投稿者「misakimichi」のアーカイブ

阿連雷命神社社叢  対馬市厳原町阿連

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阿連雷命神社社叢  対馬市厳原町阿連

下対馬を一周する県道24号線により、石屋根倉庫で有名な厳原町椎根から小茂田を通り、西海岸部を北上すると、次に阿連漁港へ着く。阿連橋を渡って右手の川沿いの道を上流へ行くと、「傳教大師入唐帰国着船之地」の碑があり、その先に「阿連雷命神社」はある。

イチョウやカヤの大木は、社殿へ上がる参道石段の両脇と社殿右奥に立つ。
後ろの2枚の写真は、神社先の川岸で見た川中の工作物?と、枯れている何かの大木。
対馬観光物産協会発行「対馬の巨木と自然」(2003年改訂)リストによる説明は次のとおり。

88 阿連雷命神社社叢  (厳原町阿連)

阿連川の川畔にあるイチョウやカヤの巨木を含む社叢です。周辺の地域の人の憩いの場となっており、静かな集落と田畑に溶け込んでいます。
88 雷命神社社叢   イチョウ(雄)  幹回り 4.43m  樹高 52m
88 雷命神社社叢   カヤ        幹回り 3.64m  樹高 40m
88 雷命神社社叢   カヤ        幹回り 3.21m  樹高 42m

椎根の石屋根倉庫  対馬市厳原町椎根

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椎根の石屋根倉庫  対馬市厳原町椎根

「椎根」の集落は、厳原港とは島の反対側、西海岸にある。いろいろ行く道があるが、今回は、県道192号線により豆酘瀬に出て、島を一周する県道24号線に入り、西海岸を北上して椎根へ行った。
厳原から直接行くなら、町の中央通り国道382号線を厳原トンネル入口まで行き、左の県道44号線に入り、若田経由で小茂田に出、県道24号線を少し戻ると椎根に着く。

「椎根の石屋根倉庫」は、椎根川に架かった「石屋根橋」の両岸に5棟ほどまとまって見られる。2棟に長崎県の「まちづくり景観資産」の銘板が付いていた。
長崎県HP「長崎県の文化財」による説明は次のとおり。

椎根の石屋根倉庫  県指定有形文化財・建造物

指定年月日 昭和52年1月11日  所在地 下県郡厳原町大字椎根字浦原689
所有者 桐谷熊善
石屋根倉庫は、この地方独特のもので・米・麦及び雑穀・衣類・什物と、それぞれ格納する部分が、内部で区画されている。床は高床式となっており、物品の貯蔵に適する。
長方形断面の主柱を平に立てるのは、この地方の特徴の一つで、見込12cmに対し見付46cm平均である。
屋根材が特徴のある大型厚石坂で、島内産の頁岩。石屋根とした理由としては、農民に瓦葺が認められなかった、食糧や貴重品を火災から護る、強風による倒壊を防止するなどが考えられる。主屋から著しく離して建てるのも防火上の配慮からである。
指定の石屋根倉庫は、大正15年完工ではあるが、他が次第に改造あるいは解体されていくなかで古制をよく遺し伝えたものとして貴重である。

椎根の桐谷邸のケヤキ  対馬市厳原町椎根

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椎根の桐谷邸のケヤキ  対馬市厳原町椎根

石屋根倉庫で有名な「椎根」集落は、厳原港とは島の反対側、西海岸にある。いろいろ行く道があるが、今回は豆酘瀬から入った。
厳原港からいったん南下、県道24号線により豆酘方面へ行く。久田トンネルを抜けると、安神の山上に三叉路があり、右上手の豆酘瀬へ向かう県道192号線へ入る。
同県道は山手を越し、鮎もどし公園入口を通って豆酘瀬へ下るので、これからまた島を一周する県道24号線に入る。今度は西海岸を北上して行くと椎根へ出る。

