投稿者「misakimichi」のアーカイブ

長里・阿蘇神社のヒゼンマユミ  諌早市小長井町大峰

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長里・阿蘇神社のヒゼンマユミ  諌早市小長井町大峰

国道207号線により諌早市小長井町に向かう。小長井の手前にJR長里駅があり、駅の先から左折して、長崎本線の踏切を渡り、国指定天然記念物「オガタマノキ」への道を行く。
しばらく進むと、開けた田の左方へ保育園と橋が見え、橋を渡り高台へ上がって行くと「阿蘇神社」へ着く。

「ヒゼンマユミの群生地」は、神社の鳥居に着く手前のカーブ地点の水場のところに説明板がある。数本が自生しているが、幹・枝とも見えにくい。神社の境内には、タブノキの古木があった。
現地説明板は次のとおり。

諌早市指定文化財(天然記念物)  長里・阿蘇神社のヒゼンマユミ

平成17年2月14日指定
ヒゼンマユミはニシキギ科の常緑樹で、明治39年、大村の千葉常三郎氏が諫早公園で発見、大正2年に牧野富太郎博士が原標本産地として学会に発表、『肥前で発見されたマユミ』の意味でこの名がつけられました。晩秋には黄色い実をつけ、4つに割れた実から赤い種がのぞきます。
昭和50年「諫早市の木」に選定され、平成17年3月1日の市町村合併後の諌早市においても諫早を代表する木として、再び「諫早市の木」に選定されました。
本市のヒゼンマユミ群生地としては、諌早市城山暖地性樹叢(国指定天然記念物・高城町)内・天章院のヒゼンマユミ群生地(市指定天然記念物・高来町)があります。
平成19年3月  諌早市教育委員会

小江(おえ)のケヤキ・タイサンボク  諌早市高来町下与

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小江(おえ)のケヤキ・タイサンボク  諌早市高来町下与

国道207号線により諌早市高来町まで行く。JR小江駅前通りの次の角にローソンがあり、交差点を左折して新しい道路を行く。旧道と合い、諫早消防コミュニティセンター前の広場にケヤキの大木が端正な姿で立つ。幹囲は3.5mほどである。

この道の坂を上がると長崎本線の踏切を渡り、上の分岐は左へ行くと「小江神社」に出る。境内の周りはイチョウが多いが、上段の鳥居左にタイサンボクの大木が立つ。幹囲は2.0mほどである。脇のイチョウに負けないくらい大きく高い。

山茶花高原ピクニックパーク  諌早市小長井町

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山茶花高原ピクニックパーク  諌早市小長井町

10月16日は、五家原岳中腹の白木峰高原のコスモスを見て、広域基幹林道「多良岳横断線」により、金泉寺のすぐ下を通り山茶花高原へ行った。
普通は国道207号線により、JR小長井駅先の小長井交差点から左折して、県道195号線に入る。田原溜池や聖母の騎士園を通り、「山茶花高原ピクニックパーク」へ上がって行く。

風車がある高原。コスモスは5万本。5分咲きと看板があった。遊具やハーブ園がある。
諫早観光物産コンベンション協会HP「水と歩む町 いさはや」観光情報による説明は次のとおり。
山茶花高原ピクニックパーク

標高450mの山茶花高原は365(360?)度の一大パノラマ。有明海、雲仙、熊本、佐賀平野、多良岳をぐるりと配した大自然のど真ん中、のびのび高原です。
さわやかなハーブの香りがいっぱいの庭園と遊びのステージでヘルシーな一日をエンジョイできます。長崎県の新しいアウトドアライフの新拠点です。

諫早市小長井町遠竹名2872  山茶花高原ピクニックパーク TEL.0957-34-2350
入園無料(施設・体験内容により別途料金が必要)
長崎道諫早ICよりR34で45分
営業時間 7月〜9月/9:00〜18:00 10月〜6月/10:00〜17:00
定休日  毎週火曜日 火曜日が祝日の場合、翌日が定休日となります。

白木峰高原のコスモス  諌早市白木峰町

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白木峰高原のコスモス  諌早市白木峰町

諫早市街から国道207号線により鹿島方面へ向かう。JR肥前長田駅そばに「白木峰高原入口」交差点があり右折。すぐ長崎本線を高架橋で渡り、五家原岳(標高1057.3m)の山頂まで登る県道184号線に入る。

