月別アーカイブ: 2011年9月

隠岐の島の巨樹・名木 島後(2)  島根県隠岐の島町

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隠岐の島の巨樹・名木 島後(2)  島根県隠岐の島町

十人十色しまねの旅ガイド「しまねの巨木巡り」隠岐エリアによる説明は次のとおり。所在地図も同HPから(1)に。

写真  1〜  4    6 中村のかぶら杉(隠岐の島町中村)
県指定天然記念物のスギ
◆スギ(通称:中村のかぶら杉)  幹囲9.3m 樹高38m
概要: 樹齢600年と伝えられるこの巨大なスギは、根元から1.5mほどのところで6幹に分かれてそれぞれ空に向かって伸びている。「かぶら杉」という名は、その特異な樹形が昔、開戦の合図や儀式で使われた鏑矢(かぶらや)の先に似ているからとか、大きな「株」が目立つからなどの説がある。昭和の初期までは大小12本の幹があったとのこと。
アクセス: 西郷港から国道485号経由で県道316号に入り、中村方面に向かう途中の中村川沿いにある。新武良トンネルを出てすぐ道路右側。

写真  5〜  8    7 天然林(隠岐の島町布施中村)
「隠岐自然回帰の森」の天然林
◆スギ220本(樹林)  幹囲3m〜5.85m 樹高30m〜40m
◆クロベ25本(樹林)  幹囲3m〜4.5m 樹高30m〜35m
◆モミ10本(樹林)   幹囲3m〜4m 樹高30m〜38m
◆ケヤキ5本(樹林)  幹囲3m〜3.9m 樹高20m〜30m
概要: 隠岐の最高峰・大満寺山(608m)から鷲ヶ峰、葛尾山にかけての一帯は、隠岐有数の豊かな自然が残っている。中でもビッシリと群生したスギの天然林をはじめ、樹齢300年を超える巨木の数々は圧巻である。周辺一帯を「隠岐自然回帰の森」として遊歩道や展望台などを整備。天然林のほか、オキシャクナゲの群落や稀少動植物にも出会えることができ、景観的にも素晴らしいことから、自然愛好派の人気スポットになっている。
アクセス: ●西郷港から…国道485号経由で県道316号に入り、銚子ダムの北にある南谷林道をのぼった所。●布施から…南谷林道と中谷林道の2つのコースがある。中谷林道の終点には駐車場(中谷林道入口から約4.5km) がある。
(注 中谷林道終点の駐車場から遊歩道を15分ほど登る。トカゲ岩展望所の上部に鷲ヶ峰と天然林の展望所がある。この先の道が天然林の中を行く)

写真  9〜 12    8 岩倉の乳房杉(隠岐の島町布施字小山)
町指定天然記念物のスギ
◆スギ(通称:岩倉の乳房杉(ちちすぎ))  幹囲11m 樹高約40m
概要: 隠岐の最高峰・大満寺山の山中にある岩倉神社の近くに立つ、なんとも不思議な姿をしたスギの巨木である。樹齢は約800年といわれ、主幹は地上4m〜8mのところで15本に分岐。その分岐している部分から大小24コの乳房状の根が垂れ下がっている。地元ではこの乳房杉を御神木とし、母乳の神として崇拝し、毎年4月23日に供え物を運んで祭礼を行っている。
アクセス: 国道485号経由で県道316号に入り、銚子ダムの北にある南谷林道を行くと隠岐の最高峰・大満寺山(608m)の北側の峠に出る。さらに200m程行くと鳥居と案内板がある。布施からは南谷林道を6kmほど登る。
(注 布施から中村へ向かうと、「隠岐自然回帰の森」案内板がある。南谷林道を6kmほど登る。左上に鳥居と乳房杉がある)

