投稿者「misakimichi」のアーカイブ

馬路森林鉄道とインクライン  高知県高知県安芸郡馬路村

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馬路森林鉄道とインクライン  高知県高知県安芸郡馬路村

本四高速HP「観光情報 瀬戸マーレ」による解説は、次のとおり。4枚目は馬路温泉。

馬路森林鉄道とインクライン

材木の切り出し用に使われていた森林鉄道やインクラインを観光用に復元したもの。保田川の流域の馬路地区、総面積の9割以上が山林に囲まれている。四国山地にあたる雨は森林の大きな恵みである。古くから林業が盛んで、杉を中心とした材木の切り出し運搬のため森林鉄道が敷かれていた。観光用の森林鉄道は1週約300m、ディーゼル機関車でトロッコ風の客車を引く。インクラインは、水の重みを動力に利用したもので、頂上からの景観とともに自然との対話ができそうだ。

落 合 橋  高知県安芸郡馬路村

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落 合 橋  高知県安芸郡馬路村

国指定重要文化財「旧魚梁瀬森林鉄道施設」のうち「落合橋」。所在地 高知県安芸郡馬路村馬路。現地説明板は、次のとおり。

落 合 橋

[建 設 年]大正14年.
[構造様式]鋼ガーダー橋.
[所 在 地]高知県安芸郡馬路村馬路字長瀬3546番1先.
安田川に架かる単線仕様の上路式鋼製単二形桁橋。橋長は37.0mで、桁一連あたりの全長は
18.4m。桁の側面に、「大正十四年 株式会社横河橋梁製作所大阪工場製作」の銘板が付いています。橋の川上側には、かつて、線路に沿って製材所があり、天然木の木材を製材していました。現在は馬路村の村道として共用されています。

平瀬隧道  高知県安芸郡馬路村

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平瀬隧道  高知県安芸郡馬路村

国指定重要文化財「旧魚梁瀬森林鉄道施設」のうち「平瀬隧道」。所在地 高知県安芸郡馬路村馬路。現地説明板は、次のとおり。
国指定文化財等データベースは、現在メンテナンスで利用できないため、Weblio辞書の同データを載せる。

平瀬隧道

[建 設 年] 明治44年
[構造様式] 石造隧道
[所 在 地] 高知県安芸郡馬路村馬路

切石砂岩の空積みの石造隧道。全長70.6m、トンネル断面は半円アーチ形で、内法幅は約3m、内法高は約3.5m。抗口アーチの頂部には五角形の盾形の要石が現存。抗口には川下からの順番を示す「V」の刻印があり、田野−馬路間の開通当時の建造を証明しています。西抗口には石造の翼壁が現存。現在は未使用。

重要文化財(建造物)

名称: 旧魚梁瀬森林鉄道施設
ふりがな: きゅうやなせしんりんてつどうしせつ
名称(棟): 平瀬隧道
名称(ふりがな): ひらせずいどう
番号: 2544
種別1: 近代/産業・交通・土木
国宝重文区分: 重要文化財
指定年月日: 2009.06.30(平成21.06.30)
員数(数): 1
代表都道府県: 高知県
都道府県: 高知県安芸郡奈半利町乙、同田野町八幡山・待井東、同安田町別所・与床・小川・瀬切、同馬路村大字馬路、同北川村久木・小島・二タ又
所有者名: 高知県、奈半利町、田野町、安田町、北川村、馬路村、八幡宮
指定基準: (三)歴史的価値の高いもの
構造形式: 石造隧道、延長七〇・六メートル、西坑門翼壁附属
時代区分: 明治
年代: 明治44年
解説文:
魚梁瀬森林鉄道は,高知県東部の魚梁瀬地区からの伐採木搬出のため,明治44年から昭和17年にかけて農商務省の直轄事業により建設された森林鉄道施設である。
わが国最初期の森林鉄道施設の一つであり,通常の鉄道構造物とは異なる構法や規模で建設された橋梁や隧道が,旧態を良好に保持しながらまとまって残り,林業技術史上,貴重である。
また,二股橋と堀ヶ生橋はそれぞれ無筋コンクリート造及び充腹式鉄筋コンクリート造橋梁として,近代における最大級の径間を実現した構造物であり,コンクリート技術史上,高い価値がある。

観音堂の大杉  高知県安芸郡馬路村

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観音堂の大杉  高知県安芸郡馬路村

馬路村の安田川支流東川川沿いの県道12号脇にある。現地説明板は、次のとおり。

観音堂の大杉

場所 安芸郡馬路村馬路東川
樹齢 約600年
樹高 40m
胸高直径 2.5m
(由来)
伝承によれば保元2年、今から828年前、奥州磐城民部大輔の末孫平隆長が保元の乱に敗れ、阿波の国を経て家臣数名と共にこの地に逃れ、一寺院(三畝)を建立し(これが観音堂の由来)住んだという。
時代は流れ、100年後この杉が植えられたものと推察される。村人は観音様と同様に神杉として尊崇し「観音堂大杉」と命名し、地元のシンボルともなっている。
また、この境内の樹木に着生している「セッコク類」も珍重がられ、境内での一切の植物の採取も禁止されています。
高知県緑化推進委員会・馬 路 村

