投稿者「misakimichi」のアーカイブ

上長与地区公民館のセンダン  西彼杵郡長与町平木場郷

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上長与地区公民館のセンダン  西彼杵郡長与町平木場郷

長与町平木場郷の上長与地区公民館は、洗切小学校跡地。学校は明治8年創立。センダンは古木だろう。小学校は今、手前の大草へ行く県道33号線沿いに移転している。
公民館は洗切交差点から川平への県道45号線へ右折。すぐ左へ下り、橋を渡ると赤い建物と体育館が見える。

センダンは根元が花壇となっていた。幹を切り樹形は良い。幹周り3.6m、樹高13mほど。長与町教育委員会の人は、県下2番目の大木といっていたが、雲仙市国見町神代川沿いのは4m、長崎市鳴見町白河のも4mあった。松浦市御厨町大崎のは5m、根元40cmでこれも2本になっているようだ。

長与町教育委員会編「長与町郷土誌」平成6年発行の43頁は、次のとおり
2.センダン(センダン科)    平木場郷、上長与地区公民館
胸高周囲:322センチ、樹高:17メートル
県下では福江市玉之浦に次いで大きなセンダンで、台風で枝の一部が折れ、樹勢はやや衰えている。
この項は次の記事を参照。 https://misakimichi.com/archives/2852

滑石川(大井手川)川端のクスノキ  長崎市滑石1丁目

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滑石川(大井手川)川端のクスノキ  長崎市滑石1丁目

滑石1丁目にある。横道交差点岩崎橋から滑石川の川沿いに道ノ尾へ行く一方通行道の規制終点のところ。かつてこの道は時津街道。
クスノキは巨木が多い中、この川端のクスノキはそんな大きいと言えない。次のとおり由緒ある木のため載せる。
長崎文献社平成10年発行「長崎町人誌 第六巻 さまざまのくらし編 住の部2」の中、荒木正人氏稿「新編 長崎名勝図絵シリーズ」滑石・浦上一帯の194頁は次のとおり。

川端に残るくすの木

滑石公民館を迂回して横道交差点へ出、国道を道ノ尾方面に進むと滑石川(大井手川)をまたいで新しい岩崎橋がある。ここが新・旧道の分岐点で、旧街道は橋の手前から左に川に沿って通じていた。
かつて、この川沿いの街道は松並木で茶店もあり風情があったが、今はただ古い大きなくすの木が一本枝葉を繁らしているだけである。それでもわずかに昔時の面影が偲ばれる。

現代の道標  長崎市鳴見町

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現代の道標  長崎市鳴見町

現代の道標も捨て難い。親切な自治会がある。日当自治会。自治会が道標を建ててくれている。初めての道で道標に何度助けられたことか。前来た道でも最近の幹線道路・林道・農道の新設改良により昔の記憶は全く役立たない。

日当自治会は、鳴見台団地や豊洋台団地の背後山手の集落。日当・白河・二ツ岳の集落によって構成されているのではないだろうか。こういう大型団地の開発や鳴見ダムなどの建設によって、昔からの道がわからなくなっている。
現地の山は時津町との境。滑石トンネルや時津の日並へ抜けろと言われても、岐路が多く簡単に進めない。

この点、自治会の配慮に感謝する。写真のとおり立派な道標を建ててくれている。現代の道標を要所に3本、時津清掃工場前の三叉路には大きい道路表示版を見た。

鳴見町白河のセンダン   長崎市鳴見町

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鳴見町白河のセンダン   長崎市鳴見町

前項の鳴見町白河のスタジイを見に行ったとき、見かけたセンダンのこれもかなりの大木。場所は鳴見町の最近開発された豊洋台団地奥。滑石トンネルや時津の日並へ出る昔からの道があり、白河や日当の集落がある。畦刈ジョイフルの団地入口から中央の販売センターまで行き真ん中の直線道路へ左折。団地の中央はずれとなり昔の道に出る。

道は二手に分かれ、この間の斜面にセンダンの大木がある。幹周り4m、樹高15mくらい。目通りの上の方で数本の支幹に分かれる。格好が妙。
スタジイの巨木がある田川宅へは下の道。センダン上の道が時津清掃工場や日並へ行く。自治会の道標がある。

鳴見町白河のスタジイ   長崎市鳴見町

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鳴見町白河のスタジイ   長崎市鳴見町

とてつもないスタジイの巨木が人知れず長崎市内にあった。樹齢500年はするという。きっかけは三ツ山の石橋と同じく、長崎街道ネットワークの会会長、江越弘人先生からの話。勤め先の大瀬戸歴史民俗資料館を尋ねたとき聞いた。

