月別アーカイブ: 2008年3月

俵坂の「従是大村領」領界石  東彼杵郡東彼杵町

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

俵坂の「従是大村領」領界石  東彼杵郡東彼杵町

国道34号線が、長崎県東彼杵町から佐賀県嬉野町との県境「俵坂」に登りきる切り通しの、すぐ手前となる右方のやや高い石垣上に、この領界石が移されて立てられている。車中からなら、よく注意して見てないと見過ごす。
現地説明板は次のとおり。同じ所に立つ隣りの高い石は「地神」である。

領  界  石

「従是大村領」の領界石は、元禄三年(一六九〇)ここより北西二百メートルの藩境(現在の県境)に建てられました。
高い所に立つ五尺五寸(一・七メートル)の大村藩の領界石と、その北側の低い所に立つ「従是北佐嘉領」の二・八五メートルと背の高い領界石が、よりそって立つ姿は、当時の旅人たちの目を引く存在でした。
明治の国道建設後、その所在がわからなくなっていましたが、昭和三十三年、俵坂バス停付近の土中に、上の部分が欠けた姿で発見され、ここに移しました。
東彼杵町教育委員会

小石原のモミとムクノキ  東彼杵郡波佐見町小樽郷

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

イメージ 9

イメージ 10

イメージ 11

小石原のモミとムクノキ  東彼杵郡波佐見町小樽郷

県道1号線を東に嬉野町の方へ行く。中尾山入口を過ぎるとまもなく武雄方面への県道102号線と分岐する。川向いの高山陶器が目印。この手前で御堂橋を左折して渡る。小樽郷の小石原はここで、町営住宅の左奥が宇都宅となる。
モミは宇都宅裏庭の奥、ムクノキは右畑の奥に生えている。モミは2本あり、人家近くその巨木さに驚いた。
波佐見町「はさみ100選 ガイドブック」1987年刊22頁による説明は次のとおり。

10.小石原の樅と椋の大樹(小樽郷)

小石原の宇都家裏庭は、北に山を負い南向きで、以前に何かいわくありげな感じがします。ここに大樅2本と大椋があります。ともに樹齢はわかりませんが、樅は周り2.8mと2.35mで高さは20mほど伸びています。
椋は根周り4.5m、目通しで3.1mもあり、節くれだってずんぐり型。波佐見では大樹であるばかりか、めずらしい樹種でもあります。

木場山の五葉松  東彼杵郡波佐見町永尾郷

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

イメージ 9

木場山の五葉松  東彼杵郡波佐見町永尾郷

県道1号線により嬉野町との町境近くまで進む。永尾山入口を過ぎすぐ次にストアー角に木場山入口の標識があり右折する。智恵治登窯の史跡があり、この道をひたすら山手へ向かう。永尾山からも行かれるが、車道が狭い。
木場山のまとまった集落のまだ先に最後の2軒の家があり、右手石垣の上が小佐々宅。五葉松が庭端に生えているのが見える。道をそのまま行くとすぐ広域農道で、左は永尾トンネルの方へ出る。
波佐見町「はさみ100選 ガイドブック」1987年刊20頁による説明は次のとおり。
最後の写真3枚は、木場山入口にある町指定文化財「智恵治登窯」。

8.木場山の五葉松(永尾郷)

木場山の上手、小佐々熊雄宅の庭に美しい姿の五葉松があります。周りが1.3m、高さ3.4mあって7mの中に枝を拡げています。樹齢はわかりませんが、少なくとも百数十年を経たのでありましょうし、五葉松では波佐見一でしょう。

教法寺のクスノキ  東彼杵郡波佐見町宿郷

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

教法寺のクスノキ  東彼杵郡波佐見町宿郷

波佐見町宿郷の教法寺は、皿山郷へ向かう県道1号線の八島交差点の道脇にある。波佐見町「はさみ100選 ガイドブック」1987年刊108頁によると、江戸初期元和9年(1623)明信の開基による、藩内最初の浄土真宗のお寺。
寺の紹介にこの木が大きく写っていたので訪ねたら、幹周り5mほどのクスノキであった。寺の左側、車道入口にもロータリーのようにして形のよいクスノキの中木が立つ。

