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泉福寺石風呂  杵築市山香町山浦

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泉福寺石風呂  杵築市山香町山浦

宇佐市安心院の中心から県道42号により佐田へ向かい、佐田郵便局前から杵築市山香方面への県道716号に入る。杵築市山香町山浦小学校を過ぎ、県道をまだしばらく行くと、「泉福寺石風呂」入口案内板がある。右手農道の小橋を渡った川沿い奥に木立が見え、ここが泉福寺跡である。
現地説明板は、次のとおり。石風呂上の寺跡境内には、県指定有形文化財「泉福寺国東塔」もあった。

国指定重要有形民俗文化財   泉福寺石風呂   (昭和40年6月9日指定)
金亀山泉福寺は、養老年間に仁聞菩薩の開基と伝えられ、観応3年(1352)に再建されたが明治初年廃寺となった。
この石風呂の構造は上下二階式で、上部が浴室、下部が火ぶくろとなっている。
浴室入口の両側と上部は板碑、浴室内の四壁は岩盤を削ったり、板碑や各種の石材を積み重ねていき、天井や床は板碑や板状の石材を用いている。
石風呂は全国的に横穴式・炭竈式のものが多く、このような二階式のものは類例が少ない。
使用法は下から火を焚き、床に石菖やヨモギ等を敷きつめ、熱くなると水をかけて中に入り身体を温めて治療していた。
浴室入口の高さ90cm、奥行きは150cmである。製作年代は不明であるが、江戸時代中期の記録に“病人多く集り焚く”とある。        杵築市教育委員会

山蔵のイチイガシ  宇佐市安心院町山蔵

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山蔵のイチイガシ  宇佐市安心院町山蔵

安心院の中心から県道42号により佐田へ向かう。佐田郵便局前から杵築市山香方面への県道716号に入る。山蔵に近づくと左側の民家裏の山手にイチイガシの高木が見える。
現地説明板は、次のとおり。環境庁巨樹データベースで全国7位とされたイチイガシらしい。3位という記事もある。根元の空洞に祀っていた石を、樹勢が回復したため締め割ったともあり、引き返して覗きに戻った。

大分県指定天然記念物  山蔵のイチイガシ   (昭和30年5月27日指定)
本樹は、根回り12.1m。北側地上からの高さ1mの胸高幹囲は7.4m。主幹は真っ直ぐに立ち、高さ7mで一分枝、更に8〜10mで五分枝して、東15.0m、西12.0m、南11.3m、北
12.0m。樹高は24mに及ぶ。
近年の台風のより支柱が折れたので、危険防止の為一部の枝を切除したが、樹形は整っていて樹勢はすこぶる旺盛です。
この樹のほか、町内には東椎屋の滝近くの神社に、二本のイチイガシがあり、町指定となっています。日本の原風景を演出した広葉樹の巨木と云われるものが町内各所に見られます。           安心院町教育委員会

大年社板碑  宇佐市安心院町佐田

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大年社板碑  宇佐市安心院町佐田

安心院の中心から県道42号により佐田へ向かう。佐田郵便局前から杵築市山香方面への県道716号に入る。まもなく左側に大年社の仁王像と鳥居があり、参道を登った堂の脇に板碑が立つ。
大年社境内に集められた2基の板碑。南北朝時代初めに造立されたものと考えられ、県指定有形文化財となっている。現地説明板は、次のとおり。

大分県指定有形文化財  大年社板碑(二基)   (昭和47年3月21日指定)
二基は、ほぼ同形同大で石材も共に凝灰岩。
上段の板碑は塔身正面上部に大きく種子「アーク(胎蔵界大日)」を薬研彫りし、その下に「暦応四年(1341)巳三四)と陰刻しています。
下段の板碑は塔身正面上部に大きく種子「バン(金剛界大日)」を薬研彫りし、その下に「建武元年(1334)八月二廿八」、その向かって下方左側に「四十八日衆各敬白」と陰刻があります。
この板碑は時宗関係集団に依って南北朝時代初めに造立されたものと考えられています。
一遍を宗祖とする教団が時宗で、南北朝時代から室町時代にかけて一大隆盛をきわめています。信者には貴族・武士・一般民衆等あらゆる階層がいました。ここ佐田では佐田荘を領有した佐田氏(宇都宮系佐田氏)の建立と考えられます。武士が戦場で討ち死にした場合、時宗僧が十回念仏を唱えて極楽往生に導き、且つその活躍の様を遺族に伝えるという働きをした「陣僧」の存在も考えられています。       安心院町教育委員会

佐田京石  宇佐市安心院町佐田

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佐田京石  宇佐市安心院町佐田

安心院の中心から県道42号により佐田へ向かう。「佐田京石」入口の案内板があり、案内板どおり宇佐へ通じる県道658号に入ると、米神山麓の県道沿い「佐田京石」駐車場に着く。
現地説明板は、次のとおり。霊山米神山を向いているという「こしき石」は、熊方面へさらに1km進む。「滑川橋」の右手上、田んぼの中に石が傾いて立っている。滑川上流の左右には、小さいアーチ式石橋が2橋(滑川1号橋・滑川2号橋)残っている。

