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御船町の石橋(2)  下鶴眼鏡橋・門前川眼鏡橋・中道橋

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御船町の石橋(2)  下鶴眼鏡橋・門前川眼鏡橋・中道橋

熊本県上益城郡御船町に残るアーチ式石橋や主な桁石橋。HP「石橋・眼鏡橋・太鼓橋・石造アーチ橋」熊本県の石橋によるデータは次のとおり。

写真  1〜  8  №114   下鶴眼鏡橋      御船町滝尾 下鶴(しもづる)
御船町指定文化財  橋長:71m  橋幅:5.3m  径間:27.3m
完成:明治19年(1886)  石工:橋本勘五郎、弥熊親子
八勢眼目鑑橋から国道445号線に戻り、御船町内に向かい約4.3Km右手です。

「この下鶴橋は東京の二重橋や日本橋を始め矢部の通潤橋や、わが御船橋など数多くの眼鏡橋を架設して天下にその名をうたわれた名石工橋本勘五郎、弥熊父子によって明治15年(1882)10月から明治19年(1886)10月まで満4年間を費やして架設されたものです。橋の長さ十三間(約23.6m)幅は三間半(約6.36m)総工費2,538円31銭厘を要しました。
以来、春風秋雨九十有余年の間、熊本から矢部宮崎県に通する主要道路の交通橋として大いに郷土産業の振興に役立って来ましたが時代の変転は交通量の激増と交通機関激変により、これまで堅固を誇ったこの石橋もついに耐えきれなくなりましたので、ここに近代橋が架設されました。
今後は、先人の事情を敬仰し、文化財として保存されることになりました。美しい石組みの見事さに注意して下さい。」  平成14年3月  御船町 御船町観光協会

写真  9〜 14  №115   門前川眼鏡橋     御船町木倉
御船町指定文化財  橋長:7.0m  橋幅:2.6m  径間:6.4m
架橋:文化5年(1808)  石工:理左衛門
国道445号線を御船町内より県道221号線へ入り、約500m進むと右手に木倉小学校があります。その手前右手にあります。

「江戸時代、日向往還の要路として架橋されたものである。長い間架橋年代、石工とも不明であったが近年(平成10年)、文化5年(1808)、理平の弟子理左衛門が石工と判明した。御船川眼鑑橋橋(昭和63年流失)が弘化4年(1847)の架橋であることから、それより40年近く古い。植木町の豊岡橋、享和2年(1802)等、数例しかない楔石工法で築かれている。特徴は切石の一つ一つを丁寧に川石でつなぎ、石には番号が記されている。橋の長さは7m、幅2.6m、水面からの高さ4.6mである。現存する県内の楔石工法の中では、豊岡橋についで二番目に古い。
昭和初期、県道改良工事にあたり本来の位置から移される事になったが、当時の松村熊喜村長らが計画の変更を申し入れている。当初の計画では眼鏡橋を取り壊し、西往還から来た道路を直線で現、木倉小学校入口まで伸ばすことになっていた。
現在は、松村村長らの要望にそって新しい橋がかけられ、二本の道路が川をはさんで平行に走っており、眼鏡橋は歩道として残され、今も利用されている。」

写真 15〜 20  №116   中道(なかみち)橋  御船町御船
御船町指定文化財  橋長:3.8m  橋幅:2.5m  径間:2.8m
架設:1855年
木倉小正門前から南下し、御船高校の西側の道を役場方面へ進み、御船高校の西側を流れる小川を過ぎたあたりで車を降り、小川に沿って小道を約150m南下、左折して約200mの地点です。

御船町の石橋(1)  八勢目鑑橋・八勢小橋・八勢水路橋・八勢桁橋

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御船町の石橋(1)  八勢目鑑橋・八勢小橋・八勢水路橋・八勢桁橋

熊本県上益城郡御船町に残るアーチ式石橋や主な桁石橋。HP「石橋・眼鏡橋・太鼓橋・石造アーチ橋」熊本県の石橋によるデータは次のとおり。

写真  1〜 12  №111   八勢目鑑橋      御船町上野字八勢(やせ)
橋長:62.0m  橋幅:4.0m  橋高:9.2m  径間:18.2m
架橋:安政2年(1855)
矢部町、御船町境から国道445号線を約3.7Km西進、八勢目鑑橋の看板から右折、曲がりくねった細い道を約3.4Km進み、左折。下り坂を約700m進んだところにありました。矢部町側から来ると、このコースになるんでしょうね。
後から検討してみると、国道から入り、約300m地点で左折し、七滝中のところから右折して行ったほうが近いかも知れません。

