悩まし木? 虚空蔵山のスタジイ 東彼杵郡川棚町岩屋郷
広域基幹林道虚空蔵山線の岩屋登山口から虚空蔵山(標高608.5m)へ登る。植林地と悠久の森を上がって、鞍部の猪猟犬フランの墓に出たすぐ上の尾根道にこのスタジイはある。微妙に幹が絡みあっている。境塚のような石積みも2基見られる。
悩まし木? 虚空蔵山のスタジイ 東彼杵郡川棚町岩屋郷
広域基幹林道虚空蔵山線の岩屋登山口から虚空蔵山(標高608.5m)へ登る。植林地と悠久の森を上がって、鞍部の猪猟犬フランの墓に出たすぐ上の尾根道にこのスタジイはある。微妙に幹が絡みあっている。境塚のような石積みも2基見られる。
木場山のケヤキ・スギ・キリ 東彼杵郡波佐見町永尾郷
波佐見町の中心から県道1号線により嬉野トンネルの方へ向かう。永尾山入口の次に木場山入口がストアー角にあり、右折して木場山の最奥の家まで上がる。この道は上で広域林道と出合い、広域林道を右へ少し戻ると、すぐ小川が流れ駐車スペースがある。
広域基幹林道虚空蔵線を、東彼杵から波佐見町の方へずっと進んでも近くて着く。
この谷間に植林地へ入る作業道があり、奥の水場にパイプが敷かれている。水場から右斜面の尾根の方へ登ると、植林地の中に先ずキリが立ち、続いてスギ、そして大ケヤキが10m間隔ほどで一直線に立つ。山の所有者は集落最奥の楠本宅。許しを得て入山すべきだろう。
波佐見町「はさみ100選 ガイドブック」1987年刊20頁による説明は次のとおり。木場山小佐々宅の五葉松は、次を参照。 https://misakimichi.com/archives/701
大ケヤキのある山は、この広域林道上の山。去年春からの懸案だった。写真は作業道入口から順にキリ・スギ・ケヤキ。
木場山の大欅(けやき 永尾郷)
永尾郷木場山の上方、新設林道から杉山を300mほど登れば、楠本頴氏所有の山中に大欅があります。周りが3m、真直ぐに伸びた幹は8mまで1本の枝もなく、樹高は18mにおよび、王者の風格をそなえています。太りの遅い欅なので最上の良材です。
元ここは御用林であったとか、そのため残ったのでしょう。山中には大杉(周り2.25m、高さ 30m)や大桐もあります。
小浜の「鬼石」 雲仙市小浜町北野
雲仙山麓の小浜町にある巨石「鬼石」。国道251号線の坂道が小浜へ下ったすぐの交差点から左折して、奥の山領まで行く。集落入口に「鬼石」の案内標識があり、右へ曲り長崎県立小浜高校の裏通りの方へ下って行くと、すぐ右手にある。
現地説明板は次のとおり。
鬼 石
この石は、島原半島随一の巨石と言われ、長さ12m、巾11m、厚さ6m。表面は平坦で、その面積は61㎡。そこには四体の地蔵尊が安置してある。この石にまつわる伝説は、例えば鬼が仏罰をうけて大きな石をもたされ、雲仙登山をしていたが、あまりの重たさに耐えかね捨てたものであるとか、この石のまわりを3回まわれば鬼が出るなどいろいろあるが、事実は雲仙火山大爆発の際、転げ落ちた石ということである。里人は、この石には霊魂がやどっているとのいい伝えから、この石を石材にしょうとする者はなかった。
観音菩薩像は昭和52年11月篤志者により建立されました。
烽火山昔の番所道のスタジイ 長崎市鳴滝3丁目
長崎市東部の山、烽火山(標高426m)昔の「番所道」については、次の記事ほかを参照。
現在の登山ルートでなく、鳴滝の奥、七面山妙光寺に至る鳴滝3丁目の車がUターンする橋脇まで行き、すぐ右道へ入り左坂段を上がると、烽火山の南肩「大荷床」に達する山道が残っている。 http://blogs.yahoo.co.jp/misakimichi/15433762.html
山頂の烽火台が使われた頃の当時の正道であり、古書や古絵図に表われ、新・旧番所跡の石垣が現在でも見られる。スタジイの大木は、この「番所道」の新番所跡と上部の旧番所跡との中間あたり道脇右に立つ。
参照記事にもスタジイの写真を載せていたが、きのう行って幹囲を測ると5.1mはあった。えぐられた昔の登山道の土手上に立ち、堂々とした姿の大木である。樹高は約18m。樹形が良い。後ろの写真は、この先にある旧番所跡の地。瓦片を見つけており、石垣に差し込んでいる。