写真 13〜 16    9 春日神社(隠岐の島町布施)
県指定天然記念物のクロマツ群とスギ
◆クロマツ3本(樹林)(通称:春日の黒松)  幹囲3.6m〜3.95m 樹高50m〜57m
◆スギ2本(樹林)  幹囲3.2m〜3.9m 樹高40m〜45m
概要: 境内にある見事なクロマツ群は、かつての防風林が残ったものといわれ、いずれも樹齢は350年を超えると思われる。なかでも、かつてクロマツの樹高日本一の折り紙をつけられた巨木は群をぬいていたが、落雷で折れ、切り倒されたあとの根株が境内のあずま屋に展示されており、その巨大さに圧倒される。
アクセス: 布施郵便局の南、県道47号沿い。春日川にかかる春日橋を渡ってすぐ右側に神社の鳥居が見える。

写真 17〜 19   10 荒神さん(隠岐の島町布施)
◆スギ(通称:荒神さん)  幹囲5m 樹高30m
概要: 布施漁港を見下ろす小山の樹木の中でもひときわ目を引く巨木で、地元では「荒神さん」と呼ばれ、根元近くにカズラが幾重にも巻かれて御幣が取りつけられている。荒神さんは「かまどの神」であり、かまどがにぎわうことは暮らしが豊かになるとのいい伝えから、この巨木が神霊の宿る木として人々の信仰のより所となってきたものと思われる。
アクセス: 布施郵便局の正面の道を入って、右手の小高い山の上にある。
(注 鳥居右にあった該当のスギは、5年ほど前に幹から折れた。奥の小さなスギが代わりの神木となっている)

隠岐の島の巨樹・名木 島後(1)  島根県隠岐の島町

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隠岐の島の巨樹・名木 島後(1)  島根県隠岐の島町

十人十色しまねの旅ガイド「しまねの巨木巡り」隠岐エリアによる説明は次のとおり。所在地図も同HPから。

写真  1〜  4    1 玉若酢命神社(隠岐の島町下西)
島根県NO.1 国指定天然記念物のスギ
◆スギ(通称:八百(やお)杉)  幹囲11m 樹高30m
概要: わが国有数のスギの巨木で、樹齢は千数百年といわれる。伝説によれば遠い昔、若狭の国小浜(現・福井県小浜市)から、人魚の肉を食べて不老不死となった比丘尼(びくに「尼」)が渡って来て境内にスギ苗を植え、「800年後に再びここに来るであろう」と言って去ったとのこと。この伝説から八百(やおすぎ)杉と名づけられたという。この八百杉に耳をあてて心を静めると、寝ている間に根元に閉じ込められた大蛇のいびきが聞こえてくるとの言い伝えもある。
アクセス: 西郷港から国道485号を下西方面へ約2km行くと、国道沿いの左側に玉若酢命神社がある。「八百杉」は、神社の随神門を入ってすぐ右側にある。

写真  5〜  8    2 御崎神社(隠岐の島町東町字屋)
町指定天然記念物の神社森
◆タブノキ  幹囲4.1m 樹高25m
概要: タブノキは隠岐の方言で「タンノキ」と呼ばれ、昔の隠岐にはかなり生育していたとのこと。今ではその数も少なくなっているが、この神社森には胸高直径70cm以上の大木が11本もあり、イヌマキも胸高直径71cmの大木がある。このほかゴヨウマツの大木などもあり、貴重な森となっている。
アクセス: 西郷港から北へ向かう、御碕神社まで約500m。宇屋トンネルの手前、宇屋川にかかる橋(新永代橋)を渡ってすぐ左折し、さらに右折すると道路左側に東町集会所がある。脇の石段を登っていくと神社がある。
(注 該当のタブノキは伐採されている?)

