投稿者「misakimichi」のアーカイブ

波佐見神社のイチイガシなど  東彼杵郡波佐見町岳辺田郷

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波佐見神社のイチイガシなど  東彼杵郡波佐見町岳辺田郷

県道4号線により川棚町から波佐見町へ入ると、広い道路ではなくすぐ右の前の道に入る。岳辺田郷。小鳥居病院先に波佐見神社がある。
神社の参道両脇にケヤキがあり、石段を登った社殿左にイチイガシが立つ。社殿の裏を回ってみると右にも神木があり、クロガネモチであった。斜面に根があり、倒れる危険性がある。神社は対策を手配中だそうである。

ケヤキは大きいのは幹周り3.7m、イチイガシは3.3m、クロガネモチは3mほど。神社が今の社地へ遷ったのは、貞享2年(1685)。それから323年経っている。
波佐見町「はさみ100選 ガイドブック」1987年刊105頁の説明は次のとおり。大樫のみふれている。

波佐見神社と大樫(岳辺田郷)

岳の山のふもとに鎮座する波佐見神社は、江戸時代まで幸天大明神と称しました。…明治3年、社名を波佐見神社と改めました。明治9年村社となり下波佐見村で奉仕しましたが、敗戦後氏子が祀るようになりました。
参道に大欅が並び、神域は森に囲まれていますが拝殿左手の大欅は神木とされ、周り3.2m、高さ25mに及びみごとな直幹は名木であります。

浦上天主堂の風景  長崎市本尾町

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浦上天主堂の風景  長崎市本尾町

浦上天主堂は、大正3年(1914)東洋一のレンガ造りのロマネスク様式大聖堂として完成。昭和20年(1945)8月の原子爆弾により、爆心地にすぐ近い建物は廃墟と化した。
現在の建物は、昭和34年(1985)鉄筋コンクリートで再建。昭和55年(1980)レンガタイルにより改装。当時の姿に復元された。
被爆遺構の鐘楼ドームは、原爆落下中心地公園へ移されて立つ。

長崎平和公園の風景  長崎市松山町

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長崎平和公園の風景  長崎市松山町

平成20年3月16日、長崎市松山町の平和公園へ行く。同日夜のテレビローカルニュースでちょうど、この平和公園・原爆落下中心地公園・原爆資料館などを国指定文化財にしたいと国が打診していることの報道があっていた。
原爆落下中心地公園は別項。

長崎原爆落下中心地公園の風景  長崎市松山町

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長崎原爆落下中心地公園の風景  長崎市松山町

平成20年3月16日、長崎市松山町の原爆落下中心地公園へ行く。同日夜のテレビローカルニュースでちょうど、この平和公園・原爆落下中心地公園・原爆資料館などを国指定文化財にしたいと国が打診していることの報道があっていた。
最後の2枚は、すぐ近く平野町の高台にある長崎原爆資料館・長崎平和会館。
平和公園は別項。

波佐見の三領石  東彼杵郡波佐見町村木郷

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波佐見の三領石  東彼杵郡波佐見町村木郷

長崎市では見かけない三角形石柱の三領藩境石。波佐見から有田へ行く県道107号稗木場有田線の佐賀県との県境「峠」から左折して西の方へ車で10分ほど上がった山中にある。岩崎交差点から20分ほど。ずっと道路案内標識があった。最後のすぐそこ60mは歩いて登る。
波佐見町「はさみ100選 ガイドブック」1987年刊65頁の説明は次のとおり。

44.境 石〜三領石(村木郷)…

波佐見は県境の町、以前から藩境の村でした。三領石は、村木峠から西へ入りみかん畑を通り、少し山を登ったところに建っています。高さ7尺1寸(2.15m)幅1尺(30cm)の三角形石柱で、正面に「此三領境東西峯尾続雨水分南大村領 彼杵郡(ごおり)波佐見郷」、右面には同じく「…東西・・・佐賀領 松浦郡有田郷」、左面には「…西北・・・平戸領 彼杵郡早岐郷」と刻まれています。
今から240年ほど前の寛保2年(1742)に三藩の役人が立ち合って建てた境石です。三領石から東へは野々川の一本杉跡の石碑を経て、小樽の仏坂の境石までは、分水嶺が佐賀領と大村領の境です。以前は大松が点々と並んで境を示していたが、境松のない所や枯れた松には、佐賀は角塚、大村は丸塚を交互に築きました。

