投稿者「misakimichi」のアーカイブ

下釜海岸のヤブニッケイ  諌早市飯盛町下釜

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下釜海岸のヤブニッケイ  諌早市飯盛町下釜

諌早市飯盛町下釜の海岸沿いの林間にある。船津の漁港を右にまわった先端部。前ノ島のすぐ手前まで埋立地ができ、白塚公園はここにある。
ヤブニッケイなどの海岸林のあるところは、埋立地へ渡る橋のまだ手前。正確には下釜公園の奥の方の海岸部である。一帯は横津というようで石棺類が多く発見された史跡であった。
Otoji.K氏HP「長崎の樹木」リストの中(街路樹)の説明は次のとおり。

ヤブニッケイ(藪肉桂)

飯盛町の白塚公園近くの海岸沿いにあるヤブニッケイ。海岸沿いにはヤブニッケイの大木が10本近くある。
海岸沿いには、シャリンバイ、トベラ、サンゴジュ、クスドイゲ、ネズミモチなども見ることができる。

「池下」の由来と結の浜マリンパークの風景  諌早市飯盛町池下

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「池下」の由来と結の浜マリンパークの風景  諌早市飯盛町池下

平成19年12月27日、池下の大アコウ根元部分を見て、池神社と結の浜マリンパークへ回った。
池神社説明板の寛永7年(1854)田結村図にあるとおり、「池下」には海水が入る池があり、現在も一部残った入江に小船を入れている。神社付近は以前は海浜だったが、堤防を築き造成してできた漁村が「池下」(いけしも)といわれていると説明していた。
丘を越した結の浜マリンパークの風景は、再掲となる。天気が良かったから写し直した。大門にかけてまだ広く整備工事中である。

池下のアコウ(根元部分)  諌早市飯森町池下

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池下のアコウ(根元部分)  諌早市飯森町池下

諌早市飯森町池下にある諌早市指定文化財(天然記念物)「池下のアコウ」。石垣に囲まれた邸宅から海岸の方へ幹を張り出している。大きなアコウは3本ある。
外から見た写真は、前の項で紹介したが、12月27日、庭に入らせてもらい根元部分を写させてもらった。ご覧のとおりの圧巻。
この家は大久保宅で、地元では「屋敷」と呼んでいる旧家である。

カトリック中町教会のナガサキリンゴ  長崎市中町

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カトリック中町教会のナガサキリンゴ  長崎市中町

長崎市中町にある。カトリック中町教会は大村藩蔵屋敷跡。1897年(明治30年)に26聖人殉教300年祭を兼ねて献堂式が行われた。
Otoji.K氏HP「長崎の樹木」リストの中(街路樹)の説明は次のとおり。

ミカイドウ(実海棠)(別名:ナガサキリンゴ)

バラ科リンゴ属 落葉小高木。葉は互生し、倒卵形で縁に細鋸歯がある。4〜5月、枝先に淡紅色の花を咲かす。花弁は5個。花柄は短く、上向きに咲く。秋に2cmほどのリンゴ状の実が黄・赤色に熟する。
中国原産で、江戸時代に渡来した。写真は長崎市・中町の中町教会にあるナガサキリンゴ。花の写真は3月下旬。果実は11月。リンゴ状の小さな実がなっている。
写真の木は低木だが、教会内には小高木のナガサキリンゴの木が5本ほどある。盆栽などに利用されるが、花がきれいなのをハナカイドウと言う。

長崎市立図書館敷地に残った新興善小学校の跡碑と樹木  長崎市興善町

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長崎市立図書館敷地に残った新興善小学校の跡碑と樹木  長崎市興善町

長崎市立図書館は、平成20年1月5日オープン開館する。前の新興善小学校の跡地。校舎の正門あたりだったところの角に、学校の歴史を刻む跡碑が樹木と共に残された。
図書館の前にある「メモリアルの森」の説明板は次のとおり。

メモリアルの森

この敷地には、原爆が投下された後、救護所として利用された長崎市立新興善小学校が建っていました。
敷地に残る跡碑と共に樹木を移植、保存し歴史を引き継ぐメモリアルの森とします。
跡碑
特設救護病院の跡碑
新町尋常小学校跡碑
長崎市興善尋常小学校碑
地恩報徳
校名札(正門)
保存樹

