練習用」タグアーカイブ

太ノ浦のオガタマノキ  東彼杵郡東彼杵町太ノ浦郷

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

              太ノ浦のオガタマノキ  東彼杵郡東彼杵町太ノ浦郷

 東彼杵町太ノ浦(たのうら)郷とは、自衛隊大野原演習場近く。千綿渓谷から車は行けないから、国道34号線千綿宿先の東そのぎグリーンテクノパークへ上がる道路に右折して入る。
「自衛隊道路」と言われ大野原までかなり進む。町営バスバス停があり、左方へコンクリート道を上がって行くと、太ノ原のまとまった集落に出る。

 「太ノ原」バス停の茶畑先にオガタマノキの木が見える。町指定天然記念物の巨木。この道をまっすぐ下って行くと、中尾郷を通り大楠小学校先で俵坂峠側の国道とまた合う。
Otoji.K氏HP「長崎の名木」リストの中の説明は次のとおり。

                        オガタマノキの巨木

 東彼杵町太ノ浦郷太ノ原の太ノ原公民館近くにある。周辺は彼杵茶の茶畑がある。茶畑の斜面にあり、枝を斜面下に垂らしていて、樹形がいい。幹周り5.7m、樹高20mほどある巨木。祠が安置されていて神木である。
町の天然記念物に指定されている。小長井町のオガタマノキに次ぐ巨木である。幹周りから想像すると樹齢900年ほどだろうか…。巨木の傍に、別のオガタマノキの大木があり、根元で繋がっている。

鹿ノ島・千綿渓谷・龍頭泉の風景

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

イメージ 9

イメージ 10

イメージ 11

イメージ 12

イメージ 13

イメージ 14

イメージ 15

イメージ 16

イメージ 17

イメージ 18

イメージ 19

イメージ 20

イメージ 21

イメージ 22

イメージ 23

鹿ノ島・千綿渓谷・龍頭泉の風景

平成20年3月10日、大村の鹿ノ島に寄り千綿渓谷・龍頭泉へ行く。龍頭泉は人ひとりいない。大雨のとき滝の前を渡っていて、川に流されたことを思い出した。
昔から名勝として知られる。里程を刻んだ「従是龍頭泉」の古い標石が倒れてあった。
HP「ながさき旅ネット」によるスポット案内は次のとおり。

龍 頭 泉  りゅうとうせん

龍頭泉の名で知られる千綿渓四十八潭は、下流は千綿川河口の「釜淵」から上流は遠目郷の「留りの淵」まで、千綿川の清流に沿って48の滝と淵が連なる美しい渓谷です。
「龍頭泉」という名にも由来があり、江戸時代の儒学者・広瀬淡窓が、大村藩主に招かれて千綿渓に遊んだ際、その美しさに心を打たれ、渓谷全体を称し「まるで巨大な龍が横たわっているかのようだ」と評し、名付けたものと伝えられています。
所  在  地      東彼杵郡東彼杵町太の浦郷他
料金体系、駐車料金 ・駐車場(普通車台数):20 ・駐車場(普通車金額):無料
交通アクセス     JR千綿駅から車で約15分
問合せ電話番号   東彼杵町役場 0957−46−1111

上長与地区公民館のセンダン  西彼杵郡長与町平木場郷

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

上長与地区公民館のセンダン  西彼杵郡長与町平木場郷

長与町平木場郷の上長与地区公民館は、洗切小学校跡地。学校は明治8年創立。センダンは古木だろう。小学校は今、手前の大草へ行く県道33号線沿いに移転している。
公民館は洗切交差点から川平への県道45号線へ右折。すぐ左へ下り、橋を渡ると赤い建物と体育館が見える。

センダンは根元が花壇となっていた。幹を切り樹形は良い。幹周り3.6m、樹高13mほど。長与町教育委員会の人は、県下2番目の大木といっていたが、雲仙市国見町神代川沿いのは4m、長崎市鳴見町白河のも4mあった。松浦市御厨町大崎のは5m、根元40cmでこれも2本になっているようだ。

長与町教育委員会編「長与町郷土誌」平成6年発行の43頁は、次のとおり
2.センダン(センダン科)    平木場郷、上長与地区公民館
胸高周囲:322センチ、樹高:17メートル
県下では福江市玉之浦に次いで大きなセンダンで、台風で枝の一部が折れ、樹勢はやや衰えている。
この項は次の記事を参照。 https://misakimichi.com/archives/2852

滑石川(大井手川)川端のクスノキ  長崎市滑石1丁目

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

滑石川(大井手川)川端のクスノキ  長崎市滑石1丁目

滑石1丁目にある。横道交差点岩崎橋から滑石川の川沿いに道ノ尾へ行く一方通行道の規制終点のところ。かつてこの道は時津街道。
クスノキは巨木が多い中、この川端のクスノキはそんな大きいと言えない。次のとおり由緒ある木のため載せる。
長崎文献社平成10年発行「長崎町人誌 第六巻 さまざまのくらし編 住の部2」の中、荒木正人氏稿「新編 長崎名勝図絵シリーズ」滑石・浦上一帯の194頁は次のとおり。

川端に残るくすの木

滑石公民館を迂回して横道交差点へ出、国道を道ノ尾方面に進むと滑石川(大井手川)をまたいで新しい岩崎橋がある。ここが新・旧道の分岐点で、旧街道は橋の手前から左に川に沿って通じていた。
かつて、この川沿いの街道は松並木で茶店もあり風情があったが、今はただ古い大きなくすの木が一本枝葉を繁らしているだけである。それでもわずかに昔時の面影が偲ばれる。

