船石町に残るアーチ式石橋と巨木めぐり (1) 2014年3月
2014年3月16日(日)快晴。長崎市東長崎地区の船石町に残るアーチ式石橋と巨木めぐり。参加6人。みさき道歩会の例会。
JR肥前古賀駅9:47—古賀ラカンマキ9:55—船石「下大野橋」11:39—並松翠鯉の苑12:00(昼食)12:35—「千歳橋」12:38—二双舟タブの木13:05—旧本田家住宅13:38—藤棚13:51—つつじが丘入口バス停14:05(徒歩距離 約8km)
時津町に続く船石町に残るアーチ式石橋と巨木めぐり。所在場所は、本ブログ次を参照。次回は4月20日に喜々津町を予定。 https://misakimichi.com/archives/604
長崎駅9:24発諫早行乗車。「七つ星」は駅事務室前のポスター。肥前古賀駅から歩き出す。駅から下ると、赤瀬宅庭に日本一のラカンマキがある。親和銀行保養所「迎仙閣」正門庭には、滝の観音道「たきみち」の標石があるが、門を閉めていて見学できない。国道34号線を渡り、旧長崎街道の道を歩く。古賀殉教地の碑やキリシタン墓石(水樋石?)がある。
石橋調査で和仁会病院の谷間を登ったので、福端寺は訪問もれ。病院から下ると、古賀庄屋屋敷跡の民家玄関前に、藩境石「大村領」が2本ある。水害で移設している。
いよいよ船石町に入る。現在の木場橋をまず見て、干束野へ上がる。九州新幹線(西九州)のトンネルがここにできるのか、測量表示があった。集落へ向うと、第一のアーチ式石橋「下大野橋」がある。昭和35年架設。
運動公園へ回って並松へ下ると、田嶋邸「並松翠鯉の苑」がある。かつての石橋「木場橋」を架けた当家。長崎大水害で流された橋の欄干片側をここに移設し保存している。
水苑脇で昼食。ザボン漬はいつものO氏宅特製。以下(2)に続く。