投稿者「misakimichi」のアーカイブ

八幡小学校のソテツ  宇佐市下乙女

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八幡小学校のソテツ  宇佐市下乙女

JR日豊本線「豊前善光寺駅通り」の駅手前となる乙女郵便局から右折する。なるべく広いバス道路を伝い東方へと行くと、下乙女の「八幡小学校」正門前に出る。指定木のソテツは、正門から入った校庭の体育館側にある。
大分県HP「豊の国の名樹」による説明は、次のとおり。

特別保護樹木    51. 八幡小学校のソテツ
樹種名 : ソテツ
樹  齢  : 550年
樹  高  : 5m
幹  周  : 根元6.0m
所在地 : 宇佐市大字下乙女
所有者 : 宇佐市
来  歴
宇佐市大字下乙女、八幡小学校校舎前、校庭の東隅に築かれた卒業記念庭園に植えてある名木。県指定特別保護樹木。 
庭園前に建っている銘石の由来記によると、この大ソテツは下乙女に住む中島頼種氏が、文明5年(1473)、豊後佐賀関より入手、移植されたと伝えられる。昭和32年、創立80周年記念事業として特別寄贈をうけ、中島今朝五郎邸から、校庭に再び移植されていた。それを、平成3年3月、第40回卒業記念庭園の造成にさいして、現在地に三度移植したものである。佐賀関より移植したときの樹齢は、50年生ぐらいといわれ、樹齢推定の根拠となっている。永年校庭に成立していたために踏圧をうけ、かつ、深植えのため、分けつ、成長ともに、本来の生育を遂げていないのは惜しまれる。

城井一号掩体壕  宇佐市城井

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城井一号掩体壕  宇佐市城井

JR日豊本線柳ヶ浦駅近く、東光寺五百羅漢から南の、県道629号「駅館大橋」へ出る。直線道路の県道を西へ向かうと、「掩体壕」(えんたいごう)の進入路案内板がある。国道10号からは、辛島交差点からフラワーロード2号線を北へ進み、左折して進入路に入る。
宇佐市観光協会HPによる説明は、次のとおり。コンクリート製掩体壕は、10基残っており、近くの田園や住宅地の中に見られる。

城井一号掩体壕
アジア太平洋戦争時代の旧宇佐海軍航空隊関係の戦争遺跡。10基現存する有蓋掩体号の内の1基。市指定史跡「城井一号掩体壕」
宇佐海軍航空隊は昭和14年(1939)10月1日、練習航空隊として開隊しました。しかし、米軍の空襲をうけるようになった昭和20年(1945)の太平洋戦争末期には特別攻撃隊の基地となり、多くの若者が南の空に飛び立っていきました。

掩体壕とは軍用機を敵の空襲から守るための施設です。柳ヶ浦地区を中心とした基地の規模は東西1.2km、南北1.3kmで、184haありました。戦後、飛行場などのあとは、水田や道路にかえされており、その面影を残すのは10基のコンクリート製掩体壕などわずかな遺構だけです。

宇佐市では戦後50年の節目を「平和元年」とし、この負の遺産を平和のシンボルとして21世紀に伝えることにしました。その第一歩として、平成7年3月28日に城井地区にある掩体壕1基を史跡に指定し、平成9年度に周辺用地を含め史跡公園として整備しました。説明版のほか、特攻隊の戦死者名や俳句・短歌を刻んだ平和記念碑なども設置しています。

東光寺の五百羅漢  宇佐市江須賀

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東光寺の五百羅漢  宇佐市江須賀

JR日豊本線柳ヶ浦駅の近く、駅館川(やっかんがわ)沿いの県道44号から、少し入ったところに「東光寺」はある。
現地説明板は、次のとおり。

東光寺五百羅漢   市指定有形民俗文化財
15代玉峰道琳和尚が、当時の世相から住民を救うため日出(速見郡日出町)の石工吉野覚之丞(覚兵衛とも伝えられる)に依頼して文久3年(1863年)から明治14年までの19年間(安政6年から明治15年までの24年間とも伝えられる)かけて521体の石像を完成させました。
元来羅漢は異相ですが、当寺の羅漢には美笑醜渋の四面相があり表情が実に豊かで個性的であります。なお、16羅漢と仏足石が本堂裏に安置されています。薬師寺の仏足石を模して造られたもので、長さは1尺6寸あり全国的にも数少ない貴重なものです。

貴船神社のクロマツ  宇佐市住江

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貴船神社のクロマツ  宇佐市住江

JR日豊本線柳ヶ浦駅前から左斜めに行く県道23号により、中津市方面へ向かう。しばらく進むと、県道右に「貴船神社」が見える。
大分県HP「豊の国の名樹」による説明は、次のとおり。

