野岳湖一周と萱瀬ダムへの道の風景 (1)
平成20年2月4日、松原から野岳湖へ行き湖を一周。深沢儀太夫が築いた人工湖。ここから黒木へ行くため萱瀬ダムへの林道近道を通る。40年ほど前、野岳に泊まり、この山道を歩いたことがある。だいたいそのとおり車道となって整備されている。
杉を祀った水源や、ロッククライミングの岩場がある。多良の連峰と萱瀬ダムが高い位置から眺められ、景観がよい。萱瀬ダムの北川内橋手前に出る。
野岳湖一周と萱瀬ダムへの道の風景 (1)
平成20年2月4日、松原から野岳湖へ行き湖を一周。深沢儀太夫が築いた人工湖。ここから黒木へ行くため萱瀬ダムへの林道近道を通る。40年ほど前、野岳に泊まり、この山道を歩いたことがある。だいたいそのとおり車道となって整備されている。
杉を祀った水源や、ロッククライミングの岩場がある。多良の連峰と萱瀬ダムが高い位置から眺められ、景観がよい。萱瀬ダムの北川内橋手前に出る。
多良山系黒木の大ケヤキ 大村市黒木町
多良山系黒木の奥深い山中の巨樹探訪。萱瀬の大名スギ、黒木ケ原岳尾根の大モミノキに続き、最後の巨樹となる岩屋越の登山道途中にある大ケヤキを訪ねた。前日は山に雪が降り、多良山系の尾根は雪が残っていた。
大村・鹿島を結ぶ国道444号線。黒木小学校のところで黒木渓谷へ行く道と分かれる。山へ向かって国道はぐいぐい登り、平谷黒木トンネルの入口に来る。写真の左上鞍部が岩屋越。
トンネル右手の踏み跡をたどると、すぐ岩屋越の本来の登山道に出る。5分すると「大ケヤキ」への道である表示板がある。
登山道はしっかりしている。レスキューP「502」を見ながら小沢の3つ目を渡り、切り通しまで来ると大ケヤキは近い。登山道のすぐ左手下に大木が見える。トンネルから40分ほど。ここまではさほど急な道でない。ここから岩屋越まではさらに40分かかる。
大ケヤキは、根元ですぐ2本に分かれ、幹周りは4.6m。樹皮が鱗状に剥がれた文様は見事。谷の上流である斜面地。よほど成長に適していたのか、対面に幹周り4mの大ケヤキがあと1本ある。
Otoji.K氏HP「長崎県の名木」リストの中の説明は次のとおり。位置図は同HPに詳しくある。
この木の紹介は、同氏以外ない。長崎森林管理署HPの2007年12月14日トピックスでは、大モミの道に表示板など取り付けた記事がある。文中に「黒木地区の国有林には、萱瀬スギを始めケヤキやモミの巨木が点在している」と記しているだけのようだ。
本では、長崎県生物学会編「多良岳の生物」2001年刊57〜59頁に、宮崎正隆氏稿「多良山系の巨樹・巨木」があるが、この大ケヤキは紹介されていない。
周辺を探した。同氏はケヤキの2本しかふれられていないが、すぐ近くに大モミも2本あった。何の石垣跡か長い。そこから生えた1本は、幹周り4m以上の大木。あと1本はやや小さい。
岩屋越まで行く。この道は昔、2回ほど登った記憶がある。最後の登りはやはりきつい。郡岳ー経ヶ岳の尾根縦走路で、岩屋越はこの中間くらいの地点。雪道の越には「大村鹿島県境」の標石と、「平谷温泉へ2km 岩屋へ2.5km」の道標があった。
大ケヤキ
以前、五島の巨木の写真を送って頂いた針本さんから、大村市黒木の大ケヤキのある場所を教えてもらった。早速、見に行く。黒木トンネル近くに駐車し、トンネル入口の真上に向かう左手の山道を登る。5分ほど登ると大ケヤキの表示板がある。山道は、岩屋口ー岩屋越コースになっている。
この山はスギ、ヒノキが植林された国有林。高木にはシイ、アカガシ、ホソバタブ、ヤブニッケイ、低木にはヤブツバキ、アオキ、ネズミモチ、ヒサカキなどが多い。2〜3ヶ所、水のない渓流を渡る。どこが道なのか判りずらい箇所があるが、テープや印の石組みを頼りに進む。「レスキューポイント番号502 」の表示を過ぎる。
登り始めて40分ほどで、針本さんから教えてもらった切り通しに着く。めざす大ケヤキは、ここから100mほど。足も軽くなる! しばらくすると、左斜面下にそれらしき巨木が見えた。斜面を下り、大ケヤキと対面。
そこから、山道を少し登ると レスキューポイント番号503 」の表示がある。初めて訪れるには、判りずらい。針本さんの地図のおかげで見ることができました。針本さんに感謝!