椎根「桐谷邸のケヤキ」は、石屋根倉庫を見に行く時、そのすぐ手前で目にした木。ちゃんと巨木リストに載っていた。桐谷邸の後ろの林にマキの大木も見えた。
対馬観光物産協会発行「対馬の巨木と自然」(2003年改訂)リストによる説明は次のとおり。
93 桐谷邸のケヤキ    ケヤキ    幹回り 3.88m  樹高 13m

今リストを見て、椎根集落へ入る前、山手へ行くと椎根の「豊和多都美神社」があり、その社叢に万松院の大スギを越す、幹回り7.91m、樹高32mのスギがあることに気づいた。
「厳原町誌」は全然、記してなかったこと。完全な見忘れとなった。誤字か、誤計測か、根元が2本の合体スギと考えられそうだ。

銀山上神社社叢  対馬市厳原町久根田舎

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銀山上神社社叢  対馬市厳原町久根田舎

久根田舎は厳原港とは島の反対側、西はずれにあるので、厳原港からいったん南下、県道24号線により豆酘方面へ行く。久田トンネルを抜けると、安神の山上に三叉路があり、右上手の豆酘瀬へ向かう県道192号線へ入る。
同県道は山手を越し、鮎もどし公園入口を通って豆酘瀬へ下るで、これからまた島を一周する県道24号線に入る。今度は北上して椎根方面へ向かうと、途中の久根田舎に着く。

「銀山上神社」は集落の北はずれにあるので、集落内はそのまま通過。県道沿い右の大きな「御所橋」に出たところで、この橋を渡ると神社へ着く。
鳥居をくぐると苔むした参道があり、わが町の大樹「大スギ」の手前に一見、煉瓦造のアーチ石橋があったが、下を覗くと板石の桁橋だった。石橋の項を参照。
対馬観光物産協会発行「対馬の巨木と自然」(2003年改訂)リストによる説明は次のとおり。

106 銀山上神社社叢  (厳原町久根田舎)

苔むした参道と参道右側のカゴノキやスギの巨木が美しい。また、社殿奥にはスタジイの巨木があり、ゲンジボタルが多く棲む清流も流れています。
106 銀山上神社社叢   ス  ギ     幹回り 4.37m  樹高 44m
106 銀山上神社社叢   スタジイ    幹回り 4.30m  樹高 28m
106 銀山上神社社叢   カゴノキ    幹回り 3.09m  樹高 28m

鮎もどし自然公園と滝  対馬市厳原町内山

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鮎もどし自然公園と滝  対馬市厳原町内山

厳原港から南下、県道24号線により豆酘方面へ行く。久田トンネルを抜けると、安神の山上に三叉路があり、右上手の豆酘瀬へ向かう県道192号線へ入る。
同県道は山手を越し、豆酘瀬へ下っていくが、その途中に「鮎もどし自然公園」の入口があり、駐車場と吊り橋がある。滝はまだ下流にある。

公園入口の吊り橋を渡って、上部の「龍良山自然公園センター」まで行くと、駐車場の外から未舗装の林道を通り、「龍良山登山入口」から龍良山山頂(標高558.5m)へ約2時間で登山できる。途中の龍良山原始林の板根スタジイ巨樹までは約30分である。
社団法人長崎県観光連盟HP「ながさき修学旅行ナビ」による説明は次のとおり。

鮎もどし自然公園

鮎もどし自然公園 自然体験 対馬エリア/ 清流のそばの公園で楽しく体を動かそう
対馬市厳原町のほぼ中心に位置し、対馬の最高峰矢立山(648.5m)と原始林に覆われた龍良山に狭まれた内山盆地にあり、中央を流れる清流瀬川沿いに整備された自然豊かな公園。
盆地内を西に向かって流れる瀬川は、川全体が天然の花崗岩からできた1枚岩で覆われ、全国でも珍しい景観をつくり出している。
その他、26haを整備した公園内には、スポーツスライダー、パットゴルフ、ソリスキーなどの遊具やキャンプ場などがあり、自然を思いっきり満喫して楽しく過ごせる。

