投稿者「misakimichi」のアーカイブ

海印寺磨崖文字  南さつま市坊津町泊

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海印寺磨崖文字  南さつま市坊津町泊

ブログ「坊津遺産」史跡めぐり記事による説明は、次のとおり。国道226号から南さつま農協坊津支所の方へ入り攝光寺先の橋を渡る。水道事務所前にある大きな岩の磨崖遺跡。

海印寺磨崖文字
由来ははっきりしないが、土地の昔からの言い伝えでは、船の「とも」(船の後部)から掘ったものと伝えられる。磨崖文字からして海印寺の住職が、生きている時に、自分の冥福を祈るために掘ったものと思われます。
また、文字の他に地蔵の彫刻や祠なども海印寺橋を挟んだ両側にあります。なお、海印寺は、伊集院広済寺の末寺で臨済宗であったと伝えられます。

まっどくんかわ(弘法の井川)  南さつま市坊津町泊

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まっどくんかわ(弘法の井川)  南さつま市坊津町泊

現地説明板は、次のとおり。泊・宇都集落の中央部にあり、海岸通り国道226号沿いに見える。
地元では「まっどくんかわ」と呼んでいる。近くに東光寺末堂があったところから、この一帯を「まっどう」と呼んだことから、こう呼ぶようになったと推定されている。

まっどくんかわ(弘法の井川)
南さつま市指定有形民俗文化財  指定年月日 昭和62年8月20日
凝灰岩の切石を組んで造られた井川(井戸)で、かつてこのような井川が坊津地区に数多くみられたが、今日ではその多くが姿を消していることから、貴重なものである。
この井川の水は年中枯れることなく、付近の人々の生活用水、鰹漁業等の産業用水として使われてきた。
昔、弘法大師が西国行脚の途中、のどの渇きを覚え、この浜に杖をさしたところ、水が湧き出たという伝説が残されている。
以前は箱型だったが大正13年に現在の姿に改造された。
南さつま市教育委員会

丸木崎展望所  南さつま市坊津町泊

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丸木崎展望所  南さつま市坊津町泊

現地説明板は、次のとおり。新しいトンネルを通らず、前国道の道を上へ上がって行く。

南さつま海道八景  6 丸木崎展望所から見る泊浦一帯
丸木崎展望所からは、史と景のまち「坊津」を代表する泊浦をはじめ、風車が立つ番場山や丸木浜の景観を見ることができます。沖合には、瀬と呼ばれる小島もあり、松島や蒲鉾瀬、双子瀬、山島、人形瀬など美しいリアス式海岸の自然美が広がっています。
水平線の彼方に沈む夕日の光景は神秘的で、しばし見とれるほどの美しさです。

久志湾のアコウ  南さつま市坊津町久志

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久志湾のアコウ  南さつま市坊津町久志

現地説明板は、次のとおり。

久志湾のアコウ
科名 クワ科  樹樹 300年  幹周り 7.0m〜8.0m  齢高 19.8m〜22.0m
この2本のアコウは南薩地区を代表する巨樹です。
アコウは元来、樹勢の強い木ですがこれほどの巨樹は少なく貴重な木です。かつて、密貿易が盛んな頃には、貿易船の係留や目印に使われていたと言われています。地域の方々とともに大切に保護していきたい木です。
調査 平成22年2月  特定非営利活動法人 縄文の森をつくろう会  南薩地域振興局

落水展望所から見る亀ヶ丘岩壁  南さつま市坊津町秋目

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落水展望所から見る亀ヶ丘岩壁  南さつま市坊津町秋目

鹿児島県HPの南薩の観光ルート(坊野間風景街道)による説明は、次のとおり。

落水からは,亀の形に切り立った崖の亀ヶ丘岩壁を見ることができます。亀ヶ丘は標高387m,山頂が亀の形に見える山で,その頂には展望所・休憩所・トイレ・遊歩道が整備され,牧場にはなだらかなスロープが広がり,放牧された牛がのんびり草をはむ様子を見ることができます。山頂からは,雄大な東シナ海や起伏に富んだリアス式海岸,広大な大浦干拓や日本三大砂丘の吹上浜,快晴の日には桜島,開聞岳までが一望できます。

