さかい? (2) 藩境石の災難  長崎市新小ヶ倉1丁目ほか

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さかい? (2) 藩境石の災難  長崎市新小ヶ倉1丁目ほか

前項(1)で、長崎市小ヶ倉町白崎バス停上の「従是南佐嘉領」の藩境石の災難を載せたが、一方の新戸町(現在は新小ヶ倉1丁目に所在)側などの肝心な災難の話を忘れていた。
古賀敏朗著「くにざかいの碑ー藩境石物語」峠の会(福岡)1983年刊によると、小ヶ倉バイパスの工事中、ショベルカーが掘り起こした新聞記事を紹介している。

詳しくは、次の記事を参照。標石の古写真は、中尾正美編「鍋嶋藩深堀資料集成」昭和49年刊の巻頭頁から。
https://misakimichi.com/archives/91
https://misakimichi.com/archives/337

次は、大村郷村記に記す外海地域、三重村東樫山や黒崎村出津郷「とひ崎飛地」の藩境石の災難。詳しくは、次の記事を参照。
東樫山の空き地に放置された石は、最近、近くの金福寺前に運び、展示されているそうだ。
https://misakimichi.com/archives/84
出津海岸の石は、まだ海岸に放置され、潮を被っている。
https://misakimichi.com/archives/1565