投稿者「misakimichi」のアーカイブ

佐世保市(吉井町)に残るアーチ石橋 (1)

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佐世保市(吉井町)に残るアーチ石橋 (1)

佐世保市(吉井町)に残るアーチ石橋は、10橋である。ただし、10の「橋口の橋」は、レンガ造アーチ。
fwd−net長崎・諫早HP「長崎県の石橋を訪ねて」による説明は次のとおり。

写真  1  第  32 番  樋 口 橋        佐世保市吉井町立石
大正11年 町指定文化財
長さ 未測定    幅員 未測定
佐々川には明治以降に架橋された多くの石造アーチ橋が現存するが、この樋口橋は皇居の二重橋をモデルにしたと云うアーチ橋。確かに雰囲気が違う。

写真  2  第  42 番  前 岳 橋        佐世保市吉井町前岳免
大正11年5月
長さ        幅員
佐々川の支流、福井川に架かる。町の中央公民館脇。 
吉井町は石橋群を町指定の文化財と捉え、町内の石橋の保護につとめているが、最近(10/15/2002)に訪れた際は、石橋の下流側に付けていた歩道橋を撤去して、すっきりとした石橋の姿が見れるように工事中であった。
もちろん代替の道路は、下流側に新設して通行の改善にはつとめるそうだ。
基礎部分の垂直に立ち上がった所から、そのままアーチに入る角度。石の布積みの様子など、下流の樋口橋との共通点が見られる。同時期の架橋なので関連があるのかもしれない。

写真  3  第  53 番  春 明 橋        佐世保市吉井町春明免
大正11年5月
長さ 18.63m  幅員 4.30m
道路の付替えで右手が作り変えてあるが、雰囲気は残っている。
橋のすぐ脇に架橋記念の碑がある。

写真  4  第  47 番  曲 川 橋        佐世保市吉井町田の元免住吉 
昭和8年3月
長さ 15.5m  幅員 3.6m
佐々川の支流、福井川に架かる。田の元バス停下流に架かる。教育委員会の調査によれば、舗装をする前は欄干もあったとのこと。
すぐ下流の前岳橋の写真をとってから、福井に向かうつもりで、初めての道に入ったら何のことは無い、また石橋に出会った。佐々川水系は石橋の宝庫だ。

写真  5  第  74 番  橋 川 原 橋      佐世保市吉井町直谷免
大正15年1月
長さ 14.01m  幅員 3.45m
佐々川の支流福井川に架かる。
曲川橋のすぐ上流に架かる橋。以前から見つけていた橋だったが、今回ようやく名前がわかった。

三養基郡みやき町に残るアーチ石橋

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三養基郡みやき町に残るアーチ石橋

三養基郡みやき町に残るアーチ石橋は、1橋である。旧三根町となる西島の「西乃宮八幡神社大石橋」。
佐賀市街東与賀「溝口」交差点から、久留米への国道264号線などにより、みやき町三根庁舎のある「江見」交差点まで行く。そのまま江見橋を渡ってすぐ先の左方の路地を入ると、奥に神社がある。

N氏HP「石橋・眼鏡橋・太鼓橋・石造アーチ橋 佐賀県の石橋」によるデータは次のとおり。
親柱などにに寄付者と橋名があり、西乃宮八幡神社「大石橋」となっている。
少し離れた国道反対側の三根東小学校裏にも「矢俣八幡宮」があるが、ここの参道橋は、桁石橋である。

写真  1  №3,052  西乃宮八幡神社大石橋   2007.10.08
三養基郡みやき町大字西島
橋長:2.68m  橋幅:2.52m  径間:2.4m  拱矢:0.9m  環厚:30cm
寄附者:大石武七
架設:明治39年(1906)
いよいよお目当ての大石橋。
正面 寄附者:大石武七 橋名
滑り止めの階段は後から作られたようです。
よく見ると輪石は16列の偶数、中央部の束石は二つの輪石の間に建てられています。

佐賀市(川副町)に残るアーチ石橋

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佐賀市(川副町)に残るアーチ石橋

佐賀市(川副町)に残るアーチ石橋は、2橋である。
1の「福富淀姫神社」は、佐賀市街「南佐賀」交差点から諸富方面の国道208号線に入り、「光法」交差点で早津江方面の県道285号線へ右折する。すぐ右手に「ソエジマ工芸」の工場があり、この路地に入ると神社前に出る。

2の「海童神社」は、県道30号線などにより佐賀市川副支所前まで行き、犬井道の道をまっすぐ南下すると、「竹八漬」工場前などを通りながら神社横に出る。
参道橋近く両脇に架橋記念碑があった。社殿左横の濠も石橋があったが、下水道工事で濠が埋められ、橋は撤去された。橋の石材が残されていた。
N氏HP「石橋・眼鏡橋・太鼓橋・石造アーチ橋 佐賀県の石橋」によるデータは次のとおり。