鑑真の里 秋目  南さつま市坊津町秋目

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鑑真の里 秋目  南さつま市坊津町秋目

坊津町秋目は唐招提寺を建てた鑑真大和上が、天平勝宝5年(753)に幾多の困難を乗り越え、日本上陸の第一歩を記したところ。入江が多い美しい海岸線は天然の良港になっている。
秋目浦を望む高台に鑑真大和上の座像と記念館がある。

笠沙美術館展望所と杜氏の里笠沙  南さつま市笠沙町赤生木

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笠沙美術館展望所と杜氏の里笠沙  南さつま市笠沙町赤生木

以下、HP「新焼酎紀行」から一部引用。

笠沙町南岸部は坊野間県立自然公園に指定されており、坊津に着くまで随所でリアス式海岸がみられる。 笠沙南岸は、「古事記」の神代記に、こう書かれている。
「向韓國 眞來通笠紗之御前而 朝日之直刺國 夕日之日照國也 故 此地甚吉地詔而」
この地は朝鮮に向かい、笠沙の岬にまっすぐ通じていて、朝日がまっすぐに照り輝く国。夕日が明るく輝る国である。それゆえこの地はまことによいところである。(「現代語で読む歴史文学<古事記>」勉誠出版)。

笠沙美術館展望所は、町の出口に当たる黒瀬にある。笠沙美術館展望所からは、島やその先の唐岬が一望できる。なかでも美術館の中庭からの眺めは、沖秋目島を真ん中に四角く景色が切り取られて一幅の絵画のようだ。沖秋目島は、007映画の秘密基地の舞台となった島である。

黒瀬はまた、焼酎とも縁が深い。ここは各地で活躍する「黒瀬杜氏」の出身地で、町にはその知識と技能を伝承するためにつくられた「杜氏の里笠沙」が美術館のほぼ向かいに建つ。展示場、製造設備、売店を併設して、焼酎を造るときに使った器具などを紹介するとともに、昔ながらの方法で焼酎を実際に製造し、その様子を見学したり製品を売店で購入したりもできる。
ずんぐりとして不思議な形をした瓶に入る「一どん」は、人気が高く地元でもなかなか手に入らない。その蔵元がここになる。

吹上浜と吹上浜海浜公園  南さつま市加世田高橋

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吹上浜と吹上浜海浜公園  南さつま市加世田高橋

ウィキペディアフリー百科事典による説明は、次のとおり。

吹 上 浜

吹上浜(ふきあげはま)は、鹿児島県西部のいちき串木野市・日置市・南さつま市にかけての砂丘海岸。日本三大砂丘の一つとされているほか、日本の渚百選にも選定されている。薩摩半島西岸に位置し東シナ海に面し、長さ約47kmの砂丘は日本一の長さ。吹上浜一帯は、1953年に県立自然公園に指定された。南部に吹上浜海浜公園があり、1987年からほぼ毎年「吹上浜砂の祭典」が開催されている。

地形・地質
北部の砂浜は狭く海岸付近までシラス台地の崖が迫っているが、南部は広大な砂丘となっている。内陸部には砂丘によって海から切り離された薩摩湖や正円池などの海跡湖がある。南部の万之瀬川河口周辺には干潟が広がっている。

吹上浜が長大な砂浜となったのは、薩摩半島北部に浸食されやすいシラスが大量に分布しているためである。北部及び中部では海岸の浸食が進み、南部では堆積が進むことで長い弓形の海岸線が維持されている。南部の砂丘は縄文海進の時代に形成された旧期砂丘と、弥生時代以降に旧期砂丘上に被さるようにして形成された新期砂丘に分けられる。新期砂丘形成には新田開発による流出土砂が関与していると考えられている[1]。

吹上浜海浜公園

所在地  鹿児島県南さつま市加世田高橋
分 類  都市公園(広域公園)
面 積  71.4ha(計画109.9ha)
開 園  1986年(昭和61年)4月17日
運営者  鹿児島県(指定管理者:公益財団法人鹿児島県地域振興公社[1])
設備・遊具  バンガロー レンタサイクル 幼児遊具 プール
駐車場  約1600台

