投稿者「misakimichi」のアーカイブ

長崎の古写真考 長崎古写真 大徳寺

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長崎の幕末・明治期古写真考 長崎古写真 大徳寺

長崎大学附属図書館幕末・明治期日本古写真メタデータ・データベース」などに収録している長崎の古写真について、撮影場所などタイトルや説明文に疑問があるものを、現地へ出かけて調査するようにしている。順不同。

NAGASAKI GENEI
長崎古写真   長崎名所 TEA HOUSE DAITOKUJI

■ 確認結果

「NAGASAKI GENEI」というサイトがある。ウェブ検索でなかなか表れないが、長崎の貴重な古絵葉書や古写真を多数、公開されている。
タイトル以外、特に説明がない。撮影地など一般にわかりにくいものを、取り上げ考えてみる。

長崎古写真の中にある「長崎名所 TEA HOUSE DAITOKUJI」は、現在の長崎市西小島1丁目「大徳寺公園」内の風景。
明治元年建立の鳥居はそのまま。展示古写真によると、茶屋は当時、3軒あった。

長崎の古写真考 長崎古写真 諏訪神社を望む

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長崎の幕末・明治期古写真考 長崎古写真 諏訪神社を望む

長崎大学附属図書館幕末・明治期日本古写真メタデータ・データベース」などに収録している長崎の古写真について、撮影場所などタイトルや説明文に疑問があるものを、現地へ出かけて調査するようにしている。順不同。

NAGASAKI GENEI
長崎古写真   REAL PHOTO 諏訪神社を望む

■ 確認結果

「NAGASAKI GENEI」というサイトがある。ウェブ検索でなかなか表れないが、長崎の貴重な古絵葉書や古写真を多数、公開されている。
タイトル以外、特に説明がない。撮影地など一般にわかりにくいものを、取り上げ考えてみる。

長崎古写真の中にある「REAL PHOTO 諏訪神社を望む」は、中央右側に諏訪神社の長坂が斜めに見える。長崎市寺町の「興福寺」あたりから撮影していると思われる。
高いビルのため、諏訪神社の長坂が確認できない。現在の写真は、興福寺と浄安寺の間の墓地高台の道から写してみた。

これと同じような写真は、長崎古えはがきの「長崎名所 諏訪神社ノ遠景」がある。この撮影地は、若宮稲荷神社中段の大鳥居あたりからである。手前に写っている寺が「光源寺」である。
この項は、本ブログ次を参照。  https://misakimichi.com/archives/2844

長崎の古写真考 長崎古写真 新地橋

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長崎の幕末・明治期古写真考 長崎古写真 新地橋

長崎大学附属図書館幕末・明治期日本古写真メタデータ・データベース」などに収録している長崎の古写真について、撮影場所などタイトルや説明文に疑問があるものを、現地へ出かけて調査するようにしている。順不同。

NAGASAKI GENEI
長崎古写真   REAL PHOTO 新地橋

■ 確認結果

「NAGASAKI GENEI」というサイトがある。ウェブ検索でなかなか表れないが、長崎の貴重な古絵葉書や古写真を多数、公開されている。
タイトル以外、特に説明がない。撮影地など一般にわかりにくいものを、取り上げ考えてみる。

長崎古写真の中にある「REAL PHOTO」は、中央左側に石橋のようなものが写っている。背後の丘は大徳寺と考えられるので、石橋とすると、新地蔵所入り口「新地橋」と思われる。
上野彦馬撮影「長崎の運河」が、同じような撮影地から写した写真となっており、「新地橋」の姿がはっきり撮影されている。
この項は、本ブログ次を参照。 https://misakimichi.com/archives/2764

長崎の古写真考 長崎古写真 長崎港

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長崎の幕末・明治期古写真考 長崎古写真 長崎港

長崎大学附属図書館幕末・明治期日本古写真メタデータ・データベース」などに収録している長崎の古写真について、撮影場所などタイトルや説明文に疑問があるものを、現地へ出かけて調査するようにしている。順不同。

NAGASAKI GENEI
長崎古写真   長崎港

■ 確認結果

「NAGASAKI GENEI」というサイトがある。ウェブ検索でなかなか表れないが、長崎の貴重な古絵葉書や古写真を多数、公開されている。
タイトル以外、特に説明がない。撮影地など一般にわかりにくいものを、取り上げ考えてみる。

