月別アーカイブ: 2008年1月

落矢ダム尾根から八郎岳・寺岳への縦走

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落矢ダム尾根から八郎岳・寺岳への縦走

平成20年1月13日(日)晴。江川運動公園に9時30分集合。参加12人。落矢ダム尾根から八郎岳(標高590m)・寺岳(標高452m)への縦走。落矢尾根はあまり知られないコース。陸軍省「長崎要塞第二地帯標」があり、「川工」(前川南造船?)の珍しい標石があった。八郎岳11時30分着。小八郎岳まで行き12時昼食。

千々峠は「乙女峠」という。中尾氏調べによると、領境の「御留」。変事の際、番人が立ち、入領する人を防いだ。名が転じこの峠は全国にあるらしい。佐敷岳と寺岳利作岩から市南部を展望。為石の寺岳登山口へ下る。あと石鍋製作所跡の岩を見学。白川稲荷神社へ行ったら、アコウの巨樹があった(これは別項)。為石15時20分着。

白川稲荷神社のアコウ  長崎市為石町

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白川稲荷神社のアコウ  長崎市為石町

白川稲荷神社は長崎市為石町にある。為石バス停から三和中学校正門右の車道を上がる。墓地から左の細道に入ると、すぐ「寺岳→」とコンクリート面に書かれており、右へ畑道を登る。この道は為石から寺岳登山口へ出る近道である。
畑が切れかかり水場を渡ると赤い鳥居があり、急な石段のピーク上に神社がある。バス停から約15分。石鍋製作所跡の岩がこの先の林間にある。

アコウは神社の左脇。幹まわり6mほど。高台の岩に根を張り、大枝は数本に別れ横にも伸び、独特な樹形をしている。複合樹かも知れない。下の車道から見えたピークと思ったものは、アコウの木である。
下の4枚の写真はこの近くの大木。シイの根が複雑にからまったものと、ムクノキのようだ。

唐比ハス園のハス  諌早市森山町唐比東

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唐比(からこ)ハス園のハス  諌早市森山町唐比東

この写真は、2006年6月25日に写したもの。あづまの里から九州自然歩道を歩き、田代原でヤマボウシを見て吾妻岳へ登る予定だった。雨がひどく中止はしたものの、雨があがりかけ唐比のハス園と田代原のヤマボウシの咲き具合を見るため車で走った。スイレンのところは、冠水していて時期が早かった。
ハス園の場所は、愛野展望台へ行く国道251号線の唐比交差点すぐ先の右方である。諌早市の観光HP及びながさきまんなかナビHPによる説明は次のとおり。

唐 比 ハ ス 園

約2Haのハス池に、各12〜13種類のハスと睡蓮、黄色の小さな花を咲かせる絶滅危惧種に指定されているアサザが5月初旬から10月まで楽しめます。またハス池の隣に5月はじめから色鮮やかなバラが咲き、さわやかな香りに包まれます。

唐 比 湿 地 公 園

約6000年前に橘湾の支湾が閉鎖されてできた湿地帯で、長い年月をかけて植物が蓄積した地層(泥炭層)からなり、貴重な植物・昆虫などが数多く生息する自然の宝庫です。園内には湿地帯の特性を活かしたハス園があり、初夏には華麗な花が咲き誇ります。

多良山系のツクシシャクナゲ  諌早市・大村市ほか

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多良山系のツクシシャクナゲ  諌早市・大村市ほか

多良山系の経ヶ岳、多良岳、五家原岳は、標高1,000m内外の山岳地帯を形成し、多良岳県立公園となっている。この山に咲くシャクナゲは「ツクシシャクナゲ」といって、日本にある数種類のシャクナゲの中で、最も美しいといわれ、シーボルトもその名著「日本植物誌」に彩色図をのせて紹介している。
写真は2007年4月、五家原岳山腹のシャクナゲ団地で撮影したもの。
最後の2枚は2008年10月、小松尾公園の国指定天然記念物の入口説明板を撮影。
Otoji.K氏HP「長崎の樹木」の樹木名による説明は次のとおり。

