月別アーカイブ: 2008年6月

皿山公園のスギ(残心の杉)  北松浦郡佐々町市瀬免

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皿山公園のスギ(残心の杉)  北松浦郡佐々町市瀬免

国道204号線が佐々町中心街を過ぎると、佐々川対岸に清峰高校がある。ここを過ぎなお行くと、市瀬免の国道脇に「皿山公園」入口案内板があり左折する。
一番奥の住宅地の中の駐車場まで進むと大スギは目の前。赤い太鼓橋を渡り史跡「市の瀬皿山窯跡」まで行くと根元がある。
国道脇駐車場からは、「ほたるの里菖蒲園」があり、歩くと菖蒲が満開であった。
Otoji.K氏HP「長崎の名木」リストの中の説明は次のとおり。

残 心 の 杉

佐々町・市瀬の皿山公園の一角に皿山窯跡があり、県の史跡に指定されている。
佐賀藩の有田焼、平戸藩の三川内焼、大村藩の波佐見焼が造られていたが、福本新左衛門を中心とした陶工5人が、1751年(宝暦元年)に三川内村(現佐世保市)からこの地に開窯した。
63mの階段状登窯で、当時としては国内最大級であった。白磁を主体とし、平戸藩の御用窯でもあった。

尾張国・瀬戸の陶工・加藤民吉が、1804年(文化元年)に、磁器製法の会得にやってきた。当時、瀬戸焼は陶器が主で、磁器の技法は未熟であった。
2代目福本仁左衛門に教えを受け、1807年に瀬戸に戻り、瀬戸の磁器の基礎を築いた。民吉は、愛知県瀬戸市の窯神神社に磁祖として奉られている。
民吉が佐々を去る時、3本のスギを植えたという。樹齢200年になり、大木になっている。
地元では、「残心の杉」と呼んでいる。

長串山公園のツツジ  北松浦郡鹿町町長串免

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長串山公園のツツジ  北松浦郡鹿町町長串免

国道204号線からは、佐々の手前から見返橋を渡り小佐々を通って鹿町方面へ入る。または江迎まで行って鹿町方面へ入る。双方を結ぶ県道16号線の中間あたりが長串山公園の登り口となっている。
Otoji.K氏HP「長崎の名木」リストの中の説明は次のとおり。

長串山公園のツツジ

鹿町町にあり、平戸ツツジ、久留米ツツジなど、10万本が咲き、その数では日本一である。九十九島を見渡せ、風光明媚な公園。下のツツジは花の小ぶりな久留米ツツジ。その場で植樹もできる。

北松浦郡佐々町に残るアーチ石橋

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北松浦郡佐々町に残るアーチ石橋

北松浦郡佐々町に残るアーチ石橋は、3橋である。佐々町役場前から国道204号線を江迎町の方へ向かう。
1の「トロッコ橋」は、皿山公園前を過ぎて神田入口となるダイレックス角で右折。佐々川に架かる「正興寺橋」を渡らず、右手川岸の遊歩道へ入る。佐々川がカーブする所まで行くと対岸に小さなアーチが見える。

2の「江里峠の橋」は、佐々松瀬郵便局先の交差点から江里川沿いの町道に左折して入る。「平戸街道江里峠」史跡板のある所まで登る。
3の「江里峠下の橋」とも江里川でなく、峠を越した江迎側の山ノ田川上流にあるので、道路標識に従い江迎の方へ少し下る。川を渡る2つの地点で下を覗くとアーチが見える。
HP「長崎県の石橋を訪ねて」による説明は次のとおり。

写真  1  第 127 番  ト ロ ッ コ 橋       佐々町神田免
大正中期    長さ 6.0m  幅員 1.8m
佐々港への石炭トロッコレールが敷かれ馬が曳いていたという。
大正〜昭和30年代まで、佐々川べりにはトロッコのレールが引かれ、上流の炭鉱から馬でトロッコを曳いて下流の佐々港まで運搬されていた。その当時の橋の輪石だけが残っている。
この位置は佐々川が大きくカーブしていて、増水時には濁流が強くあたる場所なのに、よく残っていたものだと輪石の基部を見てみると、しっかりした岩盤に乗っていた。
橋の右手には幅2m程度のトロッコ道が残るが、何ヶ所も崩れていて通行は不能。
【ガイド】佐々町の中心街から国道を吉井町に進む。市瀬を過ぎだ辺りの右手にあるがよく見えない。ナフコの手前から右折して川縁の道を行くと見える。
対岸の県道からは全く見えない。

