投稿者「misakimichi」のアーカイブ

松 屋 寺  日出町日出

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

イメージ 9

松 屋 寺  日出町日出

国道10号が日出町の中心に入り、JR日豊本線の高架下をくぐり暘谷駅近くとなるところに、「松屋寺入口交差点」があり左折。大きな案内板どおり進むと、「松屋寺」はすぐである。
現地説明板は、次のとおり。拝観料要。本堂前の国指定天然記念物「大蘇鉄」は、次項で。

松 屋 寺(しょうおくじ)
曹洞宗康徳山松屋寺は天台宗六郷満山寺院の一つとして建立された水月堂を最初とし鎌倉時代の文永年間、最明寺道宗(北条時頼)が水月堂に宿したことにより以来西明寺と称したと伝えられる。慶長六年(1601年)日出藩主木下家の菩提寺となり康徳山松屋寺と号するに至った古刹で教多くの寺宝がある。
境内には国指定天然記念物大蘇鉄、県指定有形文化財の“仏涅槃図”“松屋妙貞他肖像画三幅対”狩野常信筆、“十六羅漢図”や町指定文化財木下俊長筆“千態観音図帳”等ある他、日出城主歴代の墓所や雪舟の築庭と伝えられる“万竜の庭”また帆足萬里をはじめ日出藩の碩学、文化人の墓も寺城内や近くに散在している。

城内邸のサクラ(魚見桜)  日出町豊岡

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

城内邸のサクラ(魚見桜)  日出町豊岡

国道10号線小浦交差点より旧道方面へ車で5分。JR豊後豊岡駅裏の豊岡小学校を通り、住宅地となった高台に登って行く。場所がわかりにくいが、要所に「魚見桜」の案内板がある。
途中の道は狭く急な坂のため、車が離合できない。適当なところに駐車して歩く。
現地説明板は、次のとおり。

城内(じょうない)邸の桜
旧藩時代の辻間村大庄屋城内氏の子孫屋敷にある桜の古樹である。周辺にさきがけ、必ず彼岸に咲き誇るこの桜は、近隣の春のことぶれの目安になっている。樹齢はおよそ400年で、枝は4アールほどの広がりをみせ、満開時には遠くから訪れる人も多い。
桜の種類は山桜で同地区の人々は、旧庄屋屋敷にあるため“庄屋の桜”と呼び、彼岸に咲くので“彼岸桜”とも言う。また海に出漁する人々に、この桜の咲き具合で魚の様子を知り、魚の獲り方、網のおろし方をかえるので“魚見桜”とも呼ばれている。
日出町天然記念物

日出藩成敗場跡地  日出町豊岡

イメージ 1

イメージ 2

日出藩成敗場跡地  日出町豊岡

国道10号線小浦交差点より旧道方面へ車で5分。JR豊後豊岡駅裏を住宅地となった高台に登って行く。「日出殉教公園」が隣接されてある。
大分県観光情報サイトによる説明は、次のとおり。

日出藩成敗場跡地
日出藩の罪人処刑場跡地で供養塔が建てられています。11代藩主木下俊懋が松屋寺(しょうおくじ)住職大蓮和尚に命じて寛政11年(1799)に建立しました。供養塔の下に、法華経69384文字を1字1個の小石に書いて埋めてあるといわれています。成敗場がこうのような形で残されているのは全国でも珍しいことです。また、元和10年(1619)、家老職であったキリシタンの多賀山半衛門が初代藩主木下延俊より棄教を命ぜられました。しかし、それに従わずこの地にて殉教しました。その息子ディエゴ(当時5歳)もこの地で殉教しています。平成19年10月、加賀山半左衛門親子が福者に列せられたことを記念して、この成敗場跡地に隣接して「日出殉教公園」がカトリック大分教区の手により建設されました。また同年10月7日には、異例の松屋寺・カトリック大分教区による宗派を超えた合同慰霊祭も行われました。

日出町の主な石橋  今畑橋・松屋寺境内橋・同雪舟庭園橋

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

日出町の主な石橋  今畑橋・松屋寺境内橋・同雪舟庭園橋

日出町の石橋のうち、今畑橋・松屋寺境内橋・同雪舟庭園橋。日出町藤原の赤松橋(石拱橋 通称“赤松のめがね橋”)は立ち寄れなかった。
石橋のデータと紹介文は、HP「石橋・眼鏡橋・太鼓橋・石造アーチ橋」大分県の石橋による。

写真   1〜  2    今 畑 橋
速見郡日出町今畑
橋長:8.5m  橋幅:4.8m  径間:5.2m  拱矢:2.6m
架設:
宇佐別府道路、速見インター入口から県道24号線を300m南下。
大分自動車道をくぐり250m先、今畑方面へ左折。
300m先分岐は水の口湧水方面へ左折。
700m先日出バイパスの下をくぐり500m先右手、今畑神社横に架かっています。

