投稿者「misakimichi」のアーカイブ

さが名木100選  81 大日のスギ  西松浦郡有田町岳

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さが名木100選  81 大日のスギ  西松浦郡有田町岳

佐世保市柚木町から国道498号線を行き、国見トンネル入口右から旧道を栗ノ木峠まで上がった。しかし、国見有料道路の無料化に伴い、平成19年11月30日から峠の先は廃道となり閉鎖されていた。
大日のスギは、栗ノ木峠の下りでトンネル出口との中間くらいの急カーブする下方にある。

私のバイクは閉鎖ゲート脇をなんとか通れたので、廃道を下って現地へ行き写真を写してきたが、今後行くなら、国見トンネルの伊万里側に駐車し、この廃道を歩いて登る方が近い。
廃道のため落石などは放置され、少々危険な道であるから要注意である。
佐賀県同パンフレットによる説明は次のとおり。

81 大日のスギ
・所 在 地  西有田町山谷
・推定樹齢   400年
・大 き さ  樹高 30m  幹回り 5m  枝張り 14m
・登録番号   39604
大日のスギは、長崎県との県境に近い国見岳の中腹で、標高500mの傾斜地の林の中に直立し高さ3mのあたりで4本に分岐し、それが互いに競合しあい、空に向かって伸びている。
根元には、「大日如来天保二卯一二月施主山谷村中」の刻印を持つ石祠が建立されている。
町天然記念物(昭和46年7月10日指定)

西光寺のノダフジ  佐世保市柚木町

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西光寺のノダフジ  佐世保市柚木町

佐世保市瀬戸越から柚木町を通り国見トンネルを越え伊万里へ行く国道498号線に入る。柚木交差点で三川内への県道を分岐し、国道は七曲登りにかかる。すぐ左にあるのは柚木中学校。柚木小学校はまだ先のかなり高台にある。
この柚木小学校の脇にあるのが西光寺である。長い参道の途中に市天然記念物のノダフジがあり、鉄柵に枝をはわせている。最後の写真は、境内に咲いていたシダレサクラ。
Otoji.K氏HP「長崎の名木」リストの中の説明は次のとおり。

西光寺のノダフジ

佐世保市柚木町・西光寺にあり、県内で最大のノダフジ。昭和52年、市の天然記念物に指定された。
参道の途中にノダフジがある。カシやシイの木にからんで伸びている。小さな鳥居がある池が傍にあり、その周囲にもノダフジが伸びている。残念ながら多くの花は散っていたが、満開なら池の周囲から眺めるフジの景色はいいに違いない。毎年、観藤会が開かれるらしい。撮影は5月初旬。来るのが一週間遅かった!
池の周囲には十月ザクラも植えられてある。

矢保佐社のムクノキ  佐世保市柚木町

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矢保佐社のムクノキ  佐世保市柚木町

佐世保市柚木町で通りかかって見かけた大木。国見トンネルを越え伊万里へ行く国道498号線は、柚木交差点で三川内への県道53号線と分かれる。この三川内への県道の方へ左折すると、すぐ右手に矢保佐社がある。「柚木よかもん市」物産店の真向いである。

矢保佐神は疫霊抜除の神、福徳の神、あるいは畑の神様らしい。ムクノキは鳥居左の斜面に立ち、幹周り4m、樹高15m、枝張り12mほど。県道から見ても目立つ木である。
毛利稔氏HP「里山の四季in柚木」早春編による説明は次のとおり。樹の大きさはそんなにないと思う。

ゆのき・三本木地区は、郷土史誌によれば相浦谷(ゆのきから平戸方向に流れ、途中緩やかに蛇行して佐世保湾に注ぐ相浦川流域の呼称)開拓の祖、武部胤明によって開拓された当時のたたずまいが今も残るという。
三本木の地名の由来になる樹齢数百年の巨木「ムクノキ」。高さ約30m、幹周り約7mの巨木は、芽吹きの時期を待つ早春の風物詩。

藤山神社のフジとオガダマノキ  佐世保市小舟町

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藤山神社のフジとオガダマノキ  佐世保市小舟町

国道204号線瀬戸越町交差点から柚木町・伊万里方面への国道498号線へ入る。柚木町近くとなると相浦川の播磨橋があり、ここが小舟町の藤山神社口でバス停があり、右折するとすぐ藤山神社がある。長崎県立ろう学校佐世保分校の校庭横となる。
Otoji.K氏HP「長崎の名木」リストの中の説明は次のとおり。

