投稿者「misakimichi」のアーカイブ

三尾野のエノキ  五島市三尾野町

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

三尾野のエノキ  五島市三尾野町

福江港ターミナルから国道384号線により岐宿方面へ向かう。市街地の三尾野町交差点角に五島市総合福祉センターがあり、右折して三尾野橋の手前から福江川の川岸を下流へ行く。センター隣にゲートボール広場があり、その奥に「三尾野のエノキ」が見える。
根元の横に石祠があり、木の空洞にサルノコシカケが生えていた。

2003年福江市針本氏作成「福江島 巨木地図」による説明は次のとおり。
三尾野  エノキ  4.40m

石田城五島氏庭園のクスノキ  五島市池田町

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

イメージ 9

イメージ 10

石田城五島氏庭園のクスノキ  五島市池田町

福江港ターミナルから通りの奥に見えるのが石田城跡である。五島氏庭園の入口は五島高校正門側にあるので、城跡の後ろへ回り込み、堀端前または紺屋町交差点から池田町通りへ入り、案内標識により高校前から入ると駐車場もある。国指定名勝。入園料 大人500円。
心字が池脇に立つクスノキは、樹齢800年と説明板がある。

2003年福江市針本氏作成「福江島 巨木地図」による説明は次のとおり。
五島家庭園  ク ス  6.05m

同庭園内には、文久年間造園の折、福建省から移植した「金明竹」(縞竹)と、雑木林だった現地に築城の時代から生えていたともいうアジア熱帯に産する「モクレイシ」の大木があるのが珍しい植物だそうである。
長崎県HP「長崎県の文化財」による庭園の説明は次のとおり。風景・史跡でも別項とする。

石田城五島氏庭園  名 勝(国指定) 

よみがな いしだじょうごとうしていえん
指定年月日 1991年11月16日   所在地 五島市池田町1番7号
石田城は,北海道松前の福山城とともに最も新しい大名城郭で,邸宅と庭園は,石田城二の丸の西南端に造られている。庭園は,座敷書院の東側に広がる三方を土坡(どは)と石垣で囲まれた地に約千平方メートルの池(心字ヶ池)を中心に造られている。周囲の庭石と築山は,すべて「鬼岳」の溶岩を用いており,植栽としては亜熱帯植物を配置している点に特色がある。また,作庭時期が明瞭で,邸宅も一体となって保存されていることなど,保存例の少ない城郭内の庭園である。

田尾のサクラ  五島市富江町田尾

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

田尾のサクラ  五島市富江町田尾

福江港ターミナルから県道49号福江富江線により富江町へ向かう。香珠子海水浴場を過ぎて、ここも美しい砂浜がある富江町田尾に入る。
田尾海水浴場の真ん中あたりに、国道から右折して集落内へ入る車道があり、谷間を上がって行くと廃校の田尾小学校前を通る。さらに進み川を渡り、途中では左の道へ入り、カーブしながら高台の牧場跡がある終点まで行くと、ここに大幹数本のサクラがあった。
五島市役所富江支所では、幹が折れ枯れかかっていると聞いたが、小浜のサクラより格段元気で見事なサクラである。奥の大幹1本は折れていた。
場所は針本氏から地図で教えてもらった。

2003年福江市針本氏作成「福江島 巨木地図」による説明は次のとおり。
田 尾  サクラ
小 浜  サクラ(町指定)

小浜のサクラは次を参照。 https://misakimichi.com/archives/2016

みさき道の草刈り整備  平成21年10月

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

イメージ 9

イメージ 10

イメージ 11

イメージ 12

みさき道の草刈り整備  平成21年10月

平成21年10月3日(土)快晴。長崎学さるく幕末編行事「江戸期のみさき道を歩く」を前に、みさき道の草刈り整備を行う。参加8人。
高浜海水浴場10時発ー古里ー堂山峠で脇岬観音寺班と合流(昼食)ー野母崎焼却場尾根ー南越ー古里15時30分着

みさき道歩きの最終部分「堂山峠越え」区間は、長崎半島の先端となり、ダンチクやイバラがすぐ密生する。精鋭8人が揃い、古里班と脇岬班の2手に分かれ、古道の草刈り整備をそれぞれしながら登って行き、堂山峠でちょうど12時に落ち合った。