龍良山原始林  対馬市厳原町豆酘

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龍良山原始林  対馬市厳原町豆酘

厳原港から南下、県道24号線により豆酘方面へ行く。久田トンネルを抜けると、安神の山上に三叉路があり、右上手の豆酘瀬へ向かう県道192号線へ入る。
同県道は山手を越し、豆酘瀬へ下っていくが、その途中の鮎もどし滝上部、吊り橋がある「鮎もどし自然公園」の入口まで行かず、約2kmほど手前の「内山橋」から左折して、山腹の「龍良山自然公園センター」まで上がった方が、近くて楽となる。

センター駐車場に車を置いて、駐車場外の未舗装林道を左方へ600m行くと、「龍良山登山入口」の道標があり、山道を20分登ると、龍良山原始林最大の板根スタジイ巨樹と対面できる。
この区間は自然観察路となっており、木々には名札が付けられている。ここから龍良山山頂(標高558.5m)まで登るのは、まだ1時間30分かかる。
登山口の未舗装林道は、豆酘の美女塚まで続いているようだが、長路となり悪路である。

長崎県HP「長崎県の文化財」による説明、及び対馬観光物産協会発行「対馬の巨木と自然」(2003年改訂)リストによる説明は次のとおり。
最後の写真は、裏側の与良内院から見た龍良山。

龍良山(たてらさん)原始林  天然記念物(国指定)

指定年月日 大正12年3月7日  所在地 下県郡厳原町大字豆酘  所有者 国
龍良山は海抜558.5m、原始林はその北側斜面に海抜120mの低地から山頂まで広がっている。海抜350m付近を境に、下方にはスダジイ林、上方にはアカガシ林が発達している。スダジイ林は樹高20m、最大幹径は1mに達する。場所によりイスノキも多い。
上方のアカガシ林は雲霧帯に発達する森林でアカガシを主木とし、ヤブツバキ・カクレミノ・ネズミモチが生育し、ミヤマシキミの低木を伴う。原始林全域の自然度は極めて高く、しかも低地から高地まで連続しているのは貴重な存在である。

111 竜良山(たてらやま)原始林  国 (厳原町内山)

緩傾斜地に残る照葉樹林の原生林としては世界に類を見ない高い自然度と広さをもった林です。板根の発達したスタジイの巨樹のほか、普通は巨木となりえないような種類の太さ大きさにも感動する原始林です。
111 竜良山原始林    スタジイ    幹回り 8.05m  樹高 22m
111 竜良山原始林    スタジイ    幹回り 7.30m  樹高 24m
111 竜良山原始林    イスノキ    幹回り 4.20m  樹高 22m 

豆酘寺門「樫ぽの」遺跡  対馬市厳原町豆酘

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豆酘寺門「樫ぽの」遺跡  対馬市厳原町豆酘

厳原港から南下、県道192号線または県道24号線により豆酘へ行く。対馬市役所豆酘出張所前の県道を進むと、「多久頭魂神社」の参道へ入る案内標識がある。
豆酘寺門「樫ぽの」遺跡は、同神社鳥居がある参道入口から右手の農道へ入る。600mほど行って、権現川上流に出た小さな橋の脇一帯である。

現地に神社が設置した説明板はあったが、草に覆われてまったく穴の場所がわからない。図示や写真でもあればそこの草を払ってでも探しようがあるが、時間がなく切り上げた。
長崎県HP「長崎県の文化財」による説明は以下のとおり。

なお、対馬新聞社HP「対馬ポータルサイト 対馬の文化/県指定有形民俗文化財 豆酘寺門樫ぽの遺跡」と、長崎県文化振興課HP「長崎文化ジャンクション 長崎文化百選(65)樫ぼの遺跡」に、もう少し詳しい内容と写真があるので参照。
貯蔵穴の「ほな」が樫の実を入れるため、地元では今「樫ぼの」に転訛し言われている。「対馬ポータルサイト」は、江戸時代記録を次のとおり紹介している。