大ケヤキの幹は地上2mの所から二つに分かれているが、二本が合着したようにも見える。幹回り4.6m。樹高は25m前後。森の中で存在感がある。そこから少し下ると渓流になっていて、水が流れている。手ですくって渇きを癒す。
一息ついて見ると、対岸の斜面に大ケヤキが1本ある。幹回り4m。樹高はさきほどのケヤキとほぼ同じで、両方のケヤキの枝が空で触れ合わんばかりに、向かい合っていた。
郡岳(こうりだけ)山麓の自然休養林の今 大村市重井田町
Otoji.K氏HP「長崎の樹木」リストの中(街路樹)に、次のとおり郡岳(こうりだけ)山麓の自然休養林を記していた。野岳湖の大村湾CCの奥一帯。この道は萱瀬ダムへ出る。自然休養林が今、どうなっているか、立ち寄ってみた。
現況は写真のとおり。遊歩道は、一部歩けるが、後は荒れている。伐採したところもあり、ベンチ・トイレ・樹木の名札などは撤去しているようだ。時間がなかったから、もちろん中までは見ていない。かろうじて、郡岳南登山口にエンコウカエデとハイノキの名札を見つけた。
自然休養林
自然休養林とは、国民の休養・レクレーションのため、施設などを整備した国有林を言う。郡岳(こうりだけ)を中心とした山麓は、スギ・ヒノキの人工林と、クロマツの混交林、広葉樹の天然林が広がる。ゴルフ場に接した場所に遊歩道がある。
気持ちのよい遊歩道を歩くと、シイ、アカガシ、ヤマビワ、リョウブ、クマノミズキ、etc、の中、トキワガキの高木もある。ツクバネガシの他、オオツクバネガシが多く見られた。
残念ながら施設の老朽化のため、この休養林は平成18年4月に廃止が決定された。国の財政緊縮策がこんな所にも反映している。長崎では西彼杵半島の一部だけが自然休養林となる。
松原八幡神社の社叢 大村市松原本町
大村市松原は、長崎街道の有名な宿(茶屋)跡。国道34号線の松原入口交差点から旧道へ入るか、松原1丁目交差点から左折し、JR大村線ガード上の道を渡る。八幡神社の社叢は、国道左にすぐ見えている。
社殿左のクスノキは、幹周り7mの巨木。根元の大きさに驚く。境内にはエノキ、ケヤキの大木のほか、松原国民学校同窓生が寄贈した見事なサカキ、ホルトノキなどがある。
Otoji.K氏HP「長崎の樹木」リストの中(街路樹)の説明は次のとおり。
松原本町八満宮樹叢
クスノキの巨木や、エノキ、ケヤキの大木があり、神社社叢として大村市の天然記念物にしてされている。
境内には寄贈されたものであるが、京都の 北山杉を見ることができる。
網場天満神社の社叢 長崎市網場町
国道34号線の網場道バス停から日見の町と網場漁港へ方へ行き、そのはずれの海岸通りに神社はある。この県道は、茂木へ続く。
HP「長崎市の文化財」による説明は次のとおり。
網場天満神社の社叢 市指定天然記念物
指定年月日 昭和53年3月20日 所在地 長崎市網場町1番地1 天満神社境内
所有者 天満神社
旧日見村のころの氏神であった神社で、網場の海岸沿いの小高い丘の上にある。
この小高い丘全体が境内であり、社叢でもある。丘を覆う主なものは、クスノキ、スタジイ、ヤマモモ、カゴノキ、アラカシ、ツバキ、ナナメノキなどの高木と、ハクサンボク、マサキ、クスドイゲなどの低木の照葉樹である。ここには、特別に貴重といえる種類も、また、巨木というほどのものもない。