「江戸時代、熊本と延岡を結ぶ日向街道はここを経て矢部に通じていた。増水すると通行ができなくなるなど不便で、危険であったため、安政2年(1855)御船の材木商林田能寛が私財を投じ架橋した。
橋は八勢川本流に架かる部分、左岸を流れる用水路に架かる部分が一体となっており、長さは62メートルに及び、県下の石橋で最も長い。別にもうひとつ水路橋が架けられている。
種山(現八代郡東陽村)の石工卯助・甚平兄弟らにより架橋された。」

写真 13〜 14  №112   八勢小橋
径間:1.4m  
架設:安政2年(1855)
八勢目鑑橋の奥の部分(左岸側)で、八勢目鑑橋と一体化している。

写真 15〜 18  №113   八勢水路橋
八勢目鑑橋よりも40年ほど前(1814年)、田畑の灌漑用水路として完成。

写真 19〜 20  №4,120  八勢桁橋
橋長:2.3m  橋幅:1.0m  桁2列  単径間桁橋

凱旋門・鼎春園・矢形川虹の大橋  熊本県御船町上野・田代

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凱旋門・鼎春園・矢形川虹の大橋  熊本県御船町上野・田代

御船町上野へは県道221号田代御船線で行く。「凱旋門」は同名バス停あり。「鼎春園」はまっすぐ行って先の上野バス停近く。「矢形川虹の大橋」へは、その中間、古閑原から広域農道へ入って田代の玉来方面へ行く。御船町HPの観光マップによる説明は次のとおり。

凱旋門(がいせんもん)

御船から郡見坂を越えて行く県道221号(田代御船線)の古閑迫道路両側に建っている。1辺が42センチ、高さ3.5メートルの大きな石柱である。右の柱に「日露戦役記念」、左の柱に「明治三十九年一月十日設立上益城郡七瀧村」と大きく刻み込んでだ戦勝記念碑である。
日露戦役を物語る記念碑は各地に建っているが、ここのように石柱の凱旋門はどこにも例をみない記念碑で興味深い。
[所在地] 御船町大字上野

鼎春園(ていしゅんえん)

肥後勤王党の総師、宮部鼎蔵(七滝村田代生まれ、現御船町)と弟の春蔵を慕う、地元の人々によって公園化され、二人の名を一字ずつとって名付けられました。中央には、大きな顕彰碑が立っています。また、平成17年度に、地元の宮部兄弟顕彰会により、宮部鼎蔵先生の銅像が建立されました。
[所在地] 御船町大字上野
[駐車場] 有
[交通アクセス] 国道445号線を通り車で約30分

矢形川 虹の大橋(やかたがわ にじのおおはし)

農林水産省所管の通称「広域農道」と呼ばれる補助事業として益城町を起点として、御船町山間部を縦断して、甲佐町を終点約24kmで昭和56年度から事業実施され、「虹の大橋」は平成9年9月から着工し平成15年10月に完成しました。
橋脚部がアーチ型にしたことで虹のように見えることから、この地域の将来の夢と希望をはぐくむものとして「虹の大橋」と命名されました。
愛  称 「マミコゥロード」
橋梁形式 鋼逆ローゼ式アーチ橋
橋  長 274m
幅  員 10m(車道7m 歩道2m 地覆1m)
高  さ 約90m
※右岸側の歩道より下流を見れば、杉の木が恐竜に見える所があります。
[所在地] 御船町大字上野・田代

九十九(つづら)のトンネル  熊本県御船町田代

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九十九(つづら)のトンネル  熊本県御船町田代

県道221号線と57号線により矢部方面へ向い、御船町と矢部町の町境、下鶴近くまで行く。カーブが続く山道の杉林に隠れるように、九十九のトンネルの水路入口がある。脇に「史跡 九十九のトンネル」碑と説明文。
九十九のトンネルは、車や人の通るトンネルではない。下流域農家の過酷なまでの水との長い戦いが秘められた農業用水路のトンネルなのだ。
御船町HPの観光マップによる説明は次のとおり。

元禄・嘉永井手 九十九のトンネル(げんろく・かえいいで つづらのとねんる)

この用水路は元禄井手の水不足を補強するため開削された嘉永井手という。水源は吉無田水源より取水した清水井手(改修して元禄井手という)の下流と、山都町境を流れる尾多良川、さらに大矢野原より流れる亀谷川の三渓流を合わせて873メートルのこのトンネルを貫流して矢形川の源流と合流させ、上田代の杉園堰より取水して南田代の屋敷部落で元禄井手と合流させて豊かな水勢となし、南田代から西上野を経て滝尾、木倉の一部に至る。
総延長28キロメートル、受益面積は300ヘクタールに及んだ。この難工事を直接担当した当時の上益城郡代上妻半右衛門、木倉郷総庄屋光永平蔵、測量設計と工事管理者楠田順喜以下の役職者と難工事に完遂した石工久五郎をはじめ労役に苦しんだ村人たちの功績が痛切にしのばれる。
[所在地]  御船町大字田代