五家原岳の中腹に「白木峰高原」はあり、上には「国立諫早少年自然の家」がある。
10月16日行ったが、まだ8分咲きか。平日でも人出は多い。駐車料300円。バイクは無料。
諫早観光物産コンベンション協会HP「水と歩む町 いさはや」観光情報による説明は次のとおり。
白木峰高原

標高1,058mの五家原岳の中腹に広がる白木峰高原は、約10,000㎡の広さに、春には 10万本の菜の花、秋には20万本のコスモスが咲き乱れます。遠目には諫早平野や雲仙岳、有明海を一望でき、その景色は格別です。
草スキー場やミニアーチェリー場、ローラースライダーなどのレジャー施設も整えられています。
諌早市白木峰町761−1  白木峰高原
美化協力金 100円
菜の花 ⋯ 3月下旬〜4月下旬  コスモス ⋯ 9月下旬〜10月下旬
長崎道諫早ICよりR34,R207経由、佐賀方面へ30分、白木峰高原入口右折10分

諫早街道の「三本松の一里塚」  諌早市長田町

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諫早街道の「三本松の一里塚」  諌早市長田町

諌早市長田町を通った諫早街道(永昌宿〜多良宿)に、昔の街道の原型を留めた一里塚があることを知り、見に行った。
場所は位置図のとおり。国道207号線のJR肥前長田駅先の長田交差点から左折。長崎本線の踏切を渡ってしばらく行き、右の細い車道に入る。これが諫早街道の道で、見晴らしのよい「大蔵神社」へ出る。

大蔵神社の先の街道は、林間を山道によってまっすぐ小川まで下る。農道は図のように上流の橋を渡って迂回する。小型車1台がやっと通れるような狭い道である。
合流した谷間からまた高台へ登りにかかり、街道が農道と分岐するところに一里塚がある。石を高く積んだ大きな塚。
脇に標柱が設置され、「諫早街道一里塚 三本松跡」と説明していた。この先は道が荒れて歩けなかった。
fwd−net長崎・諫早サイト「諫早の散歩道」による「諫早街道(永昌宿〜多良宿)」の中の説明は次のとおり。
諫早街道(永昌宿〜多良宿)

…JA県央長田支所の前を過ぎると、間もなく旧長田小前に出ます。その道前左手に土橋貞恵翁の生家跡があります。この道をまっすぐ上り詰めた所に大歳神社があります。ここからの眺望はすばらしく籠立て場になっていました。

大歳神社から、下って田圃沿いに歩いていくと、ちょっと上り坂になってきて、農道から分かれます。別れ道のところが、「三本松の一里塚」です。ここの一里塚は、よく原型を留めていますが、随分現在の道から外れているからでしょうか?

一里塚から先は、古道を傷めずに、きれいに整備して頂いています(感謝)。気持ちの良い道を抜けて、正久寺の集落です。…

大蔵神社のスタジイ  諌早市長田町

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大蔵神社のスタジイ  諌早市長田町

国道207号線を高来町に向かい、長田交差点の先を左折。JR長崎本線の踏切を渡り、しばらく行って右方の旧多良街道の道へ入る。
見晴らしのよいところに「大蔵神社」があり、広い高台の境内にゲートボール場があった。

スタジイは、幹囲3mほどで、大きく枝を広げている。根元にベンチが置かれ、ゲートボールをする人の休み場となっていた。
fwd−net長崎・諫早サイト「諫早の散歩」による大蔵神社の説明は次のとおり。

大歳神社

佐賀藩の支領であった、諫早と佐賀の間の往来は、船が中心と言いながら、多良(諫早)街道といわれる、往還が有った。ここは、その往還の籠立場(休息場所)の一つ。
この地に1800年頃(江戸末期)、長田村の庄屋が、夢枕に立った、大歳神に畏怖、感謝して建立したと言われる。
領主が政治的に祀ったものでなく、庄屋とは言え、個人が創建した神社が、その後も土地の人達に、祀られているのも珍しい。

