月別アーカイブ: 2009年9月

小浜のサクラ  五島市富江町田尾

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小浜のサクラ  五島市富江町田尾

福江港ターミナルから県道49号福江富江線により富江町へ向かう。香珠子海水浴場を過ぎて、ここも美しい砂浜がある富江町田尾に入る。国道左道脇に富江町観光案内図があり、「田尾の山桜」を表示している(黄線部分)。
五島市役所富江支所に確かめると、新県道の「小浜大橋」と橋に続く「地獄坂トンネル」の道でなく、旧県道の道へ大橋手前から右へ入る。入ってすぐ右下谷間の農家へ下る道があり、中間の墓とカーブするところに町指定だったサクラがある。

もともとは田尾の山中にあるサクラを「田尾のサクラ」と呼んでいたが折れたため、ここ田尾小浜のサクラを「田尾のサクラ」とした。しかし、この木も幹が折れて枯れかかり、町指定は取り消したそうである。

2003年福江市針本氏作成「福江島 巨木地図」による説明は次のとおり。
田 尾  サクラ
小 浜  サクラ(町指定)

田尾のサクラは次を参照。  https://misakimichi.com/archives/2036

大窄のツバキ(再掲)  五島市野々切町

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大窄のツバキ(再掲)  五島市野々切町

福江港ターミナルから鬼岳麓の海岸沿い県道165号線により鐙瀬海岸の方へ向かう。鬼岳登山道路入口と鐙瀬公園入口を過ぎ、しばらく行くと野々切町大窄公民館とバス停がある。「大ツバキ」の案内標識により集落へ入る。路地を戻るところがあり注意する。
県指定天然記念物。2008年7月の記事は次を参照。再訪したので写真を新しくする。 
https://misakimichi.com/archives/1072

2003年福江市針本氏作成「福江島 巨木調査」による説明は次のとおり。
大 窄  ツバキ  1.92m

大通寺のショウベンノキ  五島市下崎山町

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大通寺のショウベンノキ  五島市下崎山町

福江港ターミナルから鬼岳の裾を行く県道165号線により崎山へ向かう。下崎山の崎山中学校角から左折すると、すぐ大通寺がある。寺入口の公園側坂道下にある灰褐色の幹のやや大きな木がショウベンノキであろう。境内には、コンクリート製の太鼓橋があった。

2003年福江市針本氏作成「福江島 巨木地図」による説明は次のとおり。
大 通 寺  ショウベンノキ

五島市観光協会「五島市観光情報サイト 五島」歴史・文化の「文化財・史跡」に、「ショウベンノキ」を次のとおり記している。
また、Otoji.K氏「長崎の樹木」によると「四国(高知西南部)、九州(大分、長崎以南)、沖縄に自生。名は春の樹皮を傷つけると液が出ることに由来。加津佐町・ 岩戸山樹叢に低木のショウベンノキが点在する」ことを報告している。

ショウベンノキ  種 別 天然記念物

指定年月日 未指定  所在地 五島市下崎山町箕岳樹叢
琉球列島や台湾に産する常緑の小高木で、初夏に緑白色の小花を咲かせる。変わった植物名であるが、この木の枝を伐ると多量の樹液が出るので、この名が付けられたのであろう。九州の海岸に稀に生えるもので、崎山町箕岳のショウベンノキは樹高4m程で、群落をなしているので珍しい。

諏訪神社のスギ  五島市堤町

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諏訪神社のスギ  五島市堤町

福江港ターミナルから三尾野町交差点まで行き、福江富江線県道49号線へ左折して入る。福江空港の下付近、本山小学校がある本山バス停まで進み、ガソリンスタンド前から左折し、橋を渡り上がって行くとすぐ左上に諏訪神社がある。

2003年福江市針本氏作成「福江島 巨木地図」による説明は次のとおり。
諏訪神社  ス ギ  3.24m

五社神社のソテツ  五島市上大津町

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五社神社のソテツ  五島市上大津町

福江港ターミナルから仲町の次の交差点まで行き、福江空港への県道63号線に左折。福江市街が見える高台の道をしばらく行く。「住吉神社参詣入口」の標識を過ぎ、なお進むとJAごとう坂の上事業所手前のバス停から左方奥に大きな神社が見える。
これが「五社神社」で、県道から左折してまっすぐ進むと、五社神社の参道入口筥崎鳥居前に着く。ソテツは本殿の方にはなく、参道入口鳥居の道路を挟んだ左側、神社住家の庭園にある。