金目の大山桜  熊本県御船町七滝

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金目の大山桜  熊本県御船町七滝

熊本県の名桜。「ふるさと熊本の樹木」に指定されている。所在地は上益城郡御船町七滝下金目2902。幹周4m、樹齢200年。
国道445号線七滝バス停から八勢目鑑橋へ出る道路標識があり、新道を横切り山腹を横に巻く車道を行く。途中カーブする所に「金目の大山桜 徒歩5分」の案内標識があり、左へ荒れた林道を少し下ると、右側高台に桜の大木が見える。

開花期写真は、HP「中国・四国・九州の名桜古木」の次を参照。
http://www7a.biglobe.ne.jp/~agrifolk/sakura/sakura-kyuusyuu/kaname.htm

長生のイチイガシ  熊本県御船町田代

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長生のイチイガシ  熊本県御船町田代

イチイガシの巨木は、全国でも大分と熊本に1位から5位までがある。熊本県御船町の「長生(ながばえ)のイチイガシ」は、その中で第4位である。幹周8.6m、樹高22m。御船町天然記念物。「ふるさと熊本の樹木」に指定されている。
玉来の北田代公民館角の案内板から入る。林道は右方へ行き、広域農道「矢形川 虹の大橋」を右谷間に見る。途中に道標はない。狭く悪路で離合できにくい。
熊本県広報課HP”週刊メールマガジン 気になる!くまもと”2007年8月23日第321号の「老樹名木が語るふるさと熊本の自然・歴史・暮らし」による説明は次のとおり。

樹齢300年の長生の石櫧(ながばえのイチイガシ 御船町)

■細い山道を抜けると突然現れる巨樹
イチイガシ  町指定天然記念物
樹齢 (推定)300年  幹囲 8.6メートル  樹高 22メートル
車でやっと通れる山道を走ると突然現れる巨樹。周囲の雑木を圧倒し、大地をしっかりとつかんだ根が、長い間この地に生き続けてきた風格を漂わせています。

■「長生」の集落を見守り続けてきたイチイガシ
車がやっと離合できるくらいの山道を、豊かに茂る木立に囲まれて登ること15分、森の右前方に突然大きなイチイガシが現れます。案内の地図や案内板の指示に従い道を確かめながら来たのに、どこかで間違ったのではないか、まだか?まだか?の連続で期待よりも不安が大きくなる長い道のりを経て、やっと出会えたという感動がこみ上げてきます。豊かな森の中で、周囲を多くの木々に囲まれてひときわ大きくそびえ、悠々と構えているイチイガシの姿には、苦労したが会えてよかったと思わせる風格があります。
乗ってきた車は樹の近くに寄せず、少し離れた場所に駐車してください。樹の根は、幹や枝葉が茂っている範囲以上の地下に広がっています。そうでなければ、大きな幹や枝を支えることも、全体を養う水や養分を吸収することもできません。特に、この樹は自然の森に戻った場所で、根元を重い車で踏まれることなく生育していますから、訪問する人が全員しっかり心に留めてほしいことです。

周囲を見回してみると、樹が立っている小高い場所の周囲は、人の手でならされて平坦になった地形ですから、ここに集落があったことがわかります。しかし、その地面の上に現在は落ち葉が厚くふわふわに積もり、落ち葉を踏んで歩き回る自分の足音だけが響きます。このイチイガシの巨樹は、自然に帰った森の中で誰にも邪魔されずに、自由に素直に枝を伸ばし今日も成長を続けているのです。
集落があった時代にも、この樹は集落の守り神として大切にされていました。そのような記録はありませんが、樹の幹などに傷がなく、自然のままの姿を保ちながら育ってきたことが、何百年も大切にされてきた証拠です。その大切にする気持ちが現在に続いていることを示すように、幹には注連縄が巻かれています。
樹の姿がよく見える場所に、または、樹の下に座って、林床に木漏れ日が斑紋となって踊るのをぼんやり眺めていると、自然の懐に抱かれているのを感じます。しばらく休んだら、樹の根元に近づいて大きい幹に触れ、ゆっくりと周囲を巡って上を見上げ、枝の張り具合を確かめてください。このような巨樹は、見つめれば見つめるほど大きく見えてくるのが不思議です。
この樹の横に「大山祇(おおやまづみ)神社」の鳥居と小さな祠(ほこら)があります。祠と樹の関係は分かりませんが、両者あわせて周辺が神聖な場所として大切にされ続けていることが分かります。