佐田京石
太古の祭祀場か? 鳥居の原型か? 埋納経の標石か? 定説は未だありません。通路を登って左側の柵内は、マウンド中央の石柱から半円形を描くように石柱が配された環状列石と推測されます。
また、右側の柵内にはドルメン(支石墓)と思われる巨石があります。石柱の表面には、ペトログラフ(岩刻文字)の存在が指摘されています。背後にある山は、米神山(標高475m)と呼ばれ、山頂部にも環状列石(高さ50cm程度の石)があります。
また、ここから宇佐方面へ行った地点右側の水田中に、米神山側に先端が向いた立石があり、その上に小さな扇平石を載せたものが立っています。地元ではこしき石と呼ばれ、蓋石を取り除くと暴風になると伝え暴風石とも呼ばれています。
この様に山の名やこしき石等、米に係る名が多く有りますので弥生時代頃のものとも思われますが、定かではありません。       宇佐市教育委員会

楢本磨崖仏  宇佐市安心院町楢本

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楢本磨崖仏  宇佐市安心院町楢本

安心院の中心から別府への国道500号に入る。ほどなく東恵良の左に「楢本磨崖仏」入口の案内板がある。同入口の桂昌寺跡地獄極楽まで行かず、手前の住宅地内から車道を上がる。山際を進むと佐田方面への広い工事中道路へ出る。次の三叉路で左下の直線道路の方へ下ると、すぐ右手岩面に「楢本磨崖仏」が見える。
宇佐両院観光連絡協議会HP「宇佐百景 散策紀行」による説明は次のとおり。フェンス外から写したため、磨崖仏がはっきりしなかった。

楢本磨崖仏  楢本
室町時代の磨崖仏の特色(かまぼこ型、半肉彫り)を代表する史跡といわれる。縦4.5m幅40mの岩に、2段に彫られている。不動三尊(不動明王、コンガラ童子、セイタカ童子)、薬師三尊(薬師如来、日光菩薩、月光菩薩)の他十二神将や仁王、地蔵菩薩等、仏の世界を表現した曼荼羅となっている。
応永35年(1428)室町時代の墨書銘が不動明王の右上の方にあり、昭和32年県指定文化財となった。国道500号より道路が通じており、入口から2分ほどで行けるようになった。

地獄極楽(桂昌寺跡)  宇佐市安心院東恵良

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地獄極楽(桂昌寺跡)  宇佐市安心院東恵良

全国にも珍しい江戸後期の遺跡。大衆教導のため岩のトンネル内に「地獄極楽」という、リアルなジオラマを作ったミステリースポット。
安心院の中心近く、別府への国道500号により行く。まもなく東恵良の左に案内板があり、奥の駐車場へ進むと、高台に桂昌寺跡礼拝堂と地獄極楽一周岩穴がある。
現地説明板は、次のとおり。翁塚(松尾芭蕉の句碑)もある。

市指定有形民族文化財    地獄極楽(桂昌寺跡)
桂昌寺(室町中期開基)は江戸の頃には無住荒廃となったが、江戸の天台僧午道法印(巍純)という傑僧が江戸後期の文政3年(1820)頃、大衆教導のために作った全国にも珍しい遺跡です。
先ず閻魔の庁で閻魔大王から裁判を受け馬頭・牛頭に引きずられて地獄道(36メートル)へと進むと、途中、三途の川の奪衣婆や赤鬼青鬼のいる血の池地獄などが迷路の闇に浮かびでます。
次に菩提坂を越えると極楽道(25メートル)となり、十三仏に救われて来迎弥陀(観音菩薩・勢至菩薩)の前に出ます。
その横の竪穴(5メートル)を鎖伝いに登ると丘の上には阿弥陀如来を中心とした多くの菩薩が安置され極楽浄土となっています。     宇佐市教育委員会

東椎屋の滝  宇佐市安心院町東椎屋

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東椎屋の滝  宇佐市安心院町東椎屋

安心院の中心から別府への国道500号に入る。アフリカンサファリまで行かず「東椎屋の滝」入口があり、滝の車道へ右折する。2km奥に有料の駐車場・休憩所があり、滝つぼまで、渓谷沿いを300m歩く。
別名「九州華厳」。津房川上流にかかる落差85mの滝。西椎屋の滝、富貴野の滝とともに「宇佐の三滝」と呼ばれる。
現地説明板は、次のとおり。豊後三賢人・帆足万里の「潔心地」詩碑が建てられている。

