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頭ケ島教会  南松浦郡新上五島町友住郷

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頭ケ島教会  南松浦郡新上五島町友住郷

新上五島町有川から県道62号線により頭ケ島大橋を渡り頭ケ島へ行く。上五島空港があるところで、高台の空港分岐から左折し海岸の集落へ下ると頭ケ島教会がある。
平成11年4月に国指定有形文化財に指定された。近くの浜にカトリック墓地があった。
長崎県HP「長崎県の文化財」による説明は次のとおり。

頭ケ島教会  県指定有形文化財・建造物

指定年月日 平成3年3月29日  所在地 南松浦郡有川町友住郷638番地1
所有者 カトリック長崎大司教区
頭ケ島教会は、明治43年に鉄川与助の設計・施工により着工し、7年の歳月をかけて大正6年に竣工した。
この建物は、全国的に数少なく、西日本では唯一の石造教会堂である。外観の意匠は、ルスティカとよばれる粗い石積みの壁で、窓や入口は上部を半円アーチとし、軒下にロンバルド帯をめぐらすというように重厚なロマネスク調を基調としている。
また、本教会附属の司祭館は、ベランダを配する木石混構造で、創建が教会堂と同時期で、かつ両者とも現存している例は少なく、貴重である。

崎戸ー江島ー平島ー友住航路の風景

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崎戸ー江島ー平島ー友住航路の風景

平成20年7月22日、上五島へ渡るため崎戸商船フェリーみしまに乗る。佐世保始発だが、崎戸(蛎浦)ー江島ー平島ー友住(上五島町有川)間を利用。所要時間2時間。運賃1640円。
大島大橋、崎戸橋、崎戸出港、小立島、大立島、江島入港、江島出港、平島入港、平島出港、平島相崎ノ鼻、友住入港など。

西海楽園跡のアコウ   西海市西海町中浦北郷

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西海楽園跡のアコウ   西海市西海町中浦北郷

次の記事があり、七ッ釜鍾乳洞前のレジャー施設「西海楽園」へ寄ってみたのだが、2007年9月すでに廃園となり、岩山には入れなかったので、遠くからアコウを写した。
同HPでは、2枚目写真の右側のアコウを写されているようだ。
この国道202号線先、太田和海岸通りに大きなアコウが多くあるらしい。
Otoji.K氏HP「長崎の名木」リストの中の説明は次のとおり。

西海町・西海楽園のアコウ

七ツ釜鍾乳洞近くにあるレジャ−施設・ 西海楽園内にある。2〜3億年前にできた珊瑚礁が火山の噴火によって隆起したという岩山にその施設がある。
施設内のむきだしの大岩にしがみつくようにアコウが数本ある。写真はその中のひとつ。長崎で見るアコウとしてはそれほど大きなアコウではないが、その景観はみごと。

長泉寺の鯨供養石造五重塔  平戸市前津吉町

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長泉寺の鯨供養石造五重塔  平戸市前津吉町

津吉は平戸島の南部。平戸市街から国道383号線により宮の浦方面へ下る。前津吉町は相浦・佐世保航路がある所で、国道の津吉交差点から左折して「前津吉港」の方へ入る。
「長泉寺」入口は、前津吉の町へ出る前、右方に案内標識があり、この道に入って進むと本堂横の駐車場へ着く。
鯨供養石造五重塔の前に立つイチョウも大木だった。
長崎県HP「長崎県の文化財」による説明は次のとおり。

長泉寺の鯨供養石造五重塔  県指定有形民俗文化財

指定年月日 昭和59年9月18日  所在地 平戸市前津吉町1274長泉寺境内
所有者 長泉寺
この五重石塔は、砂岩の基礎(2石)、塔身の軸部(第1層2石、計6石)と笠(5石)、相輪部(1石)の14石からなり、総高460cm。基壇は切石の三段積み、合計高さ539cm。
第1層軸部に龕を抉り、多宝如来(合掌印)と釈迦如来(禅定印)の高さ20cmの座像(砂岩)を安置し、法華経見宝塔品の諸仏の名を刻む。側面の銘文に元文4年(1739)、鯨供養のため財を募り、長泉寺第8代海純大和尚が建てたと刻んである。
平戸島前津吉の浜は、元禄5年(1692)、小値賀島の小田組が捕鯨の基地を定めてから、安政の開港ごろ(1859)、捕鯨の休止まで167年間、鯨組で繁昌していた。

根獅子の浜海水浴場と周辺  平戸市根獅子町ほか

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根獅子(ねしこ)の浜海水浴場と周辺  平戸市根獅子町ほか