写真  2  第 167 番  江 里 峠 の 橋       江迎町高岩から佐々町松瀬ヘ向かう平戸街道に架かる橋。
明治19年頃ではないか。北松浦半島最古の石橋の可能性も。 長さ 約9.0m  幅員 約4.9m
佐々から来れば江里峠の最高部を超えて松瀬側に架かる。
松瀬の方から上がってくると、この橋の下流に架かる橋を超えて、長崎街道の案内板を見てから、しばらく上がって右手に田圃がある緩やかなカーブが広がる。
中央部が橋になっている。下流側はヒューム管で延長した様子で、今回はこちらから入った。
この橋の情報を頂いた末永氏によると、明治19年に工事の担当官として赴任していた山口氏が病に倒れ亡くなったことを悼んだ碑が有るそうで、その頃架橋されたのではないかと推測できるとの事。

写真  3  第 168 番  江 里 峠 下 の 橋      江迎町高岩から佐々町松瀬ヘ向かう平戸街道に架かる橋。(江里峠より江迎側)
形状から大正から昭和期の架橋ではないかと判断。  長さ 5.0m  幅員 12.1m
江里峠の橋から50m程度下流になる。水汲み場が目印かな。
末永氏も言っておられるが、この橋の幅は広い。実際に見ているとトンネルかと思うほどだ。

写真  4           神田跨道橋       佐々町神田免
これはあくまで参考。松浦鉄道の上に架かる。コンクリート造。上の道は旧道か?

北松浦郡鹿町町に残るアーチ石橋

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北松浦郡鹿町町に残るアーチ石橋

北松浦郡鹿町町に残るアーチ石橋は、1橋である。中野免の「中野橋」。
鹿町町役場から県道18号線により江迎の方へ行き、鹿町川と出合った「新中野橋」から右折し、川沿いの町道を約500m行くと右手に見える。
HP「長崎県の石橋を訪ねて」による説明は次のとおり。

写真     第  79 番  中 野 橋       鹿町町中野免
大正3年     長さ 約7m  幅員 約1.5m
藪で姿が見えないのが残念だが、なかなか良い姿をしている。町指定文化財。
鹿町町には、「大加勢橋」という立派なアーチ橋が有ったが、残念ながら平成14年の河川改修で架け替えられてしまっていた。橋の存在を教育委員会に寄って話を聞いたときに、この橋を教えてもらった。
【ガイド】江迎町から鹿町町役場に向かう。橋の元のバス停を過ぎて新中野橋の手前を左折。約500mで右側。

長串山公園  北松浦郡鹿町町長串免

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長串山公園  北松浦郡鹿町町長串免

平成20年6月4日、北松浦郡鹿町町の長串山公園へ行く。佐世保市小佐々行政センター先の「田原」交差点から県道18号線により楠泊漁港まで行き、大橋の手前から冷水岳公園へ登山道路を上がった。
冷水岳の展望を見て、大観山の麓を通り長串山公園へ下った。下り方向からは案内標識がわかりにくいところがあり、地図と合わせよく注意する。
鹿町町HP「Shikamachi」観光案内による説明は次のとおり。

〔長串山公園〕

西海国立公園・北九十九島を一望できる長串山(標高234m)は、長崎県北部の歴史の町「平戸」とハウステンボスで有名な「佐世保」とのほぼ中間に位置し、それぞれ1時間以内で足を延ばすことのできる絶景の地にあります。
久留米ツツジ、平戸ツツジをはじめとする10万本のツツジと北九十九島が織りなす景色は絶景です。