藤山神社の大フジ

佐世保市小舟町・藤山神社にある。4月下旬はオガタマノキの巨樹に巻きつき、高さ25m。左右にそれぞれ約15mほど開いていて圧巻。根元周りは1.68m。樹齢650年ほどで、九州一といわれ県の天然記念物に指定されている。
この大フジはヤマフジ。ヤマフジは栽培種のノダフジほど大木にはならないという。これほどの大木になっているのは貴重。県内でノダフジの大木は、佐世保市・西光寺のノダフジが最大。
境内には、ノダフジの藤棚の他、だるまフジの一種である紅白の二色フジがある。フジの花言葉が「縁結び」ということを、ここで知った。

オガタマノキの巨樹

佐世保市小舟町・藤山神社にある。幹周り4.6m、樹高30m。樹齢800年あまり。このオガタマノキには樹齢およそ650年の九州一といわれる 大フジが絡んでいる。

泉福寺洞穴  佐世保市瀬戸越1丁目

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泉福寺洞穴  佐世保市瀬戸越1丁目

国指定史跡「泉福寺洞穴」は、佐世保市瀬戸越1丁目にある。柚木町へ行くためたまたま通りかかり、寄ってみた。
国道204号線瀬戸越交差点から柚木町・伊万里方面の国道498号線へ右折。松浦鉄道の泉福寺駅近くの踏切を渡ると佐世保工業高校前となる。右方に案内標識があり、右折し標識の道順により進む。駐車場はない。
佐世保市教育研究会平成16年編HP「佐世保の歴史を調べよう」による説明は次のとおり。

泉福寺洞穴遺跡

泉福寺洞穴は,1970年に大野中学校の生徒によって発見されました。相浦川の浸食か風化によってつくられたといわれ,大きな4つの洞穴から成り立っています。奥行約5m,夏は涼しく冬暖かな洞穴は大昔の人たちにとって最高の住居だったようです。
その後,1970年7月から10年間にわたって発掘調査されました。その結果,次のようなことが分かりました。

この洞穴は,後期旧石器時代から歴史時代に至るまで断続的に利用された洞穴遺跡。特に細石器に伴って,日本最古の縄文土器である豆粒文(とうりゅうもん)土器を出土し一躍有名になった。科学的年代測定によると,少なくとも12000年前の土器と推定され,現在なお世界のいずれの土器発生年代よりも古いために,縄文土器はおそらくこの土地で作り始められたものと思われ注目されています。

標高90mのアルコース砂岩の岸壁にあるこの遺跡は,風化作用によってできた四個の小洞穴が,大きな一つの岩壁に寄り添うように形づくられ,北風をさえぎり日当たりのよい南向きの斜面にあります。この自然洞穴は,洞穴特有の現象である年間の温度変化の少なさが住みよい居住性を与えたため,石器時代人よりたびたび使用されました。
洞穴の前は急な斜面で谷底の泉まで続き,小高い裏山を登れば相浦川などのながめがよく,生活環境は抜群の場所でした。

眼鏡岩  佐世保市瀬戸越町

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眼鏡岩  佐世保市瀬戸越町

佐世保市瀬戸越町に「眼鏡岩」という有名な岩がある。海食洞穴が隆起してできたものらしい。
国道204号線により平戸方面へ向かう。国道筋に西海学園高校があり、学校が見えたら道路反対側すぐ先の交差点に歩道入口、駐車場入口はまだ先で、案内看板により左折して入る。
現地説明板は次のとおり。

ふるさとのみどりをたいせつに  眼 鏡 岩 案 内 図

大昔、大きな鬼が昼寝をしていた。あたりの騒がしさに目を覚ました鬼が、うーんと手足をのばしたとたん両足が前の岩に当ってポッカリ二つの穴があいた。昔から語り伝えられている眼鏡岩についての民話である。だがこの岩の実際の成因は、数10万年の昔、この辺が海だった時代に、海波によってできた海食洞穴といわれている。
高さ約十メートル
長さ凡そ二十メートル
右の円直径約五メートル
左の縁直径約八メートル
この眼鏡に似た巨大な自然の岩はまさに人智では計り知れない不思議な造形である。
平安の頃、たまたまこの地を巡錫した弘法大師が、この奇岩を見て「仏縁の地なり」といい、岩肌に残っている梵字と千手観音像は大師の手になるものと伝えられる。それにここは、旧藩時代には平戸八景の一に数えられ、軍港時代には佐世保名所随一と歌われた景勝地でもあった。千百年にわたる庶民信仰の跡があり、春は桜、秋はもみじの四季それぞれの風情がある。