特別保護樹木    56. 貴船神社のクロマツ
樹種名 : クロマツ
樹  齢  : 300年
樹  高  : 11.5m
幹  周  : 2.80m
所在地 : 宇佐市大字住江
所有者 : 貴船神社
来  歴
宇佐市大字住江字宮ノ下、貴船神社の境内に聳える巨樹。県指定特別保護樹木。
この貴船神社は、養老3年(719年)に今戸万久郎代官が京都より柳ヶ浦に勧請し暫時宇佐市郡各所に建立した内の一つである。
中野幡能氏の柳ヶ浦町史によると、「貴船神社は大字住江字宮ノ下に鎮座す、境内の面積254坪あり松樹多し、創立年時及び由緒不明」と記されているが、鳥居には、寛文7年(1658年)記されている。
このクロマツは、平成7年よりボランティアで基金を募り薬剤注入施し近年増加している松食い虫から防除しており、天上は傘状に広がり、根上がりの形状も良好である。建立当時より神社の御神木としてに生きてきた老大木で、近年増加傾向にある松食い虫等の影響からマツが激害を受ける中、樹齢300年を誇る不老のマツである。

宇佐風土記の丘・大分県立歴史博物館  宇佐市高森京塚

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宇佐風土記の丘・大分県立歴史博物館  宇佐市高森京塚

宇佐神宮前の国道10号を、中津方面へしばらく進む。「宇佐風土記の丘」入口の案内板から右折して行く。大分県立歴史博物館と、史跡公園「宇佐風土記の丘」がある。
大分県立歴史博物館HPによる説明は、次のとおり。大分県立歴史博物館の内部写真は、東光寺前の大分県展示板から。

史 跡
宇佐風土記の丘は、駅館川東岸の台地に広がる総面積約19.2ヘクタールの史跡公園です。園内には、九州最古の前方後円墳である赤塚古墳をはじめ、6基の前方後円墳が築かれています。これらの古墳群に埋葬された人たちは、3世から6世紀にかけて宇佐平野を支配していた宇佐国造家の首長たちだと考えられています。

赤塚古墳   全長57.5m  3世紀末
免ヶ平古墳  全長50m  4世紀
福勝寺古墳 全長82m  5世紀
車坂古墳   全長58m  5〜5世紀
角房古墳   全長46m  4〜5世紀
鶴見古墳   全長31m  6世紀

当施設について
大分県立歴史博物館は、史跡公園「宇佐風土記の丘」に昭和56年に開設された県立宇佐風土記の丘歴史民俗資料館を前身としています。平成10年度、よりよい文化財の保存・活用と展示内容の刷新、文化財の収蔵・保存スペースの拡充などをはかり、館名を改め、再スタートいたしました。
当館は、大分県の文化財保護研究センターとして活動し、文化財愛護思想の高揚につとめ、県民のみならず大分県を訪れる方々に歴史や文化を学習していただく場を提供しています。宇佐風土記の丘のご活用とともに、皆様のご来館をお待ちしております。

宇佐神宮のクスノキ  宇佐市南宇佐

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宇佐神宮のクスノキ  宇佐市南宇佐

宇佐神宮の社叢のうち、上宮祈祷殿前のクスノキ。JR宇佐駅から国道10号に入り、中津市方面へ行くと、宇佐神宮がほどなくある。宇佐神宮の風景、石橋、社叢などは、別掲した。
HP「人里の巨木たち」大分県による説明は、次のとおり。「若宮神社と西大門の間、八幡鳥居近くのクスノキの方が大きそうだが」は、最後の写真の木と思われる。

名 称 宇佐神宮のクスノキ
名称の典拠 なし
樹 種 クスノキ
樹 高 25m(注1 環境庁「日本の巨樹・巨木林 九州・沖縄版」による。なお、同書には、ほぼ同サイズの個体が3本登録されている。写真はそのうちの1本であることは間違いないと思うが、掲載データの個体そのものかどうかは不明)
目通り幹囲 5.4m(注1)
推定樹齢 300年以上(注1)
所在地の地名 大分県宇佐市南宇佐
国指定天然記念物(1977年4月12日、「宇佐神宮社叢」として境内林全体を指定)

全国各地に散在する八幡神社の総本宮が宇佐神宮である。約1400年前に開かれたと伝える古い歴史がある。広大な敷地を持ち、社叢の広さも4haに及ぶ。
高木層の主体はイチイガシで、20年くらい前まで、胸高直径が40cm以上のイチイガシが
150本ほどあった。イチイガシの自然林として貴重だということで、国から天然記念物指定を受けた。(その後、1991年の台風19号により、イチイガシ巨木30本を含め、187本が被害を受けた。今も復旧過程にある。講談社「日本の天然記念物」を参考)
しかし、ざっと見渡したところ、数は少ないが、幹囲ではイチイガシよりクスノキの方が上。私のサイトではクスノキを紹介することにした。このクスノキは、上宮の祈祷殿の前。参詣者がみな目にするクスノキである。(大きさでは、若宮神社と西大門の間、八幡鳥居近くのクスノキの方が大きそうだが)