ツクシシャクナゲ(筑紫石楠花)  ツツジ科ツツジ属 常緑低木

樹高3〜4mになる。葉は8〜20cmで倒披針形で両端は尖る。革質で光沢があり、葉裏は褐色の長い綿毛が密生する。5〜6月、淡紅色の花を咲かす。花冠は4〜5cmのロ−ト状で7裂する。雄しべは14個。朔果は1.5〜2cmの円柱形。
本州(紀伊半島)、四国、九州の山地に生える。花は5月初旬。果実は8月・10月。花蕾は1月。

旧長崎英国領事館のヒトツバタゴ  長崎市大浦町

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旧長崎英国領事館のヒトツバタゴ  長崎市大浦町

赤レンガの建物、旧長崎英国領事館は長崎市大浦町の電車通りにある。野口彌太郎記念美術館となっていたが、美術館は平野町平和会館へ移転していた。
ヒトツバダゴは対馬に自生していて有名であるが、庭木としてあちこちで見られるようだ。領事館の裏手にもタイサンボクなどの高木があるが、今は中に入れない。
Otoji.K氏HP「長崎の樹木」リストの中(街路樹)の説明は次のとおり。

ヒトツバタゴ  モクセイ科ヒトツバタゴ属 落緑高木 雌雄異株

葉は対生で、長楕円形。5月、枝先に円錐花序に白い花を多数つける。花冠は4裂し線形。果実は約1cmの楕円形で黒く熟する。
日本では木曽川流域(愛知県・岐阜県)、長崎県対馬にしか自生しない珍木。上対馬町鰐浦地区には、国内最大の約3000本が群生している。地元ではウミテラシ、ナタオラシ(ナタが折れるほど堅い木)、ナンジャモンジャノキとも呼ばれている。
長崎市の野口彌太郎記念美術館の入口にあるヒトツバタゴ。花は4月中旬から。果実は6月頃。長崎では庭木としても見られる。

長崎市科学館前のユーカリノキ  長崎市油木町

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長崎市科学館前のユーカリノキ  長崎市油木町

長崎市油木町にある長崎市科学館。ここは移転した長崎市立商業高校の広い跡地。長崎県立総合体育館カブトアリーナとともに建てられた。当時の樹木が残っている。このユーカリノキもその1つか。科学館の周辺に植えられた樹木は1本ごとに名札があり、大人でも勉強になる。
Otoji.K氏HP「長崎の樹木」リストの中(街路樹)の説明は次のとおり。

ユーカリノキ  フトモモ科ユーカリノキ属 常緑高木

樹皮は灰色で剥がれやすい。葉は狭披針形で長い。革質で鎌のように曲がる。葉は樟脳の匂いがする。4〜5月、3cmほどの白い花を数個つける。雄しべは多数。オーストラリア原産。日本には明治10年頃に入ってきたらしい。
長崎市油木町にある科学館前のユーカリノキ。側にメタセコイアの高木が2本そびえている。爆心地から遠くない場所にあり、戦後植えられたものだが高木になっている。ユーカリやメタセコイアは成長が速い。世界でもの一・ニを争う高木なのも肯ける。
蕾は4月下旬、花は5月下旬。果実は7月下旬。

梅園身代天満宮のウメ  長崎市丸山町

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梅園身代天満宮のウメ  長崎市丸山町

長崎市丸山町にある梅園身代天満宮。丸山公園角の料亭花月前から左へ入る。すぐ右手に参道入口の路地があり、案内標識がある。梅の蕾が一部の木で開きかけていた。
最後の写真は、料亭花月がすぐ下となるので、庭園を天満宮の隅から写した。
Otoji.K氏HP「長崎の樹木」リストの中(街路樹)の説明は次のとおり。

