練習用」タグアーカイブ

十川のナタオレノキ  佐世保市宇久町平

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

十川のナタオレノキ  佐世保市宇久町平

宇久町天然記念物「ナタオレノキ」があると、これも地元の大岩先生から案内してもらった。
宇久平港ターミナルから右へ佐世保市宇久行政センター前を通りながら、広い道を左折して宇久小学校の方へ行く。この右方「連燈寺」の手前の角のところから右折し、細い路地を上って行く。車がやっと通れる。

地図から見ると平の「十川」集落。ここまでは「宇久航路標識事務所」へ行く道の途中のようである。
駐車場に車を置いて少し歩いた。「辻村(?)」宅裏の斜面にナタオレノキ2本があった。幹回り3mほど、樹高も高い。
宇久島のナタオレノキとしては、この木が一番大きいだろうとのことである。

宇久町に残るアーチ石橋  佐世保市宇久町

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

イメージ 9

イメージ 10

イメージ 11

宇久町に残るアーチ石橋  佐世保市宇久町

佐世保市宇久町に残るアーチ石橋は、1橋である。妙見神社の旧参道に架かる「妙見橋」。
宇久平港ターミナルから右へ佐世保市宇久行政センター前を通りながら、広い道を左折して宇久小学校角まで上る。信号を左へ県道160号線に入る。宇久高校を過ぎて300mほど行くと、右手に「愛宕山道」のゲートがある。
この手前に川が流れ、県道脇から見ると上流側にアーチ石橋がわかる。

ゲートの山道をたどると10分ほどで県道から回り込んだ車道へ出る。妙見神社(山本神社)はこの上にある。
大木とともに案内してもらった地元の大岩先生の話では、旧参道の橋「妙見橋」は1年ほど前にわかり、佐世保市(吉井町・世知原町を含め)33番目のアーチ石橋。架橋は100年くらい前ではないかということであった。

HP「長崎県の石橋を訪ねて」による説明は以下のとおり。
同HPによると、妙見神社拝殿脇の築山に小さな桁石橋があり、平成9年まで現役の石桁橋であった「観音橋」(場所?)の板石も現地に保存されているとの記事と写真があるので、同HPを参照。私は見忘れた。

写真      第 169 番   妙  見  橋    佐世保市宇久町平郷 
宇久島にもあったアーチ橋。小値賀や上五島にも期待したい。
架橋年は未確認  石工 烏山 伊勢蔵   長さ 5.5m  幅員 2.8m
市街地から登る。県道に出て宇久高校を過ぎて道が直線になったら200m程度。妙見神社への旧参道に架かる。(傍にあるゲートには愛宕山道と記載)
長崎県の離島には、対馬厳原と五島福江にしか残っていないと思っていたら、こんなしっかりした石橋が残っていたとは驚きだ。

神島神社のソテツ・エノキ  佐世保市宇久町平

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

神島神社のソテツ・エノキ  佐世保市宇久町平

宇久島の大木について、佐世保市宇久行政センターの紹介により、長崎県自然保護委員などをされている地元の大岩保雄先生にご足労をかけ、近くをアーチ石橋「妙見橋」とも案内してもらった。

神島神社は、宇久平港ターミナルから右へ行った佐世保市宇久行政センター前通りの裏手の通りにある。社殿右手前にソテツ、左奥にエノキが大木があった。
ソテツは、幹囲2.7m、樹高4m。由緒ありそうな古木と思われるが、説明資料が何も見当たらない。エノキは幹囲2.6m、樹高13mほど。
神島神社からまた左の方へ路地を進むと「宇久島歴史資料館」がある。このあたりは「五島藩代官所(挽地役所)跡」で、エノキの大木が目についた。

小値賀町の風景  北松浦郡小値賀町

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

イメージ 9

イメージ 10

イメージ 11

イメージ 12

イメージ 13

イメージ 14

イメージ 15

イメージ 16

小値賀町の風景  北松浦郡小値賀町

平成20年7月23、24日、北松浦郡小値賀町に行く。
小値賀入港、フェリー太古は出港、格子戸のある町並み、小値賀町役場、船瀬海岸、唐見崎と本城岳、赤浜海岸、小値賀空港、斑島漁港と大橋、斑島の夕暮れ、黒島展望台から、大島からの風景など。

