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さが名木100選  90 大明神(大魚神社)のチシャノキ  佐賀県太良町

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さが名木100選  90 大明神(大魚神社)のチシャノキ  佐賀県太良町

佐賀県太良町の大明神(大魚神社)は、国道207号線JR多良駅前を過ぎ、多良川の橋を渡るとすぐ左手に見える。境内にはチシャノキのほか、イチョウ、イヌマキの大木がある。
後ろの写真は、平成20年10月撮影。葉をつけたイチョウとチシャノキ。神社裏手の円教寺にもチシャノキの大木があった。
佐賀県同パンフレットによる説明は次のとおり。

90 大明神(大魚神社)のチシャノキ 
・所 在 地  太良町多良1897
・推定樹齢   180年
・大 き さ  樹高 21m  幹回り 3.5m  枝張り 14m
・登録番号   47514
太良町栄町大魚神社境内にイヌマキと並んでおり、樹齢は180年と若い部類に分けられるが、幹回りが、3.5mと、この種では他に見られない大木であり、県内でも特に貴重な存在である。

さが名木100選  91 誓願寺のムクロジ  佐賀県太良町

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さが名木100選  91 誓願寺のムクロジ  佐賀県太良町

佐賀県太良町の誓願寺は、国道207号線太良町役場手前の交差点から左折。JR長崎本線踏切を渡り進むと、すぐ左手に見える。
写真6、7枚目は、平成20年10月16日写す。葉をつけたムクロジと、施術のあと。
佐賀県パンフレットによる説明は次のとおり。

91 誓願寺のムクロジ
・所 在 地  太良町糸岐378
・推定樹齢   300年
・大 き さ  樹高 22m  幹回り 2.5m  枝張り 8m
・登録番号   47739
太良町針牟田の誓願寺境内の一角にそびえ立ち、樹種としては、大変珍しく町内ではこの誓願寺のみに存在する。町内では一番古く、大変貴重な存在である。

高岩神社のイヌマキ  南島原市西有家町長野

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高岩神社のイヌマキ  南島原市西有家町長野

雲仙の宝原から登る高岩山の山頂に、高岩神社は祀られているが、イヌマキのある高岩神社(分社)は、山麓の南島原市西有家町長野にある。
西有家交差点から雲仙への県道47号線に入る。長野小学校前バス停手前から左折すると堤があり、その上の高台が神社。境内には2本のイヌマキとクスノキの大木がある。
Otoji.K氏HP「長崎の名木」リストの中の説明は次のとおり。最後の写真は、高岩山頂の神社。
高岩神社の大イヌマキ

西有家町馬渡瀬にある。神社右手にイヌマキがある。幹周り3.33m、樹高20m。樹齢220年という。石段の上にあり、タコ足のように石段の下に根を伸ばしている。
高岩神社は、西有家町で最も高い高岩山(881m。ロッキーヒルと言われる岩峰)にあるが、ここの高岩神社は分社で、五穀豊穣の神様である。

高岩山は島原半島南部に伝わる民話「みそ五郎伝説」の巨人が住んでいた山。雲仙岳に座り、有明海で顔を洗うというガリバーのような「みそ五郎」は、人がよくて力持ちで、味噌をなめるが大好きだったらしい。

嬉野市(塩田町)に残るアーチ石橋  佐賀県嬉野市塩田町

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嬉野市(塩田町)に残るアーチ石橋  佐賀県嬉野市塩田町

佐賀県嬉野市(塩田町)に残るアーチ石橋は、2橋である。嬉野市(嬉野町)は先項にあり。
HP「長崎県の石橋を訪ねて」には佐賀県のもあり、説明は次のとおり。

写真  1  第   8 番  八天神社の眼鏡橋    嬉野市塩田町大字谷所乙
年代は不詳          長さ 11.14m  幅員  3.69m
佐賀県重要文化財
伝統ある塩田石工の面目を施す石橋。
御神官に話を聞いたところ、河川改修の再に移転を迫られたが、逆に水路のバイパスを作って、現在地に橋を残したとの事。