写真  9〜 12    3 藤田邸(隠岐の島町犬来)
町指定天然記念物のスタジイ
◆スダジイ  幹囲8.6m 樹高13m、 幹囲4.4m 樹高15m
概要: 同家の裏の林にある古い祠(ほこら)に寄り添うようにして立つ2本の巨木。樹齢は不明であるが、その堂々たる風格にずっしりとした歴史の重みを感じとることができる。
アクセス: 県道47号(西郷布施線)を犬来に入る。約700m。入ってすぐ右方面の道を行く、さらに2回ほど右折を繰り返すと、まもなく道路右側の奥まった所に墓地がある。
(注 車道終点まで行くと藤田家の小墓地がある。林奥に祠とスタジイがある)

写真 13〜 16    4 物忌神社(隠岐の島町近石)
町指定天然記念物のスギ
◆スギ 幹囲6.4m 樹高25m
概要: こぢんまりとした古社の森で圧倒的な存在感を見せる巨木は、まるで神域を守るかのように威厳に満ちている。古い社殿に雪よけのムシロが張られているのが珍しい。
アクセス: 西郷港から国道485号を五箇方面へ。県道316号と分かれる隠岐の島町原田の分岐点よりさらに約1.1km。国道に沿った道(右手の道) に入って民家の密集したあたりに鳥居が見える。
(注 赤屋根の家の後ろが神社。車道から鳥居が見えないのでスギの木立を探す)

写真 17〜 19    5 御客神社(隠岐の島町原田)
町指定天然記念物のケヤキ
◆ケヤキ 幹囲5.2m 樹高23m
概要: 社殿背後の小山にそびえるケヤキは、春から夏にかけて神社を覆うように見事な樹幹を呈する。以前この神社にはケヤキと共に杉の巨木2本もあって、「おんぎゃくさんの三大木」と呼ばれていたが、スギの巨木は樹勢が衰えて朽ちたため切り倒され、その切り株のウロ(空洞)に2代目のスギ2本が植えられている。
アクセス: 西郷港から国道485号を五箇方面へ約5km。隠岐の島町原田より中村方面の県道316号に入って約1km弱。道路沿い左側に鳥居が見える。

隠岐の島 島後(4)  島根県隠岐の島町

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隠岐の島 島後(4)  島根県隠岐の島町

マイ50ccバイクによる野宿旅。離島を主に訪ねている。今回は島根県「隠岐の島」をメインに、2011年9月7日から17日まで出かけた。途中、筑前大島・秋芳洞・津和野・大山へ寄った。その主な史跡、風景、石橋、巨樹など。

島後(4)隠岐の島町の写真は、油井の池、壇鏡神社車道のかぶら杉、壇鏡神社参道入口、壇鏡の滝1(社殿右 裏見の滝)、壇鏡の滝2(社殿左)、水若酢神社、銚子ダム、屋那の松原、屋那漁港、アイランドパークの松原、西郷大橋、西郷港を出港し島前の中ノ島菱浦港へ

隠岐の島 島後(3)  島根県隠岐の島町

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隠岐の島 島後(3)  島根県隠岐の島町

マイ50ccバイクによる野宿旅。離島を主に訪ねている。今回は島根県「隠岐の島」をメインに、2011年9月7日から17日まで出かけた。途中、筑前大島・秋芳洞・津和野・大山へ寄った。その主な史跡、風景、石橋、巨樹など。

島後(3)隠岐の島町の写真は、中村キャンプ場、海苔田ノ鼻の岩塊、鎧岩(遊歩道は30分歩く)、琴島、島根の名水中村川にば谷、中村のかぶら杉、大峯山風力発電所、白島崎展望台、ローソク岩