神ノ崎遺跡  北松浦郡小値賀町黒島郷

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

神ノ崎遺跡  北松浦郡小値賀町黒島郷

黒島は小値賀港ターミナルのすぐ左方にある島。黒島大橋によって渡れるので海岸通りを左へ行く。大橋の先に黒島展望台・黒島園地へ行く右新道ができているが、そのまままっすぐ進む。
黒島公民館横に黒島郷若宮神社があり、この神社の社殿裏から波止場先の小値賀漁協造船所にかけての細長い岬が「神ノ島遺跡」の場所である。県指定史跡だが、何も案内や説明板がない。

松林の丘。足元は草ぼうほう。草つきの中を歩くと何度か石につまづき、これが遺跡の石らしいとわかる。造船所の前まで車道を行ったら、道路を広げたコンクリート崖面の一角に石棺を残して見えるようにしていた。
西海の古代を感じさせる岬の遺跡。小値賀港の近くであり史跡としてもう少し整備してよいのではないだろうか。

神ノ崎遺跡  県指定史跡

指定年月日 平成3年3月29日  所在地 北松浦郡小値賀町黒島郷字庭ノ畑2番1
所有者 小値賀町
遺跡は笛吹港に突き出た全長約60m、幅4m〜15mからなる小さな岬上に位置する。弥生時代中期から古墳時代後期にかけて約500年間継続して営まれた墓地で「板石積石墓」「地下式板石積石棺墓」などと呼ばれる、有明海周辺に分布の中心を持った特殊な形態の石棺36基からなる。
この遺跡のように、長期にわたって同じ形態の墳墓が営まれる例は県内外においても稀であるが、同時に五島列島の空白期であった5〜6世紀の墳墓が初めて明らかにされた点でも重要な意義を持っている。

大島のアコウ・エノキ・ハゼノキ  北松浦郡小値賀町大島郷

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

大島のアコウ・エノキ・ハゼノキ  北松浦郡小値賀町大島郷

大島は小値賀島の属島で、小値賀笛吹港の南西部にあり町営船「第3はまゆう」が通う。所要時間10分。片道270円。
火山弾を見に行き、ついでに大島の中で目立った大木も見て回った。

アコウの島一番の大木は、大島の船着場から大島公民館まで行き、この裏手の路地へ入る。民家前の石垣に根を張り、根元はかなり大きい。
次は公民館前をそのまま行くと「神島神社」がある。神社の手前一角に大きなエノキがある。枝を広げた高木ですぐわかる。
神社にはもう1本、境内の左奥に大きなハゼノキがある。これは鳥居からだとわかりにくいので、神社のすぐ先の井戸のある小道から入って見に行く。
ハゼノキとしては大木だが、根元のすぐ上で二又に分れている。その部分にアコウが着生し、片方の幹は危なくなりかけ、地元の人が心配していた。

大島巨大火山弾産地  北松浦郡小値賀町大島郷

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

イメージ 9

イメージ 10

イメージ 11

イメージ 12

イメージ 13

イメージ 14

イメージ 15

イメージ 16

大島巨大火山弾産地  北松浦郡小値賀町大島郷

大島は小値賀島の属島で、小値賀笛吹港の南西部にあり町営船「第3はまゆう」が通う。所要時間10分。片道270円。
火山弾は小値賀町歴史民俗資料館通りの石垣上に並べて展示している。長崎県HPはここの写真を載せているが、大島へ渡り大きな実物を見ることとした。

同船した小値賀小学校大島分校の先生の話から、まず学校正門にある火山弾を見に行った。門柱の両脇に1mあまりの大きさのを2つ乗せていた。
大島は現在31世帯100人位が暮らす。分校は小学生のみで6人。

島の人の話では、火山弾の産地は「中ダキ」という島西側の断崖海岸に大きいのが多くあるそうだ。船でしか行かれない場所なので、集落の中を探した。
波止場の「自力更生碑」の基礎部、公民館後ろの民家(ここの方はマニア。島内の火山弾と石器を収集)、墓地奥の「英霊碑」の下石に見事な火山弾を見た。

大島分校HPのアルバムを見ていたら、波止場に昭和61年小値賀町が設置した古看板の写真があったので、火山弾場所の参考のため載せた。
後の2枚の写真は、大島へ渡らなくても小値賀本島で見られる火山弾。小値賀町歴史民俗資料館前通りと、前方郷後目公民館の門にもあった。
長崎県HP「長崎県の文化財」による説明は次のとおり。