(現地説明板)          佐賀県重要文化財  石造眼鏡橋

全長十一米十四糎  橋巾 三米六九糎   橋高 四米六五糎
眼鏡橋と云うアーチ式石橋は寛永十二年に中国の僧如定が長崎に架設したのが日本で最も古くその後九州各地に広まったと云われるが長崎に近い佐賀県には極めて少なく殊に江戸時代のもので完構を保つのはこの橋が県内唯一のものである
この石橋は当社の千二百年大祭記念として当地の石工によって施工されたものである 文政九年二連アーチの眼鏡橋として計画されたが 結局一連アーチに変更され巨石材を両岸および底面に畳 基礎を堅固にして嘉永七年に完成した この形式の石橋は江戸時代における中国文化の影響を物語る文化的遺産として保存すべき価値がある
なお此の碑の石材は当時基礎に用いた巨石材の残品を保存されて来たものである
佐賀県教育委員会

写真  2  第 179 番  塩田町の石造眼鏡橋(大黒丸橋) 嬉野市塩田町大字五町田甲の吉浦神社参道に架かる。
元禄13年(江戸中期)に再建、明治33年再建  長さ 5.5m  幅員 3.5m
嬉野市指定文化財
塩田は長崎街道のルートにもなっていた古くから栄えた宿場町。この眼鏡橋も江戸中期に再々建と有るから、最初の架橋は相当古いものだと判断できる。
現在の車道のほうが遠慮している姿は好ましい。ついでに吉浦神社に参って和泉式部公園でも散歩してみましょう。
吉浦神社の境内に入ると桁式の石造の太鼓橋が迎えてくれました。

鹿島市に残るアーチ石橋  佐賀県鹿島市

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鹿島市に残るアーチ石橋  佐賀県鹿島市

佐賀県鹿島市に残るアーチ石橋は、3橋である。
写真1の説明は、HP「長崎県の石橋を訪ねて」から、写真2、3の説明は、HP「ニエモンの明日に架ける橋 佐賀県の石橋」から。

写真  1  第 131 番  祐徳稲荷神社の参道橋  鹿島市古枝祐徳稲荷神社
未確認だが明治の架橋と言われる。  長さ 約8.0m  幅員 約4.0m
楼門前の神池に架かる。
祐徳稲荷神社は貞享4年(1687年)肥前鹿島藩主鍋島直朝公の夫人花山院萬子媛が、朝廷の勅願所であった稲荷大神の御分霊を勧請された稲荷神社で、衣食住の守護神として知られる。

写真  2  NO2,955  松蔭神社参道橋     鹿島市高津原
橋長:2.04m 橋幅:5.0m 径間:1.45m 拱矢:0.75m 環厚:21cm
松蔭(しょういん)神社由緒
「創建 寛永10年9月21日 由来 旧佐賀藩祖鍋島忠茂公の徳を慕い祀りて松蔭神社と称す、爾来歴代藩主の神霊を合祀さる」
世戸さんからの情報です。石造アーチ橋です。

写真  3  NO2,965  松山神社東参道橋    鹿島市三河内 大木庭
橋長:1.4m 橋幅:1.45m 桁厚:17cm
リブアーチ式
こちらの方がメインでしたが、危うく見落とすところでした。リブアーチ式です。

長崎の西の空の夕日  その4

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長崎の西の空の夕日  その4

長崎市南部の団地、わが家から見た夕日。電線は邪魔。以下続く。

写真 1〜2  平成20年 3月 4日の18時 5分頃
写真 3〜4  平成20年 3月17日の18時25分頃
写真 5〜8  平成20年 3月30日の18時05分〜35分頃

嬉野市嬉野町に残るアーチ石橋  嬉野市嬉野町

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嬉野市嬉野町に残るアーチ石橋  嬉野市嬉野町

佐賀県嬉野市嬉野町に残るアーチ石橋は、5橋である。同市になった塩田町にも2橋あるが、後日訪ねたい。湯野田橋は、昔の銘柱が2本、脇に保存されている。
HP「長崎県の石橋を訪ねて」には佐賀県のもあり、説明は次のとおり。

写真  1  第  97 番  湯 野 田 橋     嬉野町湯野田
明治22(1888)年     長さ 約22.0m  幅員 約7.5m
温泉街の入口、国道34号線の湯野田バス停横に架かる。
ばってん亀さんにご自身の故郷の石橋を教えていただいた。感謝!