東椎屋の滝   −日本の滝百選−
東椎屋の滝は、絶壁の上部を新耶馬溶岩、下部を集塊岩によって形成され、絶壁部岩様の縦の節理が特徴であり、国指定名勝耶馬溪の内として多くの参観者に「九州華厳」の別名で親しまれ、直下型瀑布で落差85mのその端麗な姿を披露している。
また、滝壺から流れ出る下流数百メートルの渓谷、渓流の美しさはこの滝の特徴であり、春には新緑に囲まれた自然美を誇り、渓谷に生息する河鹿蛙の美しい鳴き声が静かな沢に響き、年間を通じて多くの観光客が訪れている。

東椎屋のイチイガシ  宇佐市安心院町東椎屋

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東椎屋のイチイガシ  宇佐市安心院町東椎屋

安心院の中心から別府への国道500号に入る。アフリカンサファリまで行かず「東椎屋の滝」入口があり、滝の車道へ右折すると、すぐ熊野神社がある。
現地説明板は、旧町のもので次のとおり。

町指定天然記念物  東椎屋のイチイガシ  (昭和51年12月2日指定)
熊野神社拝殿前広場にある左右の巨木。椎屋の地名が示すように、この地方はカシ・シイの成育に適しているといわれる。この2本も御神木として大切にされている。
拝殿に向かって 右 周囲 約8.20m 樹高 約32.80m、左 周囲 約6.75m 樹高 約
26.80m、樹齢(推定) 400〜500年     安心院町教育委員会

南光寺の仁王像  宇佐市安心院町松本

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南光寺の仁王像  宇佐市安心院町松本

安心院の中心から国道500号を別府方面へ行く。ほどなく「南光寺入口」の案内板があり右折し、イモリ谷を奥に松本集落へ向かうと南光寺がある。
大分県観光情報サイトの説明は、次のとおり。拝観料は無料。ガラス越しで良く写せなかった。最後の南光寺仁王像写真は、宇佐市東光寺前の大分県案内板から。

南光寺仁王像
イモリ谷と呼ばれている、安心院町松本にある南光寺に、阿吽2体の仁王(金剛力士)像が安置されています。口を開けているのが「密迹(みっしゃく)金剛」で像高227センチメートル、口を閉じているのが「那羅延(ならえん)金剛」で像高220センチメートルあり、特異な体格で迫力に満ちています。共に楠の寄せ木造りで、鎌倉時代後期(1288年)の仁聞菩薩の作とされています。県内にある184ヶ所の仏像の中で2番目に古く、昭和32年に県指定有形文化財となりました。以前は傷みの激しかった像でしたが、地域の方の熱心な取り組みによって、2008年に修復がなされ、山門も新しく建て替えられました。修復の際に仁王像の体内から見つかった記録も、プレートにして一緒に安置されています。ガラス越しに外からも拝観できますが、事前に問い合わせると、詳しい説明付きで仁王像を間近で拝観できます。

寒水のムクノキ  宇佐市安心院町寒水

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寒水のムクノキ  宇佐市安心院町寒水

安心院の中心国道500号からすぐ湯布院への県道50号に入る。「福貴野の滝」入口の山の口を通り、深見小学校分校を過ぎると、寒水(そうず)集落で県道は180度向きを変える。そのカーブの内側高台にムクノキが立っている。
近くに枯れた大きな方のムクノキの株元が残り、観音堂もあった。
「豊の国の名樹」の特別保護樹木ではない。HP「人里の巨木たち」大分県による説明は次のとおり。

名 称 寒水のムクノキ (そうずのむくのき)
名称の典拠 なし
樹 種 ムクノキ
樹 高 30m(注1 環境庁「日本の巨樹・巨木林 九州・沖縄版」による)
目通り幹囲 6.1m(注1)
推定樹齢 不明
所在地の地名 大分県宇佐市安心院町寒水(注2 2005年3月31日、宇佐市に合併。旧行政区は宇佐郡安心院町(あじむまち))

安心院(あじむ)と湯布院を結ぶ県道50号は、寒水(そうず)集落のところで180度向きを変える。そのカーブの内側に1本の大ムクノキが立っている。すぐ横まで車で行ってみたが、駐車スペースがない。カーブの湯布院側にある県道脇の駐車スペースに車を置いて歩いた。
旧環境庁資料では、ムクノキは幹囲8.4mと6.1mの2本あることになっている。期待して訪れたのだが、現在は1本のみ。現存する個体は、目視で6m前後。大きかった方が枯れてしまったらしい。特大のムクノキに会えなかったのは残念だが、残された木には、サイズ以上の威厳が感じられるように思った。

住宅への取付け道路の入口に立ち、こころもち低地側に傾いている。ちょっとした板根風な深い凹凸のある根元は、老ムクノキ独特のものだが、この木では特に力強い。失われた大枝も多いが、まだ多くの枝を残し、中天に大きな樹冠を形成している。
この地のランドマークと言っても差し支えないだろう。個人の所有ということだが、所有者のみならず、ここに住む人たちの自慢なのではあるまいか。「我が家の近くには、こんなに立派なムクノキがあるよ」ということで。