写真  1  №2,401  福富淀姫神社神橋    2007.01.20
川副町大字福富
橋長:2.2m  橋幅:2.8m  径間:1.8m  拱矢:0.9m  環厚:19cm
架設:昭和15(1940)年
寄進者:宮田忠二、宮田ヤエ
国道208号線から見えた神社の杜らしきところを確認。太鼓橋がありました。
側面 なんと石造アーチ橋です。
親柱 皇紀2600年は昭和15(1940)年です。

写真  2  №2,944  海童神社参道橋     2007.09.08
川副町大字犬井道
橋長:3.2m  橋幅:2.7m  径間:2.4m  拱矢:1.05m  環厚:29cm
架設:明治20年
今回の道中、最初の石橋です。世戸さんに教えて頂きました。海童神社は有明海に面するこの地域に何ヶ所かあるみたいですが、訪れるのは初めてでした。
記念碑あり。

佐賀市(旧市内)に残るアーチ石橋

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佐賀市(旧市内)に残るアーチ石橋

佐賀市(旧市内)に残るアーチ石橋は、2橋である。

1は伊勢町の「大覚寺参道橋」。佐賀県庁の西側「辻の堂」交差点から北へ大和方面への国道264号線に入る。すぐ護国神社の横となり左へ曲がると伊勢町で、奥の路地に大覚寺がある。
N氏HP「石橋・眼鏡橋・太鼓橋・石造アーチ橋 佐賀県の石橋」によるデータは次のとおり。
同HPの記すとおり、「大覚寺参道橋」は欄干の親柱に「寛文十二壬歳(1672年)南呂(8月)上旬」と彫られている。

2007年10月18付毎日新聞記事によると「九州最古とされる長崎眼鏡橋は1634年建造で、大覚寺参道橋はそれから38年遅いが、佐賀県内最古のもので、全国でも10番目前後の古さとみられる」。
佐賀旧市内において、貴重な発見となったアーチ石橋である(同HPを参照)。

2は松原2丁目の「松原神社北の太鼓橋」。佐賀市市制百周年記念事業の1つとして、平成元年4月に松原川に架けられた最新の橋。結婚夫婦の写真撮影中で石橋に近寄れなかった。
最後は神社東の太鼓橋。これは桁橋で安永元年とも明治六年架け替えとも言われる。

写真  1    №2,919  大覚寺参道橋      2007.08.25   佐賀市伊勢町
大覚寺井樋水路  橋長:4.0m  橋幅:3.0m  径間:2.3m  環厚:33cm
架設:寛文12年(1672)
大覚寺入り口。山門の奥に高欄が見えています。側面を確認すると、なんと石造アーチ橋でした。(小城市世戸氏の後日の調査で、欄干に年号が刻まれていることが判明)
毎日新聞佐賀支局の方と同行しました。2007年10月18日付記事。
23代目のご住職。創建は慶長11年(1607)だそうです。2007.10.07撮影

写真  2    №1,740  松原神社北の太鼓橋  2006.03.12   佐賀市松原2丁目
松原川      橋長:m  橋幅:m  径間:m

唐津市(浜玉町)に残るアーチ石橋

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唐津市(浜玉町)に残るアーチ石橋

唐津市(浜玉町)に残るアーチ石橋は、1橋である。浜玉町平原「倉坂の眼鏡橋」。最近、見つかっている。
国道202号線の唐津バイパスにより「千居」交差点まで行って右折。野田温泉の道へ入る。温泉館を過ぎて先へ下り、県道306号線の「座主」交差点に出る。県道を平原小学校まで行き右折。一の里りんご園へ向けて谷奥へ走る。

集落が切れると「倉坂神社」があり、カーブの坂道をまだ上がって行くと、左方からの支流上に「倉坂の眼鏡橋」が架かっている。
N氏HP「石橋・眼鏡橋・太鼓橋・石造アーチ橋 佐賀県の石橋」によるデータは次のとおり。

写真     №3,397  倉坂の眼鏡橋     2008.05.03
唐津市浜玉町平原 倉坂
橋幅:3.6m  径間:4.8m  拱矢:2.45m  環厚:40cm
これも世戸さんから昨日頂いたばかりの情報です。
山道をかなり上って来ました。
上流側に回ると、アーチが確認できました。花崗岩製です。

武雄・多久・厳木・唐津の風景

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武雄・多久・厳木・唐津の風景

平成20年5月20日、武雄・多久・厳木・唐津へ行く。武雄川登付近の長崎自動車道9連橋梁、同地からの御船山、池の内池、西多久のかまど作り民家、南多久桐原の地蔵、同春日神社の庭橋、厳木の町切橋から厳木川、唐津浜玉平原からの風景。

