投稿者「misakimichi」のアーカイブ

高 島 (6) 石炭資料館の展示古写真類  長崎市高島町

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高 島 (6) 石炭資料館の展示古写真類  長崎市高島町

長崎港口、伊王島のすぐ先となる高島へ行く。古くから炭坑の島として栄え、日本の近代化を支えてきた。昭和61年(1986)閉山。現在は、島の特性と美しい海を活用する町おこしを始め、新たなリゾートの島として生まれかわっている。
長崎港から南西へ約14.5km。高速船で34分である。海釣り・健康(入浴)パック2,000円が得。全周6.4km。島内は周囲の景観を楽しみながら、2時間もあれば歩いて一周できる。

(5)は、「石炭資料館」の展示品。近代化産業遺産。(6)は、展示古写真類。
「石炭資料館」は、高島港ターミナル近くにある。昭和61年に閉山した高島炭坑が、かつて操業していた頃の坑内、坑外で使用していた人車(トロッコ)・炭車・採炭機械などや歴史資料が展示されている。また、高島町の古写真や昔の農機具など民俗資料も展示されている。
入館無料。開館時間は9:00〜17:00。休館日は年末年始。

高 島 (5) 石炭資料館の展示品  長崎市高島町

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高 島 (5) 石炭資料館の展示品  長崎市高島町

長崎港口、伊王島のすぐ先となる高島へ行く。古くから炭坑の島として栄え、日本の近代化を支えてきた。昭和61年(1986)閉山。現在は、島の特性と美しい海を活用する町おこしを始め、新たなリゾートの島として生まれかわっている。
長崎港から南西へ約14.5km。高速船で34分である。海釣り・健康(入浴)パック2,000円が得。全周6.4km。島内は周囲の景観を楽しみながら、2時間もあれば歩いて一周できる。

(5)は、「石炭資料館」の展示品。近代化産業遺産。(6)は、展示古写真類。
「石炭資料館」は、高島港ターミナル近くにある。昭和61年に閉山した高島炭坑が、かつて操業していた頃の坑内、坑外で使用していた人車(トロッコ)・炭車・採炭機械などや歴史資料が展示されている。また、高島町の古写真や昔の農機具など民俗資料も展示されている。
入館無料。開館時間は9:00〜17:00。休館日は年末年始。

長崎の3つの「オランダ坂」  長崎市東山手町・丸山町

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長崎の3つの「オランダ坂」  長崎市東山手町・丸山町

長崎には現在、「オランダ坂」と呼ばれる坂が3つある。山口広助氏HP「丸山歴史散歩」によると、以下のとおり。
なお、HP「長崎県の坂」では、南山手町の「(前)東急ホテルから大浦天主堂・グラーバー園に行く坂」も、東山手のオランダ坂と区別するため「下り松(さがりまつ)オランダ坂」と言われたようだが、今は一般的には「グラバー通り」と呼ばれている、と記しているため、この坂は除外したい。

東山手町に2つ。まず、「ホテルニュータンダ横から活水学院へ向かう坂道」。第二次世界大戦後、しばらくは「ロチ坂」と呼ばれていた。江戸末期の居留地造成の際に切り開かれた道。当初は切通しとも呼ばれ、道幅は現在の3分の1ほどしかなかった
明治18年(1885)来崎したフランスの小説家、ピエール・ロチが、居留地からこの道を通り、十人町の仮寓の家へ往来しているところからこの名が付いた。現在は、観光目的のため「オランダ坂」へと変化しているようだとある。

次は、「活水学院や海星学園がある高台から石橋電停に向かうなだらかな坂道」。もともと、御崎道で使われた街道。今のように広く開けたのは江戸末期、居留地造成の際に整備された。
文久3年(1863)日本初のイギリス聖公会会堂(礼拝堂)が東山手に完成すると、東山手や南山手に住む多くの外国人信者が日曜毎にこの坂道を通るようになった。当時、長崎人はオランダ人でもイギリス人でも欧米人のことを“オランダさん”と呼んでいたため、オランダさんが通る道ということで「オランダ坂」と呼ばれるようになった。
誠孝院前の坂を俗に「誠孝院の坂(ジョウコインーサカ)」というのは、昭和8年(1933)誠孝院が移転してから呼ばれたものである。