国指定文化財等データベースによる解説は次のとおり。

史跡名勝天然記念物
名称: 隠岐海苔田ノ鼻
ふりがな: おきのりだのはな
種別1: 天然記念物
種別2: 名勝
指定年月日: 1938.05.30(昭和13.05.30)
指定基準: (一)岩石、鉱物及び化石の産出状態,(九)風化及び侵蝕に関する現象,五.岩石、洞穴,八.砂丘、砂嘴(さし)、海浜、島嶼
所在都道府県: 島根県
所在地(市区町村): 隠岐郡隠岐の島町
詳細解説
島後ノ白島海岸ト布施海岸トノ間ニ長ク半島状ヲナシテ斗出セル海苔田ノ鼻及ビ其ノ先端ノ琴島ハ日木内地ニハ珍ラシキ含石英アルカリ粗面岩ヨリ成ル。海苔田ノ鼻ノ両側ガ直立ノ絶壁ヲ形成シ琴島ガ函ヲ浮ベタルガ如キ奇形ヲ成セルハ該粗面岩ニ發達セル垂直ノ柱状節理ニ基因スルモノナリ崎ノ基部ニハ柱状節理ヲ成セル玄武岩ノ熔岩臺アリテ粗面岩ヲ被フヲ見ル崎ノ先端ニ近ク奇形ヲナセル鎧岩ト兜岩トハ此ノ玄武岩ノ熔岩ノ一部ガポケツト状ヲナシテ下盤ノ粗面岩ノ凹處ニ落チコミテ凝固シタル部分ガ偶々水蝕ヲ免カレテ殘存セルモノニ外ナラザルナリ 崎ノ東側ニハ隆起海床ノ殘骸ト見ルベキ低キ岩石段丘アリ段丘ノ表面ニハ奇形ノ波蝕痕ヲ留メ又長サ二〇〇メートルニ餘レル玄武岩ノ一岩脈アリテ粗面岩ヲ貫ク等種々ノ地質現象ニ富メリ

隠岐の島 島後(2)  島根県隠岐の島町

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隠岐の島 島後(2)  島根県隠岐の島町

マイ50ccバイクによる野宿旅。離島を主に訪ねている。今回は島根県「隠岐の島」をメインに、2011年9月7日から17日まで出かけた。途中、筑前大島・秋芳洞・津和野・大山へ寄った。その主な史跡、風景、石橋、巨樹など。

島後(2)隠岐の島町の写真は、浄土ヶ浦海岸、隠岐自然回帰の森入口、南谷林道神の腰掛石、乳房杉、中谷林道入口、同林道駐車場、トカゲ岩展望所、鷲ヶ峰展望所、天然スギ、飯美の舟小屋

隠岐の島 島後(1)  島根県隠岐の島町

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隠岐の島 島後(1)  島根県隠岐の島町

マイ50ccバイクによる野宿旅。離島を主に訪ねている。今回は島根県「隠岐の島」をメインに、2011年9月7日から17日まで出かけた。途中、筑前大島・秋芳洞・津和野・大山へ寄った。その主な史跡、風景、石橋、巨樹など。

島後(1)隠岐の島町の写真は、本土側七類港出港、隠岐の島見ゆ、隠岐の島西郷港入港、フェリーおき、水木しげる像の歓迎、玉若酢命神社と八百杉、隠岐国分寺、塩浜海水浴場、佐々木家住宅、大久海岸、黒島、龍ヶ崎展望所

大山登山  鳥取県大山町

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大山登山  鳥取県大山町

マイ50ccバイクによる野宿旅。離島を主に訪ねている。今回は島根県「隠岐の島」をメインに、2011年9月7日から17日まで出かけた。途中、筑前大島・秋芳洞・津和野・大山へ寄った。その主な史跡、風景、石橋、巨樹など。

写真は、宍道湖、松江城、大山観光道路岡成池展望PA、大山並木天狗松、大山寺本堂、大山夏山登山道五合目、元谷など、大山七合目、山頂近くの木道、大山頂上(弥山 標高1709.4m)、山頂避難小屋、下山中の景色、ブナ林、大山橋から山頂を振り返る

大山登山ホームページによる標準所要時間は次のとおり。私が隠岐の島の帰路登った9月15日の山頂は、ガスがかかって展望を写せなかった。下山した14時頃から晴れてがっかりした。

▼ 夏山登山道  所要時間【往復】:約6時間
ホテル大山(しろがね・本館)==(5分【しろがねより】/10分【本館より】)==夏山登山口==(登り50分・下り45分)==三合目==(登り45分・下り40分)==行者分かれ==(登り15分・下り10分)==六合目==(登り40分・下り35分)==八合目==(登り20分・下り20分)==弥山山頂

