練習用」タグアーカイブ

小野金比羅山のエノキ?  諌早市宗方町

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

イメージ 9

イメージ 10

イメージ 11

小野金比羅山のエノキ?  諌早市宗方町

国道57号線により諫早市街から諌早市小野町まで行く。小野小学校の次に「小野」交差点があり、右折して旧道の道へ入る。小野の天満宮や郵便局前を通り、小野団地入口まで行くと、「金比羅山頂 ←2.3km」の標識がある。
団地内を通り、山頂すぐ下の駐車場まで車道があり、山頂は駐車場から歩いて15分ほどである。

金比羅山(標高247m)の山頂一帯は、寛延元年(1748)建てられた曹洞宗「性円寺」の廃寺跡。諫早平野の眺望もよく、諌早市指定名勝なので、風景・史跡の項も参照。
暖地性の自然林が広く残る。写真は途中で見た主な樹木と名札のあったもの。

「諫早の名木30選」リストによると、小野町金比羅山「性円寺のエノキ」として幹囲3.14m、樹高20mのエノキを名木にあげている。
しかし、エノキは見あたらなかった。散歩中の地元の人に聞くと、松尾社の先の方の林間に大木があったようだが、平成3年頃の台風により倒壊したという話もあり、確認できなかった。
当該の木の見落としもありそうだ。

小野天満宮のナギ  諌早市小野町

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

イメージ 9

イメージ 10

イメージ 11

小野天満宮のナギ  諌早市小野町

国道57号線により諫早市街から諌早市小野町まで行く。宗方町の次に「小野小学校前」交差点があり、右折して旧道の道へ入る。
すぐ「小野の天満宮」があり、鳥居と石門をくぐって中へ入る。境内右の一角に祀られている「小野の六地蔵石幢群」は、史跡の項を参照。

境内にはバクチノキやマキの大木が目立つが、名木の「小野天満宮のナギ」は社殿後ろの敷地一番奥となる小野保育園の入口通路沿いフェンスのところにあった。
剥がれかかった古い銘板があって、やっとわかった。
「諫早の名木30選」リストによると、幹囲2.10m、樹高16m。

小野の六地蔵石幢群 六基  諌早市小野町ほか

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

小野の六地蔵石幢群 六基  諌早市小野町ほか

国道57号線により諫早市街から諌早市小野町まで行く。宗方町の次に「小野小学校前」交差点があり、右折して旧道の道へ入る。すぐ「小野の天満宮」があり、鳥居をくぐって中へ入ると、境内の右の一角に「小野の六地蔵石幢群」が祀られている。
天満宮入口の鳥居の先にある石造参道橋や石門も見事なものであった。
長崎県HP「長崎県の文化財」による説明は次のとおり。

小野の六地蔵石幢群 六基  県指定有形民俗文化財

指定年月日 昭和56年3月27日 所在地 諌早市小野町676、赤崎町748の1ほか
所有者 諌早市小野町町内会、赤崎町町内会ほか
小野の六地蔵石幢群は、旧小野村に残っている数少ない石造物である。銘によれば何れも天文年間(1532〜1554)に建立されたものである。また建立者の銘「悦岩宗喜」、「藤原尚信」などは、西郷氏の領国経営にかかわる人物と思われる。
形状は、何れも佐賀型で、宝珠、笠、龕中台、上竿、下竿からなる重制、正体であるが、尊像の頭部を欠いているものが多い。これらの六地蔵石幢は、県下でも古く、長い年月の風化にたえ、地域の人々の信仰に支えられて、今日まで保存継承されてきたものであり、民俗文化財として貴重である。

西仙寺のヤマモモ  諌早市中通町

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

イメージ 9

イメージ 10

イメージ 11

イメージ 12

西仙寺のヤマモモ  諌早市中通町

国道251号線により矢上大橋を渡り、諌早市有喜町まで行く。有喜中学校前の坂を下ったところに小ヶ倉ダムを通って諌早市街の小栗に出る市道があり、交差点から左折してこの道へ入る。
まもなく中通町となり、「下中通」バス停手前にスズキ「川下自動車」工場があり、左横の細い車道を上がると「西仙寺」へ着く。住家のような建物だが、「西仙寺」と大きい表札がある。

名木の「西仙寺のヤマモモ」はここにはなく、寺裏山の高台の観音堂が祀られた広場にあるので、寺右手の山道を50mほど歩いて登る。
山道の参道や観音堂広場は、まことに感じがよい。観音堂左には「天祐三一六世 英麟胡碓大和和尚禅師」と刻んだ石碑があった。入口にスタジイの大木もあった。 
「諫早の名木30選」リストによると、ヤマモモは幹囲3.57m、樹高13m。

明徳寺のホルトノキ  諫早市有喜町

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

明徳寺のホルトノキ  諫早市有喜町

国道251号線により矢上大橋を渡り、諌早市有喜町まで行く。各交差点から右折し有喜漁港へ出る。「明徳寺」は漁港右手の高台にあるので、河口手前の方の橋「有喜橋」へ右折して渡り、集落内の旧道を行く。
たちばな信金前を通りながら堀口商店先まで行くと、右手へ上がる坂道があり「明徳寺」に着く。

境内には、山門右の鐘楼との間に名木「明徳寺のイチョウ」があり、前項とした。寺にはあと1本、名木「明徳寺のホルトノキ」がある。
本堂のある境内でや、その上段の駐車場にはクスノキの大木があるが、ホルトノキはすぐには見えず、立っているところがわかりにくい。

寺の山門前の車道に戻り、少し回り込んで登ると寺の住職宅裏門があり、この左上の斜面に立っていた。上段の広い駐車場の角から眺めると、そこは庭園。
立入りできないため、外から写した。「諫早の名木」の銘板が確認できないが、この木と思われる。「諫早の名木30選」リストによると、幹囲3.48m、樹高17m。