平戸市街から国道383号線などにより紐差町へ行く。紐差交差点を過ぎ、しばらくまだ国道を宮の浦方面へ進むと、途中に「根獅子入口」分岐とバス停があり、右へ道へ入り、山手を越して下ると根獅子町へ着く。同町には「切支丹資料館」がある。

これから大石脇町・獅子町へと海岸沿いを北上すると、根獅子の浜のほか無名(?)の浜・人津久の浜と3つの美しい砂浜と海水浴場がある。白砂のきれいな浜も殉教の歴史がある。
途中の小さな浜で、製塩している小屋を見た。
平戸市発行「平戸まるわかり本 とっとこ平戸」25頁による説明は次のとおり。

根獅子の浜海水浴場

日本の海水浴場88選にも選ばれた美しい海水浴場。白い砂浜は約1kmにも及び、遠方から多くの人々が訪れています。

志自岐神社地の宮、沖の宮社叢  平戸市野子町

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志自岐神社地の宮、沖の宮社叢  平戸市野子町

平戸市街から国道383号線により平戸島の南端、野子町の国道終点「宮の浦」へ向かう。宮の浦まで車は約1時間。
宮の浦漁港へ出、左方へ行くと角に橋があり、川脇にフェンスによって囲まれた一角があり、「式内社志々伎神社跡」碑が新旧石燈籠とともにある。

現在の志自岐神社地の宮と沖の宮は、この地を挟みすぐ近くの山手と湾内の小島にある。沖の宮は漁港の先へ行くと、現在は堤防で繋がり歩いて渡れた。
長崎県HP「長崎県の文化財」による説明は次のとおり。

志自岐神社地の宮、沖の宮社叢  県指定天然記念物

指定年月日 昭和49年3月5日  所在地 平戸市野子町882ほか
所有者 志自岐神社
平戸の南端、宮の浦の海岸に面する斜面に地の宮の社叢があり、すぐ前方の海に沖の宮社叢がある。
地の宮社叢の主木は、スダジイ・イヌマキ・ホルトノキ・タブノキ・イスノキ・クスノキで、大きいものは樹高20m、幹径60cmに達する。林内にはヤブツバキ・クロキ・オガタマノキ・ヤツデ・タイミンタチバナなど多種類の常緑樹が生じ、林下にはアオノクマタケラン・フウトウカズラ・サカキカズラ・テイカカズラ・ビナンカズラなどが密生する。
沖の宮社叢は、中心部には地の宮社叢と同じ植物からなる群落があり、海にのぞむ斜面にはハマビワ・トベラ・シャリンバイ・マサキなどの海岸性の低木群落がある。海岸にはハマオモト・ハマウドが生育する。

式内社志々伎神社跡  平戸市野子町

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式内社志々伎神社跡  平戸市野子町

平戸市街から国道383号線により平戸島の南端、野子町の国道終点「宮の浦」へ向かう。宮の浦まで車は約1時間。
宮の浦漁港へ出、左方へ行くと角に橋があり小さな川が流れ、川脇にフェンスによって囲まれた一角があり、「式内社志々伎神社跡」碑が新旧石燈籠とともにある。

現在の志自伎神社地の宮と沖の宮は、この地を挟みすぐ近くの山手と湾内の小島にある。
志々伎山は途中の野子から写す。標高347m。古期安山岩でできた山。山頂が鋭く尖る。五島列島が一望できる。
長崎県HP「長崎県の文化財」による説明は次のとおり。

式内社志々伎神社跡  県指定史跡

指定年月日 昭和49年7月2日  所在地 平戸市野子町3172ほか
所有者 志自伎神社
式内社志々伎神社は、志々伎山を中心にして上宮、中宮、地の宮、沖の宮の4社と別当寺(円満寺=現在の中宮社)の5つの社殿があり、祭神は仲哀天皇の皇弟十城別王(とわきわけのみこと)である。
志々伎神社は古代朝鮮との交易、中世における松浦氏との関係において崇敬された神社で、肥前国における式内三社の一つであり、壱岐、対馬の式内社に比べ規模が大きく、式内社としての形を現在までよく伝えている点など歴史的価値が高い。

金立神社のナタオレノキは倒れてなかった  平戸市前津吉町

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金立神社のナタオレノキは倒れてなかった  平戸市前津吉町

津吉は平戸島の南部。平戸市街から国道383号線により宮の浦方面へ下る。前津吉町は相浦・佐世保航路がある所で、国道の津吉交差点から左折して「前津吉港」の方へ入る。
「金立(かなたち)神社」は港の右側海岸通りにあるので、「前津吉」バス停まで行って集落の中の道を通った方がわかりやすく、すぐ近くである。
Otoji.K氏HP「長崎の名木」リストの中の説明は次のとおり。