大雄寺の五百羅漢 (2)  諌早市富川町

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大雄寺の五百羅漢 (2)  諌早市富川町

国道34号線の本野入口から富川渓谷への県道212号線へ入る。案内標識により進むと本明川上流の富川渓谷に着く。大雄寺奥から滝にかけての岩面に、水害による死者を弔う503体の羅漢像が刻まれ、磨崖仏としては県内随一のものである。
現地は、昭和32年(1957)7月25日の諫早大水害にも遭い、磨崖仏は修復されていた。
前項の(1)写真は2007年11月撮影のため、詳しく写し直しに行った。本堂前に石造橋があった。
長崎県HP「長崎県の文化財」による説明は次のとおり。

大雄寺の五百羅漢  県指定史跡

指定年月日 昭和52年5月4日  所在地 諌早市富川町925の一部ほか
所有者 大雄寺
元禄12年(1699)、諫早藩は洪水により多大の被害をうけ死者487人を出した。諫早藩7代茂晴公は死者の供養と今後の災害防止祈願のため、本明川の上流富川渓谷の地を開いて大雄寺を建立し、その壁面と川中の巨巌に503体の羅漢像を刻し宝永6年(1709)完成している。
磨崖仏としては県内随一のものであり、諫早水害史を物語る資料としても貴重なものである。

富川渓谷大雄寺のヤブツバキ  諌早市富川町  

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富川渓谷大雄寺のヤブツバキ  諌早市富川町

国道34号線の諌早市下大渡町「本野入口」交差点に、「富川渓谷」入口の案内標識があり、右折して県道212号線により行く。二股は直進。大雄寺の手前まで車は入る。
富川渓谷は本明川の源流部。昔から何回も引き起こされた諫早水害の犠牲者を弔う大雄寺があり、渓谷の岩肌には五百羅漢像が刻まれている。

渓谷の奥にある県指定天然記念物カツラや、大雄寺にある諫早の名木イロハカエデは次を参照。
https://misakimichi.com/archives/382
https://misakimichi.com/archives/601

もう1本の名木「ヤブツバキ」も、大雄寺の境内にある。車道終点の小駐車場から大雄寺へ川沿いに石段の道を行くと、イロハカエデの名木がまずあり、数段登ると右方の石段角にヤブツバキがある。
「諫早の名木30選」によると、ヤブツバキは幹囲2.10m、樹高8m。
根元から2本に分かれている樹のため、大木と見えず、名木がここにあるとは知らなかった。
後ろの写真は、手前にあるイロハカエデと奥の寺・渓谷。

花の木神社のヤマモガシ  諌早市久山町

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花の木神社のヤマモガシ  諌早市久山町

国道34号線の諌早市久山交差点から右折し、田結・飯盛方面へ県道138号線により向かう。
「花の木トンネル」に入る手前に、集落「花の木」の案内標識があり、右手の高台へ上がる。
「花の木ふれあいセンター」まで行くと、建物後ろの山手に鳥居が見えるので、センター先から左の坂道を上がると、「花の木神社」へ着く。

名木の「花の木神社のヤマモガシ」は、参道石段を登りきった左方の林間の斜面地に立つ。
上段の社殿側参道の方に名木銘板はあり、根元がよく見える。社叢には他に数本あるようだ。
「諫早の名木30選」リストによると、幹囲1.60m、樹高18m。
植物図鑑による樹木の解説は次のとおり。

ヤマモガシ   ヤマモガシ科 Helicia cochinchinensis Lour.

常緑高木。枝幹紫褐色、通直に太る。葉は互生し、有柄、長楕円形5〜12cm、革質無毛で平滑、光沢がある。ヤマモモやホルトノキの葉に似ている。8月頃葉腋に長さ10〜15cmの総状花序をつけ、白色有梗花を多数つける。11月頃黒紫色に熟する。
分布は本州中南部、四国、九州、琉球、台湾。

長崎の西の空の夕日  その11

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長崎の西の空の夕日  その11

長崎市南部の団地、わが家から見た夕日。電柱と電線は邪魔。以下続く。

写真 1〜 3  平成20年10月 7日の17時51分頃
写真 4〜 9  平成20年10月12日の17時34分〜18時00分頃

(追 記)
写真10〜11  平成20年10月15日の 6時22分頃
これは夕日ではなく、満月が明け方に西の水平線へ沈みかかろうとする写真です。
中秋の名月は9月ですが、昨夜は月遅れの満月でした。
十五夜が必ずしも満月と限らないそうです。昨夜は十六夜でした。