いちょう
ハクモクレン
ヒトツバダゴ

諌早湾干拓堤防道路の風景  雲仙市吾妻ー諌早市高来

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諌早湾干拓堤防道路の風景  雲仙市吾妻ー諌早市高来

諫早湾干拓は着手から21年、湾の堤防閉め切りから10年。潮受け堤防上を走る「諌早湾干拓堤防道路」の雲仙市吾妻ー諌早市高来間全長7kmが、平成19年12月22日午後5時から開通した。
快晴の昨日行けばよかったが、12月27日午後4時過ぎ吾妻から通ってみた。吾妻側に広い駐車場と仮設観光直売所ができていた。KTNニュース松本記者の中継と出会った。山側からの遠望や夜景がないので、また出直したい。

松原たき道の風景  松原—滝の観音間

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松原たき道の風景  松原—滝の観音間

平成19年12月25日、来秋の学さるく行事の下調べ。長崎街道沿いにあった市古賀地区事務所は、11月から西陵高東長崎分校跡に移転した。昼食はこことなろう。
矢上から入った「瀧山観音道」と別の松原から入る観音道があった。親和銀行保養所「迎仙閣」の庭に、「松原及たきみち」の標石がある。もともとは国道側にあった。ここが入口の道で、JR古賀駅へ行く案内標識が目印だ。

松原には赤瀬邸庭園に剪定では日本一という大マキがある。長崎新線の高架を写したが、シャツターが早かった。矢上からの道と合う橋のところに茶屋。観音水と名づけている。滝の観音の山門はまもなくだ。拝観料200円が要る。

長崎街道の風景  矢上宿—古賀藤棚間    

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長崎街道の風景  矢上宿—古賀藤棚間

平成19年12月25日、長崎街道の矢上宿—古賀藤棚間を行く。来秋の学さるく行事の下調べ。バイクにより走り、距離と見所を調べた。思わぬところに知られない景色と発見がある。あと滝の観音道を調べた。

明治33年建長崎街道の標石 (1)  長崎市矢上町

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明治33年建長崎街道の標石 (1)  長崎市矢上町

時津町浦郷の茶屋(本陣)跡道角にあった時津街道の道標、明治33年建の標石については、先日に報告した。これと同じ造りの標石がこんどは長崎街道の矢上にも残っていた。
標石があった場所は、矢上神社を出た街道が国道34号線を斜めに横切り、50mほど八郎川に向って入った右道脇。一帯は住宅地。井出松次様宅の玄関にあたり、ガレージとの間にあった。
小さなマキの木の根元でやや目立たない。刻面は次のとおり。寸法は18cm角、高さ65cm。

正 面  ←喜々津 諌 早  長 崎→
左側面  ←有 喜 愛 野
右側面  仐矢上村字宿
裏 面  明治三十三年九月建

「明治三十三年九月建」とあるとおり、旧街道時代でなく明治中期となって県道として認定された当時設置された道標となる。この矢上の標石の存在は、ほとんどガイド本に紹介されていないようである。
同じ造りの標石は、滑石の平宗橋と滑石公民館近くにも現存し、時津にもあった。これで4本となった。諌早市野中町の旧刑務所近くのも入れると5本。旧街道の名残りを残すそのままの道の時代の道標であるから、もっと知られてよいのではなかろうか。

明治34年国土地理院旧版地図を見ると、今の地点に街道であった県道分岐はない。もともと建ってあった場所から移設されているのではないか。
矢上地区は土地区画整理事業が実施された。やはり、今の戸石方面へ行く矢上交差点の裏通り、旧街道の分岐となった地点にあったと思われる。

長崎自動車学校のクロガネモチ  長崎市矢上町

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長崎自動車学校のクロガネモチ  長崎市矢上町

長崎市矢上町の長崎自動車学校内にある。国道34号線が番所橋を過ぎ中尾入口交差点にかかると、右前方の石垣上が自動車学校。この高い木が見える。
Otoji.K氏HP「長崎の樹木」リストの中(街路樹)の説明は次のとおり。

矢上町のクロガネモチ

長崎自動車学校の敷地内にある。幹の途中から4つに分かれている。2月だが実がなっていないので雄株である。計測していないが、幹周りは3m近くはある巨木。