以上2つの坂には、通りに大きく「オランダ坂」と刻んだ石碑が建って、良く知られている。
しかし、丸山町にある「阿蘭陀坂/オランダ坂(おらんだざか)」が、長崎の中で「オランダ」とつく最初の場所、「ほんとうのオランダ坂」であるらしい。
思案橋先の電車通りから、標柱がある右の坂段へと入る。料亭「青柳」の角門からさらに折れ曲がりながら坂道を行くと、写真のとおり手書きの説明板があった。白紅の梅が満開の梅園身代わり天満宮へ着いた。、
山口広助氏HP「丸山歴史散歩」による説明(C−45 2005/07/01記事)は次のとおり。

C−45:阿蘭陀坂/オランダ坂(おらんだざか)
丸山町8−1横(旧本石灰町/矢柄町)
祟福寺前から電車通りに突き当たったところに丸山に抜ける28段の階段があります。古賀十二郎先生著「丸山遊女と唐紅毛人(前編)」の中にも記述があるようにこの階段を阿蘭陀坂といいます。江戸時代(鎖国時代)、丸山遊女は出島阿蘭陀商館に出入を許されていた唯一の女性で、「阿蘭陀行き」と呼ばれていました。言伝えでは、その阿蘭陀商館行きの遊女が出島に向かうとき、丸山の表門を通らずこの階段を下だり、当時、川(玉帯川)だった電車通りのところから小舟に乗って出島に向かっていたといわれています。この阿蘭陀商館に向かう「阿蘭陀行き」の遊女が通った坂(階段)というところから阿蘭陀坂と呼ばれるようになります。

一方、幕末の開国後、丸山の上手の小島(中小島公園付近)に西洋料理店の福屋が出来、居留地に住む多くのオランダ人(当時、外国人はすべてオランダ人と呼んでいた)が頻繁に福屋に通ったといわれています。このオランダ人が丸山の花街の中を通らず、この坂を通り福屋に向かったところからオランダ坂となったともいわれています。

高 島 (4) 飛島磯釣り公園  長崎市高島町

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高 島 (4) 飛島磯釣り公園  長崎市高島町

長崎港口、伊王島のすぐ先となる高島へ行く。古くから炭坑の島として栄え、日本の近代化を支えてきた。昭和61年(1986)閉山。現在は、島の特性と美しい海を活用する町おこしを始め、新たなリゾートの島として生まれかわっている。
長崎港から南西へ約14.5km。高速船で34分である。海釣り・健康(入浴)パック2,000円が得。全周6.4km。島内は周囲の景観を楽しみながら、2時間もあれば歩いて一周できる。

(4)は、「飛島磯釣り公園」を詳しく。
平成9年(1997)7月オープン。県内外の釣りファンが訪れる人気の釣りスポット。イサキ・マダイ・クロ・アジなど、豊富な漁種が一年中回遊する。とても恵まれた漁場で安全な場所だ。
釣りはもちろん、美しく澄んだ海を見ながら散策できる。公園の手前には、日本の水浴場88選「高島海水浴場」がある。
高島港から徒歩17分。島内バスもある。入園料は500円、見学のみは100円。
元旦と12月〜3月火曜日は休園(火曜日が祝日の場合は翌日)。
高島へ渡るには、香焼中学校裏手の海岸から海上タクシー「美津丸」(所要時間13分、片道800円)も就航している。

高 島 (3)  長崎市高島町

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高 島 (3)  長崎市高島町

長崎港口、伊王島のすぐ先となる高島へ行く。古くから炭坑の島として栄え、日本の近代化を支えてきた。昭和61年(1986)閉山。現在は、島の特性と美しい海を活用する町おこしを始め、新たなリゾートの島として生まれかわっている。
長崎港から南西へ約14.5km。高速船で34分である。海釣り・健康(入浴)パック2,000円が得。全周6.4km。島内は周囲の景観を楽しみながら、2時間もあれば歩いて一周できる。
飛島磯釣り公園は(4)、石炭資料館は(5)、(6)で別項とする。