それでも、丘全体が社叢というまとまりと、沿海地の照葉樹木の社叢としても、大切に保存すべきものである。
大村市に残るアーチ石橋 大村市中里町「ひやけはし」
大村市中里町にはカキノキの樹形がよい大木があった。「ひやけはし」という変った名のアーチ石橋もあるとHPにあったから訪ねてみた。大村市では、この橋が唯一の石橋のようだ。
国道34号線が鈴田峠を過ぎ、JR大村線の鈴田峠トンネル出口付近で左折して踏み切りを渡り、旧国道の道を行くとすぐの川に架かっている。鉄道のすぐ左側。折りよくシーサイドライナーが通った。
橋の銘柱はコンクリート製。変った形をしていて「ひやけはし」とある。架設年は不明。このあたりの地名が「日焼」とバス停があった。HP「長崎県の石橋を訪ねて」による説明は次のとおり。
第 62 番 ひやけはし 大村市中里郷
年代 不明 長さ 約6.0m 幅員 約4.0m
地域在住の大久保氏から連絡を頂いた橋。旧国道に架かる橋。ここに石橋があることを、知らせてもらうまで全く知らなかった。感謝。
【ガイド】諫早市から国道34号線で鈴田峠を越える。鉄道のトンネル付近で左折して旧国道に入る。
「陸軍所轄地」などの標石が大村の三城城跡(忠霊塔)にもあった
大村市三城町にある三城城跡(さんじょうじょうあと)は、JR大村駅先の裏手の小高い丘。大村純忠(すみただ)と、その子喜前(よしあき)にわたる2代の居城。慶長4年(1599)、喜前が玖島城を築いて移るまでの城跡である。現在、本丸跡には県下6万余の第二次世界大戦戦没者を祭る忠霊塔がある。(大村市HP)
三城城跡の大木を見に行った帰り、下りの道で道脇に立てかけられた標石を見つけた。ここは今、道路工事中で折れた石は上部のみ。「陸軍用…」とあった。付近をよく探すと、道の両脇に数本があった。ほとんどは「陸軍用地」と刻まれていた。
築城前墓碑跡の下の石には「陸軍所轄地」とあった。丁寧にも下の道路からの歩道石段には、上下左右の4本が立っていた。
大村市は、大戦中は軍都。今も自衛隊の部隊がいる。三城城跡の場所がどう利用されていたかわからないが、ここに忠霊塔が建てられているのは、軍の要衝の施設があったためではないか。
長崎市浜平1丁目の中央タクシー本社横、「浜平中央ビル」の下角にあった原爆の熱線を浴びたと思われる「陸軍所轄地」の黒い標石は、先項で紹介している。
大村へ出向き、たまたまここで見つけたこの標石も、その関連から記録しておきたい。
大村公園・琴平岳・萱瀬ダムの風景
平成20年2月1日、大村方面へ行く。大村公園・琴平岳・萱瀬ダムの風景。玖島崎の海岸道路がよい。大村競艇場を上から眺めた。
三彩の里の藤が絡みついたクスノキ 大村市原町
長与三彩の陶郷「三彩の里」は、大村湾の展望がよい琴平岳スカイパーク登り口の高台にある。Yahoo!ブログ「大村さくら(さん)の日記」の地域2006.5.10の記事に次がある。
藤の花、大木に絡みついています
藤の花が、大きな楠に絡みながら咲いていました。もう可なり花は過ぎ掛けていますが、まだ綺麗でした。陶器教室の有る、三彩の里の庭です。