写真   3        松屋寺(しょうおくじ)境内橋
速見郡日出町
橋長:2.7m  橋幅:0.6m  桁厚:18cm
架設:元禄9(1,696)年
単径間円弧桁橋
門をくぐってすぐ、放生池に架かっています。

写真   4        松屋寺雪舟庭園橋
速見郡日出町
橋長:2.3m  橋幅:0.4m
築造:文明9(1477)年
2径間桁橋
本堂裏、雪舟の庭に架かっています。

(参 考)
写真   5〜  7    日出城跡(暘谷城跡)
速見郡日出町
東側からお堀にアーチが見えました。
入口の構造は石造アーチですが、中はタイル張りのトンネル。
西側。上部、日出小学校です。

水の口湧水  杵築市山香町南畑

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

水の口湧水  杵築市山香町南畑

豐の国名水15選のひとつ。杵築市にある人気の湧水。大分県HP「おおいた暮らし」による説明は次のとおり。

水の口湧水(杵築市山香町)
県中部では、人気のある湧水であり、県内はもちろん、県外からも水を汲みに訪れる人が多く、行列ができるほどです。
アクセスは、国道10号の豊岡から県道24号を上がり、約10㎞の地点にあり、車で25分、また、速見ICに近く、車で5分の距離にあります。
鳥屋岳裾野の静かな山間部にあり、日出町と杵築市山香町の境に位置し、杵築市守江湾に流れ込む八坂川の源流がここになります。
湧水口からは、驚くほど澄んだ水がこんこんと湧き出ており、屋根のある水汲み場には5つの蛇口があり、十分な水勢を保っています。水の味は、穏やかで優しく、ほのかな甘い風味を感じます。
隣接して、この湧水を利用して作る豆腐屋があり、お昼過ぎには完売するとのことです。また、駐車場もあり、すぐ近くには、散歩道など整備された「湧き水公園」もあり、家族連れで十分楽しめる憩いの場ともなっています。

杵築市の主な石橋  鶴岡八幡社参道橋・岡橋・小屋敷橋

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

イメージ 9

イメージ 10

杵築市の主な石橋  鶴岡八幡社参道橋・岡橋・小屋敷橋

杵築市(山香町)の石橋のうち、鶴岡八幡社参道橋・岡橋・小屋敷橋。石橋のデータと紹介文は、HP「石橋・眼鏡橋・太鼓橋・石造アーチ橋」大分県の石橋による。

写真   1〜  4    鶴岡八幡社参道橋
杵築市山香 大字南畑  八坂川
橋長:10.0m  橋幅:1.6m  径間:6.9m  拱矢:2.7m
架設:昭和30年頃
向田橋から150m北上、三六橋を渡り右折、上河内公民館右下に鶴岡八幡社が見えま
す。

写真   5〜  7    岡   橋
杵築市山香 大字向野 松尾
橋長:10.0m  橋幅:3.3m  径間:6.2m  拱矢:2.3m
架設:不詳
国道10号線、JR西屋敷駅前から950m東進、向野小入口から町道へ左折。
200m先JRのトンネルを越えたところで左折、200m先に架かっています。

写真   8〜 10    小 屋 敷 橋
杵築市山香 大字向野 松尾
橋長:12.0m  橋幅:3.0m  径間:6.4m  拱矢:2.6m
架設:大正6年頃
岡橋から上流に見えている橋です。(注 岡橋・小屋敷橋は、津波戸山登山口付近)

大分農業文化公園  杵築市山香町日指ほか

イメージ 1

イメージ 2

大分農業文化公園  杵築市山香町日指ほか

大分農業文化公園    出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

大分農業文化公園(おおいたのうぎょうぶんかこうえん)は、大分県宇佐市安心院町と大分県杵築市山香町に跨る農業公園である。愛称はパークアルカディア。

概 要 大分県宇佐市安心院町(旧宇佐郡安心院町)古川と杵築市山香町(旧速見郡山香町)大字日指に跨る日指ダムのダム湖周辺に設けられた農業体験が可能な公園で、敷地面積は約
120ha(うちダム湖37ha)に及ぶ。2001年(平成13年)4月21日に開園した。

農業を知る(発見)、農業で遊ぶ(参加)、自然と親しむ(癒し)の3つをテーマに、交流研修館、豊の国物産館、レストラン館、花昆虫館からなる中心施設と、フラワーガーデン、ハーブガーデン、薬草薬木の森、果樹園、貸し農園(クラインガルテン)、コテージ、オートキャンプ場、ふれあい動物園などの屋外施設が設けられている。中心施設は伊東豊雄の設計である。

開園初年度は目標を上回る約46万人が訪れたが、その後は入場者が伸び悩み、目標とする年間25万人に届かない状況が続いた。この為、大分県の行財政改革の一環として施設運営が見直され、2005年(平成17年)1月から、花昆虫館などの一部施設をのぞき、入園料が無料化されている。

