川棚の虚空蔵山 秋の草花 平成19年12月
長崎県東彼杵郡川棚町の虚空蔵山(標高609m)に平成19年12月2日登った。木場口ー新道ー虚空蔵山ー岩屋口ー歌舞多山と歩く。途中で見かけた秋の草花。
川棚の虚空蔵山 秋の草花 平成19年12月
長崎県東彼杵郡川棚町の虚空蔵山(標高609m)に平成19年12月2日登った。木場口ー新道ー虚空蔵山ー岩屋口ー歌舞多山と歩く。途中で見かけた秋の草花。
石木浦川内のケヤキ 東彼杵郡川棚町石木郷
平成19年12月2日、虚空蔵山の帰りに寄って見た。波佐見への県道4号線から石木郷に入ってすぐ川向かいの右方に見える。出光GS角の旧道を行った方がわかりやすい。側のトンネルは、昭和19年疎開した川棚海軍工廠兵器製造地下工場跡である。
Otoji.K氏HP「長崎の樹木」リストの中(街路樹)の説明は次のとおり。
ケヤキの巨木
川棚町石木郷浦川内にあるケヤキの巨木。地上2mほどから二本に分かれている。幹周りおよそ3m強。紅葉が鮮やか。樹形もいい。田園の山裾野にあり、遠くからでも目立つ。
川棚の虚空蔵山(標高609m) 平成19年12月
平成19年12月2日(日)晴、長崎県川棚町の虚空蔵山へ。参加10人。車3台は東そのぎICを降り、広域基幹林道虚空蔵線から川棚町中木場に下って、午前10時から歩き出す。
コースは、中木場ー上木場ー木場登山口ー新道ー虚空蔵山(昼食)ー嬉野分岐ー岩屋登山口ー林道ー歌舞多山ー中木場。
虚空蔵山は九州のマッターホルンと言われ、独特な山容でそびえる。初めて近くで目にする山に皆は感動しきり。木場登山口から植林地内山道を10分歩いて、冒険コースの新道へ入る。鎖が多くかなりの急登。ちょうど12時山頂着昼食。西海橋方面の展望は霞んでいた。
下りは岩屋口の林道に出て木場側へ戻る。途中から歌舞多山への縦走路に入る。平成15年の県体コース標識が残りよい道だが、利用する人はほとんどいない。長いロープに掴まり午後3時山頂着。
歌舞多山は、永禄年間武雄後藤氏の侵攻に備えて築いた迎え城小峰城との攻防戦の城(木場にある川棚町教育委員会の石柱説明から)。また「福鑛」と頭部に「+」を刻んだ鉄鉱石鉱区境を示すと思われる古く珍しい標石が現存する(この標石は別項で紹介済み)。
このため歌舞多山へ歩いたのだが、中木場への下り道はわかりにくくなり、30分要し消防建物前の車に着いた。虚空蔵山の犬の墓近くや歌舞多山の山頂下りに藩境塚を多く見た。最後の写真は、石木から見た虚空蔵山の鋭鋒。
林道の落石に朝から底をかすり、わが車がエンジンオイル漏れしていた。ガソリンスタンドへ車を預けるはめとなり、2人はJRで帰ってもらった。
川棚くじゃく荘の展望露天風呂は取り止め、迷惑をかけた。無謀な運転はやめよ!。
まぼろしの石橋 本河内高部貯水池のダム底に眠る
長崎市本河内町にある。ダムの底から渇水期にだけ姿を現していた「まぼろしの石橋」。長崎市指定有形文化財に指定された。この石橋も平成18年春の新ダム完成により、ほとんど見ることはできなくなった。
その名のとおり「まぼろし」となった石橋。しかし、今までもこれからも、貯水池の中にたしかに存在する。石橋のHPによると、長さ8.0m、幅員2.8mの橋。
季刊「Web旅ムック」2007晩秋号 Ⅴol.7の16〜17頁の特集「石橋の旅 第4回」から転載した。
光正寺のラカンマキ 諌早市長野町
諌早市長野町の光正寺へは、有喜からが近いが道順が少しわかりにくい。諌早から行き小野小学校前から、右谷間の川沿いの市道を進む(この市道が有喜へ出る)。
宗方堤の奥で二方に分かれ、右手の広い道を行き、橋を渡ったカーブの所が柳原集落。寺の標識があり、寺は右上に見える。
Otoji.K氏のHP「長崎県の名木」リストの中の説明は次のとおり。
諫早市の大ラカンマキ
諫早市長野町の光正寺にある。樹高20m、幹回り2.8m。樹齢は不詳。
ご住職の話では、このマキの根は階段下にあったが、現在の境内の高さまで2mほど埋めて階段を造ったとのこと。マキの根が見えないわけだ。実際の幹回りは3mを越すに違いない。葉が小ぶりだったので、イヌマキでなくラカンマキだろう。
マキの側にフジがあるが、マキに絡んでいたのをはずして藤棚にしたとのこと。境内のイチョウの大木は境内を埋め立てた後に植えたと言う。
滝の観音の伏樹 長崎市平間町
矢上の滝の観音は、間の瀬川の中流にある。国道34号線「観音口」バス停から長崎バイパスへ出る県道の中間に参道入口がある。滝と標石は、別項によりすでに紹介している。
Otoji.K氏のHP「長崎県の名木」リストの中の説明は次のとおり。
長崎市・平間町の滝の観音の伏樹
「名勝文化財」として県指定を受けている。横たわった巨木の下をくぐるようになっている伏樹門がある。看板に「巌橿」と記してあるので、カシの巨木である。アカガシ? イチイガシ?