本日のみさき道用件は終了。昼食後、堂山峠から南へ前野母崎町焼却場があった方の尾根を歩いてみた。田の子の次「出口」バス停に出る縦走コース。水仙公園や陽の岬温泉海の健康村に行けるため、4年前に整備していたのだが、もともとわかりにくいコースで誰も利用するいないのか、荒れ放題となっていた。

テープを探しながらやっと2時間かかって前野母崎町焼却場入口へ出た。後も山道を下れるが、荒れているようなので無理をせず車道、農道を歩いて南越集落の上に出、古里へ戻った。脇岬班は車を取りに途中から出口側深浦口へ下った。
宮さんの参加ブログ記事は、 http://blogs.yahoo.co.jp/khmtg856/21446289.html
これがおもしろく、古道「みさき道」の荒れ具合が写真により良くわかるだろう。

長崎の西の空の夕日  09−20

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

イメージ 9

イメージ 10

イメージ 11

イメージ 12

長崎の西の空の夕日  09−20

長崎市南部の団地、わが家から見た夕日。電柱と電線は邪魔なので近くにも出かける。以下、続く。

写真  1〜 4  平成21年 9月10日の18時26分頃から
写真  5〜 8  平成21年 9月26日の18時 6分頃から
写真  9〜12  平成21年10月 2日の17時54分頃から

福 江  明星院・長手地蔵堂・香珠子海水浴場ほか  五島市

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

イメージ 9

イメージ 10

イメージ 11

イメージ 12

イメージ 13

イメージ 14

イメージ 15

イメージ 16

イメージ 17

イメージ 18

福 江  明星院・長手地蔵堂・香珠子海水浴場ほか  五島市

五島市福江の風景・史跡。明星院・市街遠望・長手地蔵堂・鬼岳・香珠子海水浴場。
長崎県HP「長崎県の文化財」及び五島市観光協会「五島市観光情報サイト 五島」による説明は次のとおり。

写真  1〜  9  明星院本堂  有形文化財(県指定) 
よみがな みょうじょういんほんどう
指定年月日 1986年8月29日  所在地五島市吉田町1905  所有者 明星院
寺伝によれば大同元年(806)僧空海が唐から帰朝の途次ここに参籠して明星院と名付け,文治3年(1187)平家盛が宇久姓を名乗ってのちの五島家の始祖となって以来,五島家代々の祈願所であったという。この本堂は棟札により安永7年(1778)の再建と思われる。幕末までは一般庶民の檀那寺ではなかったので,規模は大きくはないが,内部の柱桁に極彩色を施し,格天井には花鳥図を描き,両側小壁には華鬘(けまん)を懸けるなど,藩公祈願所としての荘厳に意を用いてある。護摩堂が別棟であるため,内部の彩色や天井絵がすすけることなく,立派に遣っているのは幸いである。昭和45年屋根の本瓦葺が銅板葺に改められた。
明星院の木造阿弥陀如来立像も有形文化財(県指定) 

写真 10〜 13  福江市街の遠望  上大津町から

写真 14〜 16  長手地蔵堂と左横の石門 
五島八十八ヵ所第三十六番 長手地蔵堂(ながて) 地蔵尊2体 お大師様1体
所在地 五島市長手町

写真 17       鬼 岳
福江島南岸に吹き出た鬼岳火山群は、シンダーコンと呼ばれる珍しい火山です。500万年前に噴火した楯状火山(アスピーテ)の上に5万年前の臼状火山(ホマーテ)が重なり合ってできたもので、鬼岳、火ノ岳、城岳、箕岳、臼岳からなっています。
その中の鬼岳は、全山芝生に覆われ、古くから市民の行楽地として親しまれてきました。中腹にある展望所からは、眼下に福江市街、福江港外に点在する島々を望め、訪れる人たちの心を癒してくれる。周辺は観光施設が整備され、福江島観光の拠点になっています。

写真 18       香珠子海水浴場
五島市中心部から車で約15分。夏休み中には臨時バスが運行されております。流しソーメンを売り物にした千本茶屋や桟敷なども整備されております。家族連れに人気がある、最もポピュラーな海水浴場です。

