蚊焼漁港と赤土海岸 長崎市蚊焼町・大籠町
立春を過ぎたおだやかな日和の午後。長崎半島中部の西側海岸、岳路から赤土まで行く。長崎を遠く離れている方から、「くじら浜」や「赤土海岸」の現況を尋ねられていた。
石祠は桜御前の銘、赤い建物はOKエンタープライズ研修施設跡、赤煉瓦煙突は製塩所跡。
前の項に、岳路海岸とくじら浜。
蚊焼漁港と赤土海岸 長崎市蚊焼町・大籠町
立春を過ぎたおだやかな日和の午後。長崎半島中部の西側海岸、岳路から赤土まで行く。長崎を遠く離れている方から、「くじら浜」や「赤土海岸」の現況を尋ねられていた。
石祠は桜御前の銘、赤い建物はOKエンタープライズ研修施設跡、赤煉瓦煙突は製塩所跡。
前の項に、岳路海岸とくじら浜。
岳路海岸とくじら浜 長崎市蚊焼町
立春を過ぎたおだやかな日和の午後。長崎半島中部の西側海岸、岳路から赤土まで行く。長崎を遠く離れている方から、「くじら浜」や「赤土海岸」の現況を尋ねられていた。
海岸洞穴は海水浴場の北側の浜にある。くじら浜はホテルPARCO先から下る。マリン施設が1軒、時季だけ開業。
次の項に、蚊焼漁港と赤土海岸。
大 音 寺 長崎市鍛冶屋町
長崎市鍛冶屋町にある浄土宗の正覚山大音寺。境内墓地に赤煉瓦や石造の見事な石門があるので写しに行った。市指定天然記念物のクロガネモチとイチョウは、すでに巨樹・名木の項で紹介済み。最後は皓台寺との間の幣振坂。
長崎さるく現地説明板は次のとおり。
大 音 寺
慶長19年(1614)、伝誉が開創。寛永年間に現在地へ移転し、朱印地となりました。延宝2年(1674)、歴代将軍の位牌を祀る御霊屋が建立されるなど長崎三大寺院の一つとして高い格式でした。昭和34年(1959)の火災で本堂(写真中央)や御霊屋などが焼失しました。境内には市指定史跡の長崎奉行・松平図書頭墓地、市指定天然記念物のクロガネモチやイチョウなどがあります。
長崎の幕末・明治期古写真考 目録番号:4878 ドンの山(から)見た大浦居留地・出島
HP「長崎大学附属図書館 幕末・明治期日本古写真メタデータ・データベース」などに収録している長崎の古写真について、撮影場所などタイトルや説明文に疑問があるものを、現地へ出かけて調査するようにしている。順不同。
目録番号:4878 ドンの山(から)見た大浦居留地・出島
■ 確認結果
目録番号:4878「ドンの山(「から」の字抜け)見た大浦居留地・出島」と、まったく同じ古写真が、長崎市教育委員会編「長崎古写真集 居留地」平成7年刊の42頁に掲載されている。
同137頁による「図版説明」は次のとおり。
25 星取山から長崎港を見下ろす 長崎大学附属図書館所蔵
星取山の山上付近から長崎港を見下ろしたもので、手前に大浦、東山手の居留地、右手に出島と旧市街地、港の向こうには大きく広がった浦上川の河口部と対岸・淵村の集落が望まれる。出島にはその左端に慶応3年(1867)に造成された馬廻しの突出がみえるが、明治2年2月に築町間に架設された出島新橋がないので、明治元年頃の撮影と推定される。東山手の丘上には旗竿を立てたイギリス領事館の2階建て洋館の背面がみえている。
「ドンの山」からの景色は次を参照。 https://misakimichi.com/archives/1512
この古写真は、「長崎古写真集 居留地」の図版説明どおり、「ドンの山」からではなく、「星取山」山頂から撮影されたものであろう。「星取山」山頂は、現在、NTT統制中継所の敷地となり周りの木立も高く、山頂から展望を確認できない。近くで展望がきくのは山頂の北側手前、「長崎霊園」と最近建設工事中の「港ヶ丘パーク墓苑」へ下る道のところ。