5月の陶器祭りに行ったときに写しました。3日から7日まで開催された時のものです。可なりの藤ですので、花の房が長くて綺麗でした
写真は、http://blogs.yahoo.co.jp/harukou5973/34048291.html を参照。クスノキの濃い緑葉の間に、藤の花が無数垂れ下がり、クスノキは美しい大木となっている。
山ではよくあることだが、近くを通りかかったので、三彩の里へ寄ってみた。藤棚のフジの幹のつるは写真のとおり、横のクスノキに絡みついていた。
他のブログによると、埼玉県秩父市には大ケヤキに張ったり、福岡県福智町にはクスノキとカシを宿り木とした「宿り木藤」もある。
(追 記 平成20年4月15日)
佐世保市小舟町・藤山神社にも、ものすごい絡みフジがあった。Otoji.K氏HP「長崎の名木」リストの中にでてくる。同HPを参照。
幹周り4.6m、樹高30m。樹齢800年あまりのオガタマノキに、樹齢およそ650年の九州一といわれる 大フジが絡んでいる。
私が訪ねた記事は次を参照。藤の開花は4月下旬。まだ早かったが、藤山神社の木の写真を最後に追加した。
https://misakimichi.com/archives/775
大村のイチイガシ天然林 大村市雄ケ原町
国指定天然記念物「大村のイチイガシ天然林」は、多良山系の裾野となる大村市雄ケ原町の狸尾堤上の山林。大村市坂口方面からハイテクパークを通り行くか、東大村から前項の山神神社前分岐から下る。
天然林は藩政時代から伐採されずに残った。「雄ケ原」(ますがはら)の名のとおり何か古い歴史があるよう。現在、道路の周辺は自衛隊演習場となっていた。
現地説明板は次のとおり。後はOtoji.K氏HP「長崎の樹木」リストの中(街路樹)の説明から。
天然記念物 イチイガシ天然林 指定 昭和56年1月24日 文部省
イチイガシ(ブナ科の常緑樹)は、大木になると樹皮に指紋のような模様が出るので、見分けがつきやすい。
このカシは、丘陵地の下部や谷すじのゆるやかな傾斜地など、地味豊かな区域に生える。そのような場所には古くから人が住みつき、農地を拓いたため、またその材木が建築材としてすぐれていたため、広く伐採された。ここの天然林は、全国的にみても数少ないイチイガシの残存林である。
ここには、谷すじのイチイガシ天然林のほか、尾根の上にはコジイ林が自然状態のまま残されている。それらは私たちの祖先が数千年前に見たであろう原生林のおもかげを、いまによく伝えていて貴重である。
昭和59年3月 大村市教育委員会
イチイガシ原生林 ブナ科コナラ属 常緑高木
大村市雄ヶ原町(多良山系の裾野)のイチイガシ天然林。コジイ、イスノキ、ヤマビワ、シイモチなどを見ることができる。国の天然記念物に指定され、また「大村市の木」にも指定されている。
樹皮は暗褐色。老木になると樹皮はバラバラ剥がれる。葉は革質で4〜12cmの倒披針形で上半部に鋸歯がある。葉裏は黄褐色の毛がついている。側脈は9〜15個。
4〜5月に開花。堅果(ドングリ)は秋に熟し、殻斗は椀形で総苞片が6〜7個の環をつくる。黄褐色の毛はドングリまでつき、粉をふいたように見える。
関東地方南部以西、四国、九州に生える。花序は4月下旬。果実は8月初旬。白い若葉は4月中旬。