境内には、クスノキ、スギ、ナギ、イチョウ、イヌガヤ、ネムノキなどの高木がある。奥に進むと、30mの滝が現われる。この滝には名前がないと言う。人里にある滝で名前がないのは、国内ではここだけらしい。
川の向う側には竹林が広がっている。1Kmほど下った川沿いに「滝の茶屋」があり、ソーメン流しが楽しめる。
阿蘇神社の社叢 諌早市多良見町化屋
阿蘇神社は、国道34号線から多良見町の中心街に入る入口にある。社殿には、北村西望書の額があった。
Otoji.K氏のHP「長崎県の名木」リストの中の説明は次のとおり。
阿 蘇 神 社 の 社 叢
神社内にはクスノキ、スタジイ、アラガシの大木の他、 イスノキ、モッコク、ヤマビワ、ヤマモガシ、 ナナミノキ、ウラジロガシ、トキワガキ、タブ、ヒゼンモチなどの高木がある。また、ヤマヒハツ、ヒサカキ、オガタマノキ、カクレミノ、シャシャンボの他、クチナシ、マンリョウが多数ある。写真はアラガシとスタジイの大木。
「長崎県植物誌」の著者である外山三郎氏は、阿蘇神社には樹木が多く、県の天然記念物にも値すると記している。大切に保存しておきたい社叢である。
長崎県立総合運動公園沿いのメタセコイア 諌早市宇都町
メタセコイアの街路樹は、長崎市爆心地公園沿いに50mほど続くが、諌早市の長崎県立総合運動公園沿いの方が県下一であろう。この公園と道路は昭和44年長崎国体のため整備された。Otoji.K氏のHP「長崎県の名木」リストの中の説明は次のとおり。
メ タ セ コ イ ア
スギ科メタセコイア属 落葉高木。枝や葉は対生し、小枝は秋に葉と一緒に落ちる。中国四川省で発見された生ける化石として有名になった。
国立民族歴史博物館の辻誠一郎氏によると、「三木茂博士が化石で発見した植物ですが、その後、中国で生きていることがわかり世界をおどろかせました。中国の生きた植物から増やした苗がアメリカ人によって日本に贈られ、2代目、3代目が全国の校庭や公園ですくすく育っています。」。日本に移植されたのは、1950年頃という。…
長崎水辺の森公園の秋景色
平成19年11月29日撮影。長崎水辺の森公園は常盤・出島地区に2004年4月完成。同年度グッドデザイン金賞(建築・環境デザイン部門)を受賞している。
長崎県美術館があり、国際観光船の埠頭も近くである。
12月2日にサハフィアプリンセス号が入港していたから画像を追加した。
ダイヤランドの開発前と開発後の航空写真比較
「みさき道」の道筋となった小ヶ倉入口「源右衛門茶屋」から土井首大山祗神社前「鹿尾川渡り」までの「加能の尾」の大部分は、三菱地所が開発した大型団地「ダイヤランド」と変った。ダイヤランドは昭和56年起工、昭和59年4月から販売を開始したから、もう26年余を経過している。
団地となっては昔の道跡をたどれない。この開発前の姿の写真を探していたところ、ダイヤランド3丁目山下雄氏の協力により、同団地2丁目自治会が2年前発行した会報に、昭和56年(1981)3月(着工前)の航空写真があったのを、先の項で紹介していた。
その元の版となる写真がすぐ見つかった。おととい11月27日、私が小の用あり長崎市小ヶ倉支所に立ち寄った。支所長とたまたま会い、この写真のことを話した。すると「写真はこれでないか」と、支所カウンター後ろ壁の掲示板を教えてくれた。
写真は上のとおり。開発前は1981.3、開発後は1989.3撮影とある大きな航空写真。三菱開発から提供を受け、地元民のため前から掲示しているそうである。
これまで何度も支所に行っていたが、うかつだった。資料はその気になって探さないと、なかなか見当らない。続けて資料の写真が見つかり、開発後の姿の航空写真もあったのは、変貌を比較する上で良かった。