写真  2  第  98 番  湯野田無名橋      嬉野町湯野田
年代は不明          長さ 約 8.0m  幅員 約3.5m
湯野田橋の上流にかかる。 
橋の名前が判らなかったから「無名橋」としてあるが、本来はこの橋の架かる道が長崎街道。こちらのほうが「湯野田橋」であったろうと思われるが、下流に湯野田橋があるので致し方ない。
ばってん亀さんにご自身の故郷の石橋を教えていただいた。感謝!

写真  3  第 111 番  皿屋谷の眼鏡橋     嬉野町上不動区皿屋谷
明治期            長さ 約 5.0m  幅員 約2.0m
天然記念物の大茶樹の手前。
不動山地区は切支丹の里とも、お茶の発祥の地としても有名だ。この地には4基の石橋があったが、この橋の下流にあった皿屋谷下石橋は、河川改修で撤去され、現在は3基が残っている。

写真  4  第 112 番  天満宮前の眼鏡橋    嬉野町上不動区皿屋谷
明治期            長さ   9.0m   幅員 1.0m
天満宮の前に架かる。
不動山地区は切支丹の里とも、お茶の発祥の地としても有名だ大茶樹には行かずに左手の登山道に向かう途中の左手。この地には4基の石橋があったが、現在は3基が残っている。

写真  5  第 113 番  井 手 元 橋     嬉野町上不動区
昭和32年4月        長さ 約 5.0m   幅員 約3.0m
元は木橋であったが、水害で流れて天神様の石橋に木橋の残骸が溜り水害の規模を大きくしたとのお話を茶畑のご主人から伺った。すぐ下流の天神様の石橋の姿に愛着を感じているようだった。

武雄市(山内町)に残るアーチ石橋  武雄市山内町

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武雄市(山内町)に残るアーチ石橋  武雄市山内町

佐賀県武雄市に残るアーチ石橋は、4橋である。いずれも山内町にある。
HP「長崎県の石橋を訪ねて」の中に佐賀県のもあり、説明は次のとおり。

写真  1  第 114 番  宿 田 橋       武雄市山内町大字宮野
大正14年3月   長さ 18.0m  幅員 3.8m
町指定文化財
国道34号線から、相知への県道を走って右手に見える。地元の石工、山口龍三・文蔵親子及び大工山口竹作等によって建造されたと云う。

写真  2  第 180 番  鳥海の六地蔵橋   武雄市山内町大字鳥海の山内東小舟原分校の上流側に架かる。
明治期       長さ  4.2m  幅員 2.1m
県道から分校に入って右側の上流に向かうとすぐ。左上手には観音様と六地蔵が迎えてくれる。
大変立派な祠であるが、波佐見の皿山大神宮にも佐賀の名工、筒井関平作の祠が奉納されているように石材加工の名工が多かったことがしのばれる。右手に見えるのが文化6年(1,809年)作の六地蔵。

写真  3  第 181 番  黒髪神社の御神橋  武雄市山内町大字宮野の黒髪神社境内
未確認(そんなに時代の有る物だとは思えない) 長さ 4.2m  幅員 3.6m
なかなか良い感じの御神橋
二の鳥居は、肥前の鳥居と呼ばれる特徴を持っている。文化財の指定を受けているようだが、佐賀は肥前の鳥居の本家本元。佐賀県内には多くの肥前の鳥居が存在する。

