投稿者「misakimichi」のアーカイブ

さが名木100選  88 海童神社のクスノキ  杵島郡白石町大字深海

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さが名木100選  88 海童神社のクスノキ  杵島郡白石町大字深海

杵島郡白石町大字深海(前有明町)の海童神社は、JR肥前竜王駅のやや手前。国道207号線沿いの左手に鳥居と案内板がある。クスノキは県指定天然記念物。数本の幹が根元でからみ合う姿は奇怪だった。
神社裏手の小高い林間は、佐賀県指定史跡「竜王崎古墳群」。発掘後の古墳群を見られる。
佐賀県同パンフレットによる説明は次のとおり。

88 海童神社の楠(クスノキ)
・所 在 地  有明町深海
・推定樹齢   600年
・大 き さ  樹高 18m  幹回り 4.5m  枝張り 20m
・登録番号   46438
海童神社の境内を覆うようにうっそうと繁茂するこのクスノキは、幹の部分に大きな空洞があり、かつて子ども達の格好の遊び場となっていた。
今は保護柵が設けられ、人々に親しまれて大切に保存されている。
県天然記念物(昭和40年7月23日指定)

さが名木100選  30 松岡神社のイチイガシ  鹿島市浜町

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さが名木100選  30 松岡神社のイチイガシ  鹿島市浜町

鹿島市浜町の松岡神社は、国道207号線鹿島バイパス祐徳稲荷神社入口のやや手前となる赤く手摺りを塗っている「祐徳大橋」すぐ左方の神社。高木の林の中に橋からこのイチイガシの木も見える。
「祐徳大橋」から階段を歩いて降りられるが、車なら反対車線の東部中学校側小池工作所前からバイパスの側道を上下し、ガード下をくぐると神社横の鳥居に着く。
佐賀県同パンフレットによる説明は次のとおり。

30 松岡神社のイチイガシ
・所 在 地  鹿島市浜野畠
・推定樹齢   500年
・大 き さ  樹高 21m  幹回り 3.2m  枝張り 20m
・登録番号   0713001
松岡神社は、景行天皇の時代、皇子日本武尊が土蜘蛛征伐を成し、その尊の威徳に感動し、尊を祭ったのを由来とするものである。この境内にあるイチイガシは、県内のイチイガシでは最古のものと思われる。

四郎ケ島の草刈りツアーと風景  長崎市神ノ島町3丁目

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四郎ケ島の草刈りツアーと風景  長崎市神ノ島町3丁目

長崎港の港口にある四郎ケ島は、江戸時代後期となり佐賀藩が長崎港警備のため、総力をあげて築いた台場跡である。台場として国第一級の史跡にかかわらず、事情があり指定されずにいて荒れ気味である。
佐賀の人が史跡保存にかえって関心があり、このため今回も史跡見学を兼ねた草刈りツアーが実施された。

平成20年4月7日(月)、有明海ぐるりんネット原田理事ほか、佐賀城案内ボランテァの会の人など20人ほどがマイクロバスで来崎、四郎ケ島の見学順路の草刈りをした。写真はその様子と四郎ケ島からの景観など。風景は前にも紹介している。
長崎の連絡役江越先生の手伝いで、私たちも参加したが、朝から雨だったので長崎の参加者は4人だった。

竹崎観世音寺のクロガネモチ  佐賀県太良町大浦甲(竹崎)

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竹崎観世音寺のクロガネモチ  佐賀県太良町大浦甲(竹崎)

国道207号線田古里交差点から、カニ料理で有名な竹崎へ竹崎グルメロードにより入る。橋を渡り竹崎城跡展望台への登りにかかる所に、竹崎観世音寺の駐車場入口案内板がある。寺はこの高台にあり、クロガネモチは本堂右奥に立っている。

幹回り3.2m、樹高16m、枝張り10mくらい。推定樹齢は210年とあった。太良町教育委員会が教えてくれた木。さが名木100選ではない。左にクロガネモチのもう1本の小木が立つ。
竹崎観世音寺は由緒ある寺。佐賀県重要文化財「石造三重塔」や町指定文化財「石造六地蔵」がある。

牟田公民館のイチョウ、正伝院のムクノキ・カゴノキ  佐賀県太良町大浦乙

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牟田公民館のイチョウ、正伝院のムクノキ・カゴノキ  佐賀県太良町大浦乙

牟田公民館のイチョウは、地元の人が教えてくれた木。国道207号線が今里橋で佐賀県に入り、蟹御殿の先に牟田区バス停があり下って集落に入ると、道角に牟田公民館がある。
イチョウは根元上2mで2幹に分かれ、幹回り3.8m、樹高13m、枝張り7mくらい。