東漸寺のクスノキ  佐世保市中里町

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東漸寺のクスノキ  佐世保市中里町

国道204号線により瀬戸越を通って行く。佐々町と上相浦の国道分岐に相浦川の中里橋があり、川向いに中里小学校が見える。中里橋へ左折して渡り、近くの交差点から中里小学校まで行き、学校の西側から校舎の裏を回り、背後にある東漸寺に着く。

または上流の中里中学校の方から入る。道はわかりにくく狭いから要注意。大クスは県指定天然記念物。Otoji.K氏HP「長崎の名木」リストの中の説明は次のとおり。

東漸寺の大クス

佐世保市中里町にある。樹高さ20m、幹周り7.2mあり、樹齢およそ500年。昭和45年に県の天然記念物に指定された。
東漸寺はもとは岩間山にあったが、火災にあい明応3年(1495年)に僧教意がこの地に再建した。松浦家の祈願時や相神浦七ヶ村の郷寺であった。

佐須神社のマキノキ  佐世保市高梨町

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佐須神社のマキノキ  佐世保市高梨町

佐須神社は佐世保市佐須町でなく、町境近く高梨町にある。国道35号線本島町交差点から右折。佐世保市体育文化会館を回り北角から、奥の谷間へ行く道に入る。
高梨町の入口に佐須神社の赤い鳥居があり、マキノキがひときわ高く木立の上に見える。
Otoji.K氏HP「長崎の名木」リストの中の説明は次のとおり。

須佐神社の大マキ

佐世保市・高梨町の須佐神社にある。樹齢およそ400年。
慶長2年(1597年)、秀吉朝鮮出兵の時、平戸藩主・松浦肥前守隆信も出兵。同年8月、戦勝奉告の記念に、このマキを植えたとのこと。

三川内山の早川小学校跡に残る小さなアーチ石橋  佐世保市塩浸町

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三川内山の早川小学校跡に残る小さなアーチ石橋  佐世保市塩浸町

平成20年4月12日、佐世保市三川内山の石橋を訪ねた。陶芸の里「三川内皿山」はJR三河内駅手前、国道35号線三川内山入口交差点から右折し、奥の谷間へ入る。
三川内山の石橋は、「三川内山」バス終点児童公園下の川に残り、すぐ手前の路地から右へ下る。陶石色の見事なアーチ石橋である。

これと別に私が見かけた小さな石橋は、国道から皿山へ行く中間くらいの所。市立三川内山保育所とバス停がある。この手前右方の3軒の民家へ車道からコンクリート舗装道が下って上がっている。道が小川を跨いでいるので、皿山の帰りに寄って調べてみた。
写真のとおり可愛いアーチ石橋が残っていた。上にコンクリートが塗られている。左面から見えるが、右面からは拡幅されて確認できない。幅2m、長さ1mほどの小橋。
礎石や石の組み方からアーチ石橋としてカウントできないかも知れないが、石橋があった報告をしてみたい。

橋の道は、上の2軒の邸宅の登り口。事情を手前の林田宅へ聞いてみた。この高台は今は家と庭畑となっているが、実は三川内小学校発祥之地「早川小学校跡」である。
昭和49年2月、創立100周年を記念し山口造園代表取締役山口廣夫氏が寄贈した記念碑があり、早川小学校がここにあったのは、「自 明治十二年三月 至 明治十九年九月」と刻んでいた。左への道奥木立には祠が祀られていた。

どうやら石橋は、早川小学校創立時に造られた学校正門口の橋のようであり、小さいながら地元三川内山の貴重な歴史を残した橋ではないだろうか。
なお、最後の2枚の写真は、バス終点の「三川内山案内」と、すぐ近くこれまで紹介されている「三川内山の石橋」。

子安観音のクスノキ  佐世保市有福町

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子安観音のクスノキ  佐世保市有福町

佐世保市有福町にある。県指定天然記念物。国道202号線で早岐瀬戸の観潮橋を渡るやや手前となる有福交差点から左折。針尾バイパスのガード下をくぐった上有福バス停先である。
Otoji.K氏HP「長崎の名木」リストの中の説明は次のとおり。

子安観音の大クス

佐世保市・有福町にある。樹高23m、幹周り8.3m。樹齢500年。幹は7本に分かれているが、数百年前に切られたが、その後、芽が出て現在の姿になったと伝えられている。
樹下にある三界万霊の碑は、文化4年(1807年)に疫病が流行ったときに建立されたらしい。昭和45年、県の天然記念物に指定された。