宇佐神宮の社叢  宇佐市南宇佐

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宇佐神宮の社叢  宇佐市南宇佐

宇佐神宮の社叢。JR宇佐駅から国道10号に入り、中津市方面へ行くと、宇佐神宮がほどなくある。宇佐神宮の風景、石橋などは、別掲した。
国指定文化財データベースによる解説は、次のとおり。

史跡名勝天然記念物
名称: 宇佐神宮社叢
ふりがな: うさじんぐうしゃそう
種別1: 天然記念物
指定年月日: 1977.04.12(昭和52.04.12)
指定基準: (一)名木、巨樹、老樹、畸形木、栽培植物の原木、並木、社叢
所在都道府県: 大分県
所在地(市区町村): 宇佐市南宇佐
解説文:
宇佐神宮は平地に接した小高い岡の上に鎮座し、これを鬱蒼とした森が取り巻いていて、その大部分はイチイガシ及びクスを主とする常緑広葉樹林で自然状態をよく保っている。林内にはイチイガシ・ヤマビワ・イズセンリョウ・ホソバカナワラビ群集、イチイガシ・ミミズバイ・イズセンリョウ・アリドオシ群集、クス・ミミズバイ・イズセンリョウ・ホソバカナワラビ群集及びイチイガシ・ミミズバイ・イズセンリョウ・ホソバカナワラビ群集の各群集がみられる。また、ここではアラカシ、シリブカガシ、ヒメユズリハが第2高木層をなし、低木層はイズセンリョウが優勢で草本層はホソバカナワラビを主体とし、ジャノヒゲ、オオバジャノヒゲなどを伴っている。イチイガシは関東南部以西に分布し、各地に樹林を形成していたものと思われるが、現在はイチイガシの林分の残存している例は少なく、この社叢はこの意味からも学術上の価値が高い。

宇佐神宮の風景  宇佐市南宇佐

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宇佐神宮の風景  宇佐市南宇佐

宇佐神宮の風景。JR宇佐駅から国道10号に入り、中津市方面へ行くと、宇佐神宮がほどなくある。宇佐神宮の石橋、社叢などは、別掲する。
国指定文化財等データベースによる解説は、次のとおり。

国宝・重要文化財(建造物)
名称: 宇佐神宮本殿
ふりがな: うさじんぐう
員数: 1棟
種別: 近世以前/神社
時代: 江戸末期
年代: 安政2〜文久元
西暦: 1855〜1862
構造及び形式等: 内院 桁行三間、梁間二間、一重、切妻造、檜皮葺
外院 桁行三間、梁間一間、一重、向拝一間、檜皮葺
造り合を含む
指定番号: 00102
国宝・重文区分: 国宝
重文指定年月日: 1907.05.27(明治40.05.27)
国宝指定年月日: 1952.11.22(昭和27.11.22)
所在都道府県: 大分県
所在地: 大分県宇佐市大字南宇佐
所有者名: 宇佐神宮
解説文: 本殿は南面して第一殿より第三殿に至る三社殿が東西に並び、今の本殿は三社殿とも安政二年より文久元年に亘り造営されたものである。その形は切妻造の建物を前後に二つ並べて中央の谷に大きな樋を設けている。この形式は古い形式を残すもので、いわゆる八幡造の典型的なものとして貴重である。

熊野神社のスダジイ  宇佐市西大堀

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熊野神社のスダジイ  宇佐市西大堀

JR宇佐駅入口先から橋を渡って、すぐ県道213号へ左折する。県道は日豊本線に沿って北上し、しばらく進むと右手に「直心庵」の案内板と寺が見える。「熊野神社」はこの寺の後方にあるので、道路を回りこんで行く。
大分県HP「豊の国の名樹」による説明は、次のとおり。

特別保護樹木   61. 熊野神社のスダジイ
樹種名 : スダジイ
樹  齢  : 500年
樹  高  : 27m
幹  周  : 5.8m
所在地 : 宇佐市大字西大堀
所有者 : 熊野神社
来  歴
宇佐市西大堀の熊野神社境内に聳える巨樹。天上は傘状に広がり、根上がりの形状もよく樹木の王の風格を保っており、地区住民のシンボルとなっている。
熊野神社の由緒は不詳。スダジイの由緒は、神社が宗教法人令によって規則等を届け出た昭和21年5月10日に「椎ノ木目通り直径4尺高さ15間」とある。