吹上浜海浜公園(ふきあげはまかいひんこうえん)は鹿児島県南さつま市加世田高橋にある鹿児島県立の都市公園(広域公園)である[2]。指定管理者制度に基づき鹿児島県地域振興公社が管理・運営している海浜公園である。
吹上浜の南部に位置し、近辺の加世田ドームで吹上浜砂の祭典が行われる。

概要
万之瀬川河口の南側にスポーツ公園、お祭り広場、プール、キャンプ場などがあり、河口の北側には野鳥観察施設、フィールドアスレチック場、南薩少年自然の家などがある。南北の地区は吹上浜サンセットブリッジで結ばれている。この橋は全長405メートル、幅6メートルの歩行者・自転車専用斜張橋であり、1993年(平成5年)7月に完成した。
公園はサイクリングロード鹿児島県道加世田日吉自転車道線(吹上浜砂丘自転車道)の途中にあたる。公園内にも短距離のサイクリングコースがあり、レンタサイクルを利用することができる。

万之瀬川河口域のハマボウ群落及び干潟生物群集  南さつま市加世田益山

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万之瀬川河口域のハマボウ群落及び干潟生物群集  南さつま市加世田益山

鹿児島県教育委員会HP「鹿児島県の文化財」による説明は、次のとおり。吹上海浜公園の東側となる万之瀬川河口域に説明板がある。

万之瀬川河口域のハマボウ群落及び干潟生物群集
【所在地】南さつま市加世田益山字川原田,字上川原田,字吉田,字千寄地
【種 別】国指定天然記念物(植物・動物)
【指定年月日】平成19年2月6日

南さつま市北部に位置する万之瀬川は薩摩半島最大の河川で,南九州で最大規模の河口干潟が発達している。河口から約1.5km上流の左岸,準用河川荒田川が万之瀬川に注ぐ合流地点から上流にかけて泥質や砂泥質の干潟がよく発達し,1km以上にわたり1000株以上に及ぶハマボウの大群落が成立している。砂泥質の干潟付近では,アイアシやナガミノオニシバなどからなる塩沼地植生,砂質の部分ではハマゴウやコウボウムギなどの砂丘植生も発達している。
ハマボウ群落周辺の砂泥干潟には,日本最大規模の生息地として知られるハクセンシオマネキをはじめとしたカニ類が群生し,河口付近では,自然分布のハマグリの南限個体群を含む各種二枚貝,多毛類・貧毛類などの環形動物,紐形動物,甲殻類など多くの干潟生物が生息している。
これらの干潟動物を餌として,渡り鳥などの重要な生息地にもなっており,クロツラヘラサギなどの希少種を含め多くの野鳥が確認されている。最大規模のハマボウ群落及びハクセンシオマネキ群集を含む多様な干潟生物生育する地域として学術的価値が高い。

鹿児島県のアーチ式石橋 毘沙門橋梁  日置市日吉町日置 毘沙門

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鹿児島県のアーチ式石橋 毘沙門橋梁  日置市日吉町日置 毘沙門

HP「石橋・眼鏡橋・太鼓橋・石造アーチ橋」鹿児島県の石橋によるデータは、次のとおり。後ろは毘沙門天の史跡写真。

№6,785  毘沙門橋梁

日置市日吉町日置 毘沙門
橋幅:27.0m  径間:1.2m  拱矢:0.6m  基礎4段H:1.3m
架設:大正3年(1914)
鹿児島交通枕崎線(南薩線)跡 1984年廃止

毘沙門天への途中に煉瓦アーチ、何故こんなところに
1984年に廃止された鹿児島交通枕崎線(南薩線)跡のようです。
遺構は吹上町の浜田橋下流の橋脚など。

毘沙門天
「寿永文治年間伊集院に壱宇治城を築き権勢をふるっていた時の郡司・紀時清公(藤原氏支族)は城の守り本尊として本丸に毘沙門天、観音、春日明神薬師如来などを安置して、四方を守護していた。紀氏は伊集院氏に追い払われ、やがて戦国末期の天文十九年(1550年)に島津貴久が父日新公と共にこの城を攻め落とした。その時、貴久は毘沙門天を日置の五丁田へ遷座し、後現在地に移し祭られるようになったが、その年代は不明である。」      昭和六十年三月  日置市教育委員会