月別アーカイブ: 2008年10月

大蔵神社のスタジイ  諌早市長田町

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大蔵神社のスタジイ  諌早市長田町

国道207号線を高来町に向かい、長田交差点の先を左折。JR長崎本線の踏切を渡り、しばらく行って右方の旧多良街道の道へ入る。
見晴らしのよいところに「大蔵神社」があり、広い高台の境内にゲートボール場があった。

スタジイは、幹囲3mほどで、大きく枝を広げている。根元にベンチが置かれ、ゲートボールをする人の休み場となっていた。
fwd−net長崎・諫早サイト「諫早の散歩」による大蔵神社の説明は次のとおり。

大歳神社

佐賀藩の支領であった、諫早と佐賀の間の往来は、船が中心と言いながら、多良(諫早)街道といわれる、往還が有った。ここは、その往還の籠立場(休息場所)の一つ。
この地に1800年頃(江戸末期)、長田村の庄屋が、夢枕に立った、大歳神に畏怖、感謝して建立したと言われる。
領主が政治的に祀ったものでなく、庄屋とは言え、個人が創建した神社が、その後も土地の人達に、祀られているのも珍しい。

大雄寺の五百羅漢 (2)  諌早市富川町

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大雄寺の五百羅漢 (2)  諌早市富川町

国道34号線の本野入口から富川渓谷への県道212号線へ入る。案内標識により進むと本明川上流の富川渓谷に着く。大雄寺奥から滝にかけての岩面に、水害による死者を弔う503体の羅漢像が刻まれ、磨崖仏としては県内随一のものである。
現地は、昭和32年(1957)7月25日の諫早大水害にも遭い、磨崖仏は修復されていた。
前項の(1)写真は2007年11月撮影のため、詳しく写し直しに行った。本堂前に石造橋があった。
長崎県HP「長崎県の文化財」による説明は次のとおり。

大雄寺の五百羅漢  県指定史跡

指定年月日 昭和52年5月4日  所在地 諌早市富川町925の一部ほか
所有者 大雄寺
元禄12年(1699)、諫早藩は洪水により多大の被害をうけ死者487人を出した。諫早藩7代茂晴公は死者の供養と今後の災害防止祈願のため、本明川の上流富川渓谷の地を開いて大雄寺を建立し、その壁面と川中の巨巌に503体の羅漢像を刻し宝永6年(1709)完成している。
磨崖仏としては県内随一のものであり、諫早水害史を物語る資料としても貴重なものである。

富川渓谷大雄寺のヤブツバキ  諌早市富川町  

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富川渓谷大雄寺のヤブツバキ  諌早市富川町

国道34号線の諌早市下大渡町「本野入口」交差点に、「富川渓谷」入口の案内標識があり、右折して県道212号線により行く。二股は直進。大雄寺の手前まで車は入る。
富川渓谷は本明川の源流部。昔から何回も引き起こされた諫早水害の犠牲者を弔う大雄寺があり、渓谷の岩肌には五百羅漢像が刻まれている。

渓谷の奥にある県指定天然記念物カツラや、大雄寺にある諫早の名木イロハカエデは次を参照。
https://misakimichi.com/archives/382
https://misakimichi.com/archives/601

もう1本の名木「ヤブツバキ」も、大雄寺の境内にある。車道終点の小駐車場から大雄寺へ川沿いに石段の道を行くと、イロハカエデの名木がまずあり、数段登ると右方の石段角にヤブツバキがある。
「諫早の名木30選」によると、ヤブツバキは幹囲2.10m、樹高8m。
根元から2本に分かれている樹のため、大木と見えず、名木がここにあるとは知らなかった。
後ろの写真は、手前にあるイロハカエデと奥の寺・渓谷。

花の木神社のヤマモガシ  諌早市久山町

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花の木神社のヤマモガシ  諌早市久山町

国道34号線の諌早市久山交差点から右折し、田結・飯盛方面へ県道138号線により向かう。
「花の木トンネル」に入る手前に、集落「花の木」の案内標識があり、右手の高台へ上がる。
「花の木ふれあいセンター」まで行くと、建物後ろの山手に鳥居が見えるので、センター先から左の坂道を上がると、「花の木神社」へ着く。

名木の「花の木神社のヤマモガシ」は、参道石段を登りきった左方の林間の斜面地に立つ。
上段の社殿側参道の方に名木銘板はあり、根元がよく見える。社叢には他に数本あるようだ。
「諫早の名木30選」リストによると、幹囲1.60m、樹高18m。
植物図鑑による樹木の解説は次のとおり。

ヤマモガシ   ヤマモガシ科 Helicia cochinchinensis Lour.

常緑高木。枝幹紫褐色、通直に太る。葉は互生し、有柄、長楕円形5〜12cm、革質無毛で平滑、光沢がある。ヤマモモやホルトノキの葉に似ている。8月頃葉腋に長さ10〜15cmの総状花序をつけ、白色有梗花を多数つける。11月頃黒紫色に熟する。
分布は本州中南部、四国、九州、琉球、台湾。

長崎の西の空の夕日  その11

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長崎の西の空の夕日  その11

長崎市南部の団地、わが家から見た夕日。電柱と電線は邪魔。以下続く。

写真 1〜 3  平成20年10月 7日の17時51分頃
写真 4〜 9  平成20年10月12日の17時34分〜18時00分頃

(追 記)
写真10〜11  平成20年10月15日の 6時22分頃
これは夕日ではなく、満月が明け方に西の水平線へ沈みかかろうとする写真です。
中秋の名月は9月ですが、昨夜は月遅れの満月でした。
十五夜が必ずしも満月と限らないそうです。昨夜は十六夜でした。