天満神社のアコウ  五島市平蔵町

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

天満神社のアコウ  五島市平蔵町

福江港ターミナルから県道162号線により奥浦や堂崎天主堂方面へ向かう。約5kmほど走ると「浦頭教会」があり、県指定天然記念物「樫の浦のアコウ」の入口案内標識がある。右折して樫の浦漁港まで行くと、集落の中にアコウがある。

多々良島の正面となる浜は、「観光地引網」を体験できるところ。天満神社は「樫の浦のアコウ」がある岸壁の先の方となるので、しばらく行くと天満神社がある。ここにもアコウの大木が数本あり、写真は昨年にも写していたのに追加した。
一番大きい幹囲7.00mのは鳥居入ってすぐ左横にある。ほかのは周りの社叢にあるらしい。
県指定天然記念物「樫の浦のアコウ」は、https://misakimichi.com/archives/1090

2003年福江市針本氏作成「福江島 巨木地図」による説明は次のとおり。
天満神社  アコウ  4.00m,5.60m,6.05m,7.00m

五島高校岐宿分校跡のイチョウ  五島市岐宿町岐宿

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

五島高校岐宿分校跡のイチョウ  五島市岐宿町岐宿

国道384号線により岐宿へ行き、町中へ右折して入る。五島市役所岐宿支所を通り、まっすぐに岐宿郵便局近くまで行くと、左方石垣の上にイチョウの大木が見える
現在の岐宿小学校は郵便局の右方背後にあるが、道路左方のイチョウが立つ石垣の敷地は、昭和25年5月開校した県立五島高等学校岐宿分校があった所。
同校は昭和42年4月県立五島南高等学校として独立、現在地岐宿町川原へ移転した。現在この跡地には、岐宿公民館及び武道館の新しい建物が建っていた。
従って、タイトルを「五島高校岐宿分校跡のイチョウ」とした。最後の写真は近くの大雄寺にあるイチョウ。

2003年福江市針本氏作成「福江島 巨木地図」による説明は次のとおり。
岐宿小学校前  イチョウ  3.30m

通福寺のオガタマノキ  五島市岐宿町松山

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

通福寺のオガタマノキ  五島市岐宿町松山

福江島の真ん中となる山内盆地の松山にあるため、福江港ターミナルから西の大荒交差点まで行き、県道27号線により猪掛峠を越して二本楠まで入る。
ここで岐宿に出る県道31号線へ右折する。山内小学校や樋ノ口を過ぎると、ほどなく県道がカーブする所に左方へ入る「通福寺入口」の案内標識がある。鰐川の橋を渡って田の中を寺脇方面へ向い、標識に従い途中から右折すると「通福寺」に着く。

五島市観光協会「五島市観光情報サイト 五島」歴史・文化の「五島八十八ヵ所」による寺の説明は次のとおり。
第六十五番 通福寺(つうふくじ)
本 尊 千手観音  宗 派 曹洞宗  所在地 五島市岐宿町松山653
※文治の乱に破れ五島に渡ってきた平家の武将が建立したお寺と伝えられている。天和元年(1681年)に本堂庫裡を新築落成させ、僧林周が天和3年に開創。

2003年福江市針本氏作成「福江島 巨木地図」による説明は次のとおり。
通 福 寺  オガタマ  3.00m

中尾のスタジイ  五島市岐宿町二本楠

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

中尾のスタジイ  五島市岐宿町二本楠

福江島の真ん中となる山内盆地の二本楠にあるため、福江港ターミナルから西の大荒交差点まで行き、県道27号線により猪掛峠を越して二本楠まで入る。
ここで玉之浦中須に出る県道164号線へ左折すると、ほどなく「中尾」バス停がある。国道から右へ田の中を進む車道があり、奥の谷間が中尾集落である。

神社前の中尾バス停からもこんもりした木立(青線枠内)が見え、集落に入って右方の坂道を上がると、高い石垣上に「中尾のスタジイ」がある。主幹の2本とも大きく根元は1つで、かなりの幹囲がある。五島一と言われるスタジイの大木である。
玉之浦町七岳に幹囲6.30〜6.40mと大きいスタジイ3本を針本氏は確認しているが、場所を聞いても入山禁止の山中で、私がたどりつけるような場所ではない。

2003年福江市針本氏作成「福江島 巨木地図」による説明は次のとおり。
中 尾  スタジイ