岳辺田のしだれ梅  東彼杵郡波佐見町岳辺田郷

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岳辺田のしだれ梅  東彼杵郡波佐見町岳辺田郷

東彼杵郡波佐見町を回ると、各家の庭にしだれ梅やしだれ桜をよく目にする。この内でも名木といわれる岳辺田(たけべた)郷の梅の木を見に行った。桜は早いが梅は咲きかけている。
県道4号線が川棚から波佐見へ入り、広い新道でなくすぐ右手の前の道を行く。小鳥居病院が大看板とともにあり、病院角を右へ曲がり高台の方へ上がる。石垣に囲まれた田崎宅の庭にこの梅はある。
Otoji.K氏HP「長崎の名木」リストの中の説明は次のとおり。

し だ れ 梅

波佐見町の小鳥居病院の先の民家の庭にある。幹は途中で二つに裂けている。樹齢100年余りと言う。樹高4mほど。左右に大きく広がった樹形はいい!

鹿山神社のクスノキ  東彼杵郡波佐見町宿郷

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鹿山神社のクスノキ  東彼杵郡波佐見町宿郷

波佐見町宿郷の鹿山神社は、県道1号線沿いで波佐見町役場の前にある。クスノキには「鹿山神社御神木 5.76m 樹齢九百年」と銘札がある。今、測ると5.9mあった。社殿の裏には、ヤマモモ、ホルトノキ、シイなどのかなり大木も見られる。
波佐見町「はさみ100選 ガイドブック」1987年刊101頁による説明は次のとおり。

70.鹿山神社と大楠(宿 郷)

鹿山の森に鎮座する鹿山神社は、昔から宿郷鎮守としてあがめられてきました。・・・
境内には天満宮、稲荷神社が祭られ、一隅には今里廣記胸像が建てられました。
鹿山の森には以前4本の大松がそびえていましたが、今は無く、参道に大楠が繁っています。目通し5.5m、高さ26.3mもあって名木です。

安楽寺のクスノキ・クロガネモチ  東彼杵郡波佐見町金屋郷

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安楽寺のクスノキ・クロガネモチ  東彼杵郡波佐見町金屋郷

東彼杵郡波佐見町金屋郷の安楽寺には、県道1号線で行く。波佐見町総合文化会館先に舞相交差点があり右折、裏通りを少し戻ると、大鳥居が左にある。金屋神社の入口道で神社へ向かって進むと、まもなく左方の高台に安楽寺がアナンダ幼稚園とともに見える。

クスノキは幼稚園との広場、クロガネモチは参道を上がって本堂の左奥にある。金屋神社へ行く途中に見かけた大木。道路を回り込んで寺へ寄ってみたら、金屋自然の会の同じような樹木札があり、クスノキは樹齢約400年、クロガネモチは同500年とあった。
波佐見町「はさみ100選 ガイドブック」1987年刊109頁は安楽寺を載せているが、木は記していない。   

金屋神社のイロハモミジなど  東彼杵郡波佐見町金屋郷

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金屋神社のイロハモミジなど  東彼杵郡波佐見町金屋郷

波佐見町金屋郷にある金屋神社には、県道1号線で行く。波佐見町総合文化会館先に舞相交差点があり右折、裏通りを少し戻ると、大鳥居が左にある。金屋神社の入口道で神社へ向かって、この道を山手へぐんぐんと上がる。かなり奥まで進むと金屋神社へ着く。背後は猿岩の奇岩が見える。
社殿のある広場左に、まずイロハモミジの古い大木。樹木札に樹齢約700年と書いてあった。