北野のアラカシ 雲仙市小浜町北野
国道57号線の坂道を小浜に下ってすぐの交差点から左折して山領の奥まで入る。巨石「鬼石」の方へ右折して長崎県立小浜高校の裏を通って小浜温泉の方へしばらく下って行くと、道路左側に石祠が祀られているアラカシの巨木がある。または国道先の小浜自動車の所から左右左しながら前記の通りへ上がって行くか、小浜温泉側から逆に入る。
Otoji.K氏HP「長崎の樹木」最近の更新2009年9月7日に、次のとおりあったので訪ねてみた。
アラカシの巨木
雲仙市小浜町北野の道路沿いに、アラカシの巨木がある。根元にはツバキが繁っている。多くの萌枝(ひこばえ)が伸びていて、樹勢はいい。地上1.8mほどから二つに分かれている。
萌枝の内側から幹周りを測ったら、5.6mあった! 樹高は10mほど。道路に張り出していた上部の大枝は、2本ほど朽ち欠けていて切断されていた。アラカシとしては珍しく巨木! 祠が安置されていて、大切に守られている。
彦山神社のイチョウ 雲仙市千々石町丙
国道57号線の千々石海水浴場前あたりから、左方の田奥の高台集落を眺めると、一際高い木が見える。上峰川沿いの道に左折して上がって行くと、これが平和自治会館横の彦山神社で、イチョウの大木であった。
幹囲4.6m、樹高18mほど。長崎市天然記念物「大音寺のイチョウ」が幹囲3.9mとあるから、これより大きい。
釣れた? 釣具店の釣人 (6) 長崎市平山町
長崎半島平山町の国道499号線沿い。釣具・えさ店。連日早朝4時オープン。背後は八郎岳。
Fishing shop OGAWA
秋バージョンだが3日ほど前から、カップルの男性と女性の位置が反対となった。不明なのは女性が持つ幟。「アジ子手当て!!」。どういう意味だろう。子育て手当?
長崎学さるく “江戸期の「みさき道」を歩く Ⅱ” (2) 平成21年10月
平成21年10月18日(日)快晴。長崎学さるく幕末編行事 “江戸期の「みさき道」を歩く Ⅱ”。 参加スタッフとも22人。「みさき道」の後半コース。
三和行政センター前午前9時半発ー蚊焼峠ー永一尾ー徳道ー野母崎ゴルフ場構内(昼食)ー延命水ー高浜ー古里ー堂山峠ー脇岬観音寺15時45分着。(徒歩約15km)
三和公民館展示ホールの当時の蚊焼村図や明治県道の脇岬・高浜標石など見て出発。秋葉山口の郷路八幡では栗拾い休憩となった。永一尾の長い稜線歩き。中間のベンチ所で展望を楽しむ。徳道の三叉路に出ると「長崎ヨリ五里」「御崎ヨリ二里」の里程道塚がある。
ゆうこうの木の実を観察。野母崎ゴルフ場構内で昼食。ここはみさき道と川原道の分岐点となり、珍しい地蔵彫墓石兼用の道塚がある。
午後からは、ゴルフ場内はみさき道が喪失しているので外周市道を歩き、高浜延命水に出る。海水浴場まで下り、古里から最後の難所、堂山峠を越える。草刈りのお蔭で歩きやすく予定より早く脇岬観音寺に着いた。
開帳の日だが、夕方となれば国宝観音像はカーテンが閉められていて残念。
長崎医学伝習所生 関覚斎「長崎在学日記」(北海道陸別町資料館所蔵)の紀行をもとに、文久3年(1861)彼ら一行がたどった道を推定し、実際に歩いて体感した。
徳道から脇岬観音寺へ至った覚斎記録の一部文を紹介する。
○下リテ高濱ニ至ル 此ノ処漁処ナリ水際ノ危石上ヲ通ル 凡ソ二十丁此ノ処ヨリ三サキ迄一里ナリト則チ堂山峠ナリ 此ノ峠此ノ道路第一ノ嶮ナリ 脚疲レ炎熱蒸スカ如ク困苦言ベカラス 下リテ直ニ観音堂アリ清人ノ書ニテ海天活佛ノ額アリ ○三四丁ニシテ脇津ニ至リ…(この日脇津泊)
宮さんの参加ブログ記事は、 http://blogs.yahoo.co.jp/khmtg856/21740190.html
のりさんのは、 http://blogs.yahoo.co.jp/type2218/8488797.html ほか
次回は、11月9日(月)午前9時30分諏訪神社一の鳥居前集合。”城の古址周辺と烽火山の昔の番所道をさるく”。講師は長崎街道ネットワークの会 江越弘人先生。
長崎学さるく “江戸期の「みさき道」を歩く Ⅱ” (1) 平成21年10月
平成21年10月18日(日)快晴。長崎学さるく幕末編行事 “江戸期の「みさき道」を歩く Ⅱ”。 参加スタッフとも22人。「みさき道」の後半コース。