場所は鳴見町の最近開発された豊洋台団地奥。滑石トンネルや時津の日並へ出る昔からの道があり、白河や日当の集落がある。畦刈ジョイフルの団地入口から中央の販売センターまで行き真ん中の直線道路へ左折。団地の中央はずれとなり昔の道に出る。
道は二手に分かれ、別項とするセンダンの大木がある。スタジイの巨木がある白河の田川宅へは右の道へ下る。一軒前の民家にも中木があった。

田川宅はその先の方。石垣囲いの玄関石段横にいかにも古木というスダジイが根を張っている。2大支幹に分かれるが根元は繋がり、幹周りは10mとも言える巨木である。田川宅には団地幹線道路をそのまま進み、下りとなる「白川めだか橋」からも行ける。
帰りは時津清掃工場の方へ向かった。途中の日当集落の家々でツバキややはりスタジイのかなりの大木を目にした。

アーチ石橋が新たに見つかる  長崎市三ツ山町に残る「小谷橋」

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アーチ石橋が新たに見つかる 長崎市三ツ山町に残る「小谷橋」

きっかけは、長崎街道ネットワークの会会長、江越弘人先生の話。先日大瀬戸へ行ったとき、勤め先の大瀬戸歴史民俗資料館に寄った。大瀬戸の眼鏡橋以外の石橋を知らないか尋ねたところ、かえって長崎市内の石橋を教えられた。
流合橋上の畦別当町側の本流4つの石橋は知られている。まだ下流の支沢、三ツ山町の方にも石橋があるという。付近を歩いて以前から知っておられた。
この橋は、県内の石橋を詳しく調査しているHP「長崎県の石橋を訪ねて」に表われていない。場所を聞いたので、3月8日調べに行った。長崎大水害にもめげず、見事なアーチ石橋が残っていた。

県道44号線を犬継教会(カトリック三ツ山教会)まで行く。長崎バイパスを挟んで、この対面の小沢に架かる。肉眼ではもうアーチが建設会社の青い倉庫の左脇に小さく見える。
バス停先の高政建設から県道を分かれる。右へ下るとバイパス上の新平床橋に出る。そのまま行き、黒川宅角でコンクリート道を右へ下ると橋に着く。県道から200mほどの距離。

橋は標柱が両脇にあり、「小谷橋」「昭和九年十二月 石工 河浪」。長さ5.2m、幅員3.18m。あまり損傷がない。下から覗くと真ん中の底石が1つだけ少しへこんでいた。中央要石か。
この道は高台の畑地を越して六枚板へ通じる。すぐ先に教会墓地がある。このため架けられた橋であろう。ただ先はすぐ細い赤道だ。
今までなぜ知られなかったのだろう。人や車がほとんど通らないせいか。私どもの思い違いがあるかも知れない。川平金山の坑口跡はこの上流にある。

弁天白浜の風景  長崎市柿泊町

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弁天白浜の風景  長崎市柿泊町

平成20年3月8日、長崎市西部、柿泊町の弁天白浜へ行く。水がきれくて景色のよい海浜。海水浴場として整備されている。
昔はヌード撮影がよく行われていたらしい。今は長崎を舞台とする映画やドラマのロケ地でよく登場する。広い海岸洞穴や傘岩がある。

下里サンシ山遺跡のエノキ  長崎市新牧野町

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下里サンシ山遺跡のエノキ  長崎市新牧野町

国道202号線により長崎市出津まで行き、出津大橋の脇から出津川を遡るように広い道を進む。新牧野町の商店前で四叉路となる。九州自然歩道は右上の道。最初の写真でももう西彼杵半島線広域農道の橋が左上隅に見える。

四叉路右上の道に入ると、すぐエノキの大木が2本ある。牧野公民館手前の広場石垣の斜面地で、ここは「下里サンシ山遺跡及び石塔群(近世)」。史跡説明板があった。古木もうなづける。
Otoji.K氏HPは特に記されていない。エノキの向かって左は幹周り4.1m。右は目通り上で2本の幹に分かれるが、幹周りは4.7mほどだった。

牧野墓地のクロガネモチ  長崎市新牧野町

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牧野墓地のクロガネモチ  長崎市新牧野町

国道202号線により長崎市出津まで行き、出津大橋の脇から出津川を遡るように広い道を進む。新牧野町にかかると、眼の上の高台墓地に大木が立つ。牧野墓地でクロガネモチの木である。幹周り4.2mほど。根元は何か立石を喰わえていた。

神浦ダムへ抜けるためこの道へ入り、何気なく気付いた木だが、Otoji.K氏HP「長崎の樹木」リストの中(街路樹)に説明はないが、地図にちゃんと所在を印されていた。