大島巨大火山弾産地  県指定天然記念物

指定年月日 昭和29年12月21日  所在地 北松浦郡小値賀町大島郷尾泊
所有者 小値賀町
小値賀島とその周辺に点在する属島(納島・斑島・古路島・薮路木島・大島・宇久島・黒島など)の地質は、ほとんど玄武岩の溶岩流と火山砕屑物とで構成されている。溶岩状の玄武岩は、一般に平坦な溶岩台地をつくるが、火山砕屑物は噴石丘(臼状火山)をつくる。火山砕屑物は、色の黒っぽい(黒、褐、赤など)岩滓を主とし、この中にしばしば火山弾を含んでいる。
とくに大島では、形の大きい火山弾が多量に見られる。火山弾は、流動性に富んだ玄武岩質のマグマが火口から空中に飛ばされ、飛行中に特定な形をとったものである。形は球、楕円形、紡錘形などと種々あるが、いずれも空中で固結した時に生ずるものである。

浜崎のエノキ  北松浦郡小値賀町浜津郷

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

浜崎のエノキ  北松浦郡小値賀町浜津郷

小値賀港ターミナルから島内を一周する県道161号線により、島の北西部へ行く。約5分ほど走ると、浜津郷に「斑島入口」の標識があり、左折すると「斑大橋」へ通じる。
浜崎のエノキは、「斑島入口」標識から曲がらず、県道161号線をそのまままっすぐ進む。左方3つ目の鋭角角から浜崎湾の集落へ下る道があり、この坂道を下って行くと左手にすぐエノキが見える。

小値賀島のエノキとしては、大きい方だろう。小値賀町役場正面や小値賀町歴史民俗資料館庭にもエノキがあったが、これよりは大きいと役場に聞いたので訪ねた。
ここのエノキは上部や枝が伐り払われていてすっきりしている。若葉が茂り樹勢はまだあるようだ。

後の写真はついでにアコウ。小値賀町町役場正門の道路向い側駐車場奥に立つ。これも小値賀島の大木として目についた。

浜津海岸のアコウ群落  北松浦郡小値賀町浜津郷・笛吹郷

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

イメージ 9

イメージ 10

イメージ 11

イメージ 12

浜津海岸のアコウ群落  北松浦郡小値賀町浜津郷・笛吹郷

小値賀港ターミナルから島内を一周する県道161号線により、島の北西部へ行く。約5分ほど走ると、浜津郷に「斑島入口」の標識があり、「斑大橋」へ通じる県道225号線へ左折する。
アコウは「斑島入口」標識から入ってすぐの県道右脇にまず1本の大木(最初の2枚)がある。
浜津海岸は、県道をこの先へ行って左方下にまもなく見える。

手前の海岸を埋め立てて「浜津公園」ができている。公園の道へ下ると、集落の石垣や広場にかけてアコウの大木10本ほどが群落をなす。漁港先の笛吹郷の斜面にも大木(後の2枚)があった。口之津「早崎漁港の群落」に比べると規模がやや小さいが、小値賀島の観光スポットにしてよいのではないだろうか。
HP創作かるた「おぢか・良かとこかるた よかとこめぐり(双六)」による説明は次のとおり。

ほっとする アコウの下は 憩いの場  西村 熊一
アコウ
クワ科の亜熱帯性植物であるアコウは、琉球(沖縄)から北上したもので、小値賀は北限の一つです。納島の群落は見事なもので、島内でも浜津の海岸、殿崎に多く見られます。琉球から海流に乗ってきたものだけに海岸部に限られて自生しています。

古路島の岩頸  北松浦郡小値賀町薮路木島郷

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

古路島の岩頸  北松浦郡小値賀町薮路木島郷

古路島は小値賀島西部沖500mにある無人島。島の西側の海食崖に赤色の岩滓層が露出し、それに貫入してY字型の岩頸が見られる。
船でないと近くで見れないため、斑島や大島から見た島の写真のみ載せた。島は間違っているかもわからない。
長崎県HP「長崎県の文化財」による説明は次のとおり。

古路(ころ)島の岩頸(がんみゃく)  県指定天然記念物

指定年月日 昭和29年12月21日  所在地 北松浦郡小値賀町古路島
所有者 小値賀町
古路島は小値賀島西部沖500mにある無人島で、最高点が56mの小島であり、地質は小値賀火山群の一員として、玄武岩溶岩と岩滓とから構成されている。
島の西側の海食崖に赤色の岩滓層が露出し、それに貫入してY字型の岩頸が見られる。幅約3m、高さ12m程度の小さなものである。火山岩頸とは、火山体が浸食作用によって失われた後も、火道を満たした溶岩や火砕岩が浸食に抵抗して、塔状の岩体として残ったものとされているため、古路島の岩頸はあるいは岩脈の分類に含まれるものかも知れない。