2003年福江市針本氏作成「福江島 巨木地図」による説明は次のとおり。
五社神社  ソテツ

なお、五島市観光協会「五島市観光情報サイト 五島」歴史・文化の「文化財・史跡」に、「五社神社社叢」を次のとおり記している。

五社神社社叢   種 別 天然記念物

指定年月日 未指定  所在地 五島市上大津町861番地五社神社  所有者 五社神社
由緒ある五社神社の社叢は、樹種や草本の数が多く、社叢の樹勢も旺盛であるが、保護を要するものもある。以前は、県指定の天然記念物であった「ウバメガシ」が生えていたが、昭和62年の台風で倒木してしまった。その他シャリンバイは根周り2.5m,目通り周り1.5m,モクタチバナは目通り周り2mにも達しており、いずれも本来は、低木性の樹であるが、高木となって珍樹である。ヤマフジは根周り1.5m、目通り周り1.4m、蔓(つる)の長さ30mに達している。その他ヤブツバキの目通り周り1.3mを越すもの4本があり、ほかにムクノキの大木、ユスノキ、タブノキ、バクチノキ、ホルトノキの巨樹があって、下草には、オオイワヒトデ、ヒトリシズカの珍草や、サツマサンキライ、キジョラン、ビナンカズラの蔓性のものや、マンリョウ、アオノクマタケラン、ヤブランが密生し、人足を止めている。

住吉神社のムクロジ  五島市上大津町

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住吉神社のムクロジ  五島市上大津町

福江港ターミナルから仲町の次の交差点まで行き、福江空港への県道63号線に左折。福江市街が見える高台の道をしばらく行くと、カーブした先の左手へ「住吉神社参詣入口」の標識があり、県道から下ると住吉神社本殿横の駐車場に着く。

2003年福江市針本氏作成「福江島 巨木地図」による説明は次のとおり。
住吉神社  ムクロジ   2.69m

岐 宿  巌立神社社叢・城岳展望所・魚津ヶ崎公園ほか  五島市岐宿町

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岐 宿  巌立神社社叢・城岳展望所・魚津ヶ崎公園ほか  五島市岐宿町

五島市岐宿町の風景・史跡。巌立神社社叢・城岳展望所・魚津ヶ崎公園・水ノ浦教会ほか。
長崎県HP「長崎県の文化財」・五島市観光協会「五島市観光情報サイト 五島」などによる説明は次のとおり。

写真  1〜  4  巌立神社社叢  天然記念物(県指定) 
よみがな いわたてじんじゃしゃそう
指定年月日 1970年6月9日  所在地 五島市岐宿町岐宿  所有者 五島市
この神社は岐宿町の中心,岐宿郷の平坦地にあって,回りの大半は畑地となっている。この境内はほぼ長円形で,南北約280m,東西の幅の広いところで約140m,南にある鳥居をくぐって北に進むと130mのところに社殿があり,社叢は主に社殿の西側と背後にひろがっている。社叢にはシイノキとオガタマノキの大木が多く,ほかにハマセンダン・エノキ・ヤマザクラなどの高木が見られ,バクチノキ・モクタチバナ・ホルトノキ・ナタオレノキのほか,草本のアオノクマタケランがある。このなかで大木はないが,モクセイ科のナタオレノキの多いのが目につく。

写真  5〜 10  城岳(岐宿城跡)展望所
宇久五島家8代覚公が弘和3年(1383年)、この地に城を築いたことから、城岳と呼ばれるようになった。覚公は宗教による五島平定を考え、岐宿町に金福寺や厳立神社を創建し、墓は金福寺にある。展望台からは岐宿の八朔台地や町並み、奈留島や中通島など点在する島々を眺望でき、左手には白石湾が広がる。
展望台の上には、携帯電話の無線中継塔があり、そこからも美しい眺望も堪能できる。

写真 11〜 14  魚津ヶ崎公園
遣唐使船が風待ちしたと言われる川原の浦(白石湾)の湾口にある。小島を浮かべた景観は、まるで箱庭を思わせる美しさ。遠くに三井楽半島と伝説の島・姫島が横たわっている。空海と最澄もここから大陸へ向かって船出したため、福江島には多くの空海伝説が残っている。
一帯は園地化され、キャンプ場としても知られている。近くには浜田海水浴場があり、秋になると休耕地に栽培したコスモスが一斉に花開き、訪れる人達の目を奪っている。

写真 15       水ノ浦教会
風光明媚な水ノ浦の入江を望む丘に白亜の天主堂が立つ。明治13年(1880)パリ外国宣教会ザルモン師によって創建され、その後現在の天主堂が昭和13年(1938)に完成された。木造教会堂として最大の規模を誇る。青空に尖塔がそびえる光景は絵になる美しさだが、この地もまた明治期における迫害の舞台となった。天主堂からさらに坂道を上った場所には、キリシタン牢跡の記念碑が立ち、殉教の悲劇を伝えている。