堀ヶ生橋  高知県安芸郡北川村

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堀ヶ生橋  高知県安芸郡北川村

国指定文化財等データベースは、現在メンテナンス中で利用できないが、事前に写していた同データは、次のとおり。二又橋を渡って名半利川の上流にある。橋手前は隧道。

国宝・重要文化財(建造物)

名称: 旧魚梁瀬森林鉄道施設
ふりがな: きゅうやなせしんりんてつどうしせつ
棟名: 堀ヶ生橋
ふりがな: ほりがをばし
員数: 1基
種別: 近代/産業・交通・土木
時代: 昭和
年代: 昭和16
西暦: 1941
構造及び形式等: 鉄筋コンクリート造単アーチ橋、橋長46.9m、親柱4基及び高欄付、東西擁壁附属
指定番号: 02544
国宝・重文区分: 重要文化財
重文指定年月日: 2009.06.30(平成21.06.30)
重文指定基準: (三)歴史的価値の高いもの
所在都道府県: 高知県
所在地: 高知県安芸郡北川村二夕又
所有者名: 高知県、奈半利町、田野町、安田町、北川村、馬路村、八幡宮  
解説文:
魚梁瀬森林鉄道は,高知県東部の魚梁瀬地区からの伐採木搬出のため,明治44年から昭和17年にかけて農商務省の直轄事業により建設された森林鉄道施設である。
わが国最初期の森林鉄道施設の一つであり,通常の鉄道構造物とは異なる構法や規模で建設された橋梁や隧道が,旧態を良好に保持しながらまとまって残り,林業技術史上,貴重である。
また,二股橋と堀ヶ生橋はそれぞれ無筋コンクリート造及び充腹式鉄筋コンクリート造橋梁として,近代における最大級の径間を実現した構造物であり,コンクリート技術史上,高い価値がある。

二 股 橋  高知県安芸郡北川村

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二 股 橋  高知県安芸郡北川村

国指定文化財等データベースは、現在メンテナンス中で利用できないが、事前に写していた同データは、次のとおり。

国宝・重要文化財(建造物)

名称: 旧魚梁瀬森林鉄道施設
ふりがな: きゅうやなせしんりんてつどうしせつ
棟名: 二股橋
ふりがな: ふたまたばし
員数: 1基
種別: 近代/産業・交通・土木
時代: 昭和
年代: 昭和15
西暦: 1940
構造及び形式等: コンクリート造二連アーチ橋、橋長46.5m、親柱4基付、南北擁壁附属
指定番号: 02544
国宝・重文区分: 重要文化財
重文指定年月日: 2009.06.30(平成21.06.30)
重文指定基準: (三)歴史的価値の高いもの
所在都道府県: 高知県
所在地: 高知県安芸郡北川村二夕又
所有者名: 高知県、奈半利町、田野町、安田町、北川村、馬路村、八幡宮  
解説文:
魚梁瀬森林鉄道は,高知県東部の魚梁瀬地区からの伐採木搬出のため,明治44年から昭和17年にかけて農商務省の直轄事業により建設された森林鉄道施設である。
わが国最初期の森林鉄道施設の一つであり,通常の鉄道構造物とは異なる構法や規模で建設された橋梁や隧道が,旧態を良好に保持しながらまとまって残り,林業技術史上,貴重である。
また,二股橋と堀ヶ生橋はそれぞれ無筋コンクリート造及び充腹式鉄筋コンクリート造橋梁として,近代における最大級の径間を実現した構造物であり,コンクリート技術史上,高い価値がある。

法恩寺跨線橋  高知県安芸郡奈半利町

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法恩寺跨線橋  高知県安芸郡奈半利町

HP「石橋・眼鏡橋・太鼓橋・石造アーチ橋」によるデータは、次のとおり。

№5,586    法恩寺跨線橋

高知県安芸郡奈半利町乙
橋幅:2.98m  径間:3.3m  拱矢:1.5m  環厚:36cm
輪石:31列

法恩寺跨線橋 魚梁瀬(やなせ)森林鉄道遺産
「建設年 昭和6年頃
構造様式 石造アーチ橋
三光院から南の旧道へ向かう跨線橋。建造は昭和6年頃といわれています。石造アーチ橋で、上部歩行部分の長さは5.55m、階段の長さは4.495m。地元では“アーチ橋”の呼び名で親しまれ、現在も南からのアプローチとして利用されています。」