三和行政センター前午前9時半発ー蚊焼峠ー永一尾ー徳道ー野母崎ゴルフ場構内(昼食)ー延命水ー高浜ー古里ー堂山峠ー脇岬観音寺15時45分着。(徒歩約15km)
三和公民館展示ホールの当時の蚊焼村図や明治県道の脇岬・高浜標石など見て出発。秋葉山口の郷路八幡では栗拾い休憩となった。永一尾の長い稜線歩き。中間のベンチ所で展望を楽しむ。徳道の三叉路に出ると「長崎ヨリ五里」「御崎ヨリ二里」の里程道塚がある。
ゆうこうの木の実を観察。野母崎ゴルフ場構内で昼食。ここはみさき道と川原道の分岐点となり、珍しい地蔵彫墓石兼用の道塚がある。
午後からは、ゴルフ場内はみさき道が喪失しているので外周市道を歩き、高浜延命水に出る。海水浴場まで下り、古里から最後の難所、堂山峠を越える。草刈りのお蔭で歩きやすく予定より早く脇岬観音寺に着いた。
開帳の日だが、夕方となれば国宝観音像はカーテンが閉められていて残念。
長崎医学伝習所生 関覚斎「長崎在学日記」(北海道陸別町資料館所蔵)の紀行をもとに、文久3年(1861)彼ら一行がたどった道を推定し、実際に歩いて体感した。
蚊焼峠入口から徳道へ至った覚斎記録の一部文を紹介する。
○…三丁許ニシテ蚊焼峠ノ入リ口ノ芧店ニテ喫水シテ汗ヲ拭フ ○西北ハ港内ニテ其ノ西岸ハ遥ヘ絶ヘ高野木嶋 マゴメ嶋 硫黄嶋 高嶋 遥ニ松嶋ノ瀬戸(岩礁の図)高サ六七間見ユル 之レ相撲ノ瀬ト言フ ○四郎カ嶋 カミノ嶋 右二嶋ハ佐賀公ノ砲台二シテ最モ勝ルノ由 ○蚊焼峠ノ上三十丁許ヲ長(ナガヒ)人ト言フ 此ノ処東西狭クシテ直ニ左右ヲ見ル 東ハ天草 島原アリ遥ニ其ノ中間ヨリ肥後ヲ見ル
宮さんの参加ブログ記事は、 http://blogs.yahoo.co.jp/khmtg856/21740190.html
のりさんのは、 http://blogs.yahoo.co.jp/type2218/8488797.html ほか
次回は、11月9日(月)午前9時30分諏訪神社一の鳥居前集合。”城の古址周辺と烽火山の昔の番所道をさるく”。講師は長崎街道ネットワークの会 江越弘人先生。
あづまの里から鉢巻山へ 平成21年10月
平成21年10月17日(土)曇り。あづまの里から裏雲仙の「鉢巻山」(標高631.8m)に登り、九州自然歩道へ下る。コース見のため単独行。最後は千々石の景観。下りのルートは宮さんの先日の記事あり、次を参照。 http://blogs.yahoo.co.jp/khmtg856/21631276.html
愛野から裏雲仙田代原方面を見ると、右側が九千部岳、左側が吾妻岳となるが、吾妻岳の手前に少し高いピークがある。これが「鉢巻山」である。
愛野展望台手前の交差点から県道58号線に入る。愛野ゴルフ場や風力発電風車前を通りそのまま進むと、「あづまの里」の案内標識があり、牧場入口の駐車場まで行って歩き出す。
牧場内の高台に有名な「万里の長城」がある。展望台から奧の終点まで長城の道を行く。「鉢巻山へ」と書いたプラスチック標識が枝に下がり、ここが登山道の入口となる。
正面に鉢巻山の山頂が見え、「千々石断層」の上を登って行く道となる。先の標識が至る所に付けられ、道を間違うことはないが、雑木林の尾根道で途中は展望がほとんどきかない。
小さなアップダウンを越すと、最後の急な登りとなる。やっと山頂近く100m手前の地点で、ロープに沿って右へ入る。奥の岩場上が絶景のポイントとなっており、高度感がある場所で諫早湾や橘湾が一望できる。今日は曇りのうえ霞んで多良連山が見えなかったのは残念だった。
ここは必ず立ち寄らないと、木々に囲まれた山頂は、三角点のみで景観はまったく望めない。「あづまの里」から約1時間で鉢巻山の山頂へ着いた。
帰りは吾妻岳方向への道に下る。急傾斜の道でわかり難いが、テープに注意し吾妻岳との鞍部植林地の「大だまり」まで下ると、朝霧の「←吾妻岳 自然歩道→」標識がすぐ右方の道にある。猪垣を越え、鉢巻山の山腹を巻き気味に20分ほど下って行く。あづまの里入口駐車場の弘法原ー田代原間の九州自然歩道中間位に出る。鉢巻山の山頂からこの道を下りに取ると、駐車場まで約1時間半を要するが、経験者の同行が望ましい。