大浦川河口が左上に上がり、左奥の稲佐山尾根と岩屋山の稜線の重なりを確認すると、この古写真は「星取山」山頂から撮影されたものに間違いないだろう。
同じ古写真が、長崎市東山手町「古写真・埋蔵資料館」に展示され、タイトルが「鍋冠山から見た大浦居留地・出島」となっていたようだ。
「ドンの山」か、「鍋冠山」か、「星取山」か、似たような風景が広がり、混同が出てくる。
誤った指摘があって撮影場所を変更されたかも知れないが、変更するにしても長崎大学側が現地へ実際に出向き、正しく確認してから変更すべきではないだろうか。変更の際も、展示資料館へ連絡を確実にしてほしい。
後ろの写真は参考のため、両方の墓地上部から現在の写真を写した。星取山山頂からに対してまだ高度感が足りないし、山の稜線の重なりは高度が低いため合わない。
旧街道宿場「波佐見宿」の水路と石造橋 東彼杵郡波佐見町
波佐見町折敷瀬郷の”飛瀬の水路橋”については、前項において昨年の河川改修工事によって煉瓦造アーチの1橋が壊され、新たに下流に石造アーチの1橋が見つかったことを載せた。
ところで、この水路である。川棚川(以下「波佐見川」とする)の川岸平野を縦横に這い、2つの橋の水路が続いているのか、取り入れ口がどこなのか、すぐには確認できなかった。
2つの水路橋の下の小川は、延宝6年(1678)築造とされる飛瀬上・中・下の各堤からの流れであろう。水路はこの上を橋により渡っている。
高度を考えると、近くに今ある本流の井堰から引いたものでないようだ。上流の「横枕橋」よりまだ上のようであり、横の谷間の支流からとも考えられる。
新しく見つかった水路橋の下流側は簡単である。水路は波佐見川沿いに護岸の上を約600m流れ、県道1号線の鹿山橋へ出た。清酒「六十餘洲」の今里酒造前である。酒造用水かと思ったが、そうでもない。
県道及び同工場下をくぐり、波佐見中生徒会の手づくり説明板のとおり、往昔から街道宿場「波佐見宿」の町並みを網羅した大事な水路となっていた。
波佐見地方は、県下でも溜池の多い地域として知られている。治水工事や新田開発は、藩政時代になって頂点に達した。大村郷村記によると「内海の宿の辺、古戦場にて往昔は萱池ヶ原とて曠々たる野原」であった。
領主の積極的な奨励と、農民の経営規模を拡げようとする努力によって、井出の普請、波佐見川の本流、支流からの用水路、溜池の築堤、補修ができていった。それにつれて新田が開発され、村の石高は増加したのである。
いま見られる波佐見平野の美田は、溜池、井出の築造年から文化−文政期(1804−1829)に完成したことが知られるそうである。
水路や水路橋の手がかりに調べた波佐見町「波佐見町史(上巻)」昭和55年第二版360〜374頁の記述は、上記のとおり。「大村史談」にも掲載は見当たらないようである。
旧街道宿場の重要な水となった水路と水路橋について、地元の関係者が解明を進めてもらえないだろうか。
波佐見の中心街や鹿山神社周辺で見た主な石造橋なども写した。旧「わたや」久保田邸の庭園池の橋は見事であった。
飛瀬下にもう1つの水路橋が見つかる 東彼杵郡波佐見町
全国の石橋を研究する「石橋・眼鏡橋・太鼓橋・石造アーチ橋」のHP氏から、12月初めに波佐見町折敷瀬郷で水路橋が新しく見つかった連絡をもらっていたが、やっと出かけて写してきた。
場所は、波佐見町役場前の道路を約500mほど北へ行く。西海陶器が見える「FIRST FITNESS」の名がある店の前から下の谷間へ下る。小川が排水工事中。小川を渡った新しいコンクリート橋が、”飛瀬の水路橋”という小さな煉瓦造アーチ橋だった。
波佐見町の石橋の次項を参照。 https://misakimichi.com/archives/682