ナタオレノキの大木

平戸市前津吉町・金立(カナタチ)神社にある。幹周り2m、樹高およそ8m。
ナタオレノキは九州西岸では、五島列島や男女群島にしか見られず、神社では神木として保護されている。
地元の人の話では、台風の影響でこのような樹形になったという。すぐ側は海に面していて台風をまともに受けている。幹は空洞になっていて痛々しいが、持ちこたえてほしいものだ。
上部の枝には多くの葉がついていたが、高すぎて白い花は確認できなかった。訪れたのはキンモクセイの花が満開の10月初旬。 金立神社の社叢は市の天然記念物に指定。

以上が説明で、最初の写真が同氏が撮影されているナタオレノキの大木である。この木を今回訪ねたのだが、金立神社に見当たらない。
同氏が危惧されたとおり、空洞があり台風などの強風に持ちこたえきれず、すでに倒れたのではないか。
鳥居や社殿が写っておらず、前どこに立っていたかわからない。私が写してきたこの倒大木のどれかであろう。神社に人はいなく、話が聞けない。

金立神社社叢   平戸市前津良吉町

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金立神社社叢   平戸市前津良吉町

津吉は平戸島の南部。平戸市街から国道383号線により宮の浦方面へ下る。前津吉町は相浦・佐世保航路がある所で、国道の津吉交差点から左折して「前津吉港」の方へ入る。
「金立(かねたち)神社」入口の案内標識が町へ入る前に右手にあるが、ここから行ったら分岐が多くわかりにくい。左、左と曲がらないと神社に着かない。

神社は港の右側海岸通りにあるので、「前津吉」バス停まで行って集落の中の道を通った方がわかりやすく、すぐ近くである。
Otoji.K氏HP「長崎の樹木」中の街路樹による説明は次のとおり。
ナタオレノキの大木は、倒れてなかった。次項参照。

金立神社の社叢

平戸市前津吉町にある神社。境内には樹齢400〜500年・幹周り3m以上のイヌマキが数十本あり、エノキ、イエスギ、ナタオレノキなどの大木がある。
神社社叢は昭和48年に市の天然記念物に指定された。
社の裏の林の中に、幹周り3m50cmのイヌマキの巨木があった。

平戸の沖の島樹叢  平戸市木場町

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平戸の沖の島樹叢  平戸市紐差町

平戸市紐差教会先の紐差交差点から前津吉町へ平戸島の東側を行く県道60号線へ入る。
紐差小学校は手前で左折するのが県道である。後は「普門寺」「木ヶ津教会」の案内標識により湾沿いに進むと、その途中となる木ヶ津漁港へ出る。
防波堤の先端へ行けば、湾の入口対岸にある「沖の島」を一番近く見ることができる。

干潮時に対岸から渡られるとあり、大潮の先日、また行ってみた。紐差教会から国道383号線により平戸市街の方へ少し戻り、県道を鋭角に上った高台のカーブのところに「田島入口」「マルタ神父の墓」の案内標識がある。
この道を「田島」バス停まで進むと、下の海岸に沖の島が見え、コンクリート道を小さな船溜まりまで下ると、沖の島との間も堤防道路ができて繋がっていた。
社叢の中を上って反対浜の社殿と鳥居に出る。樹種は多いが枯倒木が多い。取り立てた大木はないようだ。鳥居の浜のハマボウが咲きかけていた。
長崎県HP「長崎県の文化財」による説明は次のとおり。

平戸の沖の島樹叢  県指定天然記念物

指定年月日 昭和51年2月24日  所在地 平戸市紐差町1674  所有者 三輪神社
沖の島は平戸の中央部東側の木ヶ津湾内にある小島である。面積は約1ha、海抜10m程度の低平な地形をなす。干潮のときは北岸が本島とつながり、満潮時には離れる。島の中央には三輪神社がある。
樹叢は島全体をおおう。主木は、スダジイ・ヤマモガシ・ホルトノキ・ヤマモモ・モッコク・ヒメユズリハで、そのほか、イヌマキ・タイミンタチバナ・ヤマツバキ・クチナシ・カクレミノ・ハクサンボク・タブノキ・クロキなどの常緑樹が生育する。林下には、ヤブコウジ・テイカカズラ・サカキカズラ・キヅタ・トキワカモメヅル・ヤブランが生じる。
この樹叢には稀産種や珍種はないが、全体として原生状態をよく保っていて、かつての低地の照葉樹林の姿をよくとどめていて貴重な存在である。