海に浮かぶ高島海中ダム。
(2)は、宮地嶽史跡公園、鷹島モンゴル村。

松浦市鷹島町の風景  (1)

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松浦市鷹島町の風景  (1)

平成20年6月13日、松浦市鷹島町へ行く。唐津市肥前町星賀港から鷹島日比港へフェリーで渡った。
(1)は、架橋中の鷹島肥前大橋(仮称 2009年3月開通予定)と星賀港、鷹島の日比港、殿ノ浦港、阿翁浦港、日比港近くの海に浮かぶ高島海中ダム。
(2)は、宮地嶽史跡公園、鷹島モンゴル村。

住吉神社のアコウ  松浦市鷹島町里免

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住吉神社のアコウ  松浦市鷹島町里免

唐津市肥前町星賀港から鷹島日比港へフェリーで渡る。鷹島内の高台を中央に通る県道158号線へ上り南下する。松浦市役所鷹島支所のまだ手前、蓮乗院から右へ入ると鷹島郵便局があり、この前から右折し西側の海へ向け下って行くと、住吉神社に出る。
九州西岸における分布の北限のアコウで、県指定天然記念物となっている。

境内にはいろいろな樹木があり、Otoji.K氏HPには、自生した樹高8〜10mのサンゴジュの大木が数本あるとあるが、見忘れたようだ(最後の写真の左端の木?)。
長崎県HP「長崎県の文化財」によるアコウの説明は次のとおり。

鷹島住吉神社のアコウ  県指定天然記念物

指定年月日 昭和55年2月29日  所在地 北松浦郡鷹島町里免114
所有者 住吉神社
住吉神社は鷹島町の北部に近い里にある。境内は広く、参道の両側ともにいろいろな樹木が茂り、立派な社叢を形成している。社叢内に3本のアコウがある。指定の木は本殿横にあり、樹高18m、目通り幹まわり4.5mある。
このアコウは九州西岸における分布の北限である。

今宮神社のイチョウ  松浦市鷹島町三里免

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今宮神社のイチョウ  松浦市鷹島町三里免

唐津市肥前町星賀港から鷹島日比港へフェリーで渡る。鷹島内の高台を中央に通る県道158号線へ上り南下する。松浦市役所鷹島支所を過ぎ、まだ進むと三里集落とバス停がある。ここに「今宮神社」の案内標識があり、左方の道を行くと今宮神社へ着く。

イチョウは巨樹というほどでもないが、乳柱が大きく発達したのが珍しく、県指定天然記念物となっている。
長崎県HP「長崎県の文化財」による説明は次のとおり。

鷹島の公孫樹(イチョウ)  県指定天然記念物

指定年月日 昭和32年10月29日  所在地 北松浦郡鷹島町三里免1921
管理責任者 鷹島町
このイチョウは今宮神社の境内にあり、巨樹というほどではないが、乳柱が珍しい。イチョウは地上すれすれのところから3本の幹に分れ、そのうち最大のものは目通り幹まわり4mほどある。
この主幹の高さ4mばかりのところから出ている側枝に、数本の乳柱が垂れさがっている。乳柱の最大のものは長さ2.8m、その基部のまわりは1.8mもある。乳柱の大きさとしては日本有数のものである。乳柱の発達するのは雌株より雄株に多いという。これは雌株で、その点でも、むしろ例外といえる。

喜内瀬川甌穴群  松浦市福島町喜内瀬免

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喜内瀬川甌穴群  松浦市福島町喜内瀬免

福島大橋を渡り島内へ入ると、すぐ「喜内瀬」バス停と新松浦漁協直売所「海の駅」があり、対面のGS角から右折して入る広い道がある。この道の奥の集落の中に喜内瀬(きないせ)川が流れ、白岳の採石場があるので、トラックが多く出入りする。
県指定天然記念物「喜内瀬川甌穴群」は、ちょうど採石場現場入口の所の小さな川の合流点にあるので、トラックの後をついて行くと着ける。

途中、車道が喜内瀬川の橋を通る所に、町指定文化財「茶室調風亭」(平戸藩主松浦家の家老熊澤家茶室跡)があった。
甌穴群は以前、川床約50mの間に100個以上あったが、現在では、川幅の大半は道路敷となったため、甌穴の大部分がかくれてしまったと、現地説明板にある。
長崎県HP「長崎県の文化財」による説明は次のとおり。

喜内瀬川甌穴群  県指定天然記念物

指定年月日 昭和47年8月15日 所在地 北松浦郡福島町喜内瀬免 所有者 福島町
福島東部、福島大橋が架かる喜内瀬から籾ノ浦に通ずる道に沿った小川の川床をなす岩盤に、多くの甌穴が見られる。甌穴は約50間に大小100以上もあり、大きいものは径30cm以上で、深さは20cmもあるが、小さいものには径5〜10cmのものもある。甌穴が生じている岩盤は粗粒玄武岩であり、背後の白岳(173m)を形成する岩石である。近くに大きな採石場があり、この岩石を採掘している。
甌穴は、ポットホールとか、かの穴ともいわれ、川床の岩石に割れ目や軟らかい部分があると、流れによる選択浸食が行われてくぼみが生ずる。更に渦流のため小石がくぼみの中に転動すると、円形の穴に拡大する。喜内瀬川甌穴群は規模の大きなものではないが、河成の甌穴群としては県下では珍しい。

福寿寺のイロハモミジ  松浦市福島町里免

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福寿寺のイロハモミジ  松浦市福島町里免

福島大橋を渡り福島町の中心へ向かうが、その途中に「白岳展望所」への案内標識があり、右折して行くと、島内を東側から外周する県道103号線に出る。
県道へ左折。北へ蛙鼻公園を通りながら進むと、里集落手前に「→福寿寺」の標柱がある。

福寿寺は里免神の上の高台にある。寺の案内標柱に従い車道を登って行くと、七宮神社下となる福寿寺駐車場へ着く。
奥が寺。本堂の真裏へ左側の道から回って上る。一段高い裏庭のような斜面地に県指定天然記念物「福寿寺のイロハモミジ」が立つ。
Otoji.K氏HP「長崎の名木」リストの中の説明は次のとおり。

福寿寺のイロハモミジ

本堂裏の斜面にある。根元近くの幹周りは3.25m。幹は大きく4本に分れていて、それぞれは1.6m、1.9m、1.1m、1mほどあり、幹周りおよそ5.7m。樹高20mほどの巨木である。
昭和45年、県の天然記念物に指定された。