月別アーカイブ: 2008年10月

天神町の天満宮のイチイガシ  諌早市天神町

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天神町の天満宮のイチイガシ  諌早市天神町

国道251号線により諌早市有喜町まで行き、小ヶ倉ダムや諫早市街小栗への市道へ入る。
しばらく行くと天神町バス停に出る。右手に「天満宮」の鳥居とイチイガシが見えるで、参道の道へ入る。
諌早市「諫早近代史」平成2年刊の特記すべき植物個体146〜147頁による説明は次のとおり。「諫早の名木30選」では、幹囲4.21m、樹高20mである。

三 イチイガシ

イチイガシは、本来、丘陵地下部の適潤地に森林をなしていたが、そこは早くから開発されたのでイチイガシはほとんど姿を消した。現在ではごく稀に散在するに過ぎない。天神町の天満宮にあるイチイガシは幹囲4.40mで、諌早市第一の巨樹であり、県下でも有数の大きさである。

仲沖町サイクリングロードのクヌギ  諌早市仲沖町

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仲沖町サイクリングロードのクヌギ  諌早市仲沖町

国道207号線の諌早市永昌町交差点から四面橋を渡って竹の下通りへ行く。泉町交差点の四叉路を右折して商店街通りに向い、本明川の諫早橋を渡り次の交差点から左へ入る。
しばらくすると港橋があり、かつて光江津と呼ばれたところの川と合う。川沿いのサイクリング道路を上流へ行くと、この「クヌギ」の木がある。小橋を渡った対岸に道角に古い石屋根の地蔵堂があった。

クヌギは「諌早市名木百選」によると、幹囲3.00m、樹高21m。諌早市「諫早近世史」平成2年刊149頁にも、旭町のナンキンハゼの近くに「クヌギ(ブナ科の落葉樹 幹囲2.92m)がある」と記している。

わからないのは、このナンキンハゼの方。「旭町には幹囲3.47mの個体がある。恐らく県下では有数の巨樹であろう」とある。旭町の一帯を探したが、木はもう見当たらない。クヌギの手前の木ではないようだ。
諫早湾の小水門と芥川賞作家・野呂邦暢の終焉の地に出合った。

福田神社のクスノキ  諌早市福田町

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福田神社のクスノキ  諌早市福田町

国道207号線の諌早市永昌町交差点から四面橋を渡って竹の下通りへ行く。泉町交差点の四叉路を左折すると、福田橋を過ぎた郵便局や銀行のある交差点角に「福田神社」がある。
本殿前のクスノキは、諌早市「諫早近世史」平成2年刊149頁によると、幹囲5.00m。諌早市のクスノキでは、宗方神社のに次ぐ木。

同150頁では、福田神社に幹囲3.65mのホルトノキがあった。平成元年7月26日台風11号により高さ1.5mのところから倒れたと記しているが、神社にホルトノキはもうなかった。

安勝寺のイチョウ  諌早市金谷町

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安勝寺のイチョウ  諌早市金谷町

国道207号線の諌早市永昌町交差点から四面橋を渡って竹の下通りへ行く。ホテル道具屋先の金谷町交差点から右折、諫早市役所通りに向かうと、「安勝寺」が本明川の高城橋との川岸角にある。
本堂前のイチョウは、諌早市「諫早近世史」平成2年刊146頁によると、雌株で幹囲3.88m。諌早市のイチョウで3番目の大木。本堂左裏にも1本がある。
Otoji.K氏HP「長崎の樹木」の中の街路樹による説明は次のとおり。

諫早市・安勝寺

諫早市金谷町にある。一向宗の寺で、長崎街道の諫早宿(永昌宿)でもあった。本陣跡という石碑がある。シーボルトも泊まった。安勝寺には享保5年(1720年)に、鐘楼が造られ「時刻」を知らせるようになった。鐘の音は、森山町、飯盛町、喜々津まで聞こえたという。昭和19年まで撞き続けらていた。本明川そいにある。
クスノキ、ヒノキ、イチョウ、ケヤキ、イロハカエデ、ソテツの他、 タイワントウカエデの大木が二本ある。秋の 紅葉もいい。本堂前に大イチョウ(雌株)がある。

上山公園  諌早市宇都町

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上山公園  諌早市宇都町

国道207号線の諌早市宇都町交差点から市役所の方へ向うと、すぐ右方に「上山(じようやま)公園」北口駐車場があり、遊歩道を約40分歩くと山頂(標高122m)の展望台へ着く。
天祐寺前交差点から右折して栗面町方面の県道41号線を行くと、上山小学校の先にも東口駐車場があり、広い公園道をゆっくりと登られる。「森林浴の森日本百選」の地。
写真は東口からの道。約1050m、30分で着く。
Otoji.K氏HP「長崎の名木」リストによる説明は次のとおり。

上山(じょうやま)公園

正面に池があり、そこから山頂までの遊歩道がある。往路約40分ほどかかる。「森林浴の森日本百選」(昭和61年)、「日本の都市公園百選」(平成元年)に選ばれている。鬱蒼とした森で、昼間でも薄暗くひんやりとしていて、一人だとちょっと恐さを覚えるほどの森だ。

スギ、スタジイ、ツブラジイ、アラガシ、クスノキ、シロダモ、アカマツの高木の他、コブシ、ヤマモモ、コバンモチ、ネズミモチ、クロバイ、タイミンタチバナ、モッコク、クマノミズキ、ヤマモガシ、ヤマハゼ、クチナシ、ヒサカキ、ハクサンボク、カクレミノ、etc を見ることができる。

