神宮寺庭園 兵庫県南あわじ市沼島
南あわじ市HPの生涯学習文化振興課「県指定文化財」による説明は、次のとおり。なお、HP「神宮寺」(TOP不明)に、以下の記事があった。
境内には、司馬遼太郎の小説『菜の花の沖』(淡路島出身の豪商・高田屋嘉兵衛を主人公にした物語)の記念碑がある。学芸出版社刊「重森三玲 庭園の全貌」(昭和期の 日本の作庭家・日本庭園史の研究家)が、沼島神宮寺庭園を記しているそうだ。
神宮寺の場所は、前記事沼島の「沼島全体マップ」など参照。
神宮寺庭園(じんぐうじていえん)
この庭園の作者と造られた時期は不明ですが、寺院が現在の地に整備された江戸時代初期の万治年間(1658〜1661)に造られたと考えられています。八幡神社から連なる裏山の急斜面の丘陵を利用して構成された築山式枯山水庭園(つきやましきかれさんすいていえん)です。沼島特有の結晶片岩を「人」字形に組み合わせて多用する技法は、迫力のある印象で、鑑賞上の効果に加え、独特の高い技術力もうかがえます。
また、島内の庭園史上、非常に価値の高い庭園として平成22年に兵庫県指定重要文化財に指定されています。
神 宮 寺
真言宗の寺院であり、元慶4年(880)の開基といわれている。梶原氏の菩提寺でもあったので、厨子、紺紙金泥経、曼荼羅など数々の宝物は梶原氏の寄進と伝える。
本堂の裏の庭園も有名。
神宮寺庭園
所在地:南淡町沼島 管理者:神宮寺
作庭時代:江戸時代初期 築山式枯山水庭園
本庭は沼島八幡宮との境の傾斜地を利用し、また、斜面の岩盤も生かして構成された庭園である。
庭園構成の細部の手法をみていくと、まず築山上部の中心に見事な二石組がある。高さ125cm・104cmの形の似た二石を組み合わせたものである。
このように、高さも形も同じような石材を並べて組むというのはなかなか勇気のいる組み方であるが、これが実に見事に力強く組んでいるのには驚く。これは蓬莱石でもあり、遠山石を兼ねた築山中心石といえよう。
その右方、約2.8mの高さに枯滝を組んでいるが、この石組は本庭最大の見どころである。板状の緑色片岩を「人字」形に組み、それを受けてまた傾斜させて人字形に組むという手法で、それは力学的にも道理にかない、安定した美しさと、力強さのあふれる造形を形成している。
傾斜を利用した築山の土留めも兼ねる護岸石組の中で、左端に組まれた三尊石組は石材は大きくないがこの組み方も実に見事な実用と美を兼ね備えた石組である。
長年の風雪に石の崩れが若干見られるが、重点的な石組は今日まで保存され、作庭当時の石組がほぼ見られることはありがたい。当代稀に見る斜石を駆使した石組として、日本庭園史上においても価値の大きい一庭と言えるだろう。
「沼島は小さい」記念碑文
沼島は、小さい。
ほとんど岩礁の大いなるものという程度の小さな島の住人ながら、船や船具、操船、航海に独自の開発をするところが多く、しかも豊臣期からはるか対馬沖にまで行って操業するという気概をもっていた。島の近くには鳴門の瀬戸があり、あるいは由良ノ瀬戸(紀淡海峡)があって、潮と風と波という地球の機嫌のなかでもっともやっかいなものについては、卓越した知識をもっていた。世界中で小島の住人は多いが、沼島衆ほどに気概と高い能力をもっていた海の民は、まれなのではないか。
司馬 遼太郎 菜の花の沖より 平成20年8月 泰山書