金子アジサイ園  佐世保市小佐々町楠泊

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金子アジサイ園  佐世保市小佐々町楠泊

佐世保市小佐々行政センター先の「田原」交差点から県道18号線により楠泊漁港まで行き、大橋の手前から冷水岳へ登山道路を上がる。その途中、小佐々青少年旅行村の入口先の道路沿いにある。
Otoji.K氏HP「長崎の樹木」の中「街路樹」による説明は次のとおり。

金子アジサイ園

全国有数のアジサイ園で、約7万5000本のアジサイが咲く。遠くには九十九島が望める。アジサイ園に至る道路沿いにはおよそ2Kmに渡ってアジサイが植えれいる。また小佐々町の冷水岳公園には約4万本のツツジ咲く。
6月初旬。アジサイはまだ満開ではなかった。

冷水岳公園  佐世保市小佐々町矢岳

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冷水岳公園  佐世保市小佐々町矢岳

平成20年6月4日、佐世保市小佐々町矢岳の冷水岳公園へ行く。佐世保市小佐々行政センター先の「田原」交差点から県道18号線により楠泊漁港まで行き、大橋の手前から冷水岳へ登山道路を上がった。
HP「西海圏ウェブサイト−西海圏とまちの紹介」の中の説明は次のとおり。

冷水岳公園

標高304m、面積8haの自然公園。高さ30mの玄武岩の絶壁が有名で、展望台からは北九十九島が一望できる。クロマツが林立しており、4月中旬から5月初旬には、ヒラドツツジ、クルメツツジ、5月中旬から6月上旬にはヤマツツジが咲きみだれます。
地元の物産を販売する「冷水岳ふるさと物産館」やコンビネーション遊具など子供向けの施設もあります。

サンドパイプ(巣穴の化石)   佐世保市小佐々町

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サンドパイプ(巣穴の化石)   佐世保市小佐々町

サンドパイプ(巣穴の化石)が、佐世保市小佐々町楠泊の山中、道路沿い崖面に見られる。楠泊橋手前から冷水岳公園へ登山道路があり、その途中にある。
小佐々町指定文化財。現地説明板は次のとおり。

小佐々町指定文化財(第7号)  サンドパイプ(巣穴の化石)

この地層の断面をよく見ると、上から下に細長いパイプのようなものが入っており、その中には色の違った砂がつまっている。これは、カニ、アナジャコ、スゴガイなど、大昔の巣穴で、「生痕の化石」とも呼ばれている。
町中で、ここが一番広い範囲で、しかも立派に残っており、地質学上貴重なものである。
平成四年十月一日  小佐々町教育委員会

昭和15年「海軍水準」の標石  小佐々町楠泊海岸で見かける

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昭和15年「海軍水準」の標石  小佐々町楠泊海岸で見かける

正面「海軍水準」、裏面「水路部」、右面「+」、左面「昭和十五年」。下部は埋れて不明。
「海軍水準」とは珍しい。陸軍省「要塞地帯(区域)標」は長崎市内の海岸でよく探し見つけたが、初めて目にする境界石以外の海軍標石を、佐世保市小佐々町楠泊の海岸で見かけた。

佐世保市小佐々行政センター近く「田原」交差点から、県道18号線により冷水岳へ向かった。小佐々中学校からカーブの多い坂道を下ると、楠泊漁港へ出る。冷水岳への登山道路は大橋の手前にあるが、前面の島々の写真を写すため、塗装工事中の大橋を渡った。
集落先の海岸突端に、大きな鳥居が数本見える。弁当をそろそろとここへ向かった。煮干の臭い波止場加工場の中を通り、突端に出た。

恵比須神社と思っていたら、大きな鳥居が3本あり扁額に「姫神社」とある。石段を登った上の社殿も立派だった。石段の登り口左には、別の「西宮神社」が祀られ、石祠2基があった。さすが漁業の町だ。
弁当を空にし、西宮神社鳥居下の海岸を歩いた。すぐ足元にこの標石があった。
三角点は方角を示す「+」があり、水準点は、上部に丸型の凹凸があるものがほとんどである。しかし、この標石は右面に「+」がある。やはり、「十号」だろうか。白御影石造り。一等三角点の大きさだ。とりあえず写真に写した。
今も使われているのだろうか。根元はしっかりコンクリートにより固められていた。