近くに、日本を代表する恐竜の化石の産出地として町指定天然記念物の御船層群上部層化石包蔵地があり、このイチイガシの下にも多くの化石が眠っています。また、地元の小学生によって日本で最初に発見された肉食恐竜の化石は、いわゆる御船龍の愛称で知られています。
樹から遠くないところにある駄野(だの)神社は牛馬を守る神様です。近くに馬頭観音もあり、今も春と秋に大祭が行われ、ここ田代地区が阿蘇の外輪山に繋がる場所で、阿蘇と同じように牛馬との関係が深い生活が営まれていたことがうかがえます。

[案内図]
所在地: 上益城郡御船町大字田代
御船から県道221号で田代・玉来(たまらい)地区を目指す。広域農道沿いの玉来郵便局を右折。長生方面の山道へ。約1.5キロメートル進んだ右手にある。長生集落入り口に案内板あり。道が狭いので帰りは引き返した方が良い。

長崎の西の空の夕日  09−17

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長崎の西の空の夕日  09−17

長崎市南部の団地、わが家から見た夕日。電柱と電線は邪魔なので近くにも出かける。以下、続く。

写真 1〜 2  平成21年 8月 9日の19時32分頃から
写真 3〜 4  平成21年 8月16日の19時 1分頃から
写真 5〜 7  平成21年 8月18日の18時43分頃から
写真 8〜12  平成21年 8月24日の18時50分頃から

なにこれ? 高島の珍木  長崎市高島町

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なにこれ? 高島の珍木  長崎市高島町

8月23日、高島一周ウオーキングへ行って見かけた。高島行政センター左奥の上部遊歩道脇にある。南洋井坑排気坑跡の案内板から登る。松ではなく、クスノキの根元。
異様にふくらみ、尻から出ている大うんち? 鳩が戯れていた。後は近くの大松。南風泊のグラバー別邸跡では、豪勢に昼寝している人もいた。

高島一周ウオーキング (2)  平成21年8月

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高島一周ウオーキング (2)  平成21年8月

平成21年8月23日(日)快晴。長崎港外の高島へ史跡めぐりを兼ねた一周ウオーキング。参加11人。
長崎港ターミナル8時50分出港ー高島港9時半発ー石炭資料館ー高島海水浴場ー飛島磯釣り公園ーグラバー別邸跡(昼食)ー権現山公園・展望台ー高島陣屋跡ー高島風力発電所ー高島総合運動公園ー高島いやしの湯ー高島港17時10分発で帰崎。

長崎港から高速船で約34分。高島はかつて炭鉱の島。現在はシーズンの海水浴客や磯釣りで賑わう。長崎遊さるく(自由気ままに散策)コースは、距離約4.4km、約120分とあるが、飛島磯釣り公園、権現山公園・展望台、高島風力発電所も回ったので、倍くらいは歩いた。権現山公園で早く帰る2人と別れた。
宮さんの参加ブログ記事は、 http://blogs.yahoo.co.jp/khmtg856/20613773.html

高島については、長崎の風景・史跡(市東南)の項ですでに詳しく紹介済み。次を参照。
高 島(1)  https://misakimichi.com/archives/1612
高 島(2)  https://misakimichi.com/archives/1613
高 島(3)  https://misakimichi.com/archives/1614
高 島(4)  https://misakimichi.com/archives/1615

最後の写真は、長崎水辺の森公園であっていた三菱重工労組の「とっとっと祭り」。次回は、長崎学さるく幕末編行事「大久保山と小ヶ倉の史跡めぐり」。9月13日(日)午前9時30分女神バス停集合。

高島一周ウオーキング (1)  平成21年8月

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高島一周ウオーキング (1)  平成21年8月

平成21年8月23日(日)快晴。長崎港外の高島へ史跡めぐりを兼ねた一周ウオーキング。参加11人。
長崎港ターミナル8時50分出港ー高島港9時半発ー石炭資料館ー高島海水浴場ー飛島磯釣り公園ーグラバー別邸跡(昼食)ー権現山公園・展望台ー高島陣屋跡ー高島風力発電所ー高島総合運動公園ー高島いやしの湯ー高島港17時10分発で帰崎。

長崎港から高速船で約34分。高島はかつて炭鉱の島。現在はシーズンの海水浴客や磯釣りで賑わう。長崎遊さるく(自由気ままに散策)コースは、距離約4.4km、約120分とあるが、飛島磯釣り公園、権現山公園・展望台、高島風力発電所も回ったので、倍くらいは歩いた。権現山公園で早く帰る2人と別れた。
宮さんの参加ブログ記事は、 http://blogs.yahoo.co.jp/khmtg856/20613773.html

高島については、長崎の風景・史跡(市東南)の項ですでに詳しく紹介済み。次を参照。
高 島(1)  https://misakimichi.com/archives/1612
高 島(2)  https://misakimichi.com/archives/1613
高 島(3)  https://misakimichi.com/archives/1614
高 島(4)  https://misakimichi.com/archives/1615