(3)は、本町へ戻って北渓井坑跡、陣屋用水と高島陣屋跡、遠見番所石火矢台場跡、炭坑廃墟施設、沖の中ノ島・端島(軍艦島)、二子島の浜節の碑、風力発電装置、時の記録古写真と現在のふれあい多目的運動広場、高島トマト栽培所、最後は高島海水温浴施設「いやしの湯」へ。
高島の風力発電装置は、一般家庭約450世帯分の発電量をまかなう。
(4)は、飛島磯釣り公園を詳しく。

高 島 (2)  長崎市高島町

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高 島 (2)  長崎市高島町

長崎港口、伊王島のすぐ先となる高島へ行く。古くから炭坑の島として栄え、日本の近代化を支えてきた。昭和61年(1986)閉山。現在は、島の特性と美しい海を活用する町おこしを始め、新たなリゾートの島として生まれかわっている。
長崎港から南西へ約14.5km。高速船で34分である。海釣り・健康(入浴)パック2,000円が得。全周6.4km。島内は周囲の景観を楽しみながら、2時間もあれば歩いて一周できる。
飛島磯釣り公園は(4)、石炭資料館は(5)、(6)で別項とする。

(2)は、西海岸の断崖、三角溝と石橋、あこうなど大木、高島カトリック教会、高島小・中学校とグランド、おろち伝説蛇谷の岩間、権現山(標高115m)公園の展望台、鷹巣権現跡、追懐古写真と現況。蛇谷は、山頂展望台のすぐ北側の遊歩道沿いにある。
(3)以下へ、続く。

高 島 (1)  長崎市高島町

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高 島 (1)  長崎市高島町

長崎港口、伊王島のすぐ先となる高島へ行く。古くから炭坑の島として栄え、日本の近代化を支えてきた。昭和61年(1986)閉山。現在は、島の特性と美しい海を活用する町おこしを始め、新たなリゾートの島として生まれかわっている。
長崎港から南西へ約14.5km。高速船で34分である。海釣り・健康(入浴)パック2,000円が得。全周6.4km。島内は周囲の景観を楽しみながら、2時間もあれば歩いて一周できる。
飛島磯釣り公園は(4)、石炭資料館は(5)、(6)で別項とする。

(1)は、高島全景、三菱創業者岩崎弥太郎之像、尾浜坑坑口跡、南洋井坑口跡、長崎市高島行政センター、百間崎地名由来の防波堤跡、「コンニャク煉瓦」の擁壁、高島海水浴場、飛島磯釣り公園正門、陸上養殖施設(種苗生産センター)、南風泊ふれあい橋、グラバー別邸跡
(2)以下へ、続く。

樺 島 (2)  長崎市野母崎樺島町

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樺 島 (2)  長崎市野母崎樺島町

長崎半島の最南端の樺島へ行く。樺島大橋は昭和61年(1986)1月開通。すでに各項にもあるが、島めぐりの見所をまとめる。

(1)は、樺島全景、渡海船桟橋跡、樺島大橋、赤灯台、樺島漁港、樺島バス終点、無量寺、大うなぎ井戸、熊野神社のあこう、弘法寺、金比羅神社、樺島小学校
(2)は、樺島灯台への道、樺島灯台公園と資料館、行者山神社、地下ダム、樺島灯台点灯

樺 島 (1)  長崎市野母崎樺島町

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樺 島 (1)  長崎市野母崎樺島町

長崎半島の最南端の樺島へ行く。樺島大橋は昭和61年(1986)1月開通。すでに各項にもあるが、島めぐりの見所をまとめる。

(1)は、樺島全景、渡海船桟橋跡、樺島大橋、赤灯台、樺島漁港、樺島バス終点、無量寺、大うなぎ井戸、熊野神社のあこう、弘法寺、金比羅神社、樺島小学校
(2)は、樺島灯台への道、樺島灯台公園と資料館、行者山神社、地下ダム、樺島灯台点灯