津 和 野  島根県津和野町

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津 和 野  島根県津和野町

マイ50ccバイクによる野宿旅。離島を主に訪ねている。今回は島根県「隠岐の島」をメインに、2011年9月7日から17日まで出かけた。途中、筑前大島・秋芳洞・津和野・大山へ寄った。その主な史跡、風景、石橋、巨樹など。

写真は、津和野入口付近からの遠景、鷺舞の像、多胡家老門・大岡家老門、殿町城下通り、津和野カトリック教会、弥栄神社、弥栄神社の大ケヤキ(津和野町指定天然記念物)、同神社内のカゴノキ抱木、津和野城跡馬場先櫓(国指定史跡)、太皷谷稲成神社、同神社からの展望、大元神社跡のクスノキ(島根県指定天然記念物 所在地:津和野町日原 島根県一の大きな木 かつての現地説明板は次のとおり)

天然記念物  大元神社跡のクス
島根県指定天然記念物 第一号 (指定年月日 1958年8月10日)
樹高約31m、胸高周10.6m、根元の周16.6m、枝張り東西約42m、南北約42m、もともと2本であった樟が成長するにつれて、基幹が約4.2mのところで合体したもので、樹齢約400年と推定される。
太平洋岸ならばともかく、北緯34度33分のかかる山間部に、これだけの樟の巨樹があるのはまことに珍しい。
昭和41年3月20日   島根県教育委員会、日原町教育委員会
所在地 島根県鹿足郡日原町大字池村字石楠山1903 (現津和野町)

長崎の古写真考 目録番号:3434 東山手から大浦天主堂を望む(1) ほか

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長崎の幕末・明治期古写真考 目録番号:3434 東山手から大浦天主堂を望む(1) ほか

HP「長崎大学附属図書館 幕末・明治期日本古写真メタデータ・データベース」などに収録している長崎の古写真について、撮影場所などタイトルや説明文に疑問があるものを、現地へ出かけて調査するようにしている。順不同。

目録番号:3434 東山手から大浦天主堂を望む(1)
〔画像解説〕 超高精細画像
この写真は、東山手の丘から大浦居留地背後と南山手を撮影した写真である。撮影時期は、明治10年頃と思われる。写真の正面には大浦天主堂があるが、創設時にあった正面両端の尖塔がない。大浦天主堂の右下に、明治8年(1875)に完成した羅典神学校が見えている。その左下が妙行寺、その右がベルビューホテル(現全日空ホテル)である。その上の松の木のところにグラバー邸が建っている。ベルビューホテルより写真下に建つ洋館の一列が下り松居留地で、確認し辛いが、その前を大浦川が写真中央左から右へと流れ長崎港へ注いでいる。その大浦川へ突き当たるように通る正面の道路は、海岸から大浦海岸通、大浦1番通に次ぐ、大浦2番通りである。大浦居留地の背後には、倉庫や小規模な工場のような建物が密集している。和風と洋風の混在した、明治初期の長崎の外国人居留地の様子が撮影されている。

目録番号:6163 東山手から大浦天主堂を望む(2)
〔画像解説〕 ボードインコレクション 超高精細画像
長崎を訪れた写真家フェリックス・ベアトが東山手から撮影した大浦外国人居留地と大浦天主堂ですが、撮影時期は大浦天主堂が完成しているので慶応元(1865)年と思われます。建築を指導したのは天草の棟梁の小山秀之進です。その右には司教館や文久3(1863)年に建てられたグラバー邸が鮮明に見えます。グラバー邸の松は曲がっているところから長崎弁で「よんご松」、その右下に見える松は地名となる「下り松」と呼ばれました。 -6163-

■ 確認結果

目録番号:3434「東山手から大浦天主堂を望む(1)」が、朝日新聞長崎地域版2011年9月10日付「長崎今昔」に掲載された。
「ウイルヘルム・ブルガーが1870年、東山手13番(現:活水女子大付近)から撮影した大浦外国人居留地です」と解説している。