江戸時代宝暦8年(1758)12月御郡奉行より出された「肝煎(きもいり)血判頭百姓之差図方並心得」に、「…或は孝行芋の切り干、櫧(かし)の実の水生け、干菜…ありあう時節になるだけ貯え置き…」とみえ、『楽郊紀聞』(中川延良編安政7)にも、「樫ノ実を家別拾ふて、儲蓄とす。川縁にほなを作りて蔵め置く也」とみえ、樫の実が人々の重要な食料であったことがうかがえる。

豆酘寺門「樫ぽの」遺跡  県指定有形民俗文化財

指定年月日 平成8年3月18日  所在地 下県郡厳原町大字豆酘字寺門2429番地
所有者 多久頭魂神社
「樫ぼの」遺跡は、豆酘湾に注ぐ神田川の支流である権現川の上流にあり、遺構は川の縁に群集している。
計15基が確認されており、大きさはそれぞれ異なっているが、直径が約1.5mから2m、深さが約1.5mのほぼ円形あるいは楕円形のピットである。内側から石積みされ、底に板石が敷き詰められ、常に水が替わるように工夫されている。
民俗学的調査では、明治時代中期以降は利用されていないとされ、江戸時代とそれ以前の遺構であることが推測される。一般に、樫の実は天日で乾かすか水漬けにして保存されていたが、水漬けの場合も比較的規模の小さいものが普通である。
これに対して、豆酘の「樫ぼの」は大規模で恒常的な設備として設けられている。これは、この地で樫の実が主食に近い食料であったことを裏付けるものであり、対馬の食習俗を知る上でも貴重な遺構である。

梵鐘(多久頭魂神社)  対馬市厳原町豆酘

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梵鐘(多久頭魂神社)  対馬市厳原町豆酘

厳原港から南下、県道192号線または県道24号線により豆酘へ行く。対馬市役所豆酘出張所前の県道を進むと、「多久頭魂神社」の参道へ入る案内標識がある。
神社にはこのほか、国指定重要文化財「金鼓」、県指定有形文化財「大蔵経」がある。
長崎県HP「長崎県の文化財」による説明は次のとおり。

梵鐘(多久頭魂神社)  重要文化財(国指定)・工芸品

指定年月日 昭和50年6月12日  所在地 下県郡厳原町大字豆酘
所有者 多久頭魂神社
多久頭魂神社遥拝所入口の鐘楼にあり、豆酘観音堂鐘とも呼ばれてきた梵鐘である。鐘の姿はやや丈長の端正な形で、双頭式の竜頭は竜の口が笠形上の柱を噛み、竜の上に三面宝珠が火炎につつまれて配されている。袈裟襷(けさだすき)も通常のもので、鐘身上帯は無文、下帯は唐草文を鋳出している。乳区には4段4列の笠形乳をならべ、撞座は筋蓮弁を用いた八葉蓮華をかたどって竜頭の長軸方向に2個を配し、下辺の駒爪は2段につき出している。
銘文により初鋳は平安時代の寛弘5年(1008)、改鋳が平安時代の仁平3年(1153)と南北朝時代の康永3年(1344)の二代にわたるものであることが知られる。また銘文中に上松浦山下庄の大工覚円、小工李興の名が見られ、竜頭に肥前鐘の特色が指摘されている。
総高98.5m。

豆酘多久頭魂神社社叢  対馬市厳原町豆酘

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豆酘多久頭魂神社社叢  対馬市厳原町豆酘

厳原港から南下、県道192号線または県道24号線により豆酘へ行く。対馬市役所豆酘出張所前の県道を進むと、「多久頭魂神社」参道へ入る案内標識がある。
対馬の中では最大級というクスノキは、拝殿の裏側にある。
対馬観光物産協会発行「対馬の巨木と自然」(2003年改訂)リストによる説明、及び厳原町「厳原町誌」平成9年刊、第9節対馬の自然林45〜46頁による説明は次のとおり。

