練習用」タグアーカイブ

若松 白魚のハマボウ  南松浦郡新上五島町宿ノ浦郷

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

若松 白魚のハマボウ  南松浦郡新上五島町宿ノ浦郷

奈良尾から有川に向け国道384号線を北上する。若松大橋へ分岐するところが「白魚」交差点で、国道をそのまま進むと、中五島高校との中間位に左下の海岸へ下る「白魚千人塚」の案内標識がある。
海岸へ降りて左奥に「白魚千人塚」があり、この手前にハマボウの群落が見られる。反対に右奥へ行くと突堤の広場があり、その隅にハマボウの大木1本が生えている。

新上五島町管内「椿・巨木調査」資料による説明は次のとおり。
番 号 ⑥    樹 種 ハマボウ    位 置 若松 白魚
概 要 まとまりと大きさが珍しい

奈留島 (2)城岳展望台・皺の浦ビーチロックほか  五島市奈留町

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

イメージ 9

イメージ 10

イメージ 11

イメージ 12

イメージ 13

イメージ 14

イメージ 15

イメージ 16

イメージ 17

奈留島 (2)城岳展望台・皺の浦ビーチロックほか  五島市奈留町

五島市奈留島の風景・史跡。HP「五島市奈留町の観光地」による説明は次のとおり。

写真  1〜  5   城岳城跡展望台
中世期に奈留氏(土地の豪族)が山頂に城を構えたことから城岳の名前がついたといわれています。現在は,山頂に展望台やアスレチック広場,遊歩道が整備されています。
展望台に設置してある望遠鏡を覗くと,晴れた日には,長崎の女神大橋が見えるという噂もありますが…。写真(4枚目)は,展望台から見た奈留高校(左)と奈留小中学校(右),中央は奈留小中学校グラウンド。

写真  6〜  8   宿輪の淡水貝化石含有層付近

写真  9        江上教会
江上教会は、旧江上小学校わきの林の中に建っています。教会建築では名工と名高い、長崎県出身の鉄川与助により、大正7年(1918)に建てられました。木造で、派手さのない素朴な教会ですが、外壁がクリーム色で,窓枠が水色に塗られ、清楚な雰囲気を醸し出しています。「長崎から世界遺産を『長崎の教会群とキリスト教関連遺産』」のリストの一つにもあげられてます。
別掲参照  https://misakimichi.com/archives/1987

写真 10〜 14   皺の浦ビーチロック(大串池塚海岸)
写真 15〜 16   遠命寺トンネル

写真 17        宮の森総合公園
小中高合同遠足の目的地です。奈留の自然を満喫できる野外活動施設です。ログハウス,バンガロー,シャワー棟,大浴場,テニスコート,ミニゴルフ場,などレクレーション施設が充実しています。近くには宮の浜海水浴場もあり,夏には家族連れや各種グループので賑わいます。また,奈留島で行われるイベント(4月に行われる五島綱引き選手権in奈留の前夜祭など)の会場にもなっています。

奈留島 (1)前島のトンボロ・奈留千畳敷ほか  五島市奈留町

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

イメージ 9

イメージ 10

イメージ 11

イメージ 12

イメージ 13

イメージ 14

イメージ 15

イメージ 16

イメージ 17

イメージ 18

奈留島 (1)前島のトンボロ・奈留千畳敷ほか  五島市奈留町

五島市奈留島の風景・史跡。HP「五島市奈留町の観光地」による説明は次のとおり。

写真  1〜  2   前島のトンボロ(砂嘴)
砂嘴(さし)とは,沿岸流により運ばれた小石や砂が堆積して形成される,嘴(くちばし)形の地形のことです。奈留島では,奈留島港の南側にある前島と末津島が砂嘴によって結ばれています。大潮の干潮時には,砂嘴が青白くのび,美しい景観をに変わります。例年7月には,奈留のボランティア団体である「DonDon奈留」と奈留高校生が協力して,漂流物を回収したり草刈りをしたりして環境の保護活動を行っています。観光客に大人気のスポットです。

写真  3〜  4   奈留港ターミナルと離岸中のフェリー「太古」
写真  5        奈留島観光マップ
写真  6〜  7   舅ヶ島海水浴場

写真  8〜 11   奈留千畳敷(舅ヶ島海岸)
千畳敷は,畳が千枚も敷けるほど広い場所という意味から付けられた名称です。奈留島の千畳敷は,大きな岩が,小島と連なっており,空の青・海の碧・小島の緑と相まってすばらしい自然の美を誇ります。観光客に人気のスポットであるだけでなく,町民の行楽地でもあります。
また,隣接する舅ヶ島海水浴場は,砂浜でなく,美しく磨かれた玉砂利を敷きつめた海水浴場です。