牧ノ内の平戸系大ツツジ  東彼杵郡波佐見町田ノ頭郷

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

牧ノ内の平戸系大ツツジ  東彼杵郡波佐見町田ノ頭郷

県道4号線により川棚町から波佐見町へ入り3分ほど、田の頭バス停があり手前の道へ右折、山手の右へ向けて最後まで登って行く。この集落が田ノ頭郷牧ノ内で、大平岳の山懐の最後の家、牧野宅の前庭にツツジが広く枝を張り、道路側にもはみ出している。季節には圧巻だろう。
波佐見町「はさみ100選 ガイドブック」1987年刊21頁による説明は次のとおり。

9.牧ノ内の大つつじ(田ノ頭郷)

田ノ頭の小字牧ノ内は丘の上にあって別天地の観があります。この地の牧野家の庭には、平戸系の大つつじ(よど川つつじ)の老木十数本が群生しています。春一斉に赤紫の花が咲いた美観は五月晴に映えます。元禄のころに植えたとの口伝があるとかで、300年の樹齢ともいわれています。

波佐見神社のイチイガシなど  東彼杵郡波佐見町岳辺田郷

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

イメージ 9

イメージ 10

イメージ 11

波佐見神社のイチイガシなど  東彼杵郡波佐見町岳辺田郷

県道4号線により川棚町から波佐見町へ入ると、広い道路ではなくすぐ右の前の道に入る。岳辺田郷。小鳥居病院先に波佐見神社がある。
神社の参道両脇にケヤキがあり、石段を登った社殿左にイチイガシが立つ。社殿の裏を回ってみると右にも神木があり、クロガネモチであった。斜面に根があり、倒れる危険性がある。神社は対策を手配中だそうである。

ケヤキは大きいのは幹周り3.7m、イチイガシは3.3m、クロガネモチは3mほど。神社が今の社地へ遷ったのは、貞享2年(1685)。それから323年経っている。
波佐見町「はさみ100選 ガイドブック」1987年刊105頁の説明は次のとおり。大樫のみふれている。

波佐見神社と大樫(岳辺田郷)

岳の山のふもとに鎮座する波佐見神社は、江戸時代まで幸天大明神と称しました。…明治3年、社名を波佐見神社と改めました。明治9年村社となり下波佐見村で奉仕しましたが、敗戦後氏子が祀るようになりました。
参道に大欅が並び、神域は森に囲まれていますが拝殿左手の大欅は神木とされ、周り3.2m、高さ25mに及びみごとな直幹は名木であります。

浦上天主堂の風景  長崎市本尾町

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

イメージ 9

イメージ 10

イメージ 11

浦上天主堂の風景  長崎市本尾町

浦上天主堂は、大正3年(1914)東洋一のレンガ造りのロマネスク様式大聖堂として完成。昭和20年(1945)8月の原子爆弾により、爆心地にすぐ近い建物は廃墟と化した。
現在の建物は、昭和34年(1985)鉄筋コンクリートで再建。昭和55年(1980)レンガタイルにより改装。当時の姿に復元された。
被爆遺構の鐘楼ドームは、原爆落下中心地公園へ移されて立つ。

長崎平和公園の風景  長崎市松山町

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

イメージ 9

イメージ 10

イメージ 11

イメージ 12

長崎平和公園の風景  長崎市松山町

平成20年3月16日、長崎市松山町の平和公園へ行く。同日夜のテレビローカルニュースでちょうど、この平和公園・原爆落下中心地公園・原爆資料館などを国指定文化財にしたいと国が打診していることの報道があっていた。
原爆落下中心地公園は別項。