川上神社のクスノキ  唐津市浜玉町平原

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川上神社のクスノキ  唐津市浜玉町平原

唐津市浜玉町平原の川上神社で、またクスノキの大木を見かけた。周囲の家並みからひときわ抜きん出ていて、神社へ行くと幹回りは10mほどあった。樹齢は800年とあった。
これでもさが名木100選には選ばれていない。

国道202号線の唐津市浜玉町「千居」交差点まで行き、右折して野田温泉の道へ入る。温泉館を過ぎていったん下って行く(県道327号線)と、県道306号線との交差点「座主」に出る。川上神社の高木が目の前にある。この道が唐津市街から一番近い。

妙覚寺のボダイジュは、若木も育だたなかった  多久市南多久町桐野

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妙覚寺のボダイジュは、若木も育だたなかった  多久市南多久町桐野

多久市へ行くついでを調べていたら、佐賀植物友の会のHP「佐賀の植物と自然  good site 2001.5選定 佐賀県の天然記念物」の中に、次の記録を見つけた。
「NO 22 妙覚寺のボダイジュ 多久市南多久町 県指定  S62年 幹周470cm 樹高20m  樹齢800年」
しかし、「妙覚寺のボダイジュ」は、もう佐賀県HPや「さが名木100選」に表われない。
HPの寺関係を探すと、次のとおり記していた。

「小城・多久周辺 天平13年(741)聖武天皇の勅願による行基の開基という伝承がある桐野山妙覚寺には、西行が「旅寝」した折りの句が伝えられている。
妙覚寺にある菩提樹は,高さが20m、枝の広がりが15m、そしてなんと推定樹齢は1000年以上といわれている。菩提樹はクワ科の常緑高木。空に向かってそびえているその姿は,時の流れようともかわらない」(西行ゆかりの地HP)

「境内に樹齢1000年ともいわれる菩提樹(現在治療中)があります。数年前久留米善導寺の実で育った苗木、3本を植樹、いつの日か昔のように実が結ばれるのを楽しみにしています」 (天台宗九州西教区HP<安西>)

名木も治療したが枯れ果て、県指定は取り消されたと思われた。若木が植樹されているようなので、訪ねてみたが寺の人は不在だった。
寺下の畑の人に聞くと、名木は十三仏の奥の方で石段を登ったところ。そこは珍しい「刻像青面金剛石祠」(多久市重要文化財)の、もう一段奥の石祠真後ろの山の斜面である。雑草が生い茂り、切株跡はまったくわからなかった。
根元から8本ほどの幹に分かれ、幹回りはそれこそ太かった。若木もここに植えられたたが、老木の苗とあって樹勢なく育だたなかったらしい。

代りに寺の反対山斜面、公民館先から奥の路地に入った民家の裏側に「皇塔」(おおかみのとう)という寺との関連史跡があり、劣らぬボダイジュがあると教えてもらった。ここも不思議な一角で、かなりの古木であるボダイジュが茂っていた。
名木には対面できなかったが、古刹と史跡をゆっくり見学できた。
場所は、多久聖廟入口となる「市民病院前」交差点から県道25号線を小城の方へ向う。南部小学校先のJA多久グリーンセンター前からまっすぐ山手へ上がった桐野集落に寺はある。古びた仁王門が迎える。

福岡県側の五ヶ山ダム建設のため伐られようとしている福岡との県境、東脊振の「小川内のスギ」も早く行って確かめる必要があるが、遠すぎてなかなかここは行ききれずにいる。

武雄市に残るアーチ石橋

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武雄市に残るアーチ石橋

武雄市(山内町・北方町を除く)に残るアーチ石橋は、1橋である。西川登町神六の「持山橋」。最近、見つかっている。
国道34号線が嬉野町から武雄市へ入ってすぐの「日の出城」交差点から、矢筈ダムを通り波佐見へ行く県道102号線へ入る。

JA先から右折し西川登小学校前を通りながら「神六」バス停まで行き、左方下を注意して進むと、「持山橋」のアーチが見える。
N氏HP「石橋・眼鏡橋・太鼓橋・石造アーチ橋 佐賀県の石橋」によるデータは次のとおり。

写真        №3,401  持 山 橋         2008.05.03

武雄市西川登町大字神六
橋幅:2.98m  径間:4.5m  拱矢:1.35m  環厚:32cm
架設:昭和8年(1933)
世戸さんからの情報です。
県道102号線から西側、下の方に見えます。
下流側要石には竣功年。上流側要石には橋名。