写真 16〜 18  山内盆地展望所
二本楠近く荒神岳(標高162.2m)の山内盆地展望所。山頂下まで車が上がる。

写真 19       山内盆地通福寺付近から見た七ッ岳・父ヶ岳

ハウステンボス 9月の草花と風景  佐世保市ハウステンボス町

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ハウステンボス 9月の草花と風景  佐世保市ハウステンボス町

佐世保市ハウステンボスへ9月20日(日)妻が行き撮影。敬老の日を記念して、シルバーウィークのスタート9/19(土)から9/30(水)まで、60歳以上(シニアゲスト)を対象に得な割引があり、家族連れで人出が多かった。
写真は、園内のバラ、ダリア、コスモス、葉ケイトウ、パンパス、おみなえし、フランネル、ルドベキア、バラ、つたなど草花と風景。  

長崎学さるく”長崎街道歩きと古賀周辺の史跡めぐり”  平成21年9月

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長崎学さるく”長崎街道歩きと古賀周辺の史跡めぐり”  平成21年9月

平成21年9月26日(土)快晴。長崎学さるく幕末編行事で「長崎街道歩きと古賀周辺の史跡めぐり」。講師は諫早市郷土館 織田武人先生。参加・スタッフとも10人。

矢上バス停9時半発ー矢上神社ー教宗寺ー役の行者ー福端寺ー大村庄屋跡ー古賀地区市民センター(昼食)ー正念善八橋ーつつじが丘団地ー古賀の藤棚ー旧本田家住宅ー船石二双舟の大タブー千歳橋ー並松翠鯉の苑ー下大野橋ー千束野ー古賀バス停15時着。(徒歩約12km)

長崎街道を矢上宿から古賀で歩き、さらに古賀と船石地区の史跡と石橋などをめぐる。織田先生作成資料の要約は次のとおり。

1 矢上神社  馬頭観音 元禄12年(1699)11月吉祥日 矢上札持馬衆中
2 教 宗 寺  文政9年(1826)1月9日シーボルトが江戸へ向かう時昼食時に休んだ。
3 役の行者  石像の伝説
4 楠川渡瀬(楠渡瀬)と境の大楠跡(古賀と矢上)
5 境界石標と台座石  従是南佐嘉領台座石〜地伏石2個の上に石標が立つ。
6 福 端 寺  江戸時代キリシタン撲滅のため、時の島原藩主の命により建立された。
7 大村庄屋跡  安政5年(1858)大村領の戸町と幕府領の古賀(上古賀)を交換した。上古賀と下古賀の境界標。①従是南大村領②従是東北大村領
8 善 八 橋  古賀正念の石橋 長さ4m・幅2.8m 架設年不明 
9 旧本田家住宅  国指定重要文化財 県内最古のかやぶき民家
10 タブの大木  船石奥の二双舟地区にある。
11 千 歳 橋  船石の石橋 長さ4m・幅3.9m 明治45年4月架設。増架されて幅3.9mとなる。
12 並松翠鯉の苑  長崎大水害被災の石橋木場橋を解体、欄干片側が移設されている。
13 下大野橋  船石の石橋 昭和35年12月架設

宮さんの参加ブログ記事は  http://blogs.yahoo.co.jp/khmtg856/21310463.html
次回は10月11日(日)「江戸期のみさき道を歩く Ⅰ」蚊焼まで。午前9時新地湊公園集合。

三井楽  漣痕・白良ヶ浜・エノキ・高浜海水浴場ほか  五島市三井楽町

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三井楽  漣痕・白良ヶ浜・エノキ・高浜海水浴場ほか  五島市三井楽町

五島市三井楽町の風景・史跡。漣痕・白良ヶ浜・エノキ・高浜海水浴場ほか。
五島市観光協会「五島市観光情報サイト 五島」などによる説明は次のとおり。

写真  1〜  3  漣痕(濱ノ畔 白良ヶ浜東端)
この附近一帯の化石は五千万年前当時の砂浜に印された漣の痕であって、海底に堆積した泥や砂が長い間の圧力や熱のために硬くなり、種々の地殻変動を受けて陸地となり傾斜したものです。(県指定天然記念物 別記参照)

写真  4〜  5  白良ヶ浜(濱ノ畔)
三井楽は高浜や高崎など美しいビーチを持っており、この白良ヶ浜もその1つ。海岸沿いにのびる遊歩道は全長1km。キメの細かい白砂に海の色が映えます。