現代の道標  長崎市鳴見町

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

現代の道標  長崎市鳴見町

現代の道標も捨て難い。親切な自治会がある。日当自治会。自治会が道標を建ててくれている。初めての道で道標に何度助けられたことか。前来た道でも最近の幹線道路・林道・農道の新設改良により昔の記憶は全く役立たない。

日当自治会は、鳴見台団地や豊洋台団地の背後山手の集落。日当・白河・二ツ岳の集落によって構成されているのではないだろうか。こういう大型団地の開発や鳴見ダムなどの建設によって、昔からの道がわからなくなっている。
現地の山は時津町との境。滑石トンネルや時津の日並へ抜けろと言われても、岐路が多く簡単に進めない。

この点、自治会の配慮に感謝する。写真のとおり立派な道標を建ててくれている。現代の道標を要所に3本、時津清掃工場前の三叉路には大きい道路表示版を見た。

鳴見町白河のセンダン   長崎市鳴見町

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

鳴見町白河のセンダン   長崎市鳴見町

前項の鳴見町白河のスタジイを見に行ったとき、見かけたセンダンのこれもかなりの大木。場所は鳴見町の最近開発された豊洋台団地奥。滑石トンネルや時津の日並へ出る昔からの道があり、白河や日当の集落がある。畦刈ジョイフルの団地入口から中央の販売センターまで行き真ん中の直線道路へ左折。団地の中央はずれとなり昔の道に出る。

道は二手に分かれ、この間の斜面にセンダンの大木がある。幹周り4m、樹高15mくらい。目通りの上の方で数本の支幹に分かれる。格好が妙。
スタジイの巨木がある田川宅へは下の道。センダン上の道が時津清掃工場や日並へ行く。自治会の道標がある。

鳴見町白河のスタジイ   長崎市鳴見町

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

イメージ 9

イメージ 10

イメージ 11

鳴見町白河のスタジイ   長崎市鳴見町

とてつもないスタジイの巨木が人知れず長崎市内にあった。樹齢500年はするという。きっかけは三ツ山の石橋と同じく、長崎街道ネットワークの会会長、江越弘人先生からの話。勤め先の大瀬戸歴史民俗資料館を尋ねたとき聞いた。

場所は鳴見町の最近開発された豊洋台団地奥。滑石トンネルや時津の日並へ出る昔からの道があり、白河や日当の集落がある。畦刈ジョイフルの団地入口から中央の販売センターまで行き真ん中の直線道路へ左折。団地の中央はずれとなり昔の道に出る。
道は二手に分かれ、別項とするセンダンの大木がある。スタジイの巨木がある白河の田川宅へは右の道へ下る。一軒前の民家にも中木があった。

田川宅はその先の方。石垣囲いの玄関石段横にいかにも古木というスダジイが根を張っている。2大支幹に分かれるが根元は繋がり、幹周りは10mとも言える巨木である。田川宅には団地幹線道路をそのまま進み、下りとなる「白川めだか橋」からも行ける。
帰りは時津清掃工場の方へ向かった。途中の日当集落の家々でツバキややはりスタジイのかなりの大木を目にした。

アーチ石橋が新たに見つかる  長崎市三ツ山町に残る「小谷橋」

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

イメージ 9

イメージ 10

イメージ 11

イメージ 12

アーチ石橋が新たに見つかる 長崎市三ツ山町に残る「小谷橋」

きっかけは、長崎街道ネットワークの会会長、江越弘人先生の話。先日大瀬戸へ行ったとき、勤め先の大瀬戸歴史民俗資料館に寄った。大瀬戸の眼鏡橋以外の石橋を知らないか尋ねたところ、かえって長崎市内の石橋を教えられた。
流合橋上の畦別当町側の本流4つの石橋は知られている。まだ下流の支沢、三ツ山町の方にも石橋があるという。付近を歩いて以前から知っておられた。
この橋は、県内の石橋を詳しく調査しているHP「長崎県の石橋を訪ねて」に表われていない。場所を聞いたので、3月8日調べに行った。長崎大水害にもめげず、見事なアーチ石橋が残っていた。

県道44号線を犬継教会(カトリック三ツ山教会)まで行く。長崎バイパスを挟んで、この対面の小沢に架かる。肉眼ではもうアーチが建設会社の青い倉庫の左脇に小さく見える。
バス停先の高政建設から県道を分かれる。右へ下るとバイパス上の新平床橋に出る。そのまま行き、黒川宅角でコンクリート道を右へ下ると橋に着く。県道から200mほどの距離。

橋は標柱が両脇にあり、「小谷橋」「昭和九年十二月 石工 河浪」。長さ5.2m、幅員3.18m。あまり損傷がない。下から覗くと真ん中の底石が1つだけ少しへこんでいた。中央要石か。
この道は高台の畑地を越して六枚板へ通じる。すぐ先に教会墓地がある。このため架けられた橋であろう。ただ先はすぐ細い赤道だ。
今までなぜ知られなかったのだろう。人や車がほとんど通らないせいか。私どもの思い違いがあるかも知れない。川平金山の坑口跡はこの上流にある。

弁天白浜の風景  長崎市柿泊町

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

イメージ 9

イメージ 10

イメージ 11

イメージ 12

イメージ 13

イメージ 14

イメージ 15

イメージ 16

イメージ 17

イメージ 18

イメージ 19

弁天白浜の風景  長崎市柿泊町

平成20年3月8日、長崎市西部、柿泊町の弁天白浜へ行く。水がきれくて景色のよい海浜。海水浴場として整備されている。
昔はヌード撮影がよく行われていたらしい。今は長崎を舞台とする映画やドラマのロケ地でよく登場する。広い海岸洞穴や傘岩がある。