この公園の開園に伴い、大分自動車道や大分空港道路と接続する宇佐別府道路の公園隣接地点に大分農業文化公園ICが新設されている。

交 通 宇佐別府道路 大分農業文化公園ICからすぐ。

泉福寺石風呂  杵築市山香町山浦

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

泉福寺石風呂  杵築市山香町山浦

宇佐市安心院の中心から県道42号により佐田へ向かい、佐田郵便局前から杵築市山香方面への県道716号に入る。杵築市山香町山浦小学校を過ぎ、県道をまだしばらく行くと、「泉福寺石風呂」入口案内板がある。右手農道の小橋を渡った川沿い奥に木立が見え、ここが泉福寺跡である。
現地説明板は、次のとおり。石風呂上の寺跡境内には、県指定有形文化財「泉福寺国東塔」もあった。

国指定重要有形民俗文化財   泉福寺石風呂   (昭和40年6月9日指定)
金亀山泉福寺は、養老年間に仁聞菩薩の開基と伝えられ、観応3年(1352)に再建されたが明治初年廃寺となった。
この石風呂の構造は上下二階式で、上部が浴室、下部が火ぶくろとなっている。
浴室入口の両側と上部は板碑、浴室内の四壁は岩盤を削ったり、板碑や各種の石材を積み重ねていき、天井や床は板碑や板状の石材を用いている。
石風呂は全国的に横穴式・炭竈式のものが多く、このような二階式のものは類例が少ない。
使用法は下から火を焚き、床に石菖やヨモギ等を敷きつめ、熱くなると水をかけて中に入り身体を温めて治療していた。
浴室入口の高さ90cm、奥行きは150cmである。製作年代は不明であるが、江戸時代中期の記録に“病人多く集り焚く”とある。        杵築市教育委員会

山蔵のイチイガシ  宇佐市安心院町山蔵

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

山蔵のイチイガシ  宇佐市安心院町山蔵

安心院の中心から県道42号により佐田へ向かう。佐田郵便局前から杵築市山香方面への県道716号に入る。山蔵に近づくと左側の民家裏の山手にイチイガシの高木が見える。
現地説明板は、次のとおり。環境庁巨樹データベースで全国7位とされたイチイガシらしい。3位という記事もある。根元の空洞に祀っていた石を、樹勢が回復したため締め割ったともあり、引き返して覗きに戻った。

大分県指定天然記念物  山蔵のイチイガシ   (昭和30年5月27日指定)
本樹は、根回り12.1m。北側地上からの高さ1mの胸高幹囲は7.4m。主幹は真っ直ぐに立ち、高さ7mで一分枝、更に8〜10mで五分枝して、東15.0m、西12.0m、南11.3m、北
12.0m。樹高は24mに及ぶ。
近年の台風のより支柱が折れたので、危険防止の為一部の枝を切除したが、樹形は整っていて樹勢はすこぶる旺盛です。
この樹のほか、町内には東椎屋の滝近くの神社に、二本のイチイガシがあり、町指定となっています。日本の原風景を演出した広葉樹の巨木と云われるものが町内各所に見られます。           安心院町教育委員会

大年社板碑  宇佐市安心院町佐田

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

大年社板碑  宇佐市安心院町佐田

安心院の中心から県道42号により佐田へ向かう。佐田郵便局前から杵築市山香方面への県道716号に入る。まもなく左側に大年社の仁王像と鳥居があり、参道を登った堂の脇に板碑が立つ。
大年社境内に集められた2基の板碑。南北朝時代初めに造立されたものと考えられ、県指定有形文化財となっている。現地説明板は、次のとおり。

大分県指定有形文化財  大年社板碑(二基)   (昭和47年3月21日指定)
二基は、ほぼ同形同大で石材も共に凝灰岩。
上段の板碑は塔身正面上部に大きく種子「アーク(胎蔵界大日)」を薬研彫りし、その下に「暦応四年(1341)巳三四)と陰刻しています。
下段の板碑は塔身正面上部に大きく種子「バン(金剛界大日)」を薬研彫りし、その下に「建武元年(1334)八月二廿八」、その向かって下方左側に「四十八日衆各敬白」と陰刻があります。
この板碑は時宗関係集団に依って南北朝時代初めに造立されたものと考えられています。
一遍を宗祖とする教団が時宗で、南北朝時代から室町時代にかけて一大隆盛をきわめています。信者には貴族・武士・一般民衆等あらゆる階層がいました。ここ佐田では佐田荘を領有した佐田氏(宇都宮系佐田氏)の建立と考えられます。武士が戦場で討ち死にした場合、時宗僧が十回念仏を唱えて極楽往生に導き、且つその活躍の様を遺族に伝えるという働きをした「陣僧」の存在も考えられています。       安心院町教育委員会