写真 12〜 13   奈留神社
写真 14        奈留唯一の信号機(旧奈留小前 メインストリート)
写真 15        ユーミンの歌碑
ユーミンが,奈留高校(当時五島高校分校)の生徒の投書に応えて『瞳を閉じて』を作詞・作曲しプレゼントしました。これを記念する歌碑が,奈留高校正門を入るとすぐ左側に建てられています。歌碑の文字はユーミンの直筆です。いまでは,奈留高校の入学式や卒業式では必ず歌われます。

写真 16〜 17   奈留教会
写真 18        樫木山ダム

阿古木のアコウ  五島市奈留町阿古木

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

阿古木のアコウ  五島市奈留町阿古木

奈留港ターミナルから奈留のメインストリートを抜け、三本松か船廻経由で相ノ浦湾と船廻湾に挟まれた細長い半島の途中にある阿古木へ行く。アコウは集落先の海岸沿い道路脇にある。
後ろの写真は、阿古木の先となる水ノ浦集落にある教会。

2003年針本氏調査資料によるHP「奈留島の巨木達」は、次のとおり記している。cmは幹回り。「阿古木」の地名は、アコウの木と関係はないらしい。
アコウ   阿古木(道路脇):胸高で743cm、2股の主幹のみ

江上天主堂  五島市奈留町大串

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

江上天主堂  五島市奈留町大串

奈留港ターミナルから奈留高校の方へ向い、学校手前から西海岸通りの道へ入る。港から約8kmの大串湾沿いに江上天主堂がある。または港から県道168号線により相ノ浦湾沿いに行き、遠命寺トンネルを抜けると江上天主堂に着く。
長崎県HP「長崎県の文化財」による説明は次のとおり。天主堂内写真は現地説明板から。後ろ2枚は、敷地内で見た桁石橋。

江上天主堂  重要文化財(国指定) 

鉄川与助の設計施行による木造天主堂の代表作
よみがな えがみてんしゅどう
指定年月日 平成20年(2008)年6月9日
所在地 五島市奈留町大串1131−2
所有者 カトリック長崎大司教区
年代 大正7年(1918)
奈留島には、江戸時代後期に大村藩領から開拓民が移住したが、そのほとんどは潜伏キリシタンであった。明治6年(1873)にキリスト教禁制の高札が撤廃されると、江上地区では民家を借りてミサを行っていた。その後、明治39年(1906)に現在の江上天主堂のある場所に簡素な木造教会堂を建てたが、この木造教会に関する資料は残されていない。現在の天主堂は、大正7年に鉄川与助(※1)の設計・施行によって建てられ、平成14年2月26日に長崎県指定有形文化財に指定された。世界遺産暫定一覧表に登録されている「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」の構成資産候補のひとつ。
左右対称のシンプルな外観であるが、内部はリヴ・ヴォールト天井(※2)など、天主堂として本格的な立面構成となっている。柱には手書きで木目模様を施し、さらにステンドグラスの代わりに、透明ガラスに花を描くなどの工夫もみられる。大正から昭和初期にかけて多くの教会が鉄筋コンクリート造へと変遷していく中で、江上天主堂は小規模ながら木造教会堂としての完成形といえる出来を示し、鉄川与助による木造天主堂の代表作である。
我が国における木造天主堂のうち、完成度の高い作品として歴史的価値が高く、鉄川与助の手がけた木造天主堂の代表作としても重要であり、指定基準の「歴史的価値の高いもの及び流派的又は地方的特色において顕著なもの」に該当する。

※1 上五島に生まれ(1879〜1976)、代々の建築業を継ぎ、数多くの教会建築に携わった。  ※2 天井に交差するアーチを渡してつくる曲面の天井のこと。

船廻小学校跡のクロガネモチ  五島市奈留町船廻

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

船廻小学校跡のクロガネモチ  五島市奈留町船廻

奈留港ターミナルから奈留のメインストリートを抜け、奈留カトリック教会前を通る右道へ入る。山手の草摘峠に城山展望台入口の分岐があり、そのまま峠をまっすぐ下ると宮の森総合公園を過ぎ船廻湾の湾奥にある船廻地区に着く。