これが壊された代わりに、実はこの下流にも別の見事な石造アーチ橋があったのだ。薮つきでこれまでわからなかった。小川が川棚川(波佐見川)へ流れ込む所。対岸は波佐見中学校である。中学校の対岸通りから気をつけて見ると石橋の姿がわかるのだが、一度この通りを通りながら気づかなかった。
HP「石橋・眼鏡橋・太鼓橋・石造アーチ橋」による説明は次のとおり。水路を辿ると、また珍しいことがあったので、次項とする。
№3,902 飛瀬下の水路橋(仮称) 2008.12.06
東彼杵郡波佐見町折敷瀬郷 橋幅:2.45m 径間:2.64m 拱矢:1.1m 環厚:34cm
波佐見町にお住まいの出口さんからメールを頂きました。「水路がキャノンの排水路になって工事が行われました。“飛瀬の水路橋”と紹介されていた物は跡形ないです。−中略−が、川に流れ込む所にもうひとつ水路橋が壊される事無くそのまま利用されています!」というものです。
早速現地へ向いました。コンクリート三方張りの水路をコンクリートの水路が横断しているところが“飛瀬の水路橋”があった場所です。その下流端に石造アーチ水路橋が架かっています。よくぞ取り壊されずに残ったものです。
下流はすぐ川棚川です。輪石は12列の偶数、要石は少し右側にずれているようです。念のため水路を下流へ約600m、鹿山橋のところまで辿りました。
2009長崎ランタンフェスティバル (3)中島川・中央公園・中央橋・長崎駅
長崎の冬を彩る一大イベント「2009長崎ランタンフェスティバル」。2月5日(木)午後の中島川・中央公園・中央橋・長崎駅の賑わい。
2月9日(月)まで好評開催中。
2009長崎ランタンフェスティバル (2)唐人屋敷・興福寺・浜んまち
長崎の冬を彩る一大イベント「2009長崎ランタンフェスティバル」。2月5日(木)午後の唐人屋敷・興福寺・浜んまちの賑わい。
2月9日(月)まで好評開催中。
沖之島一周ウォーキングと新年会 (2) 平成21年2月
平成21年2月1日(日)快晴。伊王島の下の島となる沖之島一周ウォーキングと新年会。
1月25日が荒天のため延期。参加15人。絶好のウォーキング日和となった。
大波止ターミナル10時15分発ー伊王島港ー乗越トンネルー畔の岩這ー伊王島大橋架橋現場ーあこう巨樹ー沖之島教会ーやすらぎ伊王島12時30分着
沖之島一周コースは4.5Km。道路が完成して歩きやすくなった。青い海原と岩礁、高島の光景が広がる。平成22年完成予定の伊王島大橋架橋現場を見た。
長崎温泉やすらぎ伊王島は5周年。期間限定3月15日まで週末土・日のみの日帰りランチバイキングパック 2460円(要予約)があり、癒湯に入浴後、海の見えるホテル2F「浜風」で新年会の食事をした。長崎港帰着15時11分。湊公園へランタンフェスティバルを見に行った。
沖之島一周ウォーキングと新年会 (1) 平成21年2月
平成21年2月1日(日)快晴。伊王島の下の島となる沖之島一周ウォーキングと新年会。
1月25日が荒天のため延期。参加15人。絶好のウォーキング日和となった。
大波止ターミナル10時15分発ー伊王島港ー乗越トンネルー畔の岩這ー伊王島大橋架橋現場ーあこう巨樹ー沖之島教会ーやすらぎ伊王島12時30分着
沖之島一周コースは4.5Km。道路が完成して歩きやすくなった。青い海原と岩礁、高島の光景が広がる。平成22年完成予定の伊王島大橋架橋現場を見た。
長崎温泉やすらぎ伊王島は5周年。期間限定3月15日まで週末土・日のみの日帰りランチバイキングパック 2460円(要予約)があり、癒湯に入浴後、海の見えるホテル2F「浜風」で新年会の食事をした。長崎港帰着15時11分。湊公園へランタンフェスティバルを見に行った。