国道207号線をさらに行き、今の竹崎グルメロードでなくまだ手前、前竹崎への道から入ると、田古里で正伝院はすぐある。ゲートボール広場上に大木を見かけたので寄ってみた。
ムクノキは幹回り4.0m、樹高13m、枝張り9mくらい。推定樹齢は230年。カゴノキは幹回り2.5m、樹高11m、枝張り5mくらい。推定樹齢は210年とあった。
いずれも、さほどの大木ではなかった。

今里のオガタマノキ  佐賀県太良町大浦乙(今里)

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今里のオガタマノキ  佐賀県太良町大浦乙(今里)

長崎県諌早市小長井町長里のオガタマノキは、根元近くの幹回り9m余りあり、日本一のオガタマノキの大木で、国指定天然記念物である。県界を越したすぐ近く佐賀県太良町今里にも幹回りは小さいが、高原に立つ端正な樹形のオガタマノキがあった。

国道207号線今里橋手前が県界。橋を渡り旧道を戻ると今里川河口に友尻橋があり、今里区バス停がある。右岸の道をJR長崎本線ガード下をくぐりながら集落の先まで行くと浅間神社がある。オガタマノキはこの川向いの高台に見える。

根元は2つの幹が合体したような姿。目通り上は1本ですくっと立ち、幹回り4.4m、樹高15m、枝張り12mくらいの大木である。周りの景色といい、樹形がほんとうに良い。太良町教育委員会から教えてもらったが、さが名木100選ではない。

長崎市立山里小学校と如己堂の風景  長崎市橋口町・上野町

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長崎市立山里小学校と如己堂の風景  長崎市橋口町・上野町

長崎市橋口町にある長崎市立山里小学校は、大橋電停下車徒歩約6分。爆心地から北へ約600m。被爆により児童約1300人、教師28人が亡くなった。
被爆校舎は現在の運動場のところにあったが、平成元年に新校舎が高台へ建て替えられている。
学校の敷地内には山里小学校平和に関する施設・碑として、次のものがある。
①山里国民学校説明板、②防空ごう、③あの子らの碑、④あの子らの丘、⑤永井桜、⑥旧山里小学校校舎のレリーフ、⑦児童記念館(資料室)

山里小学校近く上野町には、自身も原爆の後遺症に苦しみながら、被爆者救護に尽力し、「長崎の鐘」など多くの著書がある故永井隆博士の旧居「如己堂」があり、長崎市永井隆記念館が併設されている。坂下に浦上天主堂が見える。

長崎市立山里小学校の「永井桜」  長崎市橋口町

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長崎市立山里小学校の「永井桜」  長崎市橋口町

長崎市橋口町にある長崎市立山里小学校は、大橋電停下車徒歩約6分。爆心地から北へ約600m。被爆により児童約1300人、教師28人が亡くなった。
被爆校舎は現在の運動場のところにあったが、平成元年に新校舎が高台へ建て替えられている。

昭和23年に永井隆博士が学校や地域に苗木を贈った「永井桜」は、永井隆記念館によると、今30本ほどしか残っていないとみられる。
山里小学校には50本寄贈されたが、現在確認できるのは旧校門付近の5本だけとなっている。この坂は桜にちなんで「永井坂」と呼ばれている。
なお、今の運動場にあるクスノキは、被爆校舎の裏にあったため、生き残った木らしい。
2008年4月2日の長崎新聞”ながさきニュース”の記事は次のとおり。

命の尊さ伝え続けて 長崎・山里小で「永井桜」咲く

「長崎の鐘」などの著作で知られる被爆医師・故永井隆博士(一九〇八−五一年)が、壊滅した町の復興を願い長崎市立山里小(橋口町)などに贈った「永井桜」が、博士生誕百年のことしも美しい花を咲かせた。
永井博士は一九四八年、著書の印税を投じ浦上地区の教会や学校などに計千本のソメイヨシノの苗木を贈った。山里小には児童の手で約五十本が植えられ、学校前バス停から続く上り坂と旧校門前の桜並木が春の風物詩となった。

ソメイヨシノの寿命は約六十年ともいわれ、山里小の永井桜も倒れたり枯死が相次いでいる。同小五年時に植樹した長崎市泉一丁目の被爆者・榊安彦さん(71)によると、現在確認できるのは旧校門付近の五本だけ。
榊さんが植えた桜は現在、高さ五メートル、幹回り二メートルの大木に成長。この春も先週から見事な花を咲かせ始めた。榊さんは「いつまでも咲き、子どもたちに命の尊さを教えてほしい」とうれしそうに眺めていた。