五島市立船廻小学校は、平成19年3月小中高一貫教育の取り組みに伴い、奈留小学校に統合され閉校となっていた。校舎は奈留出身の画家笠松宏有記念館として利用され、アート村として校庭隅に登り窯があった。
クロガネモチは前校庭の中に立つ。そんな巨木ではないが、樹形は良い。台風により中央上の幹の一部が折れたのか、緑のブルーシートを被せ手当てしていた。

2003年針本氏調査資料によるHP「奈留島の巨木達」は、次のとおり記している。
クロガネモチ  船廻(船廻小学校):胸高で(幹回り)293cm、グランドの真中に1本立つ老木。

船廻神社社叢  五島市奈留町船廻ほか

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

イメージ 9

イメージ 10

イメージ 11

船廻神社社叢  五島市奈留町船廻ほか

奈留港ターミナルから奈留のメインストリートを抜け、奈留カトリック教会前を通る右道へ入る。山手の草摘峠に城山展望台入口の分岐があり、そのまま峠をまっすぐ下ると宮の森総合公園を過ぎ宮の浜海水浴場に着く。船廻湾の湾奥となり、この前に船廻神社がある。
社叢は本殿の四周に広がるが、通路から中へは立ち入り禁止である。右方の外周道路からか、左方の前小学校に入ると一部の巨樹を見ることができる。

2003年針本氏調査資料によるHP「奈留島の巨木達」は、次を記している。cmは幹回り。
エノキ      船廻(船廻神社西端):胸高で440cm、道路からよく見える。
船廻(船廻神社):胸高で320cm、道路端のものの内側
タブ       船廻(船廻神社):胸高で420cm、角なのですぐ解る。
船廻(船廻神社):胸高で400cm、かなり痛んでいる。
船廻(船廻神社):胸高で390cm、胸高で2本に
ナタオレノキ  船廻(船廻神社):胸高で445cm、小学校そば、絡んでいるアコウごと
船廻(船廻神社):胸高で300cm、北西方向

長崎県HP「長崎県の文化財」による説明は次のとおり。特にナタオレノキの巨樹の多さは、県下一と言われる社叢であると現地説明板にあった。

船廻神社社叢 天然記念物(県指定) 

よみがな ふなまわりじんじゃしゃそう
指定年月日 昭和31年(1956)年4月6日
所在地 五島市奈留町船廻939ほか
管理責任者 五島市
船廻は奈留町の門戸である浦港の北約3㎞のところにある集落で,ここに八幡をまつる船廻八幡神社がある。この神社は海岸の平地にあって,さほど広くはないが,ホルトノキ・ナタオレノキ・イスノキ・バリバリノキ・ナギ・モクタチバナ・アコウ・カカツガユ・サツマサンキライなどの暖地性の樹木や草本が茂っている。現在ナタオレの幹の回り1mの樹木も多数みられ,そのなかには3mを越す巨樹が2本もある。

奈留島皺ノ浦のハマジンチョウ群落  五島市奈留町大串浦字池塚

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

奈留島皺ノ浦のハマジンチョウ群落  五島市奈留町大串浦字池塚

奈留港ターミナルから奈留高校の方へ向い、学校手前から西海岸通りの道へ入る。途中8kmに江上天主堂があり、大串湾を回り込んだまだ4km先の車道終点が皺ノ浦の海岸である。
または港から県道168号線により相ノ浦湾沿いに行き、遠命寺トンネルを抜けると江上天主堂に着く。
ハマジンチョウは、池塚観音堂が祀られた海跡湖の湖岸に群落がある。開花期写真は現地ビーチロック(別掲)説明板から。
長崎県HP「長崎県の文化財」による説明は次のとおり。

奈留島皺ノ浦のハマジンチョウ群落 天然記念物(県指定)

よみがな なるしましわのうらのはまじんちょうぐんらく
指定年月日 平成元年(1989)年9月29日
所在地 五島市奈留町大串浦字池塚503−1
所有者 五島市
ハマジンチョウはハマジンチョウ科の熱帯性の常緑低木で,東南アジアから北上分布し,台湾,琉球,種子島を経て,九州西岸を五島列島まで至る。本種は波静かな入り江の奥の海岸に生育し,満潮時には株元は海水に浸る。しかし入り江の奥にあった本来の大規模な生育地は,古くからの人の居住地に近いため多くが失われている。奈留町大串郷字池塚には,直径100メートル,短径50メートルの海跡湖があり,その湖岸に長さ80メートルにわたってハマジンチョウが群落をなす。それは3つの特色を有している。一つは,かつて五島列島の入り江各所に存在していたであろう大規模な群落をなしていること,二は群生地が海岸ではなく海跡湖の岸にあること,三はその環境の高い自然度である。いずれの点からも我国第一級のハマジンチョウの群落である。ほかに海跡湖の湖岸には,本種とともにヒトモトススキ,シバナ,シオクグ,ハマボウなどの塩湿地植物が自生する。