写真  4  第 178 番  狩立の大切踏切近くの石橋? 武雄市山内町大字宮野の大切踏切から佐世保寄りに25mほど
年代は不詳     長さ 約2.5m  幅員 約2.7m
鉄道沿いの小川というか側溝に架かる。形状は紛れもなく石造アーチ橋なんですが、頂部に構造物が在るし、近くの人に聞いても、ここに踏み切りか何か有って渡っていたとの話は聞けない。
笹や雑草を刈ると良いのだろうが、刈ってしまうと楽に軌道敷き内に入れるから、子供なんかには危険だろうか?気になって仕方ないのでアップしてみることにした。
近くには昭和30年ごろ架橋の狩立鉄道橋梁が佐賀よりにある。

さが名木100選  25 黒尾のイチョウとケヤキ  武雄市朝日町大字中野

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さが名木100選  25 黒尾のイチョウとケヤキ  武雄市朝日町大字中野

国道34号線白岩球場入口交差点から左折。武雄市総合庁舎前を通りJR佐世保線のガード下をくぐり、水源地前から右折し伊万里へ行く県道270号線に入る。川古の大楠へ行く途中となる。朝日町中野で県道498号線と合う手前左手に朝日第2保育園があり、この奥に黒尾神社がある。
神社入口にイチョウがあり、イチョウはさが名木100選の木である。参道を上がって境内右側にケヤキの大木がある。
佐賀県同パンフレットによる説明は次のとおり。

25 黒尾の大銀杏
・所 在 地  武雄市朝日町大字中野6741
・推定樹齢   500年
・大 き さ  樹高 25m  幹回り 9m  枝張り 16m
・登録番号   06074
このイチョウが祀られている黒尾明神神社の創祀は、建仁2年と言われ、武雄では武雄神社に次ぐ古い神社である。元来この銀杏は、2本の幹であったのが、1本は根元より切り取られ、その後から数本の若枝が出ており、樹勢は雌木で極めて盛んである。
市天然記念物(昭和49年4月15日)

なお、鶴氏HP「妖樹の森」リストの中の説明は次のとおり。

黒尾の大銀杏

所在地 佐賀県武雄市朝日町大字中野6741、黒尾神社
樹 齢 500年  樹 高 25m  幹回り  9m  根周り 15m  枝張り 20×18m
武雄市指定天然記念物  さが名木百選

武雄温泉の北方3kmほどのところに「黒尾大明神」という古い神社がありますが、その鳥居のそばには「黒尾の大銀杏」と呼ばれる、恐龍のような姿の銀杏が立っています。
イチョウは、根元から大小二本の幹が、互いに引き裂かれたような形をしています。東側の幹は巨幹で東の方へほぼ45度斜め方向に、うねるように伸びていますが、西側の幹は、裂けた根元から垂直に立ち上がっています。
これは、元々は根元から二本の幹が分岐して成育していたものが、いつの頃か、西側の幹が根元から切り取られたため、その後そこから芽生えたヒコバエが成長して、今の様な姿になったものです。
秋の黄葉の頃には、恐竜が黄色い羽を広げて今にも飛び立とうとしているようにも見え、なかなかユニークな姿のイチョウです。

黒尾大明神の「ケヤキ」」

所在地 佐賀県武雄市朝日町大字中野、黒尾神社
樹 齢 210年  樹 高 25m 幹回り 4.7m  枝張り 25m
佐賀県名木古木

武雄市から伊万里へ向かう国道498号線を走っていると、朝日町中野の黒尾山の山腹に、一際目を惹く巨木が立っています。 それがこの黒尾大明神の「ケヤキ」で、黒尾大明神を祀る黒尾神社の境内に聳えています。
ケヤキは、地上7〜8m付近から放射状に6本程に分岐、ケヤキ特有の逆さ箒の優美な姿で伸びあがっています。黒尾神社の境内は、黒尾山の山腹高台にあるため、遠方から
もこのケヤキの雄姿を眺めることができ、葉が色づく晩秋には一層その存在感が高まります。
なお、黒尾神社の入り口には「黒尾の大銀杏」がユニークな姿を見せています。