新聞記事の解説はほぼ間違いないようである。現在の写真を私は東山手13番館の2階ベランダから写してみた。2階からの高低差があるが、大浦天主堂と妙行寺の位置は合う。中央の大通りは、大浦海岸通りから3本目で、大浦2番通りであろう。
ただ、撮影地を「東山手13番」とは限定しないで、13番館下あたりの車道からでも撮影できたのではないだろうか。

この作品には、データベースに関連作品がある。ボードインコレクション中、F.ベアト撮影の目録番号:6163「東山手から大浦天主堂を望む(2)」が、同じような構図で撮影している。
こちらは明らかに大浦天主堂と妙行寺の位置が違う。中央の大通りは、大浦海岸通りから2本目で、大浦1番通りであろう。
柴多一雄氏(前長崎大学附属図書館長)著「長崎古写真紀行」長崎文献社2011年6月刊90〜91頁に掲載され、現在の写真は「活水女子大構内」から撮影したとあとがきに記している。

私の感じでは、F.ベアト撮影(2)は大浦天主堂や妙行寺をまだ近く、下から見上げている。撮影地は活水女子大の高台からでなく、(1)の13番館下あたりの車道からまだ右へ下った場所(オランダ坂入口現:東山手館あたりの岩場)からではないだろうか。
同じ長崎大学なので、それぞれの解説は、正しい検証をして統一して説明してほしい。

新聞記事の「同年撮影のベアトの写真に写っている二つの尖塔が消えています。台風で飛ばされたようです」は、同年撮影とは(2)の作品のことだろうか。側面尖塔が無くなったのは台風のためか、改築のためか不明である。
撮影者が不詳のままになっていたり、撮影年代もバラバラである。新しい事実がわかったらデータベースやボードインコレクションHPは、すぐ正しく修正してもらわないと、利用者が戸惑うと思われる。

国際墓地から稲佐山・大浜へ  2011年9月

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国際墓地から稲佐山・大浜へ  2011年9月

2011年9月19日(月 敬老の日)曇り。稲佐国際墓地から稲佐山(標高340.3m)・大浜へ。参加4人。18日が雨のため延期して実施。みさき道歩会の例会。
稲佐橋バス停9:30発ー稲佐悟真寺国際墓地ー稲佐山観光ホテル前10:30ー旧遊歩道へ入るー九電北長崎飽の浦線25号鉄塔10:42ー山頂下登山道路11:08−稲佐山山頂展望台
11:20着(昼食)12:10発ー大駐車場奥大浜下山道入口12:30−堤13:04−大浜町バス停13:30着(徒歩距離約8km)

残暑の季節であり、手軽な稲佐山の林間コースとしていたが、台風15号が接近中。風が吹く涼しい日となった。稲佐悟真寺国際墓地内の階段道の最上には、館内町の唐人屋敷跡にあるような「福建地境」の大きな石柱がある。長崎港がこのあたりから見え、南極観測船「しらせ」が出港していた。

登山道路を稲佐山観光ホテル前バス停まで行き、正面の長崎スカイホテル右横のコンクリート石段を登ると、稲佐山の旧遊歩道が残る。入口が藪っているだけで、すぐ林間となり、九電25号鉄塔に出る。先は山の斜面をジグザグに登って行く。展望はないが、快適に登れる。明治地図からある道。上野彦馬やF.ベアトがこの道を登ったことも考えられる。
古写真考の項を参照。  https://misakimichi.com/archives/2804

山道区間は、約1kmくらい。35分ほどで、山頂展望台真下の登山道路カーブミラー地点に出る。ロープウェイはきょう風のため運休していた。稲佐山山頂展望台11:20着。ホールで昼食。
午後は12:10発。サル・シカ園を通り大駐車場まで下ると、その角奥に「至大浜→」の道標がある。谷間の沢沿いの遊歩道を、約1時間下ると大浜へ着く。途中、旧三菱大浜社宅の水源だったと思われる堤がある。