上宮である奥神殿岩窟へは、左方の植林地内コンクリート舗装の林道を上がる。途中から右石段道へ入る。林道・石段ともかなり急坂。300mというが、休み休み15分以上はかかる。
植林地の杉は幹周り3m弱。石段道になると、岩に長い根を張った珍しい木が多く、「金屋自然の会」が樹木札を立てている。下からメモすると次のとおり。
いろはもみじ 樹齢約500年、 けやき 同300年、 ゆすのき 同300年、
つが(まつ科) 同500年。
Otoji.K氏HP「長崎の樹木」リストの中(街路樹)の説明は次のとおり。

波佐見町金屋郷・金屋神社

境内にはスギの大木の他、カエデの大木(2.5m)がある。神社左手のスギ林の中を登っていくと岩窟があり、上宮が祀られている。
周辺にはイスノキ・エノキの大木がある。シイ・アラカシ・カゴノキ・ヤブツバキの他、ミサオノキの若木もあった。珍しい!

なお、波佐見町「はさみ100選 ガイドブック」1987年刊100頁による説明は次のとおり。

69.金屋神社と杉の大木(金屋郷)

金屋谷の奥、大がす小がすの山ふところに金屋神社は鎮座し、神域には杉の大木が林立して静かです。上宮はさらに300mほどの急坂を登った岩窟に祭られています。祭神は金山彦命を中に伊邪那岐命、伊邪那美命(神体は行基菩薩の作という)副神橘諸兄。…
境内には、ていていとした杉の大木がそびえており、最も大きいのは、周り2.45m、高さ25mに及び名木です。また楓の古木は根周り2.5mもあり風情を添えています。

庄屋跡のイチョウ  東彼杵郡波佐見町宿郷

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庄屋跡のイチョウ  東彼杵郡波佐見町宿郷

東彼杵郡波佐見町宿郷にある。道路がわかりにくいから県道4号線の宿郷交差点まで行き、右折して武雄方面県道1号線に入るとすぐ波佐見町役場入口。
庄屋跡のイチョウはこの県道1号線の道路反対側、裏通りにあるので歩いて行く。根元辺りは家が建て込んで、巨木が映えないし写真が写しにくい。町指定天然記念物。
Otoji.K氏HP「長崎の名木」リストの中の説明は次のとおり。

波佐見町庄屋跡の大イチョウ

幹周り5.3m、樹齢およそ450年のイチョウ。雌株。波佐見町で最も古い樹木で、町の天然記念物に指定されている。宿郷にある。昔は高等小学校の運動場であったようだが、今では住宅地に変わり、ちょっと窮屈そう。

なお、波佐見町「はさみ100選 ガイドブック」1987年刊18頁による説明は次のとおり。

6.庄屋跡の大銀杏(宿 郷)

宿郷の旧道端にあるのが庄屋の大銀杏といって、江戸時代から親しまれました。上波佐見の庄屋屋敷にあって目印となっていたのです。波佐見村の庄屋は、岳辺田郷平瀬にあったのですが、村が藩内で一番広いので一カ所の庄屋では行き届かぬため、ここに新たに庄屋を建てたのが、四代藩主純長のころです。
庄屋では、藩に納める年貢米や運上銀(税)が集められ、毎年正月には村中の人に踏絵(キリスト教信者を見分けるためキリストやマリア像を踏む)が行われました。前には辻札が立つ所もありました。
明治になって庄屋は戸長役場、村役場と変わりましたが、上波佐見行政の中心であったのです。明治22年には上・下両波佐見村が合同して高等小学校を建てることになり、それに鹿山小学校が合併し、二階建の洋式校舎が建ったのも庄屋屋敷内でした。大銀杏は運動場内に立っていました。(昭和34年廃校)
大銀杏は、周り4.8m、樹齢300年とされています。江戸時代から明治、大正、昭和と時勢の移り変わりをよく知っているこの大銀杏は町の宝です。