今、HPにより「水準点」を調べている。見たかぎり「海軍」に該当するものや、同じような標石は表われてこない。写真が全くないから困った。
海上保安庁に尋ねるか、近代測量史研究の京都市上西先生へ知らせて、またお願いするしかない。

(追 記) 京都市上西先生からの平成20年6月6日返信は次のとおり。

一般的に水路部の標石は要塞境界標などと異なり海図のために民間にも役立つよう設置されているものが多いようです。陸地測量部(国土地理院)の水準点は道路沿いのものが多いですが水路部は海岸で多くありません。
また水準路線は陸地測量部の路線と結合するようになっているはずです。水位(潮位)の基準となるものと思います。現在は標石ではありませんが金属標がつかわれており「水路測量標」と呼ばれます。所管は海上保安庁海洋情報部で根拠法律は水路業務法です。

それにしても水路部の「海軍水準」と刻字のある標石は、わたしはまだ見たことがありません。壱岐島の嶽ノ峯(だけのつじ)の一等三角点脇には「緯度測定標」「水路部」「明治廿二年三月」の刻字ある標石があるそうですが、これもまだ見ておりません。

(追 記) 京都市上西先生からの平成20年9月28日返信は次のとおり。

このたびは嶽ノ峯の水路部緯度測定標の情報をいただきありがとうございました。同標石が健在であることが確認できました。全国で数少ない水路部の標石ですので大切にしたいと思っております。ご存知のとおり浜田の標石は撤去されて既になくなっています。わたしの探訪したのは小樽、秋田、出雲崎の3ヶ所のみです。

過日、お知らせいただいた小佐々町の海軍水準標石は同様なものが全国各地にあったようですが現存が確認できているのは小佐々町のみで「海軍」と刻字があるのは珍しいようです。+印は+の横棒が測定位置になり、この横棒を基準として海面の比高値を求めます。現行のものは標石でなくすべて金属標になっており水平に設置された金属標の頭を基準とします。海図にはHBMとして載っています。この金属標はわたしも敦賀でみたことがあります。

佐世保市(小佐々町)に残るアーチ石橋

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佐世保市(小佐々町)に残るアーチ石橋

佐世保市(小佐々町)に残るアーチ石橋。西川内の「西川内橋」は、佐世保市街から国道204号線か県道139号線により佐々川河口の見返橋を渡って、小佐々小学校のある田原交差点まで行く。
県道18号線により小佐々浦の海岸へ方へ向かう。まもなく左手に大きなアーチ石橋「西川内橋」が見える。
上流・下流側に広がる風景は写真のとおり。親柱の刻みは「大正九年八月架」であった。
HP「長崎県の石橋を訪ねて」による説明は次のとおり。

写真     第  58 番  西川内橋(小佐々の太鼓橋) 小佐々町西川内(県道沿い)
大正九年     長さ 15.5m  幅員 3.5m
小佐々町指定文化財(4号)
大正9年(1920年)7月にアーチ橋として架橋された。この堤防沿いの道路は、県道が開通されるまでは小佐々町の幹線道路であった。ちなみに、この橋の建設費は4、630.5円であったという。人夫賃が一日2円、石工が3円の時代である。

(2014年6月17日 追 記)
最近、小佐々町で次の石橋が見つかっているので、現地へ出かけた。後ろに写真、所在地図を追記する。HP「石橋・眼鏡橋・太鼓橋・石造アーチ橋」長崎県の石橋によるデータは、次のとおり。

№6,935   岳 下 橋  2013.12.22

佐世保市小佐々町矢岳 岳下(だけした)
橋幅:6.5m  径間:4.63m  拱矢:1.67m  環厚:40㎝   輪石:28列(南側13列、北側14列)
12月10日に、「日本の石橋を守る会」末永副会長より新規情報を頂いていました。
西川内橋で撮影中、ちょうど末永さんが通りがかられ、ご一緒しました。
水は流れていません。縦断勾配がついているため、輪石の数は左側13列、右側14列。