天祐寺と諫早家墓所  諌早市西小路町

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天祐寺と諫早家墓所  諌早市西小路町

国道207号線の諌早市宇都町交差点から市役所の方へ向い、上山公園駐車場先の天祐寺前交差点からまたすぐ右折すると「天祐寺」がある。
境内の左側に県指定史跡「諫早家墓所」がある。
現地説明板及び長崎県HP「長崎県の文化財」による説明は次のとおり。

天 祐 寺 (曹洞宗)

「坤松山天祐寺」といいます。戦国時代、100年以上この地を治めた西郷氏の菩提寺で、天文期(1532〜1554)に建てられました。西郷氏は天正15年(1587)に龍造寺家晴との戦いに敗れましたが、その後この地を治めた龍造寺氏も天祐寺に帰依し、同氏の菩提寺としました。
諫早家墓所(県指定文化財)、島原の乱戦没者追悼碑(市指定文化財)、諫早義挙殉難者の霊碑、石造五重塔、六地蔵石幢、背くらべ地蔵、独立の掲額があります。
平成17年3月   諌早市教育委員会

諫早家墓所  県指定史跡

指定年月日 昭和52年5月4日  所在地 諌早市西小路町1116−2ほか
管理責任者 天祐寺
諫早家初代家晴公より18代家興公までの墓碑18基と正・側室・子息の墓25基、家臣30基、一族の墓4基、雑塔56基、石碑5基、六地蔵4基、燈籠177基など1613年より1913年までに作られた墓碑群が比較的よくまとまっている。
中でも4代茂真公夫妻とその母と思われる墓には、県内では最も立派な石造御霊屋がつくられ、墓城の一部には弥勒49院を石造卒塔婆に刻んで外柵をしているのも特異なものである。
諫早家墓所は幕藩時代の領主の墓地形式をよく残している。

諫早神社のクス群  諌早市宇都町

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諫早神社のクス群  諌早市宇都町

国道207号線の諌早市永昌町交差点まで行き、JR諫早駅方面へ曲がる。JR長崎本線の立体交差を上がると、本明川の四面橋なので橋は渡らず、右手の川岸車道へ入ると「諫早神社」がある。社殿を囲んでクスの大木があり、6本が指定の木である。
長崎県HP「長崎県の文化財」による説明は次のとおり。

諫早神社のクス群  県指定天然記念物 

指定年月日 昭和41年9月30日 所在地 諌早市宇都町321−2 所有者 諫早神社
諫早神社は、一名、四面(しめん)神社ともいう。本明川の右岸で、この川にかかる四面橋のたもとにある。JR諫早駅に近い。
この神社の境内に生育するクスの大木6本が指定されている。拝殿の正面左側にある木がもっとも大きく、目通幹囲約8m、高さ約25mで神木とされ、樹形も整い、樹勢もよい。
他の5本も、それぞれ目通り7m、6.6m、6m、4.5m、4mで、全体がまとまったクス群として景観もよい。

諌早市郷土館にある岡口門柱の笠石と街道の道標  諌早市西小路町

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諌早市郷土館にある岡口門柱の笠石と街道の道標  諌早市西小路町

国道207号線の諌早市宇都町交差点から市役所方面へ向い、上山公園駐車場先の天祐寺前交差点からすぐまた右折すると、天祐寺の先の県道左方に「諌早市郷土館」がある。
諫早の貴重な郷土資料を多数展示している。入館料は無料。
諫早の原始から近世までと水害・干拓などの展示コーナーがある。前庭には街道標石など昔の諫早を偲ぶ資料が屋外展示されている。

その内の「街道標石」など説明板とおりの4点。いずれも現地から移設して展示。後ろの写真が2の旧長崎街道「永昌宿跡」。
国道207号線の永昌町交差点から西諫早方面へ入る。すぐ諫早商業高校先が切り通しとなって、市道右方に「長崎街道」説明板と周辺図があり、この坂段を上がると、住宅地となった「永昌宿跡」がある。道標が立っていた三叉路は、この辺りであろう。車は別のところから入る。

1 岡口(諫早の街並に入るところ)の門柱の笠石
2 旧長崎街道の永昌宿三叉路に立った道標
3 宇戸にあった長崎道と富川観音道の道標
4 小豆崎にあった多良道と村道の道標

諌早市郷土館  諌早市西小路町

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諌早市郷土館  諌早市西小路町

国道207号線の諌早市宇都町交差点から市役所方面へ向い、上山公園駐車場先の天祐寺前交差点からすぐまた右折すると、天祐寺の先の県道左方に「諌早市郷土館」がある。
諫早の貴重な郷土資料を多数展示している。入館料は無料。

諫早の原始から近世までと水害・干拓などの展示コーナーがある。前庭には街道標石など昔の諫早を偲ぶ資料が屋外展示されている。街道標石・巨樹は別項も参照。
NIBテレビ”ひるじげどん”(2005.10.1放送)の「あの街この町」が、次のとおり施設紹介をしている。
諌早市郷土館

かつての諫早のお殿様の子孫が住んでいた邸宅が、現在は諫早市の郷土資料館として一般に公開されています。諫早の遺跡から発掘された出土品や、明治時代の農機具や生活用品、諫早家縁のお道具類など様々な展示品があります。特に幻の器と言われる17世紀末の『現川焼』のコレクションは大変貴重で、一見の価値有り!です。
住 所  諫早市西小路町774-1    TEL 0957−23−3001
開館時間 9:00〜17:00        休館日 毎週月曜日及び年末年始

長崎の西の空の夕日  その10

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長崎の西の空の夕日  その10

長崎市南部の団地、わが家から見た夕日。電柱と電線は邪魔。以下続く。

写真 1〜 3  平成20年 9月 8日の18時30分頃
写真 4〜 6  平成20年 9月 8日の18時37分頃
写真 7〜11  平成20年10月 1日の18時03分頃