明徳寺のイチョウ  諫早市有喜町

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

イメージ 9

イメージ 10

イメージ 11

明徳寺のイチョウ  諫早市有喜町

国道251号線により矢上大橋を渡り、諌早市有喜町まで行く。各交差点から右折し有喜漁港へ出る。「明徳寺」は漁港右手の高台にあるので、河口手前の方の橋「有喜橋」へ右折して渡り、集落内の旧道を行く。
たちばな信金前を通りながら堀口商店先まで行くと、右手へ上がる坂道があり「明徳寺」に着く。

境内にはイチョウが数本立つが、名木「明徳寺のイチョウ」は、山門右の鐘楼との間にある。
「諫早の名木30選」リストによると、幹囲5.17m、樹高15m。上大渡町の明教寺のより大きく、諌早市で一番のイチョウである。
境内には、ツバキの大木や有喜発展先人の「報恩塔」がある。
同じく「諫早の名木30選」の1つである「明徳寺のホルトノキ」は、別の場所に立ち次項とする。

早見のアコウ  諌早市早見町

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

早見のアコウ  諌早市早見町

国道251号線により矢上大橋を渡り、諌早市早見町まで行く。サテライト長崎先のT字交差点から右折して、集落内を九十九折れしながら中ほどまで下ると、酒店があるの通りに出る。右へ行き海岸まで降りると「歳大明神」。

酒店の通りで反対に左へ行くとアコウのあるところへ出る。すぐ通り左に水を張った防火水槽があり、ここから右下へ下る急坂を見ると、宮崎宅の石垣に「早見のアコウ」が立っている。枝は邪魔になりいつも伐られるのか、姿見は小さい。 
「諫早の名木30選」リストによると、幹回り3.00m、樹高は8m。

歳大明神のアラカシ  諌早市早見町

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

イメージ 9

イメージ 10

イメージ 11

イメージ 12

歳大明神のアラカシ  諌早市早見町

国道251号線により矢上大橋を渡り、諌早市早見町まで行く。サテライト長崎先のT字交差点から右折して、集落内を九十九折れしながら、下の海岸まで降りると「歳大明神」へ着く。
鳥居前は「十二支(未)南風の海浜広場」となっていて、愛野海岸や雲仙岳がよく見える。

「歳大明神」の樹木は、先項 https://misakimichi.com/archives/479 を参照。
「諫早の名木30選」にここでただ1本選ばれている「アラカシ」の樹をよく写していなかった。
上の写真の3枚目から6枚目が「アラカシ」。社殿の右横にあり、斜めに立っている。
「諫早の名木30選」リストによると、幹回り2.28m、樹高は16m。

後ろの写真は、同境内にあるホルトノキ、クロガネモチの大木も再び載せる。クロガネモチには「諫早の名木」の銘板が付いていた。
同リストにはなく、クロガネモチでは宗方神社の幹囲3.80m、樹高19m(同リスト)が選ばれていたが、倒壊しているようなので2番目であった歳大明神の幹囲2.25m(諫早近代史 150頁)が、後で代わって名木に選ばれたように思われる。

横津の石槨(せつかく)  諌早市飯盛町下釜

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

横津の石槨(せつかく)  諌早市飯盛町下釜

国道251号線により矢上大橋を渡り、諌早市飯盛町の交差点まで行き、右折して飯盛漁港へ出る。突堤の先が前ノ島と向島である。別名三味線島。
その手前、船だまりが下釜集落。下釜公園から右手へ路地に入ると、横津の岬の防風林一帯に「下釜石棺・石室群及び下釜貝塚」がある。

その1つがこの「横津の石槨」。路地脇に明瞭に確認できる。「石槨」は文化財用語で、読みは(せつかく)または(いしき)。棺を納めるために墓の中につくった石の部屋。
他の石室や貝塚は、住宅地などとなってよくわからない。
現地説明板は次のとおり。

諌早市指定文化財(史跡) 横津の石槨  昭和63年12月20日指定

昭和2年に枇杷島の海水浴場工事の際に発見されました。人骨3体が発見され、1体には石の枕がしてあり、1体には腕に貝輪がつけられていました。遺物などは長崎大学に保管されていましたが、原爆の被害により焼失しました。
横津の岬上の防風林の中には他にも石棺や石室が発見されており、他にも縄文時代後期、弥生時代前期から中期の貝塚も発見されています。
平成19年3月 諌早市教育委員会

向島のノアサガオ群生地  諌早市飯盛町下釜

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

向島のノアサガオ群生地  諌早市飯盛町下釜

国道251号線により矢上大橋を渡り、諌早市飯盛町の交差点まで行き、右折して飯盛漁港へ出る。突堤の先が前ノ島と向島である。別名三味線島。
10月まで花があるようなので、「向島のノアサガオ群生地」を確認したかったが、船でないと渡れない。

対岸の下釜甲瀬海岸もどこかわからなかったので、島の写真のみ。前ノ島の先にまた離れて向島がある。
「諌早市郷土資料館だより」平成20年9月発行の「諌早市の天然記念物」による説明は次のとおり。
諌早市指定天然記念物  向島のノアサガオ群生地

(平成12年1月12日指定・飯盛町下釜)
向島のノアサガオ群生地は、平成4年に向島(別名三味線島)東岸に祀られている八大龍王付近に自生しているのが確認され、平成14年には、対岸の下釜甲瀬(かぶとせ)海岸にも群生しているのが確認されました。
ノアサガオは、5〜10月頃に青紫色の花を咲かせます。