左手山の上の三光院への参道です。階段を上りきったところに三光院。
寺から奈半利貯木場が見渡せます。

吉良川町の町並み  高知県室戸市吉良川町

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吉良川町の町並み  高知県室戸市吉良川町

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』による解説は、次のとおり。

吉良川町

吉良川町(きらがわちょう)は、高知県室戸市北西部にある町丁。町並みは国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されている。

概 要
国道55号沿いにあり、室戸岬から北西に約16kmに位置する。
吉良川町は古来より木材や薪などの森林資源の集積地として京阪神に出荷していた。鎌倉時代の「京都石清水八幡宮文書目録」にも木材産地として吉良川の名が記されている。明治時代より近郊で産出するウバメガシから備長炭が生産されるようになった。大正時代になると製炭技術が発達し吉良川炭は日本を代表する良質な備長炭となっていった。京阪神を中心に海路で出荷され、帰りの船で日用品を持ち帰り、その交易で明治から昭和初期にかけて繁栄した。その経済力を背景に町並みが形成された。

重要伝統的建造物群保存地区データ
・名称 – 室戸市吉良川町重要伝統的建造物群保存地区
・種別 – 在郷町
・伝統的建造物 – 建造物:120棟・工作物:42・環境物件:1 計163
・面積 – 18.3ヘクタール
・選定年月日 – 1997年10月31日

室戸岬灯台  高知県室戸市室戸岬町

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室戸岬灯台  高知県室戸市室戸岬町

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』による解説は、次のとおり。

室戸岬灯台
所在地 高知県室戸市室戸岬町6939

室戸岬灯台(むろとざきとうだい)は、高知県室戸市室戸岬町の室戸岬付近の高台に立つ白亜の鉄造灯台。周辺は、室戸阿南海岸国定公園に指定され、太平洋を望む風光明媚の地。光達距離26.5海里(約49km)は日本一。また、日本に6箇所しかない直径2.6メートルの第一等フレネル式レンズを備えた第1等灯台でもある。更には、日本の灯台50選の一つ、その歴史的価値から海上保安庁によってAランクの保存灯台にも指定されており、まさに日本を代表する灯台のひとつと言ってよい。

歴 史
・1899年(明治32年)に初点灯された。鉄製で白一色に塗装され、現在も原形を保っている。当初は石油ランプであった。
・1917年(大正6年)に電化された。
・1934年(昭和9年)9月の室戸台風により灯台レンズが破損したため修理が行われた。
・1945年(昭和20年)3月、太平洋戦争末期、アメリカ軍空母機動部隊が室戸岬沖80キロに接近。アメリカ軍の艦載機による機銃掃射を受け、灯台レンズが破損する。(現在でも灯台には4つの弾痕が刻み込まれている)
・1953年(昭和28年)10月、日本で初めて電動駆動装置(回転機械制御用の電動駆動機器)の採用。

付属施設
・無線方位信号所(中波標識局、レーマークビーコン)

最御崎寺  高知県室戸市室戸岬町

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最御崎寺  高知県室戸市室戸岬町

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』による解説は、次のとおり。

最御崎寺
所在地 高知県室戸市室戸岬町4058-1

最御崎寺(ほつみさきじ)は、高知県室戸市室戸岬町に位置する寺院。室戸山(むろとざん)、明星院(みょうじょういん)と号す。宗派は真言宗豊山派。四国八十八箇所霊場の第二十四番札所であり、土佐で最初の札所である。室戸岬では東西に対峙している第二十六番札所の金剛頂寺を西寺(にしでら)と呼ぶのに対し、東寺(ひがしでら)と呼ばれる。寺号は「火つ岬」(火の岬)の意。
本尊真言:のうぼう あきゃしゃ きゃらばや おんあり きゃまり ぼり そわか
ご詠歌:明星の 出ぬる方の 東寺 暗き迷は などかあらまじ

歴 史
空海は都での学問に飽き足りず、19歳頃からの約5年間、山林修行を続けた。延暦11年(792年)、19歳の空海は、室戸岬にほど近い洞窟(御厨人窟)で虚空蔵求聞持法に励んだとされる。寺伝によれば空海は大同2年(807年)に、嵯峨天皇の勅願を受けて本尊の虚空蔵菩薩を刻み、本寺を開創したとされる。当初は奥の院四十寺のある四十寺山頂にあり、現在地に移ったのは寛徳年間(1044年 – 1055年)頃といわれている。

嵯峨天皇以降歴代天皇の信仰が篤かった。足利尊氏によって土佐の安国寺とされる。その後火災により焼失したが、元和年間(1615年 – 1624年)には土佐藩主山内忠義の援助を受け僧の最勝が再興する。堂塔を建立、七堂伽藍を有したという。明治に入って神仏分離令によって荒廃するが、大正3年(1914年)には再建された。阿南室戸歴史文化道の指定を受けている。