長崎古写真の中にある「長崎港」は、長崎港の風景。東山手の丘の上に覗くのは彦山である。前の記事「「松屋(商店) MATSUYA  長崎港 1」と同じ場所から撮影されているが、和船が4隻大きく写っている。
南山手の下り松付近の岬から撮影した貴重な写真と思われる。大浦や大浦海岸通りの外国人居留地はまだ造成されていない。

現在の写真は、高いビルのため写せない。松が枝国際観光埠頭ターミナルの高台から、山の姿を確認した。

長崎の古写真考 長崎古写真 長崎港

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長崎の幕末・明治期古写真考 長崎古写真 長崎港

長崎大学附属図書館幕末・明治期日本古写真メタデータ・データベース」などに収録している長崎の古写真について、撮影場所などタイトルや説明文に疑問があるものを、現地へ出かけて調査するようにしている。順不同。

NAGASAKI GENEI
長崎古写真   長崎港

■ 確認結果

「NAGASAKI GENEI」というサイトがある。ウェブ検索でなかなか表れないが、長崎の貴重な古絵葉書や古写真を多数、公開されている。
タイトル以外、特に説明がない。撮影地など一般にわかりにくいものを、取り上げ考えてみる。

長崎古写真の中にある「長崎港」は、長崎港の風景。煉瓦造の倉庫群が写った前の記事「松屋(商店) 長崎港4」と同じ小山のような感じがする。
戸町番所の国分町の山が似ているが、戸町側や小菅ソロバンドックから見ても、左奥背後の山がどうしても合わなかった。

これもやはり、新地蔵所対岸の籠町日浦海岸と思われる。小山は大徳寺上の山ではないか。小島養生所が建つ前の、相当古い写真と考えられる。
新地橋付近から左に愛宕山まで写さなかったら撮影できる。左奥背後の山は、高平町の高台と白木方面の彦山?となる。間違いがあったら、後日修正したい。

長崎の古写真考 長崎古写真 松屋 長崎港 4

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長崎の幕末・明治期古写真考 長崎古写真 松屋 長崎港 4

長崎大学附属図書館幕末・明治期日本古写真メタデータ・データベース」などに収録している長崎の古写真について、撮影場所などタイトルや説明文に疑問があるものを、現地へ出かけて調査するようにしている。順不同。

NAGASAKI GENEI
長崎古写真   松屋(商店) MATSUYA  長崎港 4

■ 確認結果

「NAGASAKI GENEI」というサイトがある。ウェブ検索でなかなか表れないが、長崎の貴重な古絵葉書や古写真を多数、公開されている。
タイトル以外、特に説明がない。撮影地など一般にわかりにくいものを、取り上げ考えてみる。

長崎古写真の中にある「松屋(商店) MATSUYA  長崎港 4」は、長崎港の風景。煉瓦造の倉庫群が写るが、新地蔵所対岸の籠町日浦海岸と思われる。新地橋付近から撮影できる。
明治となってその間は埋め立てられ「十軒蔵」が建ち、現在でも片割れの屋根が1棟残る。

長崎の古写真考 長崎古写真 松屋 長崎港 1

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長崎の幕末・明治期古写真考 長崎古写真 松屋 長崎港 1

長崎大学附属図書館幕末・明治期日本古写真メタデータ・データベース」などに収録している長崎の古写真について、撮影場所などタイトルや説明文に疑問があるものを、現地へ出かけて調査するようにしている。順不同。

NAGASAKI GENEI
長崎古写真   松屋(商店) MATSUYA  長崎港 1

■ 確認結果

「NAGASAKI GENEI」というサイトがある。ウェブ検索でなかなか表れないが、長崎の貴重な古絵葉書や古写真を多数、公開されている。
タイトル以外、特に説明がない。撮影地など一般にわかりにくいものを、取り上げ考えてみる。

長崎古写真の中にある「松屋(商店) MATSUYA  長崎港 1」は、長崎港の風景。東山手の丘の上に覗くのは彦山である。
南山手の下り松付近の岬から撮影した貴重な写真と思われる。大浦や大浦海岸通りの外国人居留地はまだ造成されていない。