写真  6〜  7  道の駅遣唐使ふるさと館(濱ノ畔)
中に一歩入ると船底のような天井が広がります。ここは三井楽の歴史が大画面で堪能できる万葉シアターや、地元の名産品が買えるお土産コーナー、大きなレストランなど充実した施設が自慢です。

写真  8      弁天様とカッパの足跡(濱ノ畔)
白良ヶ浜の守り神でもある弁天様。干潮なら小島に渡られる。小さなほこらの周囲の岩場には、なんと、カッパの足跡らしきものがあります。

写真  9      エノキの大木(濱ノ畔)
浜を見下ろす坂の上に堂々と立つエノキの大木。幹周りは6m以上です。樹齢が何年なのか地元の人も知りません。

写真 10〜 12  尼御前の墓(波砂間)
三井楽町波砂間と浜窄の境界付近の浜辺の一角に石造りの小さな祠が祀られている。いつの頃か、一人の男性をともなって漁業を営み遁世の生活をしていた賤しからぬ女性がいたが、男性が都に上り2,3ヶ月も還らず、保有食料も尽き磯物を食べて留守居していたことがあった。ある日長崎鼻に差しかかる船を見て喜び、今煮たたんとするミナ(貝)を浜に放り棄てた途端船が転覆。悲嘆し尼となったが、男の供養の後、食を求める術もなく自寂したのではと言われている。その後気品の高かったこの尼の入滅を忍び、尼御前と称え旧暦10日を命日とし、今の世までも香花を供えお祀りしている。(五島雑学大事典から)

写真 13〜 15 火山と流人の島・嵯峨島(嵯峨島 貝津港から渡海船で約20分)
三井楽半島の西方沖約4kmに浮かぶ周囲約12kmの島。三井楽側から見ると、ひょうたんを割って浮かべたような優しい姿だが、島の北側は激浪で浸食され、荒々しい表情を見せる。ホマーテの男岳(標高151m)とアスピーテの女岳(標高130m)が結合してできた珍しい島で、激浪の浸食により噴火口の半分が削り取られ、海上からその断面を観察できる。噴火口の断面露出の例は世界的にも珍しく、学術的にも貴重。
また、男岳の近くの断崖は、罪人を海に突き落としたことから「だっころがし」と呼ばれている。切り立った断崖や千畳敷海岸など自然が織りなす雄大な景観を島の随所で見ることができ、最近では島を周回する遊歩道やキャンプ場も整備され、島民が温かく観光客を迎え入れてくれる。釣りの名所でもあり、陸路から本格的な磯釣りも堪能できる。島に伝わるオーモンデは国の無形民俗文化財。
別掲  https://misakimichi.com/archives/2005
https://misakimichi.com/archives/2006

写真 16     豊漁を見守る魚籃観音(貝津 福江から車40分)
眼下に貝津港、高浜を見下ろし、西方海上に浮かぶ嵯峨島を眺望する高台に建っている。航海安全と漁業の神様で、地元の網主の勧請により1955年に建立され、地域の人たちが大事にお祭りしている。ここからの落日は逸品。

写真 17     高浜海水浴場(貝津 福江から車40分)
真っ白い砂浜と澄みきった海。五島で最も人気のある海水浴場で、日本の渚100選、環境庁の日本の海水浴場55選にも選ばれており、‘04年には日経新聞で、日本で1番美しい海水浴場にも選ばれました。夏期には臨時バスも運行されます。

なお、長崎県HP「長崎県の文化財」による漣痕の説明は次のとおり。

漣  痕   天然記念物(県指定) 
よみがな れんこん
指定年月日 昭和34年(1959)年1月9日
所在地 五島市三井楽町浜の畔字横浜
管理責任者 五島市
三井楽町の白良ヶ浜(しららがはま)の東端で,道路の改修工事の際に露出した地層上に漣痕が保存されていた。地層は五島層群に属する砂岩層で,走向はほぼ東西で,北に50°の急傾斜をしている。露出面は約5m四方程度であるが,近年表面の磨耗がはげしく,次第に波型の模様が不鮮明になってきた。漣痕の中に,断面が非対称的波形を示すもので,一方向の流れによって形成される流成漣痕と,対称的波形を示すもので,前後に動揺する水や波によってつくられる波成漣痕とに区別される。三井楽町の漣痕は非対称的な断面をもち,流成漣痕に属する。五島列島に分布する五島層群の板状をなす砂岩には,地層面上にしばしば漣痕が保存されている。