長崎学さるく “江戸期の「みさき道」を歩く Ⅰ”  平成20年10月

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長崎学さるく “江戸期の「みさき道」を歩く Ⅰ”  平成20年10月

平成20年10月12日(日)実施。参加者はスタッフとも30人。「みさき道」の前半コース。
午前9時新地湊公園集合。十人町ー二本松ーダイヤランドー土井首大山祗神社(昼食)ー深堀ー女の坂ー大籠ー三和行政センターまで約17kmを歩く。午後4時30分着解散。

山野歩きに爽やかな日和。二本松や深堀城山に素晴しい街道跡の山道が残っている。女の坂の首なし地蔵がやっと良く写せた。
後半コース、蚊焼ー脇岬観音寺間は18日(土)に実施。開帳の日で観音像と天井絵が見られる。学さるく参加予約申込はまだできる。

平松神社のムクロジ  諌早市本明町

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平松神社のムクロジ  諌早市本明町

諫早市街の永昌町交差点から前国道34号線の市道により、大村方面へ向かう。
明峰中学校入口の先に、JR大村線の踏切を渡り本明川に架かる「平松橋」へ入る信号のない交差点がある。
この道へ右折して入り、「平松橋」を渡ってまっすぐ進むと、突き当たりが「平松神社」である。

名木の「平松神社のムクロジ」は、参道を登った社殿広場の右側に立つ。
「諫早の名木30選」リストによると、幹囲1.58m、樹高17m。
平松神社裏手の丘陵は「平松城跡」。参道入口の鳥居右の石垣上には、梵字が刻まれた「板碑」がある。

蓮光寺のケヤキ  諌早市城見町

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蓮光寺のケヤキ  諌早市城見町

諫早市永昌町交差点から国道207号線に入り、四面橋を渡って竹の下通りに向かう。その中間くらいに前交番があった城見町交差点があり、ここから右折して本明川の方へ下る。
途中で旧街道の道へ出るので、左折して行くと左手高台に「蓮光寺」がある。

名木の「蓮光寺のケヤキ」は、参道を登った左側に高くそびえ、道路側からもすぐわかる。
寺の本堂は新しく建て替えられている。
「諫早の名木30選」リストによると、幹囲1.90m、樹高17m。

北諫早中学校のユリノキ  諌早市城見町

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北諫早中学校のユリノキ  諌早市城見町

諫早市永昌町交差点から右折して国道207号線に入り、四面橋を渡って竹の下通りに向かう。その中間くらいに前交番があった城見町交差点があり、ここから左折してまっすぐ上がって行くと、高架の橋を渡り「北諫早中学校」の正門前に着く。

名木の「北諫早中学校のユリノキ」は、校舎一段下の校庭左周辺の土手にあり、数本が並木道をつくっている。
「諫早の名木30選」リストによると、幹囲1.90m、樹高17m。
ユリノキはモクレン科。同じようなユリノキの大木は、小野小学校の校舎前にも1本あった。

次は、2008年(平成20年)10月23日付朝日新聞のコラム。

【天声人語】 赤組の先駆けがハナミズキなら、黄組はユリノキだろうか。街路樹の色づきである。住まい近くの「ユリの木公園」でも、金茶の葉を宿した木々が増えてきた。ユリの木と書いてみて、カタカナ、ひらがな、漢字が並ぶ珍名に気づく▼名前より不思議なのが、シャツのような葉の形だ。半纏木(はんてんぼく)という別名の通り、職人さんが着るはんてんを思い浮かべてもらえばいい。やっこ凧(だこ)や軍配にも似るオンリーワンの愉快な姿に、自然の妙技を見る▼「葉(よう)画家」の群馬直美さんは、著書『街路樹・葉っぱの詩(うた)』で、秋風と遊ぶ迎賓館前のユリノキ並木をこう活写した。〈ざざざー。シャララー。ぞぞぞー。葉っぱたちが高い梢(こずえ)で手を振り、拍手しながら、いろんな陽(ひ)だまりの人たちを一所懸命に歓迎している〉

▼ユリノキは北米原産で、日本には明治初期に渡来した。新宿御苑では樹齢130年を超す第一世代が、元気に葉を茂らせている。どれも、幹回り3㍍はあろうか。御苑のシンボルでもある巨木たちは、日本中のユリノキの母樹だという▼中でも芝生の広場に寄せ植えされた3本は、根や枝が絡み合い、異形の生命体を思わせる。どの入園者より長生きの三つ子。見上げれば、迷彩柄の「シャツ」はまだちらほらだ。突き抜ける空の下で、緑の大群が「慌てなさんな。ざざざー」と手を振っていた▼きょうは節気の「霜降(そうこう)」にあたる。虫が黙り、北国からは初霜の便りが続く時期。ひと雨、ひと風ごとに秋色は深みを増す。赤組と黄組が抜きつ抜かれつ、山から里へと転げ落ちてくる。

白浜八幡宮のイスノキ  諌早市白浜町

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白浜八幡宮のイスノキ  諌早市白浜町

諫早市街から国道207号線により高来町方面へ向かう。肥前長田を過ぎしばらく行くとAコープ白浜店がある。店先の角から左折してJR長崎本線の踏切を渡り、すぐの分岐は右の細い車道へ入り、坂道を上がって行くと「白浜天満宮」に着く。
白浜公民館の前となる。国道をそのまま行って、次の長崎本線ガード下をくぐっても、この道と続き天満宮へ着く。

名木の「白浜八幡宮のイスノキ」は、本殿の右側にある。周りにイスノキの同じような大きさのが数本見られる。
「諫早の名木30選」リストによると、イスノキの名木は幹囲1.80m、樹高17m。
後ろの写真は、境内広場に目立つクスノキ。かなりの巨木が2本ある。