現在の写真は、高いビルのため写せない。松が枝国際観光埠頭ターミナルの高台から、山の姿を確認した。

黒浜ダムの稜線尾根縦走と草刈り整備  2013年3月

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黒浜ダムの稜線尾根縦走と草刈り整備  2013年3月

2013年3月3日(日)快晴。黒浜ダムの稜線尾根縦走と草刈り整備。参加10人。みさき道歩会の例会。黒岳(標高243.6m)ほか、岳路尾根の2つのピークに登る。
黒浜10:00—尻喰坂峠10:33—市道出合11:21—黒岳12:22(昼食)13:00—みさき道鶴山分岐13:42—サイクリング道路14:07—岳路尾根157.5mピーク—136mピーク
15:03—岳路墓地16:19—黒浜16:35(徒歩距離 約6km)

三和行政センター前集合。黒浜へ車で移動し、10:00から歩き出す。黒浜トンネル手前から岳路みさき道により尻喰坂峠を目指す。峠の分岐で左の尾根道を上がると、黒浜からの市道といったん出合う。さらに登ってサイクリング道路を突っ切り、尾根道が急になると、黒岳山頂へ出る。
標高243.6m三角点と長崎要塞区域標第七号がある。黒岳はわれわれの通称。正式名は「石転シ(コロバカシ)」か。13:00まで昼食。

午後は黒岳からみさき道本道へ下り、旧野母崎・三和町境地点まで戻る。ここからサイクリング道路へ降りると、いよいよ岳路尾根の黒浜ダム稜線縦走となる。地図には5つの高いピークがある。特に157.5mピークと136mピークは展望が良い。稜線の道の踏査と整備しながら歩いたので、黒浜へ16:35戻った。上から黒浜ダムが良く見えなかったので、ダムは帰りに写した。
経験者向きのコース。地図のとおり鶴山往復の加味や、実際は尾根を黒浜ダム駐車場まで歩ける。

長崎の古写真考 長崎古写真 長崎港

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長崎の幕末・明治期古写真考 長崎古写真 長崎港

長崎大学附属図書館幕末・明治期日本古写真メタデータ・データベース」などに収録している長崎の古写真について、撮影場所などタイトルや説明文に疑問があるものを、現地へ出かけて調査するようにしている。順不同。

NAGASAKI GENEI
長崎古写真   1896年長崎港

■ 確認結果

「NAGASAKI GENEI」というサイトがある。ウェブ検索でなかなか表れないが、長崎の貴重な古絵葉書や古写真を多数、公開されている。
タイトル以外、特に説明がない。撮影地など一般にわかりにくいものを、取り上げ考えてみる。

長崎古写真の中にある「1896年長崎港」は、長崎港口の風景。左の山は天門峰である。
海上からの撮影と思われそうだが、船は揺れる。当時の写真機ではまだ無理だろう(スケッチはできる)。必ず陸地に撮影できたポイントがある。
長崎大学データベースには、この面で誤って「海上から」などとしているタイトルが多い。

現在の写真は、小ヶ倉埠頭から写してきたが、「1896年長崎港」の撮影地は、長崎市小ヶ倉支所後ろに、現在は埋め立て陸続きとなっている小島の「小ヶ倉神社」高台からか、島の瀬からと思われる。
ここに立たないと、天門峰と背後の山の稲佐山や福田ゴルフ場の稜線の重なりが合わない。
現在は完全に写せる場所が、どうしても限られる。

長崎の古写真考 長崎古写真 自動車

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長崎の幕末・明治期古写真考 長崎古写真 自動車

長崎大学附属図書館幕末・明治期日本古写真メタデータ・データベース」などに収録している長崎の古写真について、撮影場所などタイトルや説明文に疑問があるものを、現地へ出かけて調査するようにしている。順不同。

NAGASAKI GENEI
長崎古写真        自動車 Automobile 1915年(1)

長崎手彩色古写真   長崎港 B-206 HARBOUR NAGASAKI (PART 2)

■ 確認結果

「NAGASAKI GENEI」というサイトがある。ウェブ検索でなかなか表れないが、長崎の貴重な古絵葉書や古写真を多数、公開されている。
タイトル以外、特に説明がない。撮影地など一般にわかりにくいものを、取り上げ考えてみる。

長崎古写真の中にある「自動車 Automobile 1915年(1)」に写る十字架の塔は、長崎手彩色古写真にある「中町カトリック教会」であろう。
したがって、自動車が走る通りは、一段上の筑後町との間の交差点と思われる。