木橋の大浦橋(大浦石橋)が写った古写真など 長崎市大浦町
入江氏の研究により、大浦橋(大浦石橋)について、次のとおり報告があった。当時の大浦川の様子と架かっている場所から、「大浦橋」に間違いないだろう。
目録番号は、長崎大学附属図書館古写真データベースの番号とタイトル。「大浦橋」の解説はない。
大浦橋(大浦石橋)についてお知らせします。木造の大浦橋が写っている古写真などがあります。
大浦橋は、伊能忠敬の測量日記では文化十年八月二十七日「大浦川尻巾八間」としか書かれていません。長崎の古地図などには橋は描かれていますが、木橋とは書かれていません。
添付画像 大浦橋 1
目録番号5385 「大浦川と居留地(2)」 撮影者 F.ベアト
撮影年代は幕末
弁天橋から撮影された一枚です。
画面中央に欄干の低い木造の大浦橋が写っています。
橋脚は3基のようです。
添付画像 大浦橋 2
目録番号5318 「大浦川と居留地(1)」 撮影者 上野彦馬
撮影時期は明治初期
同じく弁天橋から撮影されています。
画面中央に鉄製と思われる欄干のある橋が移っています。
欄干かその前に帆布のような白い布が掛けられていますので全体像が判りません。
添付画像 大浦橋 3
これは一関市博物館所蔵「長崎港図」川原慶賀筆です。
この絵の右に木造アーチ型の大浦橋が描かれています。
ベアト撮影の橋と同じ橋だと思いますが、誇張されているようです。
現在の大浦橋(石橋)については、本ブログ次を参照。
大浦川の暗渠下に残るアーチ石橋「大浦橋」 https://misakimichi.com/archives/792
HP「石橋・眼鏡橋・太鼓橋・石造アーチ橋」長崎県の石橋によるデータ及び現地説明板は、次のとおり。
№3,325 大浦橋
長崎市大浦町
橋幅:4.0m 径間:10.0m 環厚:43cm
大浦橋
「石橋バス停前の道路には大浦橋(石橋)が架かっていました。実は、今でも道路の下を川が流れていて、かつての石橋が残っています。路面が盛り上がっている所がその目印で、親柱は、同バス停横にあります。昔は河口からこの辺りにも小舟が入っていたそうです。大浦橋は、当初、木橋だったといわれていますが、明治初期に簡素な石橋となり、明治19年(1886)、地元の有力者により、この写真の石橋に架け替えられました。」
管理者:長 崎 市