梅園身代天満宮のウメ

長崎市丸山町にある。元禄13年(1700年)に創建された天満宮。創建した安田治右衛門が襲われ自邸に担ぎ込まれるが、不思議に傷はなく、代りに庭の天神様が血を流して倒れていたことから、身代り天神様と呼ばれるようになった。花街に接していて、丸山の芸者や遊女が多く参拝していたという。
20本の紅白の梅がある。毎年2月3日に「梅園梅まつり」が行なわれ、夜間にライトアップされる。例大祭(11月第二日曜日)には「女みこし」が披露される。

(追 記 平成21年2月5日)
後ろの梅が開花している6枚の写真は、きよう梅園身代天満宮に行って写してきたので、一部差し替えて追加した。

深江町諏訪神社の社叢  南島原市深江町丁

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深江町諏訪神社の社叢  南島原市深江町丁

南島原市となる深江町丁の諏訪神社は、国道251号線がみずなし本陣ふかえ前を過ぎ、まもなくすると道は二手に分かれ、国道は左海岸方へ曲がる。この両方の道の間に神社があり、国道からの入口に案内標識がある。神社の裏が深江小学校と中学校である。
長崎県HP「長崎県の文化財」による説明は次のとおり。

深江町諏訪神社の社叢  県指定天然記念物
指定年月日 昭和57年7月22日  所在地 南高来郡深江町丁3142ほか  所有者 諏訪神社

諏訪神社は深江町の氏神で、近くに町立の小・中学校がある。境内は概ね長方形で広く、その中央に南東向きの本殿がある。
社叢は主に本殿の北西部によく発達している。この社叢のなかにはクスノキのかなりのものが7本ある。その最大のものは、目通り幹まわり6.60mある。このほかチシャノキ(目通り幹まわり2m)、ハリギリ(目通り幹まわり2.1m)が1本ずつあるが、これほどの大木は珍しい。

熊野神社のクスノキ  島原市杉山町

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熊野神社のクスノキ  島原市杉山町

熊野神社は島原市杉山町にある。国道251号線からは、島原市街の北門交差点から雲仙グリーンロードを結ぶ「がまだす道路」に入る。この途中から三会へ行く右の広い道路に入るとすぐ左方に鳥居が見える。「熊野神社前」のバス停がある。
現地説明板は次のとおり。大クスノキは社殿の左にあるが、大ムクノキも神社境内の左側の傾斜面にあり、県指定天然記念物となっている。樹齢は歴史書きからともに420年以上と推定されている。

長崎県指定天然記念物 熊野神社の大クス  指定年月日 昭和三十五年七月十三日指定

雲仙山麓の代表的な大楠として古くから有名な神木である。目通り幹回り八メートル。
天正十二年(一五八四)島津・有馬の連合軍と佐賀の龍造寺隆信の率いる軍とが沖田畷(なわて)で戦った。島津藩の将、伊集院忠棟は兵一千を率いてここに陣地を置き龍造寺軍を破って大勝することが出来た。その戦勝の記念に献木したのがこの楠と伝えられている。
長崎県教育委員会 島原市教育委員会

熊野神社のムクノキ  島原市杉山町

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熊野神社のムクノキ  島原市杉山町

熊野神社は島原市杉山町にある。国道251号線からは、島原市街の北門交差点から雲仙グリーンロードを結ぶ「がまだす道路」に入る。この途中から三会へ行く右の広い道路に入るとすぐ左方に鳥居が見える。「熊野神社前」のバス停がある。
現地説明板は次のとおり。大ムクノキは神社境内の左側の傾斜面にあるが、大クスノキも社殿の左にあり、ともに県指定天然記念物となっている。樹齢は歴史書きからそれぞれ420年以上と推定されている。

長崎県指定天然記念物 熊野神社の大ムク  指定年月日 昭和三十五年七月十三日指定

椋(むく)の木としては珍しい大樹である。目通り幹回り六・七メートルで、傾斜面に生えているため、長大な板根が発達して、環境にうまく適応している。
この木は島津藩の将、伊集院忠棟が沖田畷(なわて)の戦勝を記念して大楠とともに植えたものと伝えられている。
平成三年三月二十五日設置 長崎県教育委員会 島原市教育委員会