121 豆酘多久頭魂神社社叢  (対馬市厳原町豆酘)

参道左手と拝殿奥の林に、クスノキ、ホルトノキ、ムクノキなどの巨樹や巨木が目につきます。特に、拝殿の奥のクスノキは幹回り7.09mと対馬でも最大級で、なかなかに樹形の良い巨樹です。
121 多久頭魂神社社叢   クスノキ   幹回り 7.09m  樹高 30m
121 多久頭魂神社社叢   ムクノキ   幹回り 5.52m  樹高 38m
121 多久頭魂神社社叢   ムクノキ   幹回り 5.09m  樹高 32m
121 多久頭魂神社社叢   スタジイ   幹回り 7.70m  樹高 23m
121 多久頭魂神社社叢   ホルトノキ  幹回り 3.40m  樹高 36m

豆酘多久頭魂神社の社叢

この神社の参道を左を見ながら上っていくと巨木が目につく。クスノキ、スタジイ、ムクノキ、カゴノキ、オガタマノキ、イスノキ、ホルトノキ、ヤブツバキ、カヤなどである。拝殿の裏側には対馬の中では最大で、幹囲9m、高さ25mに及ぶクスノキが、その地上8m位の高さから4本の大枝を出し、すばらしい樹形を保っている。
林床には全域にわたってカナワラビ類が密生しているが、このほかムサシアブミ、ヤブラン、コクサギなどが見られる。

主藤家住宅  対馬市厳原町豆酘

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主藤家住宅  対馬市厳原町豆酘

19世紀中頃の対馬の家格の高い農家の三間取建築様式。対馬市厳原町豆酘の「主藤家住宅」。住家であるため、外観のみの見学となる。
厳原港から南下、県道192号線または県道24号線により豆酘へ行く。対馬市役所豆酘出張所前の県道を進むと、路地へ入る案内標識がある。
長崎県HP「長崎県の文化財」による説明、及び現地説明板は次のとおり。平面図は「厳原町誌」1117頁から。
主藤家住宅  重要文化財(国指定)・建造物

指定年月日 昭和44年3月12日  所在地 下県郡厳原町大字豆酘2752
所有者 主藤長太郎
建築年代について、これを証する資料はないが、19世紀中頃の建築と推定されている。平面は「台所」「本座」「納戸」からなる、いわゆる三間取りで、これに一間通りの入側が表側に付き、本座の前を「座敷」、台所に接する部分を「戸口」と呼んでいる。土間は狭く、かまど、流し、風呂などがある。
全体に木割りが大きく、特に長方形断面の柱を見付けが大きくなるように立てるのは、この地方の特徴である。小屋は和小屋で、大梁を格子状に組み化粧屋根裏天井。屋根はこの地方に珍しく、本屋根・ひさし共に本瓦葺きである。対馬地方の代表的な農家の例として、貴重な遺構である。
主藤家住宅

国指定重要文化財 建造物  昭和44年3月12日指定
この建物の特色は、土間の他に、「だいどころ(居間)」「ほんざ(座敷)」「なんど(寝室)」からなるいわゆる三間取りで、玄関側に幅一間の入側を付加し、さらに縁が二方についている。土間は比較的狭く、「だいどころ」が広い。骨組みは、周囲に太い扁平な柱を立て、弓状に反った大梁を格子状に組み、独特の意匠効果を上げている。
このような間取りは、全国的にも珍しい。建築年代は、部材の形状や家屋の構造から19世紀中期頃と推測され、建築の質、意匠が優れ、保存状態も良く、構造も典型的で、対馬の農家を代表する住宅として貴重である。                   厳原町教育委員会