奈留島権現山樹叢  五島市奈留町浦

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

奈留島権現山樹叢  五島市奈留町浦

奈留港ターミナルからすぐ左手に見える小山。海岸通り裏手の旧通りに入ると説明板がある。近くの梯子から樹叢内に登られるらしく、アコウの巨樹が数本あると聞いたが、樹叢内には立ち入らなかった。
2003年針本氏調査資料によるHP「奈留島の巨木達」は、次を記している。cmは幹回り。
アコウ    浦(権現山):胸高で750cm、頂上の港側
浦(権現山):胸高で565cm、頂上の南東側
スタジイ  浦(権現山):胸高で330cm、北西斜面の中程
ホルトノキ 浦(権現山):胸高で335cm、頂上西側下、アコウが絡む

長崎県HP「長崎県の文化財」による説明は次のとおり。

奈留島権現山樹叢 天然記念物(国指定) 

よみがな なるしまごんげんやまじゅそう
指定年月日 昭和33年(1958)3月11日
所在地 五島市奈留町浦1897−1ほか
管理団体 五島市
この樹叢は,奈留町浦郷の海岸にある海抜52mの小山にある。樹高は10〜15m,高木の幹径は50cmを越すスダジイ・イスノキを主木とし,ヤブツバキ・シロダモ・ホルトノキ・タブノキ・モッコクなどがあり,林下にはオオカグマ・フウトウカズラ・ノシラン・アオノクマタケラン・ヤブランなど常緑草本が密生する。テイカカズラ・サネカズラ・サカキカズラ・ムベなど常緑つる植物も多い。山頂近くにはアコウの大木があり,四方に枝を広げ,気根を垂下し,一部は地面にとどいて支柱根となっている。この樹叢は,五島列島中部の低地の森林を代表するものである。かつてオオタニワタリ(大型シダ植物)が生育していたとの記録があるが,いまは姿を消している。

落矢ダム尾根から八郎岳と兜岳へ  平成21年9月

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

イメージ 9

イメージ 10

イメージ 11

イメージ 12

イメージ 13

イメージ 14

イメージ 15

イメージ 16

イメージ 17

イメージ 18

イメージ 19

イメージ 20

イメージ 21

落矢ダム尾根から八郎岳と兜岳へ  平成21年9月

平成21年9月19日(土)快晴。落矢ダム尾根から八郎岳(標高589.9m)と兜岳(標高462m)へ。参加11人。落矢ダムの尾根を八郎岳まで登る道は、5年前に古地図によって途中まで山道があることがわかり、当会が整備したコースである。「要塞標」もその時発見した。
江川運動公園9時半発ー落矢ダムー竿浦分岐ー水場ー植林地ー八郎岳山頂(昼食)ー兜岳分岐ー兜岳ー江川分岐ー土井首中同窓会植林地ー江川町14時半着(距離約13km)

落矢ダム車道終点手前から右手尾根の山道へ入る。30分ほど登った道脇にある標石は、陸軍省が明治32年に建てた「長崎要塞第二地帯標 第十三号」である。落矢ダムは前香焼町の所有地。その境界柱に沿い雑木林の尾根を登る。水場を過ぎた最上部あたりに旧所有者川南造船の「川工」と刻んだ珍しい標石が1つ残っている。

山頂真下は、檜の植林地となり急登すると、一気に山頂へ出る。八郎岳は市内の最高峰。一等三角点がある。四方の展望が広がるが、きようは東の雲仙・天草・甑島方面は霞み写真とならない。山頂の寸胴なコンクリート柱は、昭和33年に地理調査所が設置した旧「天測点」。対の「子午線標」は大久保山に残る。

山頂へは12時着。昼食後、縦走コースを少し戻り、兜岳分岐から兜岳へ向かって下った。害獣「鹿」駆除の発信機を付けた猟犬がのこのこ現れ、下山した江川上の団地まで結局ついてきた。飼い主が下の国道で必死に探していたが、呑気なはぐれ犬なので、山へ戻ったことも考えられる。
詳しくは、宮さんの参加ブログ記事を。 http://blogs.yahoo.co.jp/khmtg856/21163705.html