大津手永会所の御客屋門(移設)  大津町大津 ( 熊本県 )

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大津手永会所の御客屋門(移設)  大津町大津

現地説明板は、次のとおり。県道30号大津町役場先から北へ入り、上井手の手前広場に復元された移設門がある。

大津手永会所の御客屋門(移設)

大津の室三簀戸口から塘町筋・上大津に至る界隈は、江戸期に熊本から阿蘇・大分鶴崎に向かう参勤道(豊後街道)の経由地となりました。特に大津宿は熊本から参勤の第一泊の宿地として整備されるとともに、その他の利から肥後熊本藩における地域行政の中心地の1つとなりました。
そのため、藩主の参勤交代やその他の来遊に供された「御茶屋(本陣)」や、その他行き交う藩や遠来の高級武士の宿舎であった3つの「御客屋(脇本陣)」などの施設、手永会所・御蔵など地域行政の施設群がありましたが、今では明治以来の街並の変化、世代交代、価値観の変遷などに伴い、江戸の香りを残す街道の館群はすべて失われました。その中で唯一奇跡的に残された建物がこの薬医門形式の御客屋門で、屋根瓦には九曜の紋が並んでおり、細川藩の施設であった面影を残した建造物です。
この門は、手永会所の南側に附設された御客屋の街道への出入口に本来ありましたので、公的なお屋敷として裁を整えた御客屋の薬医門として、幕末頃までには建造されたと思われます。しかし、建造に関する古記録が見つからず確かなことは不明です。災害で周囲の施設群の役割が変わった場合も考えられるので、これまで「会所門」・「御茶屋門」など複数の名称で呼ばれてきました。昭和36年(1961)頃まで原地にありましたが、その後町内の寺院の山門に転用・移設されました。しかしながら、江戸の大津を物語る唯一の建造物として、その保存を望む声が強く、町が寺院からの寄贈を受け、ここに移設してその保存を図ることにしました。
大津町教育委員会